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ホロスコ星物語220

ランツィアの剣が、まさにガレネの首に迫る、その瞬間に。

ギイン、、という激しく金属を打ち付ける音と、空を切るような音が、虚空へと吸い込まれるように、鳴り響きます。

「、、どういうことだ、、!?」

ランツィアの目が、こちらを鋭い視線で見つめながら、自分の手元に、驚愕と戸惑いの浮かべます。

ランツィアの手からは、剣が失われていて、その剣は遥か上空へと高々と舞い上がり、やがて、それほど離れてはいない草地へと、深々と突き刺さります。

理由は、、ごめんね、邪魔をしてしまって。

「ごめんね、ランツィア。でも、ダメだよ」
「ダメ!? なんのつもりだ、キーリ、、!」

うん、、その剣で、止めを刺したかった気持ちはわかるけど。ランツィアのこちらを見る目は、まるで味方の振りをして自分に近づいた、仇の仲間だった人間でも見るような目で、、ここまで一緒に進んできて、築き上げてきたはずの信頼と呼べる信頼は、そこにはもう、ほとんど残ってはいませんでした。

でも、、それでも、放っておけなかったから。
ガレネはいまだに、両手で地面に手を付いて、後ろに寄りかかりでもしているような格好のまま固まっていて、こちらをなんとも言えない、複雑な表情で見上げています。まさか、自分が助けられるとは思っていなかったみたいに。

明らかに、ランツィアよりも優れた実力を持ちながら。足場が草地で滑りやすいことなんてとっくに承知で、無意識にだってその程度の対処を考えて戦える人間が、ただ尻餅を回避するためだけに、無防備に両手を使う、、そんな隙の作り方が、あるはずがないのに。今、自分達を見上げるその格好は、まるで、自分の首を差し出そうとしている囚人か何かのよう。

どこか悲しい気持ちでガレネに、その真意を問うべく、声をかけようとする、、その瞬間にーー、ピーっという、けたたましい音が突如、山脈に響き渡ります。

「いたぞ、ランツィアだ!」
「ガレネもいるぞっ!」
「うおおおっ! 俺に続けええーっ!」
「ちっ、、アラウダか!!」

山道の先、勾配の上から、さっき逃げた冒険者たちと、新たな冒険者が20人ほど。その勢いと声量に、新手を悟ったランツィアが慌てて弾き飛ばされた剣に飛び付き、地面から抜いて、応戦をーーと。

その、準備を整えようとした、僅かな隙にガレネは、手で掴んでいた土をランツィアへと投げつけます。

「ガレネーー!?」
「けっ、青二才どもが!!」

ランツィアが思わず顔を手で覆い、そのがら空きになった胴体に、間髪を容れず、ガレネが猛烈なショルダータックルを仕掛けて。

「っふ、、っ!」

完全に隙を突いた一撃が、ランツィアのみぞおちの辺りに炸裂し、その身体は、くの字に折り曲げられるようにして吹っ飛びます。その身体は二人まとめてそのまま山道を外れ、密林の生い茂る山中へと、転がり落ちていきました。

油断した、というか、、ランツィアの誤解の原因とか、ガレネの狙いとか、考えとか、色々考えていたから。初動が遅れました。でも、これ以上を考えるより先に山道からは、再び走り込んでくる冒険者や、魔術師、弓使いなんかが、一斉にこちらに技や魔術を打ち込んできていて。

ああもう、、面倒臭いな!

「ランツィアを捕まえ、ろ、、!?」
「邪魔を、するんじゃないのよーー!!」

本当は今生じた疑問について、色々考えたいタイミングだったのに、、! その考察の邪魔をされたことに、自分でも驚くほど沸点が上がってしまって。無意識に溜めた魔力は、一瞬にして膨張しすぎた、破裂寸前の風船のように膨れ上がり、

ーーやっば、、! ほとんど反射的に注ぎ込んだ魔力は、全長にして十数メートル、樹齢何十年の立ち木さえ上回る直径の火球を生み出していて。それも、それこそ宙へと舞い上がる風船のように、勝手に自分の手からも離れようとしていて。

これを直接はぶつければ、アラウダの人間どころか、山脈にある山の一角が、火山の噴火でも起きたみたいに炸裂し、ぶっ飛ぶことになります。
かといって、もう火球のコントロールは、ほとんど制御も利かない状態で。

なら。もう、自分自身も軽く跳躍して。火球の進路を、別の魔力で、無理やり地表面へと押し付けるように。
いっそ地面へと、叩き付けるーー!

「、、っ!!」

紅に輝く熱源は、まるで太陽でも降臨したかのように、凄まじい灼熱と炎熱を撒き散らしていて。肌を焼く炎の塊が徐々に進路を下げ、ゴオオオッ、という、巨大な破裂音とともに、目映い輝きを放って、土の斜面へと、接触して。

地へと接触した火球は、木々を薙ぎ倒し、秒速で大地を焼き払いながら、両隣の山にすら届かんばかりの激烈な地鳴りと爆風を巻き起こし、その場にいた冒険者たちを、紙切れか塵芥か、というような勢いで遥か彼方まで吹っ飛ばします。

風と衝撃は、轟音を伴って、空気の振動だけでも身体全体を芯から激しく揺さぶるように響き渡り、当然、自分の宙に浮いていた身体もまた、爆風と吹き上げる熱風によって、遥か上空へと吹き飛ばされます。

、、防御自体は、無意識にでも防いだから、怪我も何もないけれど。そうして、自分自身、棒切れか何かのように宙を舞いながら見る大地は、吹っ飛び舞い上がる煙と土塊で、広大な範囲が覆われていて、ほとんど何も見えないけど、、とりあえず、斜面を下るようには熱風は吹いていないから、たぶんランツィアとガレネは無事なはず。

山で発生した熱量は、本当に太陽でも呼び出したみたいな超熱で。もしあれをそのままアラウダの集団へと放り込んでいたら、、誰もきっと、骨すら残らないくらいには、みんな焼き尽くしていたんだろうな、って。その威力に、自分でも怖くなるし、同時に、本当に自分の魔力が、自分の制御を離れつつあることを、痛感します。

今はまだ、細心の注意を払って小さな魔力を使う分には、まだどうにか制御もできるけど、、下手したら、もうここから先はもう、そんな魔力すら迂闊には使えないかも、とかも思ってしまって、少しだけ陰鬱な気分になります。以前はこんなことなかったはずなのに、どうしちゃったんだろう、って。

とりあえずたぶん、あれで地面に叩きつけたことで、熱より先に、うまく衝撃が先行してアラウダの連中を吹っ飛ばしていたから、、熱量自体も人体に致命的ではないよう抑えられて、死者は出してない、はず。たぶん。や、着地の仕方次第では、首の骨とか折れてない保証は、さすがにできないけど。

どれくらい宙を舞っていたのか、自分も再び落下し、いまだに燻り、舞い上がる煙へと突入、する前に、まずは着地の体勢を整えます。それから、タイミングを見て着地して、っと。

うん、、火勢は、さすがに宙に飛ばされていたくらいの時間じゃ、あまり弱まってないみたい。灼熱の業火に包まれてる、みたいな熱波の吹き荒れる中、ひとまず自分の周りと、火勢の強い範囲を結界で覆って、ーー一気にその間の空気を抜くようにして、真空状態を作り出します。

「、、結構やっちゃったな」

酸素がなければ火は燃えない、、中学理科の基本だもんね。
燃える環境のなくなった火は一気にかき消えて、辺りには白煙が燻ります。熱が冷めきったわけではないから、少し赤熱している地面も見えるけど、これだけでもだいぶましなはず。

煙も火も、一気に消火して見た山肌は、樹という樹が全て炭化して、というか、小さな炭屑へと変貌するほど焼き尽くされていて、山肌自体も大きく削り取られたことで、隕石の直撃でもしたみたいな、巨大なクレーターが出来上がっていました。

山道の上方は、爆風と熱が走った影響か、焼かれた木々が薙ぎ倒されて、折り重なるように積み上がっていて、もはやどこに道があったのかもわかりません。これは、ちょっとどうにかしないと、山道を遡るのは難しそう。逆に、アラウダの連中が帰ってこれないという意味にもなるから、安全は保証できるけど。

山道の下方は、熱も爆風も、熱い空気は上へ行くってやつで、基本全て上空方面へと吹き飛んだため、木々の上部が削れたくらいで、上方のように荒れ果てたりはしていません。大地が抉れた際に削り取られた土塊が落ちて、大小いくつかの落石の痕跡は見えるけど、こっちは道もちゃんと下れそうだし、たぶん、ランツィアとガレネも、さほど大きな影響は受けていないように思います。

さーて、、どっちみち、もう正規の山道は上れないし。一回ランツィアたちを見つけないといけないよね、と、とりあえず元来た山道を降りるとします。あの二人にしたって、ランツィアはガレネの一撃をまともにくらっていたから、気絶した人体を抱えてじゃ、そんな遠くへは移動してないと思うし。

「、、いた」

草木の生い茂る山の、斜面を林のようにまばらに並んだ立ち木の、ちょっと先。周りと比べて、少しだけ拓けた落ち葉の上に、ランツィアの身体が俯せに転がっています。それも、アラウダより先に、私の方が来るのを予想したんだろうなって思うような、土や落ち葉で最低限、雑多に隠しただけの、けれど手がかけられた痕跡だけを残して。ガレネの姿は、、生憎と、ないけれど。

ぐったりした手首を取ってみて、ランツィアの呼吸や心拍数も見てみるけど、予想通り、特にこれといった異常はありません。

ガレネ、、たぶん、最初からランツィアを害する気なんてなかったんだと思うから。体当たりを仕掛けたのだって、ランツィアとアラウダの本格的な衝突を避けつつ、アラウダに自分はちゃんと味方だぞと、戦ってるぞ、っていうのをアピールする、出汁に使われたくらいの感じ。

だから、ランツィアが無事なのは良いんだけど、、ランツィアを軽く抱き起こして、改めて当分目覚めそうにないのを確認しながら、もう一度斜面の上側、焼き尽くされた木々の先を見上げます。

アラウダの姿は、勿論ありません。あれだけの勢いで吹っ飛ばされたんだから、怪我も当然しただろうし、恐怖も覚えたはずなんだ。だから、物理的に、今は帰っては来れていないけれど。

でも、、一回あれだけ脅した連中が、まさかあんな早く帰ってくるなんて、と。その、彼らの復活の、気持ちを立て直して、再び突撃してくるまでの時間の早さには、今も少し舌を巻くような気持ちがあります。

トラウマなんて言葉があるように、恐怖っていうのは、人間の本能に直接訴えかけるものだから。生半可な意思なんかで対応できるものじゃないし、それも、時間だって、ガレネが気絶してから目覚めるまでくらい、たぶん、三十分とかしか経ってなかったと思うんだ。

確かに、ランツィアが帝国本部に連絡を入れに行ってしまうと、困るのはわかる、、でも、それにしても、乗り越えるのが早すぎるというか。突撃してくる人間のうち、最初に逃げたはずのメンバーの顔も何人か見たけど、あの、火の中にでも飛び込もうというみたいな、必死さを思い返してしまうと、、まさか、仲間を、ガレネを助けるための、決死の突撃だった、、?

最初、山脈の入り口でアラウダの冒険者たちを見た時は、王都でも見かけたただの冒険者にしか見えなかったし、山道で出くわした時だって、頭の悪い山賊の集団くらいにしか見ていませんでした。悪いけど、障害なんて認識すらなかったと思う。それだけの戦力が、自分にはあるから。

でももしかすると、アラウダっていうのは、もっとしっかりとした統率の取れた、騎士団なんかにも引けを取らないような、ちゃんとした戦闘集団なのかも、という印象を、あれを見ていると、思います。

「、、いいんだけどね、アラウダがどんな集団でも」

彼らの内部事情は、別にいいんだ。何の願いを叶えに来てるのかとか、なんでプロトゲネイアの本国、帝都に反旗を翻してまでして、この山に突入してきたのかとか、そういった、込み入った事情に関与する気はありません。

ただ、願わくは、そろそろ危機感を持ってくれても良いというか、そろそろこっちにリソースを割くのはやめてほしいな、と思います。毎回わらわらと集まってきては無闇に攻撃してくるの、本当邪魔だし、困るんだ。こっちは人殺しなんてしたくもないし。

願いを叶えたいなら、ランツィアなんて放っておいて、叶えにいけばいいじゃん、と思います。山脈の奥にある神域に先に辿り着いて、自分達の願いを叶えてくれたって、先着何名様まで、とかないんだから、最悪、こっちは後から、ベスタとアルトナの治療ができれば良いのです。管理人として不法侵入者を排除したい、みたいなランツィアには、悪いけど。

それにーーランツィアの剣を避けている時の、ガレネは、、なんだか、近所の子供に剣の稽古を付けてあげている、心優しい兄弟子、みたいな、雰囲気があって。あの風体には正直、ちょっと似つかわしくない、優しい光が宿っていたと思います。

あの時、ガレネはたぶん、ランツィアの手にかかる気でいた、と思うからね、、理由は、わからないけど。

ランツィアは、結構視野が狭いというか、直情径行というか、まだまだ修行の足りない若武者っていう感じだから。たぶん、これまでも、ガレネの表面だけを見て、悪い印象を持っていたんだろうなと、、あの優しい光を見てしまった今なら、思うことができます。

だから、できるなら、この二人はもう、あまり鉢合わせさせたくないというか、、エカルドさんの仇っていうのも、ガレネはガレネで、意図してわざと、自分を悪者に見せかけようとしているみたいだし。エカルドさんをガレネが剣で貫いた、っていうのも、こうなると、ランツィアの見間違い説すら考えられてしまって。

ガレネは、、その気配は、まだ山中に、茂みの中を、獲物を追う蛇みたいな動きで、まだ駆け抜けているのが、山中の魔力の動きでわかります。

一応気配は覚えたし、追えば追えるんだろうな、と、明らかに人が抜けていったと思われる茂みを見て、思うけど。たぶん、放っておけば、アラウダの仲間の元にでも帰るはずだし。

、、一応、まだ魔力の届く範囲にいるから、大体の居場所はわかるよう、軽くマーキングだけしておいて。

ーーさて。

「ごめんね、ランツィア。もうそろそろ私も、ゆっくり付き合ってられないんだ」

気が付けば太陽はもう、だいぶ西に傾いていて。そこから、山脈に入って、もうそろそろ丸半日が経とうとしていることがわかります。でも、進捗はまだやっと最初の山を下っているくらいで、このペースだと、下手をしたら、イダに帰れるのは、一週間後とかになってしまいそう。

だから、、ごめんね、と瞳を閉じたままのランツィアに、もう一度謝罪して。問題の神域の場所は、アラウダの人間が先行してるっていうなら、それを追っていけば、ある程度近くまでは行けると思うし。探さなきゃいけない状況になったら、ランツィアに教えてもらえたら、大丈夫だと思うから。

ただ、アラウダが、ランツィアを諦めようとしないっていうなら。恐怖を乗り越えてでも、仲間を助けに来る気概があるっていうなら、、本当に追いかけようと思ったら、今まで通りじゃダメ、だと思うから。

「ーー悪いけど、しばらく私はミディアム・コエリ。恐怖の聖女様でいさせてもらうからね」

いいよ、そうでもしないと、わからないって、逃げ出してくれないっていうなら。

自分でもわかる、怪しく輝く光を、自分の瞳に宿して。そう、宣言をしてーー太陽の傾く、西日へと、顔を上げました。



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renkard
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