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ホロスコ星物語213

「ふう、、困っちゃうな」

とりあえず盗賊だかレンジャーだか知らないけど、藪から藪へと音もなく移動し、忍び足の追跡者を振り切ったところで、軽く息を整えます。

追ってきているのはアラウダの冒険者らしき50名ほどと、所属は知らないけど、やっぱり龍頭山脈の願いを叶える、の部分を狙ってやってきたらしき冒険者が30名ほど、合計80名と山脈の秘密を探りつつ、まずは、比較的なだらかで緑の多い山中で、追いかけっこをしているわけです。

これの何が困るって、相手が全員魔物でもなければ魔族でもない、ただの人間で。しかもこっちは細かい力のコントロールが利かなくなっていて、単純に振り切るだけなら簡単なのに、殺してしまうことなく相手を無力化する、となると、どうにも難しくて。だから逃げの一手で今も隠れているし、本当、ちょっと力加減を間違えたら、簡単にミンチにしてしまいそうで、怖くてろくに魔力も使えないのでした。

しかも、流れで山脈に入り込んだは良いものの、どこに目当ての願いを叶える云々のための物が、あるいは場所があるのかもわからないし、まずは連れ出されたらしいプロトゲネイアの新米兵士っていう子を探したいんだけど、

「、、また」

少し先の木の根もと、今度は、傷付いた鎧と錆びた兜、中には白骨、、そういう、死臭、、というか。いつ亡くなったのかもわからないような、野晒しにされた死体が、そこら中に転がっていて。

ここをプロトゲネイアが管理するようになってから、どれくらい経つのかはわからないし、いつから願いを叶える、なんていう噂が流れていたのかは、わからないけれど。この山が、長く人々の争いの温床となってきたことは、ここに転がったままにされている死体の多さから、大体は想像することができました。

帝国への密告をよほど警戒しているのか、先行して見張りをしているらしいアラウダの人間はいっぱいいて、これは逆に、その新米兵士くんが連れていかれた先を示していると思うから、辿って追っていくとして。その間、山を登り降りしてきて、見てきた死体は10を軽く超えます。

そのほとんどが白骨化していて、管理するっていうならせめて死体の始末くらいしてよ、とも思うけれど。その中に一つだけ、特段古くもない、帝国の鎧を来た、比較的若い男が胸から血を流して亡くなっているのも見ちゃったから。正直、その新米兵士君が無事なのか、生きてるのかは、半信半疑、、ううん、8割くらいは、疑ってしまっている自分がいます。

その男の人は、年齢は25くらいには見えたから、新米にしてはちょっと年齢が上のように感じたし、まだアラウダの見張りがうろついて、あちこちを警戒している辺り、もう一人実はまだ兵士がいる可能性があって。だから、今もこうして奥へと進んでいるわけだけど。

「、、時間がないからね」

本当は、そうして道中に転がっている死体の埋葬や、せめていつまでも野晒しにされずに済むよう、火葬くらいはしてあげたいんだけど、、ごめんね、と一言謝って、手を軽く合わせて、すぐにまた先へと駆け出します。

聖女という、人々に平穏と幸福をもたらす役割、、それはたぶん、生きている人間にだけ与えれば良いというものではないんだろうな、とは思うのだけど。でも、イダの町には今もアルトナとベスタが帰りを待っているはずだし、本当悪いけど、立ち止まっている時間はありません。

人の気配は、ここからあと50メートルほど先にもあって、その数は3つ。それが一ヶ所に集まってじっと固まっている辺りから、これもアラウダの連中なのは確定で、、でも、その先にはもう人の気配はなさそうだし、この3人が鍵になりそうな感じがします。

とりあえず木々に隠れるようにしながら山肌を飛び抜けつつ、彼らに気づかれないよう接近して、木陰から様子を見てみます。

彼らは、鎧を着た年配の男が二人、一人は青年の魔術師で、少し拓けた丘のような場所で、何やら小難しい顔を突っつき合わせて話し合い、もとい、相談でもしている感じ。視線の先には沢でもあるのか、サアサアと流れる水音も聞こえてきます。

本当は、傍聴の魔術でも使えば会話の内容も聞けるだろうけど、、魔術師がいるんじゃ察知されちゃうだろうし、なるべく避けたいかな。視線は三人とも沢の方に向いているから、むしろ迂回して沢に行ってみれば何かわかりそうです。

とりあえず、斜面を滑り落ちないよう横に駆けて、三人の視界に入らないよう、木陰に入りながら、うん、降りた先には、やっぱり川が流れていて、その先にちょっとした落差と滝壺みたいな水溜まりがあります。視線の方角から考えると、たぶん三人が見てたのはこの水溜まりの部分だね。

さて、、三人を無力化してしまえば話は早いんだけど、軽く小突いたつもりでも、うっかり内臓破裂とかさせそうで怖いし。最近この手の不器用さにも拍車がかかっていて、こういう手加減ってコエリが上手だったなあ、とあらぬ方に思考が散ってしまいます。

ーーそういえば、この龍頭山脈では、遺跡で見た、幻のコエリが待っているって言ってたっけ。願いを云々の話にも関わるかもしれないし、早く片付けて、コエリも探さないとね。

「んー、過ぎたるは猶及ばざるが如しってこういうこと言うん、だろうな、あ、、?」

あ、、何かいる?
三人の視線をどうにか避けられる位置、水の流れる手前側の岩肌に張り付くようにして、荒く呼吸をする、青年らしき黒髪の男の子の姿が見えます。でもそこは頭上から常に冷たい川の水を被っている上、岩肌自体も滑るだろうし、三人はずっとそっちを気にしているから、やがて手足の感覚もなくなって、滑って落ちて見つかる、までが時間の問題って感じ。

兜はどこかに行ってしまっているみたいで、少し伸びた黒髪が見えるものの、顔はよく見えないけど。鎧はさっき見た死体と同じで、たぶんプロトゲネイアの兵士のものだからーー

「ふーん、、じゃあ、ちょっと怖いと思うけど、我慢してね!」

手を頭上に掲げ、軽く魔力を込めて、一気に人が一人すっぽりと収まりそうなほどの巨大な火球を発生させます。ーーや、ごめん、こんなでっかいのを用意したのも別に意図したわけじゃなくて、これが今用意できる最小サイズみたいで。それどころか、有り余る魔力が強引にその球体へ流れそうになるのを、歯を食い縛り、暴発覚悟で無理矢理に塞き止め、

小さな太陽のように輝くそれを、、その沢へと。

「何事だ!? 誰の術だ!?」

上で騒ぐ声が聞こえて、投げるというより、慎重に押し出すようにしてやや低速で火球を発射し、その球体の横を同じ速度で飛行するように跳びます。勿論、ギリギリちょっとだけ先行して沢には着けるよう、速度の調整をして。

火球は、やや重厚な動きで過たず沢へと直進し、上の三人がますます騒ぎ立てます。といって、勿論見ている三人には止める術なんかあるはずもなく、そもそも火球の眩しさで直視も難しいはずだから、その火球を壁にするようにして同じ速度で飛んでしまえば、誰かが並んでるなんて思いもしないはずで。

前方では、突然の巨大な炎の飛来で、恐怖に顔を歪ませる青年が、これまた成す術なく、呆然とこちらを見上げています。それも本当にまだ若い、学院生くらいの男の子で。予定通り、沢のちょっと手前で火球を追い抜き、着地してから、その一瞬で炎の球の軌道から青年を庇うようにして、その身体を腕に抱え、

「いきなりごめん!」

ーー着弾、沢の水に火球が激突し、派手な爆音を巻き立て、水蒸気爆発めいた爆風を巻き起こします。そしてその一瞬で、発生する暴風を背中で受けつつ、吹き上がる水蒸気に紛れるように、沢の奥の繁みへと飛び込んで。勿論、それも見ている三人の目には留まらないよう、地面すれすれの低空から突っ込む形で。

「っとと、、!」

いや、ごめん、狙いの場所に着地したはいいけど、火球の威力がありすぎて爆風で繁みが揺れ、風圧に押される形で、足が止められません。そのまま、繁みの更に奥へと押し出されーー、うっわ、、!?

「崖っ!?」

いややっば、、! 計算外! 奧は断崖絶壁の崖になっていて、その下は地表が陥没した跡のような、完全な暗闇の大穴が広がっています。そこへ、勢いそのまま、足が滑って。

「危ない!」

落下の寸前で、青年が、とっさに庇うように全身を腕で包み込んでくれます。勿論、そうは言っても勢いに逆らうこともできなければ、一緒に穴へと落ちていくだけなんだけど、、それでも、怪我をさせないよう、落ちても自分を盾にしてでもこちらを守ろうっていう、強い意思が感じられて。ちょっと、不意打ちで胸が暖かくなるのを感じつつ。

ーーま、いっか。一旦その穴に避難するつもりで、二人で暗闇の中へと自由落下のまま突入していきます。高さにして数百メートルくらいかな、先に一つ光弾を打ち出して穴の先を照らし出し、案外先は深くて、でもちゃんと岩の地面があるのが見えたから、タイミングを見て、前方へ空気の層を発生させて。

下から上昇気流を浴びるように、風圧でちょっとずつ減速するよう複数回に分けて、なるべく若い青年に衝撃を与えないよう、軽くクッションを利かせて、、やや強いかな、くらいの風を全身で受けつつ、はい着地っと。庇ってくれていた青年を逆に抱えるようにして、軽いステップで洞窟の中へと降り立ちます。

周囲に魔物の気配は、、ないこともないけど、よくいる野性動物の変異体って感じで、数も少ないし、大して害はなさそう。上はこっちからは空が見えるけど、上の方から覗き込めるような深さでないことはわかってるので、ひとまず、これでアラウダからの危機は脱したと言って良いと思います。

あとは、、とりあえず青年くんは、落下の衝撃を覚悟してなのか、今も人の頭を庇うようにして、身を必死で固めていて、うん、ごめん、ありがたいけどもう地面に着いたから。ちょっと邪魔かな。

「ええっと、、あの、大丈夫? もう下ろして良い?」
「、、え? あ? な、なん、、!」

うん、青年くん、自分が庇った側でいたつもりなんだろうけど、気が付けば腰を抱えられて、人の肩に自分の上体を乗せられる形で止まっていたものだから、ビックリしすぎて、顔を赤らめつつ口をパクパクさせていて、えーっと、ちょっと可愛いかも。

そっと片手で地面に下ろしてあげた青年は、こうして近くで見てみると、本当に学院生くらいの男の子で、恐らくはまだ10代、ほぼ同年代に感じます。勝ち気な瞳と、利発そうな顔つきで、活闥というか、クラスではみんなを引っ張る明るいリーダー、みたいな感じ。けれど、兵士としてはまだ意気揚々と入団したばっかりの、これこそ新米の男の子、みたいです。

こっちの体格は細身で小柄な、ごく標準的な女の子の体型だと思うから、そんな子に片手で支えられてたら、まあビックリするよね、とは思うけど。あとはこれで、怖がって逃げるか、驚きはしても感謝してくれるか、大体二択で。

彼は岩肌の露出した地面にへたりこんだまま、こちらをまじまじと見上げていて、うーん、これは前者かなー。少し警戒の色も見えつつ、固い表情で、慎重な口ぶりとやや低めの声で、君は、、と切り出してきます。

「君は、一体、何者だ? アラウダのギルドの人間ではなさそうだけれど、なぜ僕を助けた?」
「私は、キーリ。イダの町に仲間を待たせてて、龍頭山脈の噂について先行して様子見に来た感じ?」

うーん、誰かと遭遇するとか考えてなかったから、あんまり細かい設定とか考えてなかったんだよね。とりあえずブルフザリアでも使った偽名の方を名乗って、あはは、と笑ってごまかしつつ、まだ不審の目で見てくる青年に、それと、と話を続けます。

「君を助けたのは、アラウダの冒険者だかなんだか知らないけど、ここに派遣された新米兵士には恋人がいる、っていう話を聞いちゃったからね。見ず知らずの兵士くんとはいえ、その恋人さんと死に別れちゃったら可哀想だと思ったから、かな」

改めて言葉にしてみて、自分でもちょっと短絡的というか、衝動的すぎたかなとは思うけど。なにせこっちはこっちでベスタとアルトナを待たせてる状況なわけで、こんなのほとんど寄り道で。でも、、やっぱり、放っておくこともできなかったから。私その辺あんまり深く考えてないんだ、と苦笑を送って、だからそんなに怪しまないでよ、と続けます。

青年は、そうか、、と何か思い詰めるように地面に目を落とし、唇を噛んで、額にかすかに震える手を強く押し付けます。その残してきた恋人を思ってるのか、ピア、かな? 誰か、何人かの名前を呟いています。続けて呟いていた、エカルドっていうのは、、誰だかわからないけど。

なんか、、青年はとても苦しげで、さっき亡くなってた兵士との間柄とかも関係ありそうだし、いろんなことが一気に起こっちゃっていっぱいいっぱい、っていう感じ。とりあえず、彼が恋人のいる新米兵士くん、っていうのは間違いなさそうだから、無事助けられましたってことで、一回青年のことは落ち着くまで放っておくとします。予期せずこんな洞窟に降り立ったものの、今後の方針については考えなきゃだし。

どうも、ここは谷間に空いたカルデラのような空間みたいで、地下水でも近くに溜まっているのか、水音のピチャッピチャッと水の垂れるような音もどこからか聞こえています。上空の大穴という光源があるお陰で、そこまで暗くはありません。

ここから移動できそうな場所は、三方向に空いた洞穴が三ヶ所、分析魔術に長けたベスタがいれば簡単にマッピングできるんだけど、今は自力で魔力を使って洞窟内を走査しないといけないんだね。

別に不得意ってわけじゃないけど、性格的な大雑把さは隠せないというか。とりあえず魔力の探知網を走らせてみて、地上に通じる出口と、道中の魔物の反応、アラウダの人間が入り込んでいないかまでは確認しておきます。他の雑多な反応は一回スルー。お宝とかありそうな気配もあるけど、願いを叶える云々以外、とりあえず用ないし。

この兵士くんは、プロトゲネイアの国章の刻まれた鎧を着ていて、剣も腰に差してあるけど、そこは普通の人、能力的にはベスタやレグルスの比ではないかな。変に戦わせて怪我とかさせても面倒だし、戦力外と見なした方が簡単そうです。

だからとりあえず、まずはこの子を脱出経路まで連れていって、プロトゲネイアまで帰ってもらえば、、いや、さっきの、国からの監視のないうちに願いを叶えよう、っていうアラウダの警戒心からすると、彼らは彼らで国には絶対に知られないようにしたいみたいだったから、このまま返したところで、帰国途中で見つかって暗殺される可能性の方が高いかな。

「うーん、、」

探ってみた感じ、ここの魔物は、主に熊やパンダみたいな大型の動物が原型で、そんなに活発に動いてはいないんだけど、、ここに置いていって、もし遭遇でもしたら、この新米くんでは手に負えない気がします。となると、助けたからあとはもう勝手にしてね、っていうのもちょっと人道に悖る感じだし、連れていくしか選択肢はなさそう。

急ぎの道中だから、本当は足手まといを連れていきたくはないんだけど、、仕方ない、乗りかかった船と割りきって、しばらくこの子と帯同することにします。いくら新米とはいえ、管理者として派遣された手前、この山脈の地理とか噂には詳しいかもしれないしね。

一応周囲と、上空から追跡者が降りてくる可能性も考えて、警戒網は維持しつつ、兵士くんが立ち直るのを待って、、ちょっとして、彼が不意に立ち上がったのを受けて、そちらに目を向けます。

「落ち着いた? もう大丈夫そう? 動ける?」
「ああ、、すまない、もう大丈夫だ。君の言った通り、僕には故郷にピアっていう恋人がいるんだ。こんな、わけのわからないところで果てるなんてごめんだ」

どうにかしてここから脱出しよう、と彼は力強い瞳で意気込んで、覚悟を決めたようにこちらに頷きかけてきます。その目にも顔つきにも強い意思が見えていて、うん、これぞ若武者って感じ。蛮勇めいたところも見えるけど、度胸や決断力はある子って気もするし、男らしい頼れる感じで、ピアさんっていうのが、彼に惚れた理由もなんとなくわかる気がします。

彼はすらっと剣を抜き放ち、ここから見えている洞穴のどれに入ろうか、少し迷ってから、意を決したように、そのうちの一つの前まで足早に歩き、その手前の壁面に剣先で軽く傷をつけます。

「とりあえずここから行ってみよう。紛らわしい地形があっても迷わないよう、移動経路には傷をつけておく」

君は僕の後ろから付いてきてくれ、と。本当はこっちで先導するつもりだったんだけど、洞窟の先だって暗くてよく見えていないだろうに、僕が女の子を守るんだ、みたいな気概があって、、でも、さすがにちょっと無謀かな。その先、見えてないだろうけど魔物が一体いるからね。

でも、、彼の意気込みに水を差しても悪いし、考えてみたら、こっちは立場上は公爵令嬢なのに、普段は人のことを盾にして、自分は何もしてくれない男たちとばかり一緒にいたから。たまには令嬢らしく守ってもらっても良いかも、とも思ってしまって。

「それじゃ、、私は補助魔法が使えるから、後ろから助けてあげる」
「ああ、頼む。申し遅れたが、僕はランツィア、よろしくな、キーリ」

ランツィアは、優しく微笑んで手を差し出してきます。それに、軽い悪戯心と、久しぶりに乙女心が刺激されて、こちらからも微笑みを返しながら、頷いてその手を取りました。

あんまり時間を無駄にはできないけど、、ちょっとくらいなら、彼の勇気に付き合ってあげても良いかも、なんてことを思いながら。

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renkard
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