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ホロスコ星物語25ーセレス邸1

屋敷まで一直線に突っ込んだ小恵理ですが、冷静さを失っていたわけではありません。まずは魔力反応を探り、セレスの居場所を確認します。生きているのか、人質になりそうか、脱出できそうかなどわからなくては、今後の行動方針に支障が出ます。

「セレスは地下です。監禁部屋へ続く鍵は先代が持っていて、扉も頑丈なので力づくでの解錠は難しいでしょう」
「問題ないわ」

小恵理は、内情を知るらしいベスタの忠告を秒で切り捨てます。ていうか、もう見つかったし。

魔力反応から、セレスの位置は地下5メートル弱、庭の奥まった辺りにあることがわかります。階層で言えば地下2階、道順通り順当に進んでも結構な手間になりそうですが、小恵理には関係ありません。ちょうどその部屋の真上の位置まで庭を移動し、生命反応の確認だけして数歩下がり、掌に強大な魔力を込めていきます。

「コエリ、まさか上から崩す気ですか!?」

それではセレスが生き埋めになります、と焦って追ってきたベスタを無視して、土魔法を三重に組み立て、小恵理は地下に魔力を放出します。

「そんなことしないわ、よ!」

ベスタが止める暇もなく、凄まじい地鳴りと共に地下室が目の前に現れーー

「は?」

さしものベスタも、何が起きたかわからず、目を点にしてフリーズします。
目の前には、地下の一部だけ切り取って持ち上げたように地下室が地上に露出し、普通に扉から出入りできる状態になっていて。

「なに驚いてるの? 地面を一点集中で盛り上げただけでしょ」

部屋の上と、周囲に転がる砂と土の塊を風魔法で吹き飛ばしながら、小恵理はベスタに呆れたように声をかけます。

道に沿って進めば横道になるし、一般に地下道が細く狭いことを思うと、地下二階では脱出路も塞がれやすく、大きな手間になります。かといって人質は人質、助ける必要はあるから、いっそのことその道順を全部省略してしまって、こっちから移動するのが手間なんだから、向こうの部屋の方を移動させてしまえばいいーーと。それだけの簡単なお話なのでした。

場所が地下で、しかも庭の真下にあるというのも幸いしました。地下室の上にあるのは所詮は土、建物が乗っているわけでも鉄鋼で覆われているわけでもないのだから、後は自然現象を応用すればいい話です。結果、小恵理は土魔法を使い、地面を一気に地下室ごと隆起させたわけです。

地学で地殻変動を習っていれば、隆起と沈降という現象は大抵の学生が知っているでしょう。小恵理はその現象を利用して、地下室の隆起、それ以外の場所の沈降、地下室の上の地面の風化という三つの現象を同時に起こしたのです。

結果、地下室は5メートルほど持ち上がり、周りの地面は同じ高さ分だけ同時に沈降させて位置を保ち、地下室の上にあった地面の土は風化して崩れ落ち、結果として、地下でセレスを幽閉していた小部屋だけが地上へと顔を覗かせたわけです。

地面を一点だけ切り抜いて持ち上げるのでは、持ち上げている間中魔力を消耗し続けますし、地面を崩すだけではセレスが生き埋めになるのはその通りです。そして、爆破して吹き飛ばすような魔法は、威力調整を間違えると、本当に部屋ごと吹っ飛ばしかねません。小恵理としては、自分が思う中で、一番簡単で安全な方法を取ったまでです。

唖然とするベスタは放置して、小恵理は次に正面の扉に手をかけます。
うーん、金属の扉は確かに頑丈そうですし、これを無理に壊すのは労力の無駄になりそうです。小恵理は今度は側面の石壁に手を当てます。

うん、こっちなら簡単そう。
地下にある部屋の側面の壁など、単に天井部分が崩れるのを防ぐだけの構造ですから、横からの攻撃に対する対衝撃性など全くありません。小恵理は殴り飛ばそうかと一瞬考えましたが、中のセレスが巻き込まれそう、と気付いて寸前で止めて、代わりに軽く振動波を当てて石壁を崩します。

「、、コエリ嬢!?」
「元気そう、、ね?」

ちょっと疑問系になってしまったのは、セレスは大きな傷こそないものの、頭を抱えて地面に蹲り、何故だか今にも泣きそうな表情で震えていたからでした。

なるべく安全に配慮したつもりなのに、一体どうしたのだろう、先代のお爺さんに何かされたのだろうかと思っていたら、セレスは顔色も青く、ほうほうの体で部屋から這い出してきて、小恵理にしがみつきます。

「こ、コエリ、、嬢! 大変だ、急に部屋全体が揺れるわすごい勢いで地面に引き寄せられるわ、かと思ったら急に身体が浮き上がって天井に頭を打ち付けるし、おまけにすごい轟音が周りから響いてきて、、ここにいたら、死ぬぞ! 脱出しよう!」

あー、、部屋ごと持ち上げたから、地面が持ち上がった分急に地面に押し付けられたと、要はエレベーターで上に上がる時と同じ原理が働いたわけです。持ち上げるスピードは考慮しなかったから、中にいたセレスは、それはもう結構な力と勢いで重力を感じさせられたことでしょう。

で、それがまた急に止まったから、その直後は逆に勢いのまま身体が浮き上がって、頭まで打ってしまったと。轟音というのは、おそらく周りが沈降しつつ自分の部屋だけ隆起していたので、その周囲の土と石壁との摩擦で生じた擦過音でしょう。四方全体から音が響く上、音が反響しやすい地下ですから、これまた結構な音がしただろうなと思います。

「セレス、、無事だったか?」

真っ青なセレスを気遣って、ベスタがひとまずセレスに、大丈夫か? と声をかけます。お祖父様に囚われた友人の無事を心配してというより、こんな無理矢理に部屋から救出されたことへの気遣いの方が明らかに勝っていて、なんかヤな感じです。そりゃ強引ではあったかもしれないけど、ちゃんと安全への配慮くらいしてるもん。多少は。

「セレス、今回のは、コエリが助けてくれたんだ。まずは無事で何よりだった」
「あ、ああ、、な、なるほどな、コエリ嬢か、道理で無茶苦茶な現象が起きるわけだ。そういえば、そもそもなんで地下に太陽があるんだと思ったが、それなら何があっても驚かないな」

いや、もう地下じゃないんですけどね? しかも無茶苦茶とか言っちゃってるし。無理矢理メンタルを建て直したようですが、褒められてるのかディスられてるのかわかりません。

突っ込んでも仕方ないので、とりあえずセレスに肩を貸し、小恵理はそれじゃあ脱出しよう、とセレスに提案します。
けれど、気丈にもセレスは首を振って、小恵理から離れます。

「ダメだ、父様を止めないと!」

あー、、そういえば、今もまだ騎士団長が中で奮戦しているのでした。死屍累々、兵士の折り重なる庭を見てわかる通り、死者を平気で出しかねない戦いをしているくらいですから、このまま立ち去って無事で済むとも思えません。

とはいえ、相手は正規軍クラスの腕の持ち主たちで、元騎士団長と現職騎士団長の二人までいます。ネイタルが覚醒していて、常人を遥かに上回る身体能力を持つベスタならともかく、いくらセレスでもその腕の差は明確で、おいそれと連れていくわけにはいきません。

「コエリ嬢には悪いが、俺は死んでも行くぞ」

ーー仕方ない。
セレスに引き下がる気配は全くなく、押し問答をしている時間もありません。小恵理はベスタに一つ頷き、屋敷突入の準備に入ります。


屋敷の中は、既に相当数の騎士が転がっていて、本気で戦場にでもいるような錯覚に陥ります。
普段なら落ち着き払っているベスタも、まだ所詮は13歳ですから、こんな場面を見たのは初めてだったのでしょう。ひどく顔色が悪く、外に転がっている騎士から拝借した剣も軽く震えています。

小恵理も、別に戦場の悲惨さなど、前世を通しても見たことがあったわけではありませんが、この光景自体には不思議と何も感じません。外で血を流して転がる騎士たちを見た時はさすがに驚きましたが、なんだかそれももう慣れてしまった感じです。

「息子を返せ、このクソオヤジ!!」
「たわけ、この青二才が!!」

ーーこの声。
聞き慣れた男性の声と、明らかに年寄りなのによく張られていて力強く通る声、そして激しい剣戟の音が奥のホールの方からしてきます。小恵理とベスタはお互いに頷きあい、奥まで走ります。

、、うーん、ヤバいなこれ。
なるほど、やたらと意識のない人間が多いと思いましたが、そもそもの兵隊の数が尋常でなく多いのです。数百人は入れそうなホールでは今も所狭しと騎士たちが争っていて、しかもどちらの勢力も同じ鎧姿なので、敵味方の区別もよくわかりません。

軍事訓練なんて生易しい戦いではないし、剣も刃を潰してあったりはしませんから、このままだと本当に死者が出ます。小恵理は意を決し、先の作戦通りベスタに頷きかけます。

「行くわよ!」

ベスタと自分の剣、両方に土魔法をかけ、小恵理は両軍争う戦いの真っ只中に一足跳びで踊り込みます。

死者を出さない一番確実な方法は、自分達で全員を無力化すること、とはいえさすがに正規軍クラスの全部を相手にはできませんから、目指すは最奥、元騎士団長のお爺様ただ一人です。

勢力の見分けは付きませんから、邪魔になる騎士は悪いけど全部ぶっ飛ばす方向です。土魔法で殺傷能力を削り衝撃力を上げましたから、多少荒っぽく殴っても死にはしないでしょ、と割り切って、目につく騎士を片っ端から無力化していきます。

そうして両勢力の騎士をまとめて捌きつつ、ホールの半ばまで進んだ頃でしょうか。

「父様ーー! もうやめてください、お爺様もです!!」

ホールの2階、観覧席に当たる位置から、セレスの叫び声が響きます。
ここのホールは、周囲をぐるっと囲む位置に二階席があり、舞台をやる際のナレーション、スポットライトを操作する人間など、裏方が作業をするスペースもあります。声を階下に届けるには一番のポジションです。

奥まった位置で剣を交わす二人は、しかし数が多少減ったとはいえ、やはり騎士たちの声や剣戟の音で声がかき消されたか、気付いた様子もありません。諦めたセレスが場所を変え、二人の頭上に近い位置まで走ろうとしたところでーースッと、一人のスーツの男が立ち塞がります。

「セレス様、いけませんな。あなた様には大人しく下がっていていただかなくては」

片手に長剣を持ち、モノクルを付けた、白髪の老人。
小恵理の位置からではややわかりにくいですが、これが小恵理の家にやって来た、セレスの家の執事長です。老人らしい細身ではありますが、背筋の真っ直ぐ伸びた姿勢は隙がなく、歴戦の勇姿を思わせる威圧感があります。

「コエリ、上は任せましょう。僕たちは先代を!」

、、死んでも付いてくるって言ってたもんね。
小恵理は多少上を気にしつつ、任せたわよ、と一言エールを送り、ホールの奥、二人の騎士団長が争う戦場へと突っこみます。

二人の位置までは約20メートル。小恵理は間合いを十分確認して、風魔法の準備に入ります。ここからならいけるはず、と。

「風、風、覆う土、鉄槌を下す光!」

それを放った瞬間ーーさすがにじい様も気付きました。有り余る膨大な魔力によって生成された、暴風と衝撃波と稲妻を纏った破城槌です。オリジナルの構成魔法なので、魔法名はありませんし、考えてもいません。

「ぬうんっ!!」

射線上にいた騎士たちを木の葉のように吹き散らしながら二人に迫った一撃は、けれどとっさに団長から距離を置きつつ、お爺様の放った気迫の斬擊で弾け散ります。とはいえ威力は相殺しきれず、よろめいて体制を崩し、数歩後ずさりました。

じい様のくせにやるじゃん、と思いましたが、元騎士団長だしね、ともう一陣を用意します。火や水の属性は建物の中という都合上どうしても使いにくいので、再び風と土の魔法です。

「、、あれ?」

次は数で押すつもりで土槍を大量展開し、発射、と思ったところで、何故か今度は現職の団長の方が、じい様を庇う形で前に出てきていて。

(まっず、もう止められないんですけどーー!)

無数に放たれた土の槍が、二人に迫るーー!

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renkard
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