ホロスコ星物語169
三人の王都から来た冒険者は、それぞれ、ヘルガ、ジグネ、マリオンと名乗り、コエリへ、自分達は王都で登録はしているものの、今回のように王都から離れた地域の依頼を受けることの多い冒険者なのだと説明します。
「なんせ地方じゃ王都の冒険者ってだけでハクが付くからな、宿の手配から依頼内容まで、結構融通してくれるから居心地が良いんだ、こいつが」
「ああ、依頼自体はそこまで多くはないけど、わざわざこんな遠出したがる冒険者も少ないからね、あたしらと同じ専門の何組かのグループで分けあいして、強敵がいたら地元の冒険者なんかとも協力して、結構出張するのも悪くないもんさ」
「もっとも、トラブルは少なくないがな。一番の問題は、討伐依頼など引き受けたところで、我々が現場へ着く前に討伐を済まされているケースだが」
その、最後の魔術師の男、マリオンの言葉に、他二人が急に頭を抱え、ああああ、、と嘆きます。この反応から察するに、今回まさにその形で討伐依頼を逃がした、ということのようでした。
ふと気になって、受け取ったままになっている依頼書を、二枚目、三枚目とめくっていくと、その残りの五枚全てに赤で斜線が引いてあり、どうやらこの三人組、アルトナの捜索依頼と一緒に討伐依頼も五件ほど引き受けたものの、その全てで他の冒険者に先を越された、というわけです。
だからさっき、ミリアムへの食いつきも必死だったのね、とコエリは先程、魔術師が捕縛の魔術を用意してまでミリアムを逃がすまいとしていた理由がわかったような気がしました。
冒険者の依頼料はいわゆる成功報酬で、討伐依頼ではその討伐を済ませたという証、角や牙と言った魔物の部位を持ち帰り、依頼した対象と照合する、というシステムがあると言います。逆に言うと、それが持ち帰れなければ報酬は出ないし、ここまでの足代や宿代など、経費全てが単純に自腹となって、赤字になってしまうわけです。
彼らの場合、遠出を生業としているというくらいですから、最低限貯蓄のようなものはあるのでしょう。けれど、討伐依頼を全て失敗した以上、費用を回収するためには、捜索依頼だけでも果たさなければと、彼らは彼らで必死になっていた、というわけです。
そう考えると、問答無用で全員叩きのめしてしまって、何をやってるんですか、とベスタに言われたのも道理だわね、とコエリも感じます。勿論、彼らの内情を知っていて発言したわけではないでしょうけれど。
彼らの事情を大体聞いたコエリは、話が落ち着いたところで、それで、とようやく本題について問いかけます。
「この、依頼書に書かれている依頼主についてなのだけれど」
「ああ、王家様だよ。しかも達成期限なし、実入りも良くて支払いの保証も間違いない、こんな依頼誰も放っておかないよっ!」
当たり前だろ、とジグネと呼ばれていた軽装の剣士が手を合わせ、それはもう、嬉々として依頼の経緯を語ってきます。とはいえ、冒険者にとって必要なのは依頼料と依頼内容で、背景まではさほど興味はないものなんだそうでーー
「だから、あたしらも詳しくは知らないんだけどね。なんでもこの子、法王の娘とか言うらしいじゃん? だから、一応あたしらが聞いた話だと、王子様が躍起になって探してるっていうふうには聞いたけどねえ、、」
「ははっ、あの王子、聖女の婚約者がいるって身でありながら、案外隅に置けんよな!」
「もっとも、その聖女というのは数ヵ月前に事件に巻き込まれただかでおっちんじまったっていうじゃないか? 帰ってきたという話もどこかで聞いた気がするが、案外、その娘を次の聖女に据える気なのかもしれんな」
だから、我々の探し人とはゾディアックの将来を左右するかもしれんわけだ、とマリオンは、顎に手を当てて何やら含蓄にある物言いをし、そうだ、と何かを思い付いたように、コエリの手に持っている依頼書を指差してきます。
「行方不明になったっていうその子はな、今は王立学院の学院生だっていう話で、ちょうどあんたと同じくらいの年齢のはずだ。お前さん、見た目からすると貴族だろう? この子に見覚えはあるか? もし見かけていたら、ついでにどの辺にいたかも教えてくれるとありがたいのだが」
そのマリオンの問いかけに、おっ、そうだな、とか、確かにね、とかいう声をあげて、他二人もまたコエリへと注目をしてきます。
コエリは、不自然でない程度にその絵に目を落として、知らないわね、と首を振って答えます。事実、自分達もまだ彼女を追っている身ではあったから。ーー頭の中では、ジュノーがアルトナを捜索している理由を考えていたから。
重鎧の戦士、ヘルガはそれに、だよなあ、と落胆半分、承知の上半分といった様子で、困ったように頭を掻いて、ありがとよ、と返してきます。そんなに甘くねえよな、と。
「いや、俺たちも行方は東、としか聞いてないもんだから、当てがなくてな。悪いな」
「ま、期限を切られてない以上、地道に探すっきゃないんだけどねえ、、」
「旅費を考えるなら、どこかでまた討伐依頼でもあると良いんだがな」
どうしたってカネはかかるし、あっちもこっちも外れが多くて困っちまうよ、とジグネは、この畦道の先、コエリたちが抜けてきた森の方へと目を向けて、何か心残りがありそうに、大きなため息をつきます。まるでそちらに、目的の魔物がいたのだ、とでもいうように。
事実、一度依頼書に目を通したコエリは、この依頼書に描かれた魔物の絵から、それが本当にそちらにいたのだということはわかっています。ただ、こちらからは触れたくなかっただけで。
何故ならーー依頼書に描かれていたのは、それぞれ、猪の魔物、山羊の魔物、一枚だけ二種類が描かれていて、そこにいたのが、猿の魔物と、巨大な昆虫の魔物だったから。
まさか私が討伐しました、などとは言えないし、と気まずい心を抱え、けれど、ベツレヘム領の魔物の討伐を、まさか王都が依頼するはずはないのだけど、とそのうちの一枚に目を通し、コエリはそこに書かれた名前に瞠目します。
「この、討伐依頼者は、、」
「ああ、新しく就任したっていうベツレヘム侯爵だろ? 王都に来たついでにわざわざギルドに寄って依頼していったらしいな」
地元の冒険者だけじゃ足りんと思ったらしいな、とヘルガは笑い、なるほど、とコエリも頷きます。署名欄にはベツレヘム侯爵ラインムート、の文字と侯爵家党首の押印がされており、一瞬、囚人の塔で呪殺されたはずの、あの激臭男が甦りでもしたのかと思いました。
討伐依頼については、ま、終わっちまってるんじゃ仕方ねえ、とヘルガは、がはは、と豪快に笑い飛ばし、その脚を、ジグネは、笑い事じゃないよっ、と蹴とばします。
聞けば、他領の領主が、こんな風に王都まで来て何かを依頼していくというのも、ないわけではないと言います。特に地方の辺境部などでは冒険者も少なく、地元のギルドが当てにならないケースや依頼内容が多すぎた場合など、引き受け先を王都や、主要都市のギルドに斡旋してもらうことがあるのだと。
今回の依頼でいうと、わざわざ新ベツレヘム侯爵が王都で依頼をしていった理由は後者に該当するもので、先代の、囚人の塔内部で呪殺されたベツレヘムが果たすべき領内の討伐を放置していた結果、領内の魔物が増えすぎてしまったため、新ベツレヘム侯爵が就任すると、これを機にこれら領内の魔物を一掃するべく、あちこちで掃討、討伐依頼を出していったのだとか。
「我々は遠出に慣れていたから、さっさと準備して出発したが、この後は、あとからやって来る冒険者でベツレヘム領はかなり賑わうことになるだろうな。事実、この辺でも討伐隊を組まねばならないような、結構な魔物が跋扈してたという話だ」
マリオンは、くくく、と暗い笑みを浮かべ、怪談話でもするように、これは最近この辺で仕入れたばかりの特別なネタだぞ、と宣言します。そして、ヘルガやジグネが、出たよ、悪趣味だな、と呆れる中、その目撃された魔物だが、とどこか楽しげに、低い声で語り始めます。
「なんでもな、この村のすぐ近くで、業火と共に天高く舞い上がり、何を思ったのか地へと舞い戻り、一つ洞窟を破壊までした、黒龍がいるそうだ。それも、二頭だ、、!」
くくく、、とマリオンは不気味さを助長するように暗い声で笑い、コエリは、そ、そう、と再びどこか気まずい気分を味わいながら頷きます。それは、注意しないといけないわね、と。ーー勿論、どことなく冷たい視線をベスタの方から向けられていることには、気付きながら。
それを、黒龍を怖がっていると見たのか、ヘルガは、若いもんを怖がらすなよ、と笑ってマリオンの肩をばしっと叩き、ーーそれがさっきコエリが一撃を食らわした場所ででもあったのか、ぐおおお、とマリオが呻き、ヘルガが一度気まずそうに謝るという、一つ悶着を経てからーーあんま気にすんなよ、とそこにフォローを入れてくれます。
「目撃情報は多いし、間違いなくガチ情報だと思うが、その黒龍どもは地中にでも潜ったのか、そのままどこかへ消えちまったって話だ。かく言う俺らもそんな特一級のやべえ魔物の相手なんざする気はなかったから、捜索依頼を続けんのかどうかも含めて、ちっとだけ話し合いもしたがな」
「命あっての物種とはいうしねえ、、あたしらもプロだ、一回引き受けちまった手前、この辺でももう少しだけ探しちゃみるが、念のため、早めにここからは離れた方が懸命かもしんないよ」
お互い気を付けようじゃないか、とジグネは、はすっぱな感じに笑い、そろそろ行くか、とヘルガも笑って手を振り、肩の痛みをこらえ、手も振れないまま、マリオンも、会釈だけしてーー
「、、特一級のやべえ魔物、だそうですね。洞窟を破壊した黒龍だとか」
「ベスタ、、最近たまに思うのだけど、あなた性格悪いって言われない?」
いつの間に横に来たのか、手を振って去っていく三人を見送り、ベスタは素知らぬ顔で、怖いですね、などと空々しく話を振ってきます。その怖いものが呼び出された場面に同行していたのはどこの誰なのよ、とコエリは苦々しくそれを眺め、
「ーーちょっと、、!」
その、視線の先には、ずっと話が終わるのを待っていたのか、手持ち無沙汰な感じにこちらを見つめているミリアムがいて。
てっきり、もう家に帰しているものだと思っていたのに、とベスタを睨み付け、僕は無関係です、と言わんばかりに肩を竦めるのを見て、コエリは、嘆息してミリアムのもとに歩み寄ります。
「待っててくれたの? ごめんなさいね、こんな時間まで、、」
夕刻から長々とヘルガらと話してしまいましたから、もう、外は半分近くも夕日が沈み、ほとんど夜の様相を呈してきています。この村の中ではあるのだろうから、一人でも家には帰れるかもしれないけれど、これだけ薄暗いと、また他の冒険者などに捕まって、今度こそ連れ去られてしまう危険性もゼロではありません。
コエリは、どういう意図か気を利かせなかったベスタに、困った顔で振り返り、ベスタ、と呼び掛けます。
「さすがに、この時間じゃこの子を一人では帰せないわ。私はこの子を家まで連れていくから、あなたは村の外でテントの準備を」
「あ、あの! だからその、良ければ、うちへ」
「ーーうちへ、、?」
「うん、そう! うちへ、泊まっていきませんか!?」
その、小さい身体を、いっぱいに伸ばして訴えてくる、ミリアムの。精一杯の勇気を振り絞っているとわかる、熱心な呼び掛けに、コエリは、相変わらず腕組みをして立っているベスタへちらっとだけ視線を送ります。
、、否定的ではない、と。洞察力に長けたベスタですから、案外ミリアムのこの思いを承知で、この提案をされるのをわかった上で、ミリアムを帰さなかったのかもしれません。わざわざテントを広げるよりは、屋根のある家で眠れるならそれが一番ではあるのだし。
それに、おそらく、ベスタとしては、近くにミリアムの母がいる環境の方が大事だったのでしょう。そこまでを確認して、ようやくコエリも、そうね、、とミリアムへ、優しく笑顔を返します。
「それじゃあ、、ありがたく、お言葉に甘えてもいいかしら?」
そう、答えた瞬間の、ミリアムの弾けるような笑顔に。思わずコエリは、本当可愛い良い子、と目を細めて。
「うちまで案内してあげるっ!」
こっちよ、と手を振って、ミリアムは元気に走り出し、コエリは、走ると危ないわ、と声をかけてあげつつ、昔の最愛の妹の姿など思いだしながら、それを追いかけて。途中で、ベスタが動き出さないことを訝しみ、一度ベスタを振り返ります。
さっきの、ヘルガらの言っていた討伐依頼についてか、冒険者についてか、あるいはジュノーの動向についてか。何か考えているのでしょうね、と思いながら、コエリは少しだけ戻って近付き、ベスタ、と邪魔はしないよう、静かな声で呼び掛けます。
「情報の整理でもしているの? 私も気になることはいくつかあるから、あの子の家に行ったら、少し時間を取って話し合いましょう」
「ええ、、僕も、あなたには話しておかなければならないことがあるようです」
ようやく目線を上げ、腕組みを解いたベスタは、何かに気がかりがあるような様子で、コエリに少しだけ目線を留めて頷き、行きましょう、とミリアムを追いかけて歩き始めます。
ーーその気がかりが、ミリアムやアルトナではなく、何故か自分に向けられている気がして、コエリはわずかに首をかしげ、二人を追って、一本の畦道へと入っていきました。