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pen、pending、pendulum(文字とイメージ・03)

 複数の言葉(音声)や文字(形・姿)を思い浮かべながら、辞書で調べれば、語源的につながるのかが確かめられるのでしょうが、あえて調べずに、その共通するイメージを楽しむことが私にはあります。

「似ている」という印象を楽しむのです。「同じ」かどうかは保留するのです。宙吊りです。

「宙吊り」という言葉が出ました。今回は、まさにその「宙吊り」のイメージについてお話しします。

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 文字を書くとき、人は宙吊り状態に置かれる。文字を書くさいに用いる指も宙に浮く。

 ぶらぶら、ゆらゆら、ふらふら。

 pen、pending、pendulum。
 ペン、ペンディング、振り子。

 おそらく英語では pen だけが語源的に結びつかない気がしますが、かまいません。「同じ」かどうかに基づく知識よりも、「似ている」という印象であるイメージにこだわります。

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 以前に「イメージの韻」という言葉をつかっていたことがあります。音の韻ではなく、イメージの類似にこだわるわけです。イメージですから、個人的で私的なものと言えます。

 陰、淫、隠

 たとえば、陰、淫、隠に、私は音読みしたときの音の韻だけでなく、イメージの韻を感じると言えばわかっていただけるでしょうか。

 私は以下の言葉(音声)と文字(字面)に「イメージ」の韻を勝手に感じているということです。

 pen、pending、pendulum。
 ペン、ペンディング、振り子。

 さらに言うと、どれもが文字を書くときの人の動き、とりわけ指の動きを連想させます。

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 もっと長くしてみます。

 penpending、pendulum、pendant、suspend、suspense、suspension、peninsula、pensil。

 一応、語源について説明を加えますと、pene-やpen-には「ほぼ」とか「ほとんど」(almost)という意味があるそうです。

 たとえば、「peninsula(半島)」は、「ほとんど島」(insula=island)だと辞書には解説されています。

「ほとんど島」なんて素敵なイメージで好きです。「ほとんど」とか「ほぼほぼ」というのは中途半端であり、ある意味「宙ぶらりん」に通じます。

 半島を地図で見ると、本島や大陸にぶらさがっているように見えませんか? 半島にお住みになっている方、ごめんなさい。

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 話は変わりますが、「紀伊半島を紀州を旅しながら、半島の意味を考えた。」(p.11)で始まる、中上健次の『紀州 木の国、根の国物語』(小学館文庫)の「序章」は、とても読みごたえがあります。

 話が広がりそうで、ここでは扱えないのが残念です。強烈な「イメージの韻」を感じる箇所だけを引用します。

 こういう読み方はどうであろう?
 陰→鬼→キ→気→木
 もちろん半分遊びの類推であるが、その類推を不自然に感じさせないのが、紀州という土地であり、紀伊というところである。
(p.20・太文字は引用者による)

 私が施した太文字の部分ですが、中上はこの種の操作を「分光する」という比喩的な言い方で表現していた記憶があります。次に引用するのも「分光」だと思います。

 紀州、木州、気州。市議会議員林氏が語る熊野新宮の気質とは、紀が木に通じ、気に通じるものでもある。林氏に会ったとたんウィリアム・フォークナーの登場人物にいそうな人だ、と思った。毎朝かかさず、神倉かみくら神社に柏手かしわでを打つ。""州の気質を語れる人と言う私に、年来の友人は彼の名を挙げたのだった。
(pp.30-31)

「""州」という圏点(傍点)を使用した表記は音読不能です。この表記に立ち現れているものを音声にしても伝わらないものがある、という意味です。

 一方、「新宮を、シンウと呼ぶのは、東京弁である。シン、それが正しい。シンウのイントネーションは尻下がりであり、シンは尻上がりである。」(p.21)には太文字によって必死で音を伝えようとする強い意志が見られます。

 要するに、この作品の文章はすぐれて視覚的であると同時に聴覚的なのです。紀州を旅しながら、訪ねる先で聞こえてくる声・音たちと、自分が記そうしている文字たちとの乖離に、中上は終始こだわっています。

 なお、『紀州 木の国、根の国物語』では、「イメージの韻」が政治と性と生活と宗教性にまたがります。

 生、政、性、聖

 さらに、生と死、聖と俗、政治と民衆(支配と被支配)というふうに驚くべき広がりを見せるのです。

 私は中上健次の小説が好きですが(文体を次々と変えていった短編はほぼ全部、長編では『千年の愉楽』)、このルポルタージュはすごい文章で書かれていると思います。

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 話を戻します。

 penpending、pendulum、pendant、suspend、suspense、suspension、peninsula、pensil。 

 上の言葉の羅列に私が感じるのは、宙ぶらりん、宙吊り、保留、待機中、半端という一連のイメージなのですが、これは人が文字と文章を書くさなかの状態だと言えます。

 日本語だと次の動詞のイメージにつながります。

 ふれる、振れる、震れる、偏れる、触れる、狂れる

 和語を漢語にするとイメージがさらに視覚的かつ明確に感じられるかもしれません。

 躊躇、逡巡、停滞、彷徨、昏迷

 さらに言うながら、ふれる、振れる、震れる、偏れる、触れる、狂れるさなかの人に、指がいわば擬態している、あるいは逆に、人が指に擬態しているとも感じます。「ともぶれ・共振」しているのです。

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 長くなりそうなので、続きは次回にまわすことにします。

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