現実逃避の真骨頂【23.6.20ちゃんだいオムニバス】
僕は今、くるまやラーメンの味噌ラーメンが無性に食べたい。
時折無性に食べたくなるものがある。
それは高級料理や地方の名産、そして実家の味などの、何か思い出深いものではなく、あぁこれ食べたいなといった刹那の感情。
僕は今、くるまやラーメンの味噌ラーメンが無性に食べたい。
小学生の頃、家の近所にくるまやラーメンがあった。
家族で何度も行った記憶がある。
ただ正直言うと、美味しいという思い出はないし、そもそも何を食べていたかも覚えていない。
そこから10年以上の時を越えて、大学卒業後。
僕が今住んでいる町にも1軒、くるまやラーメンがある。
少し距離があるので、学生時代は一度も訪れたことがない。
お店の存在は知っていた。
ただ、美味しいという思い出を持っていないのだから別に訪れる動機がない。
不意に学生時代の先輩から声を掛けられ、くるまやラーメンに誘われた。
いやもっと美味いラーメンはあると思うんだけどな、という思いは口にせず、僕は素直にお店へ向かった。
くるまやラーメンというのは醬油も塩も味噌もあるし、言うなれば雑多なラーメンチェーン店だ。
一番人気は味噌ラーメンで、これはメニューにも書いてある。
ただそもそもくるまやラーメンは東京発祥のチェーン店だし、北海道で有名な味噌ラーメンというわけではない。
小学生の頃に行っていたくるまやラーメンでも、これといって味噌ラーメンが美味しかった思い出もない。
一番人気というので僕は味噌ラーメンを食べた。
先輩はねぎ味噌ラーメンが大好物らしく、この辛いねぎが堪らないんだと、微笑みながら僕に話しかけてくる。
僕は辛い物が苦手なので、全く共感が出来ない。
味噌ラーメンが来た。
オーソドックスな味噌ラーメンの見た目。
どこかにんにくのパンチのある香りが漂ってくる。
麺を持ち上げると、黄色い中太ちぢれ麵。
小学生の頃の記憶が思い出される。
あぁくるまやラーメンだ。
この麺と香りはくるまやラーメンだ。
麺をすする。
スープを飲む。
美味い。
くるまやラーメン特製味噌を使ったスープが美味い。
ご飯に合うスープだ。
もやしが美味い。
これはコーンが合う、バターが合う、チャーシューが合う。
スタンダードな味噌ラーメンを注文してしまったことを悔いた。
これはトッピング満載でいただくべきラーメンだ。
ねぎだけは遠慮しておこう。
僕は辛い物が苦手だから。
ごちそうさまでした。
くるまやラーメンの味噌ラーメンを食べ終えた僕は、一種の多幸感に浸っていた。
思い出のお店であるのにも関わらず、思い出の中に一切姿を残していなかったくるまやラーメン。
小学校低学年の頃の同級生に再会したとして、かろうじて名前は憶えているかもしれないが、顔や声は一切思い出されないであろう感覚と似ているかもしれない。
そんな経験は一度もないので、想像でしかないが。
そんな久しぶりに食べたくるまやラーメンの味噌ラーメンは、僕の中ではナンバーワン味噌ラーメンと言っても過言ではない。
それから先、先輩に誘われるまでもなく、一人でくるまやラーメンに通った日々。転居の為、遠く離れたくるまやラーメンに行かなくなって2年。
僕は今、くるまやラーメンの味噌ラーメンが無性に食べたい。
そしてそんな気持ちになる時の自分の現状を振り返ると、大抵やらなければならない事に目をそむけていたり、面倒なことから逃げていたり、溜まっていくタスクから逃げたい状況だったりするのだ。
くるまやラーメンを食べたくなったときは、もう一度自分のふんどしを締め直して、よし頑張ろうと思わなければいけない時。
この課題がクリア出来たら、くるまやラーメンを食べに行こうと決めるのだ。
くるまやラーメンは僕の燃料、モチベーションの発露なのだ。
そしてその課題がクリアできた時、
結局大好きな大勝軒に行くことになっても、だ。
それでも僕は今、くるまやラーメンの味噌ラーメンが無性に食べたい。
23.6.20