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~これはもう、Wバディ?~『秘密〜THE TOP SECRET〜』(ネタバレあり)

第二話

 時系列でストーリーを組み立てるTVドラマ版では第二話も原作とは異なるバディ(つまり薪と青木ではない、薪と鈴木、薪と岡部)で真相に迫る。

↑第二話の収録されている6巻

 前半(とはいっても全体の半分以下のボリューム)は薪と親交の深い、貝沼教授の自死と、そこから発覚する(まともな神経の人から見たら、トラウマ級の)猟奇殺人事件が語られる。

 原作では貝沼は、食うに困って万引きを働いた現場で、逮捕されそうになった軽犯罪者としてまだ若き薪に出会っている。身なりや状況などから、貝沼が万引きに追い詰められるほど困窮していたに違いない、と判断した薪が情状酌量し、その場で彼を無罪放免で解放する。
 だが、その事で却って貝沼は心をこじらせていく。同情されたことに対してか、薪のことを激しく憎み、だが同時に同じくらいに愛しもした。
 その果てに貝沼は「薪に似た感じ」の少年たちを次々に探し出し、28人にのぼる殺害を決行してしまう。

 一方、TVドラマ版の貝沼は、薪が室長となる、「第九」の組織基盤を頭脳面で支えた大学教授、という設定である。薪の恩師でこそないが、学会で彼と出会い、良き討論相手兼、年齢の離れた「友人」として、共に食事をすることさえある間柄だった。

 原作がある作品の映像化ではこういう設定変更が、力強い魅力を放っていた原作の輝きを損わせ、ファンをがっかりさせる展開が実に多い。
 だが今回の映像化では私の見る限り、貝沼の設定変更はむしろ、原作を知らない初見の視聴者にも解りやすく、且つ、大方の原作ファンの許容範囲にも収めたものだと思う。

 なぜなら(先取になるが)第三話で少年たちを間接的に、且つ一気に自殺に追い込む、という遠隔殺人を実行するためには、生活にそこまで困窮してしまうような裁量しかない貝沼が仕掛けるには、少々無理のあるトリックが使われるからだ。

 話は戻ってここでは貝沼の、陰惨でおぞましい殺人がいよいよ明るみに出、薪が信頼を寄せていた同僚で、親友でもある鈴木を自ら手掛ける、というショッキングな展開が大体、放映時間の1/3~2/5くらいのボリュームで語られる。

 え???ちょっと?!これだけで一話分、使って語られてよくない?と、思わずにはいられなかった。ここはいまだに話の展開の、駆け足っぷりが過ぎないか?と、私は思っている。

 鈴木だっていっぱしのエリート警察官で、第九に抜擢されたからには、そんなに精神的に弱い人間だとは思えない。当時、配属された他の3人もだ。 それが、このような惨事を招くからには、相当の“狂気”の映像が、貝沼の脳にはあったということだ。そのあたり、真相は明かさなくても、鈴木をそこまで追い詰めたことがチラリとでも分かるような描写があってもいいんじゃないかな、と思った。

 だが後半2/3~3/5くらいのボリュームで取り上げられた、後に第九の古参メンバーとなる岡部の、第九転属に至った顛末を語った事件についての展開は、中々悪くない、と思った。

 ー何しろこのTVドラマ版、高橋努さんの岡部、めっちゃカワイイ。

 そもそも事件解決のためならどこにでも馳せ参じ、精神的にはもちろんのこと、肉体的な苦痛を受け止め、耐えながら仕事をしてきたのが岡部たち捜査一課。
 そんな彼らにとって、デスクワークだけで事件解決に持って行く「第九」という組織自体が、現場の痛みを知らない頭でっかちの集団、という考えが生まれるのは無理もない話かもしれない。裏を返せばそれだけの痛みを、彼らが常に受け止めているからこその発想、とも言えるだろう。

 これが岡部に至っては、今回のコンビニ殺人事件の捜査権限が第九に移ったことは、自分が果たすはずだった仕事を中途半端に取り上げられた、と感じてもおかしくはないような、理不尽な命令だったのだろう。ー容易に想像がつく。
 そしてそんな上部の判断に業を煮やした彼は、コンビニの商品をぶちまける、という昭和のパワハラおバカさん体質を炸裂させる(この描写はちょっとやりすぎかも。原作では自分の携帯を、壁を殴った拍子に壊すくらい)。

 だが、いざ自分が無実の暴行容疑(ここでは薪の異変に駆けつけたはずの岡部が、彼に詰め寄り、殴ったか追い詰めたか、と疑われた)が掛かってはじめて、自分が犯人と思う人物を疑ってかかっていた、ということに気付かされる。第九の脳内映像のように、犯人や被害者の見たものが映るならそんな、疑いのバイアスなど掛からない、という利点にも。
 この他いくつかの出来事から第九の捜査能力のポテンシャルが見えてくると、岡部は潔くその良さを認める。そうなると彼は、今度は全力で薪と第九をサポートするようになる。

 だからといって、岡部は手のひらを返すように態度を急変させるわけではない。けれどただただ朴訥な一言一言から、彼が薪の苦しみに少しずつ歩み寄っていくのが感じ取れる。そんな描写がいい。
(薪をお姫様抱っこでストレッチャーに強制連行するシーンも萌えたが)
 そして薪の方も話の最後では殊勝にも、岡部に助けてもらった礼を口にする。

 更に、実写になってみて分かるのだが、年下で頭の切れる薪と、望まずしてその部下となった岡部の関係性が絶妙に微妙で面白い。

 アニメやラノベ、それこそマンガなら、上司に向かって「アンタ、何やってんですか!!」みたいな言葉遣いで接し、そこに尊敬や敬意があるのかないのかわからないポジションの部下、というのは時々目にするが、実写ではあまりない。
 そのせいか、部下である岡部の一見、乱暴な物言いの中に、気遣いが見え隠れする言葉がとても新鮮に映る。そこには薪の実力に一目置いていること、自分にとってこの年下の上司が大事な存在になりつつあることの、心の動きが見えてくるようだ。そういうところがいい。

 思うのだがこの『秘密』という作品、薪のバディは青木、という人がほとんどだろうが、私には青木と岡部のWバディに見えるのだ。

 一方、事件は犯人の郁子が死んだ後、この、第九の捜査により、真相が明らかにされてゆく。それは父親のワンオペ介護に追い詰められた、郁子の危うい精神バランスが、被害者・正により崩されたことから起きてしまったもの。

 ここまで追い詰められれば、人を殺してしまったことはもちろん悪いけど、そうなっちゃうのも無理もないよ、と私なら言いたくなってしまう。それくらい、ギリギリで頑張っていた郁子の、過ちのような犯行。そして正の、良かれと思って差し伸べた気持ちが裏目に出た、心のすれ違いが起こした悲劇。
 敢えて言うなら恋人の佳代子が、郁子が自分の彼氏に対し、勘違いも甚だしい恋愛感情を抱いているのでは、と疑い、彼女を呼び出し、責め立てた言動が、一番悪意のある引き金だったようにも思える。正直、相手を思いやる、ゆとりも想像力もない人、の印象が拭えないが、それでも殺されるまでの事では本来、ない。

 岡部もそんな状況に「ちょっとかわいそうですね」と郁子に同情の気持ちを見せる。けれど、薪は言う。
 「気の毒なのは何の罪もないのに殺された被害者だ」

 そうなのだ。立場の弱い人にどんな事情があろうが、人を殺していい理由になどならない。だから彼は立場の弱い人だから、という理由では決して「無理もないことだ」とは言わない。
 むしろ、弱い立場にいるからって心がキレイとは限らない、という目線が原作者の清水さんの作品には常に息づいている。厳しいけれど、それは一つの真実だ。だから彼女の作品を読むとき、私の背筋も思わず伸びる。
(ただしこれも、力のある者が弱い者を叩く、都合のいい理屈に使われかねない危険性を孕んでもいるから、手放しで称賛できない気持ちがある)
 そんな彼女のスピリットがキッチリ乗せられている、TVドラマ版の話作りはやっぱりとても良いな、と思う。

 ただ惜しむらくは、(私としては)原作最後の父親の目線画像を盛り込んでほしかった。スーパーモデル、とは行かなくても、父親の目からは、娘がどれほど優しく美しい輝きを放って見えていたかを。
 人の想いは、陰惨で醜いものばかりではないと。

そんなメッセージを込めて。

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