エッセイ「スプラトゥーン沖縄代表プレイヤーを夢見た日」  クロタ


 大勢の観客の歓声を浴びながらゲームブースに座り、意気揚々とプレイを開始するその瞬間まで、僕は、ゲームであんなにも惨めな思いをする羽目になるとは思っていなかった。

 去年の十月頃の事だ。僕は、全国規模で開催された『スプラトゥーン甲子園』という大会の沖縄地区予選に、三人の友人と四人一組のチームを組んで参加していた。

 大会が全国規模で開催されるという事からも分かるように、スプラトゥーンはとても人気のあるゲームだ。一地方の予選でしかない今回ですら、総数六十チームの試合一つ一つがニコニコ生放送とYouTubeLiveにて実況中継付きで生放送されていた、と聞けば、その人気具合も容易に想像できるかと思う。

 今でこそ、四人一組の六十チーム、計二百四十名もの参加者が沖縄地区予選に集まったと分かっているが、実は、予選参加の抽選に応募した当時の僕達には、そんな数の参加者が集まる事は予想すらできなかった。

 というのも、僕達が応募した段階で割り当てられた当選番号が『二番』だったのである。

 応募締め切り前日に申し込んだという事もあり、「今の段階で二チームしか応募してないのなら、今回の参加者は物凄く少ないのでは」と早合点した僕達は、これなら一、二回勝利するだけで優勝できてしまうだろうと高をくくってしまったのだ。

 そう。完全に舐め切っていたのである。スプラトゥーンというゲームの沖縄における人気度と、他の参加者の腕前を。

 そんな状態で迎えた大会当日の朝。会場に並んだ長蛇の列を見た僕達は、自分達の思い描いていた光景とのギャップにしばらく愕然としてしまったのだが、「きっと大半は観客だろう。実際の参加者はもっと少ないはずだ」という往生際の悪いポジティブシンキングで、萎えかけた闘志をどうにか持ち直す事に成功する。

 結局、すぐにこの列の人間全てが参加者であると判明したのだが、変に吹っ切れた僕達にダメージは無かった。

 むしろなぜか、勝利への自信を抱いたまま予選開始時間を迎え、試合を行うステージへと登壇したのだった。

 スプラトゥーンでは、敵味方が赤と青といったランダムな二色のチームに分かれ、『ブキ』と呼ばれるポップなデザインの銃器を模したアイテムから、赤のチームに割り当てられたのなら赤色のインク、青のチームに割り当てられたのなら青色のインク、といった具合に自チームの色と同じ色のインクを射出して戦う。三分という試合時間の中で、ゲーム内ステージを、相手チームよりも多く自分たちのチームの色で塗りつぶせれば勝ちというシンプルなルールを採用している。

 インクはステージを塗る事以外にも、敵チームに当てて倒す事にも使えるため、スプラトゥーンでは塗りは勿論、敵にインクを当てて倒し、妨害する事も重要だ。塗りやすさだけでなく、敵の倒しやすさも念頭に置いて使うブキを考えなければいけないのである。

 ブキの種類は多岐に渡るため、プレイヤーによって得意ブキは千差万別なのだが、それでも一般的に『玄人向けのブキ』と評されるクセの強いブキがあった。

 ステージ上に設置されたゲームブースへ着席した僕達は、まず初めに使用するブキの選択を行ったのだが、ここで僕は致命的なミスを犯す。

 僕はここで、いわゆる『玄人向けのブキ』を、「これを使って勝つカッコいい自分の姿」を妄想し、自分の実力を完全に過信した形で、試合で使用するブキに選んでしまったのだ。

 『チャージャー』というブキだった。実際の銃器でいえばスナイパーライフル的な位置付けのブキで、全ブキ中最長の射程を誇るものの、一発インクを射出するのに長い時間の溜めが必要なため連射もできず、遠くの敵を狙う以上、狙いもつけづらい。

 一発でも敵に当てる事が出来れば、一撃で倒す事ができるという利点はあるものの、相当に練習を積まなければ、そもそも当てることすら出来ない。そんなブキだ。

 己の実力を過信した上に、使いこなせていないブキを選んだ人間にまともなプレイが出来るはずもなく、現に自分達の試合が始まってからは、それはそれは酷いものだった。

 試合が開始すると僕は、まず、自チームの色が青、敵チームの色が赤である事を確認してからのんびりと周囲を塗り、 勇ましく敵陣へ攻め込んでいく味方メンバーの背中を頼もしい思いで見送りながら、敵チームを迎え撃つ狙撃ポイントを、のんびりと探した。今思えば、会場とネットの向こうの大勢のギャラリーの前でプレイするという環境から生じる緊張を和らげるための行動だったと思う。

 しかし、そんなのんきな行動を相手チームが見逃すはずもなく、先に敵陣へ向かったはずの味方メンバーを差し置いて僕は敵に倒されてしまい、この試合最初の脱落者となってしまった。

 偶然にも、僕を倒した相手も同じブキであるチャージャーを使っていたのだが、本当に同じブキを使っているのかと疑いたくなるくらいの正確かつ目にも留まらぬ射撃だった。

 スプラトゥーンは、敵に倒されてしまったとしても、試合時間内であれば何度でも復活する事ができる。僕が相手チームのチャージャーに倒された瞬間、実況が声高に相手チャージャーの腕を称賛した事を若干恨めしく思いながらも、僕は気を取り直して、やられる寸前に目星をつけた狙撃ポイントへと急いだ。

 しかし、その行動すらも敵は見抜いていたようだった。狙撃ポイントに到着してブキを構えた瞬間に、僕はまたしても件の敵チャージャーに撃ち抜かれてしまったのだ。間隔のほとんど無い二回連続のダウン。それも、同じ敵からの攻撃で、である。

 ここにきてようやく僕は、己の甘さと、自チームと相手チームの途方も無いレベル差を認識し始めた。言いようのない無力感に襲われ、自チームの中で間違いなく僕が一番の役立たずであるという事実に気付き、激しい焦燥から、心臓の鼓動が早鐘を打つように加速していく。

 気付いてからは早かった。「長射程ブキは僕しかいないから、僕があのチャージャーをなんとかしないと」という強迫観念に縛られ、単身で相手チャージャーに挑んではなす術もなく何度も倒された。

 僕が倒される度に、相手チャージャーの腕を興奮気味に讃える実況と、それに呼応して大きく沸く会場に、コントローラーを持つ手は汗ばみ、震えが大きくなっていく。

 正直、なんで自分はわざわざ大衆の前でこんな無様な姿を晒しているのだろうと、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。もしかしたら沖縄代表として全国大会に出場する事になるかも、とかおめでたい妄想をしていた試合開始前の自分を、とにかくぶん殴りたかった。

 僕が一人で鬱屈としている間にも、当然時間は進む。三分が経過し、勝敗結果発表として、ゲーム内ステージの空撮へと画面が切り替わった。

 誰がどう見ても完敗だった。自チームのスタート地点周辺以外の全ての場所を真っ赤に染められたそれは、僕の折れかけた心を完膚なきまでに粉砕するに充分な威力を持っていた。

 心が折れていたのはチームメンバーも同じだったようで、僕らは観客の盛大な拍手に包まれながら、暗い面持ちで逃げるようにステージを後にした。

 当初は負けても他のチームの試合を観ようとか話し合っていたが、あんな圧倒的な負け方をした以上全くそんな気は起こらなかった。それどころか、この会場から一刻も早く離れたい衝動に駆られた僕達は、未だ他の試合が繰り広げられ、盛り上がりをみせるステージから出来るだけ距離をとりながら、早々に帰宅したのだった。 

 こうして、僕の人生初のゲーム大会、『スプラトゥーン甲子園』は、沖縄地区予選の一回戦敗退という何とも残念な結果で幕引きとなった。

 ちなみに僕は、大会が終わった数日後、あまりにも圧倒的な実力差で完敗してしまった事に小さな違和感を覚え、大会の公式サイトで沖縄地区予選の優勝者を確認していた。もしかしたらあの時の相手は、予選を優勝するくらいの猛者だったのではないか、という考えからである。だがしかし、結果から言うと僕達の対戦相手は、優勝はしていなかった。

 決勝敗退、準優勝だった。

 大敗を喫した理由が判明して、違和感を拭う事はできたが、予選一回戦で準優勝チームに当たった不幸を呪うべきか、そんなチームになら負けて当然だったと安堵するべきかという複雑な気持ちに、僕は未だに答えを出せていない。



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