「ありがとうございます」
ヤクルトをいただいた。
こう言っては何だが、俺は子供の頃から阪神タイガースを大の贔屓にしている。そんなことは俺がウニもイクラも牡蠣も百足も蜘蛛も一寸法師も浦島太郎も亀仙人もフリーザもモスラもゴジラも食べられないことと同じくらいに周知のことだと思っていたが、全くそうでもなかった。
差し出されたときにどうしていいか分からず、ブルブルブ゙ルルブルルンルンと腕が震えた。俺に、出川哲朗氏や村上春樹氏のようにヤクルトスワローズに下れというか。
こんなことはないと思うのだが、もしかするとその方が誰かに金で雇われたかもしれない。
その方のご家庭の事情は皆目分からないが、もしかして裕福とは真逆という可能性もゼロではない。一日に何度も飲んだくれの亭主からちゃぶ台をひっくり返されて…いるお隣さんの姿を窓からみて柱の陰から「飛雄馬…」と涙を流しているかもしれないのだ。ちなみに飛雄馬はお隣さんが飼っているダンゴムシの名前だ。
自分の亭主は博徒で、驚くほどの借金で首が360度回らない(回ればゾンビだ)。おまけに息子の金太郎は病気にかかっている。医者に診せたいがそれが叶わない。なんせ金が無いのだ。金があったら医者に連れていくときパンツくらい履かせてあげたい。
金はあっても銭がない。知り合いの金物屋のおやじが自嘲気味にいつも言っていた。「金のものは売るほどあるが、うちには全然銭がない」しらんがな。嫁や家族がどれだけ辛い思いをしたか…。まあいい。
金に縁があるように金太郎と名付けたのに、なんの役にも立っていないと、この亭主が暴れ出したらかなわない。
そこにつけこむように悪の化身が話を持ち掛ける。
「あそこのバカな阪神ファンにこれを飲ませろ。」
そう言ってヤクルトと共に1億円を渡すのだ。
「受け取った金を返して来てください」と俺の口からは言えなかった。
その方はその1億円で博徒の亭主の借金を返し、金太郎のパンツを買うのだ。そしてハワイに行って嫌というほどトロピカルジュースを飲みまくるのだ。そうなのだ。
阪神ファンである俺は「ありがとう」と言って全て飲み干すことを決めた。それが男だ。そうなのだ。
「ありがとうございます」
これで俺のお通じが良好になるかは、はんしん半疑だ。