さてそのオージーのおじいさんはさやに入った刀を持ってきた。つかの部分は剥き身の状態だ。そこに銘がはいっている。
「刀の銘に何と書いてあるか読んでほしい」という依頼があった。
この「~を読んでほしい」という依頼はたまにある。「~」には実に様々なものが入るが、それらの依頼のほぼ100%が「”タダで”読んでほしい」という依頼だ。
正確に言えば、彼らはそうは言わない。しかし同じことである。こちらが、読むのはいいが料金を請求させていただきますよ、と言えばとても不愉快そうな態度になる。
つまり「読むくらいただでパッパと読んだらええやん。何おまえ金をとろうとしてんねん、この野郎。」という(かどうかまではわからないがどう感じるかは当方に委ねられるはずである)態度だ。まるでこちらが道徳的に劣った倫理観と優しさのかけらもない人非人のようなのである。
魚屋に行って魚をタダでくれと言っているのと同じだと何故気が付かないんだろう。もし魚屋だと思っていないんだったら入ってこないという選択肢はないんだろうか。
依頼には、量にもよるが、即答できるものとできないものがある。
書家だからといって、すべての文字のすべての書体、すべての崩しが頭に入っているわけではない。日本人だからと言ってすべての日本語が頭に入っているわけではなかろう。
またクリアに読める状態のものもあれば、古くて傷みがあるものもある。
それに書かれたものが全て教科書や辞書に載っているように正しく書かれているわけでもない。クセ字もあるし、誤った崩しもある。
つまりある程度の時間、ものによっては何時間もかかるものもあるのだ。
まあどうせそんなことは依頼者には分からない。
ただ、他人の仕事に対して尊敬の心を持っているかどうか、ここは大事なポイントだと思うのだがいかがだろうか。
さてそのオージーのおじいさんはさやに入った刀を持ってきた。つかの部分は剥き身の状態だ。そこに銘がはいっている。
刀のさやを抜いて本体を見せてもらう。やっぱり男はこういう職人が丹精込めて作った品には惹かれる。かっこいい。
早速刻られている銘を読みにかかる…
さてさて、そのおじいさんはきちんと謝礼を置いて行った。
俺の仕事をきちんと敬ってくれたのである。
こんな日はとても気分よく次の仕事に移れるのである。