俺は早朝すぎるのを無視してシェアメート全員をキッチンに集合させる。案の定みんな一瞬で目が覚めたようだった。分かりやすくていい。
「れんさん、起きて。大変だよ。」
シェアメートのヒデが俺の部屋のドアを開けて叫ぶ。
ノックまでしていたかどうかはちょっと記憶にない。
普段は目覚まし時計さえも使わずに起きる俺が
誰かに起こされる事はかなり珍しい。
なんだ、と思ってベッドから抜け出して、ヒデについて行ってみると、
一瞬で目が覚める光景が目の前に広がっていた。
なんと、キッチンが洪水状態で、水面が波打ってるではないか。
洗い場のシンクの下の扉のところから
お祭り騒ぎの水がジャンジャン噴射していて、
収まる気配がどこにもない。
「顔を洗おうとしてお湯出したら『バンッ!!』って音がして…」
ヒデの顔には色が全然ない。
この大惨事を起こしたきっかけが自分だという圧力で
心がつぶされてしまったのだろう。
とにかく水を止めねばならぬと思って、
ずぶ濡れなどなんのその、なんならシャワーをお先に、という思いで破損個所探しにトライ。 なんせ水の勢いが物凄くて多少手こずりはしたものの、やっとこさで見付けだしたのを、代わってヒデに抑えてもらう。
そして俺はびしょぬれなどなんのその、
今度は水の供給元を断とうと、元栓を探す。
「早く~」と力なく叫ぶヒデの声が背中でする。
そんなん知らんやん!元栓ってどこ?
普段そういうところを確認していないからこういう時もたつくのだ。危機管理が完全に欠落している。
あっちやこっちやに雫を垂れ流しながら心当たりを探した挙句にやっと元栓を発見、そして遮断。
お陰で水はしっかりとまった。だが安心するのはまだ全然早い。
お祭り騒ぎは収まったキッチンも、水面は静かになったが池であることに変わりはない。魚こそ泳いではいないが、いろんなものが浮いている。
その水はキッチンに止まらず、玄関のドアの下から外に流れていく。目に見えないところからの漏水で当然階下にも被害は及ぶだろう。
幸い階下は地下で、人の住んでいる部屋はない。これぞ不幸中の幸い。
とにかくサンダルをつっかけて急いで地下に下りてみると、駐車場への通路の天井からは水がダダダダダって滝のように流れ落ちている。
怖ろしい。ああ怖ろしい。
管理人に見つかったらどえらいことだ。
俺は早朝すぎるのを無視してシェアメート4人全員をキッチンに集合させる。とはいえ、俺とヒデはここにいたんだから、あと二人だ。案の定、二人とも一瞬で目が覚めたようだった。分かりやすくていい。
こんな時間から業者が開いているわけもなく、とりあえず全員であらゆる手を使って水かき、吸水。
俺は窓掃除のワイパーみたいなのとちりとりとバケツ。
ヒデはちりとりとホウキ、
きょうこさんとジュシンはバスタオル。
それはもう永遠かとも思える作業だった。
その間、 不動産屋に電話すること2回。それが留守電であること2回。
(あの女いつも全然使えねぇ、って心の中で思うこと2回。)
クリーナーに電話して吸水してもらおうと思ったけど、 月曜日までこれないと断られること2回。 ジュシンがバナナの皮ですっころぶこと1回。
落着いたのは3時間半を経過した後だった。
みんなヘトヘトでキッチンに座り込む。
みんな物凄く頑張った。 あんな池みたいな状況を 自分たちの力だけで元の状態に戻した執念と根性は天晴れである。
浸水して被害にあった品物や、吸い取り作業に使った物凄い量のタオル、
それに見事にすっころんで痛めたジュシンの足など、被害は結構大きい。
まだ水もお湯も、 給湯器を通しているものがどれも使えない。 シャワーも浴びれない。
がしかし、幸いなことにバスルームの洗面台の水は出る。
これぞ不幸中の幸い。本当に嬉しい。
地獄に仏とはこのことでいいのか悪いのか。
そしてトイレの水も流れる。ウンコし放題。
何よりも良かったのは、ヒデの顔色が元に戻ったことだった。