「翔べ! 鉄平」  12

 その後落下傘の改良が進められ、早く開き、人体が着地の衝撃に耐えられる程度に早く落ちるように工夫された。

 落下速度を速めるために傘に大きな穴が開けられた。

 傘には軽い絹の生地を使い、できるだけ小さく纏めて背負えるようになった。

 また安全な降下が期待できるようになると、それに伴って実践を目指した武器や機材の選定と改良が始まった。

 飛行機を操縦する飛行士たちも風向きとその強さ、高度などを計算し降下開始地点と着地目標地点の割り出し方の研究を始める。

 そして落下傘の増産が始まった。また一〇〇一は館山の海軍航空隊に移され、そして訓練兵が増員されたのであった。

 次の課題は多くの兵員が一回の飛行で連続して降下をする訓練に移っていく。零式輸送機の機内天井には左右一本ずつのワイヤーが張られ、引っ掛けた開傘索の金具を引きずって扉の前まで行けるように改良された。
 乗員いっぱいの十二名を左右の扉から連続して降下させるのである。

 ある日事故が起こった。
 館山の海軍基地を本拠にしながら、降下訓練の降下地には海岸に近い平野部を使っていた。
 そして降下した訓練兵が風に流され海に着水してしまったのである。訓練兵は落下傘にぶる下がったまま海に落ち、体が海の中に沈み、そして浮き上がると、落下傘の布が海面を覆っていたのである。
 海面上に体を出すことができない訓練兵は布に体を絡めて、重い軍靴や鉄帽の重みで体を沈め、水死した。

 そこで降下の途中で落下傘を脱ぎ捨てられるように、着脱を容易にできる構造にした。
 海に流された場合、海面手前で脱ぎ捨てて海に飛び込むのである。また着脱を容易にすることで、地上に降りたときの戦闘態勢に入るまでの時間が短縮できるようになった。

 ある日、足を骨折するという負傷者が出た。

 連続して飛行機を飛び出すと、後から飛び降りた者が前に飛び降りた者の落下傘の真上に流されたのである。
 下の落下傘の真上は空気が薄くなっている。真上に差し掛かった後続の落下傘は包み込む空気を失い、突然萎んだ。
 萎んだ落下傘の訓練兵は下の落下傘の上部を滑り落ち、二十メートル程の高さから落ちてしまったのであった。

「おい! 見ろ! 傘が開かないぞ!」

 地上で見守る兵隊たちが叫んだ。

 小さな物体がその上に狼煙を上げるように開かない落下傘を引きずり落ちてくる。
 予備の落下傘は開かないのかと息を殺して見守る。のろのろと揺れて落ちる落下傘が地上に地下ずくと、見守る兵隊たちは最敬礼の姿勢でその最後を見守った。

 とうとう別の小隊の兵隊が、傘が開かずに落ちて死んだ。飛行機を出て傘が開く瞬間、傘を支える細い紐がズボンのボタンに絡まり開かなかったのである。

 それを素に部隊員の戦闘服にも改良が施されるようになった。
 ボタンなどの突起物を無くしたが、逆にポケットの数は増えた。着地から戦闘態勢に入るまでに必要な小物を収めるためである。

 ほかにも鉄帽は鍔の無い物に変更された。軍靴はゲートルを巻かずにブーツになった。水筒も金属からゴム製の水筒に変わる。

 物資の投下も試された。武器や弾薬を箱に積め落下傘で落とすのである。それには飛行隊から選任された者たちが特別に訓練を受ける。開いた落下傘の上に落としては危険だからである。

 また実践を想定して降下高度を三〇〇メートルに設定すると、落下傘の滞空時間は短くなる。だから尚更迅速な判断が必要になる。

 落下傘降下の不安は、傘が開かないことよりも、降下前の準備や降下後の小さいミスが重なることで起こる事故に向けられる。
 搭乗前にフォーメーションを組み、そして互いの装備を確認しあう。

 
 龍宮中尉と熊沢上等兵は飛行機の扉を開けた。

「立て!」

 龍宮が号令を掛けた。

「開傘索を掛けろ!」

 機内扉口から犬飼一等兵、烏山二等兵が叫び、扉に向かって並ぶ訓練兵の、一人ひとりの安全装置の確認をしながら奥へ進み、反転して陣取る。
 鉄平が指示をだす。

「いいか! 傘が開いたら周囲をよく見回せ! そしてすぐに地上の集合地点を確認するンだ」

「海に流されたら、着水寸前で落下傘を捨てろ! でないと水中で傘に包まれて浮き上がれないぞ!」

 犬飼が注意を促した。

 龍宮中尉が機内後方の左の扉の前に立ち、その列と機外を交互に見守る。その反対側では熊沢上等兵が同じく列を見守る。
 龍宮と熊沢は全員が降りるのを確認してから最後に飛び降りるのである。一番後方では鉄平と犬飼が操縦席の猪俣や猿田と連絡を取る。

 猿田が滑走路上空への侵入に移ったことを知らせる。鉄平と犬飼が合図を送り龍宮と熊沢がそれを受ける。

「扉に詰めろ!」

 龍宮が怒鳴ると、並んだ兵隊たちが扉に向かって詰め寄る。まるで電車のつり革に捕まり狭い車内を押し詰める人の列のようである。

「降下地点まで、十秒!」

 猿田が叫んだ。

 五、四、三、二、一、

「ゴォ!」

 龍宮と熊沢が腕を振って兵隊たちを送り出す。
 鉄平は平手で熊沢の手を打つと、それが最後の合図で、鉄平を追って熊沢も飛び降りた。

 幾つもの落下傘が飛行機の後尾に点々と開く。タンポポの白い産毛を生やした種子が編隊を組んで空を舞い地上に降り立つように、落下傘が列をなして舞い降りる。

 着地するとすぐに傘に繋がる片方の肩の綱を外す。すると傘はすぐに力を失って萎み風にも引っ張られなくなる。

 地上に降り立った空挺隊を見届けると猪俣と猿田は飛行機を反転させ、彼ら目掛けて急降下で突っ込む。地上で部隊があっけにとられているとそのすぐ上で機首を上げ機体を振り振り飛び去ったのである。

「へへへ…奴ら、着地で相当頭を打っているンで、馬鹿になってンじゃないンですかね」

 猿田が呆れた笑顔で猪俣を振り向いた。

「馬鹿じゃなきゃ、空から敵陣へは突っ込めまい」

 そう言う猪俣も笑っている。彼らの『馬鹿』という言葉は、彼らにしか通じない最上の褒め言葉なのである。

 八月には全国各地の海軍からの志願者が一五〇〇名集められ、さらに増員された。ただ、陸軍でも同じように空挺作戦の実験と編成が始動し出し、落下傘の製造が追いつかないほどになっていた。

                  つづく

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