「翔べ! 鉄平」 エピローグ 26

「脱出した飛行兵がいる! 気を付けろ。巻き込むな」

 ムスタングから電波が放たれた。

「OK、そいつはカミカゼじゃないらしいな」

     *

啓二は体を捻じ曲げて捨てた機影を探したがすでに見つからなかった。

「鴨志田……すまん!」

 涙が溢れてきた。鴨志田とその家族に対して顔向けできない申し訳なさと、彼と機体を捨てて逃げ出す卑怯な自分を感じて涙が溢れてくる。

 下を見ると真っ赤に燃える東京の街が広がっている。

 黒い闇の中に真っ赤な野焼きのような美しさで東京の街が輝いている。
 油の焼ける匂い、煤の匂い、化学薬品の化合した匂い、言い知れない異様な匂いが啓二を包み、落下傘の中で渦巻く。

 大きな野焼きの中で踊り狂う羽虫のように人々の叫びが見える。

 人々の叫びが渦巻いて竜巻のように舞い上がる。爆発音が低く小さく聞こえてくる。熱い風に乗ってそんな明るく輝く街を見ているとますます涙が出てくる。

 子供が泣くようにお腹を震わせて痙攣するように泣き続ける。

 火炙りにされるように、熱を感じながら真っ赤な街の上空を静かに通り過ぎる。爆発し舞い登るコンビナートの火炎が啓二を見下ろして笑う。

 体が上方に引かれる感じがした。街を焼く炎が上昇気流を作り、北西からの風と絡まって渦巻く。悲鳴が炎をより高く吹き上げる。

 風が泣いている。啓二は渦巻く熱い風に流される。

 高度を下げずにどんどん南東に流される。右足首と左膝に痛みを感じ始めた。するとその痛みがありがたく感じる。操縦席で落下傘を開いていたら、落下傘が尾翼に絡まっていたかもしれないからだ。

 啓二は突然の涼しい風を感じた。

「やぁ! 気持ち好いだろ」

「鉄平!」

 熱があるのだろうか、夢を見ているような気がした。火照る体で風に乗っていると赤く燃える街が少し遠のいている。黒い街の上空に出ると空気の温度が下がり始め、同時に高度がどんどん下がるのを感じる。

――気持ちいい。生きている。気持ちいい。鉄平!

 そう思うと、急降下してB-29に向かったときの血迷った自分を恥ずかしく思い返した。

『もう大丈夫さ。生きて地上に降り立つンだ』

「鉄平!」

 啓二の涙が雨のように地上へ落ちる。体も流される方向も、自分ではどうにもできず、ただただ震えながら泣くだけしかできなかった。

                 つづく



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