「翔べ! 鉄平」 16
「みんな最初は怖いンだ。沈着冷静に判断し、自分を見つめれば、正直、怖がっている自分が見えてくる。冷静さを失って自分を見失い、判断を誤ることはするな」
龍宮が小隊を見回して言った。
「はい!」
「これからは自信と勇気を持って、大空に新しい道を切り開こう」
オオョ!
奥さんが座敷に入ってきて小隊に酒を注いで行く。
「カラスさんですね」
奥さんは鉄平に声を掛けた。鉄平はカラスと言われ戸惑った。
「犬さん」
「クマさん」
奥さんは笑って三人を呼んでいく。
「龍宮が、いつも話して聞かせてくれるンです」
三人は流し目で龍宮を見ると、龍宮は照れくさそうに俯いた。鉄平は龍宮の奥さんを見るとまた風子を思い出した。龍宮中尉の奥さんや風子の笑顔が安らぎの証であるように感じる。
「美味い豆腐だ」
誰かが感想を漏らした。すると龍宮がその豆腐を自分のことの様に自慢する。鉄平は自分の家族と小隊の繋がりを見出した。
そしてその家族には風子がいて、一緒に食卓を囲む自分を想像してしまった。
――金平兄さんの豆腐、いつも美味しいわね。
と風子が言う。
「中尉殿、お髭を剃られたンですね」
熊沢が龍宮を少々からかうように聞いてみた。
「ああ。空に飛び出すとな、髭が風に吹かれてくすぐったいンだ。風に笑われているようでな」
ハハハ
龍宮が髭を剃ったのには他に理由があった。
それは、飛行機を飛び出してから地上に着くまでは、一つ一つの落下傘には優先などは無く、飛行機を飛び出してからの空中では見かけの威厳など全く意味が無くなってしまうからだ。
そんな時の伊達髭などはむしろ恥ずかしいだけである。飛んでいるときこそ全ての隊員が同じになり、一体になっているという意識が生まれてきたからであった。
そしてそういったことは小隊の誰もが感じていることであった。
九月、部隊は館山の航空隊において、横須賀第一特別陸戦隊として編成された。
その新しい編成が組まれると、小隊は揃って集合写真を撮る事にした。龍宮中尉、熊沢、犬飼、鶴田……鉄平、そこに猪俣と猿田が加わった。航空隊の兵舎の建物を背景に全員が一つの焦点を見つめシャッターが切られた。
鉄平はそのときに撮った小隊の集合写真を風子に送った。
風子への手紙自体は短い文面であったが、みんなが待っている、と言ったそのみんなを紹介するように、一人一人の名前を写真の列に沿って書いて示した。それを受け取った風子は何度も写真を見ては鉄平の仲間の一人ひとりの顔と名前を覚えてしまった。
『みんなが待っている』
あの言葉がとても自慢げな響きをもって思い出され、思い出す鉄平の姿が生き生きと見えてくる。
彼らはみな軍人らしくない、あどけない目つきをしている。鉄平と同じように何かの夢を見つめている人たちに思えた。青春を謳歌している輝く人たちに見えた。
一九四一年、昭和十六年十月、近衛内閣は開戦を迫られ総辞職し、それを引き継いだ東條内閣は、十一月、大本営連絡会議において帝国国策要綱を取り決め、そして御前会議で承認された。
大本営は着々とマレー半島からフィリピン島攻略への南方作戦の計画を進めていたのである。
そして十二月に、一〇〇一部隊は台湾の第一航空隊へと移された。
つづく