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「頑張る私、いい感じ」哀れな思考回路に陥る睡眠3時間のワーカホリック

仲間ができて仕事がより楽しくなってきたものの、あまりに働きすぎていた頃のお話を。

文章を書くのが好きだった私にとって、仕事は刺激的で楽しい時間。もちろん、リサーチや勉強は大変ですが、その学びもまた嬉しくて、慢性的にオーバーワークな状態でした。

働きすぎるクセ自体は今もあまり変わらないのですが、最初の3年くらいまでは異常なほど。睡眠時間2〜3時間という日が頻繁にあり、5時間寝られたら幸せという毎日でした。

自宅で働ける環境だと、意識的にオン・オフの切り替えをしなければ、延々と仕事をしてしまうんですよね。フリーランスだから労働時間と収入が比例するため、働けば働くほどメリットが得られるような感覚に。

「楽しいしお金も増えるのだから、仕事を減らすだなんてもったいない」と、俗にいうワーカホリック状態になっていたと思います。

しかも、娘が幼稚園に通っていた時代なので、子育てが今以上に大変。幼稚園の保育時間は短いからすぐに帰ってくるし、日々のお弁当作りや度重なる園行事で、仕事に費やせる時間は決して十分とはいえません。そのため、どうしても夜中や朝方に働くしかなく、娘が寝ている時間を活用するのが習慣でした。

過労状態を続けたのは、単純に生活のためではあります。でも、その裏で「頑張る私、いい感じ」みたいな気持ち悪い思想に酔っていたことも事実。今思えばめちゃくちゃダサイ。あー、恥ずかしい。

しかも、やっぱり慢性的に過労状態だと体が弱るんですよ。何かとすぐに風邪をひいたり、感染症になったり。病院に行く機会も多かったし、日常的に倦怠感が常に続いているような状態でした。仕事に穴を空けまいと必死だから、余計に体を壊す。そんな時期も記憶にあります。

私を見かねたBさんとCさんは「生活のためでも仕事が好きでも、ちゃんと寝ないと。健康を一番にして。お願いだから後悔しないで」と何度も諭してくださっていたのですが、アホな私は理解できず。健康をおろそかにし、仕事を優先し続けていました。

幼稚園時代はそのままのペースで仕事と育児をなんとか乗り切り、無事に卒園。小学1年の頃も慣れるまでなかなか大変ではありましたが、外遊びの時間が増えたり、保護者参加の行事が激減したりで、次第に時間をコントロールしやすくなりました。

すると、なんだか頑張りすぎることが馬鹿らしくなったんです。「あれ? ちょっとだけでも自分らしい時間をつくったほうが楽しくない?」と当たり前のことに気がつきます。そして、睡眠時間2〜3時間をやめて、5〜 6時間を基本に変えてみたら、健康状態もどんどん改善されていったんです。

睡眠不足やストレスが体に悪いだなんて常識なのに、その最中にいると「頑張ることが美徳」だなんて、気持ち悪い思考回路に陥るんですね。実に恐ろしい。

おかげさまで2年生あたりからは自分のペースが確立し、仕事を選び健康一番で働けるようになりました。体力的にも精神的にも向上し、仕事の選び方や取り組み方も大きく変わり始めたように思います。

のちに小説家で理系ライターのかんちくいずみさんのツイートにゾッとしました。

過労死というとブラックな印象ばかりでしたが、自分も例外ではなかったのかも……。

「たとえ楽しくても働きすぎはダメ」この言葉の意味を、数年越しにようやく実感できた話でした。

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