Alos文学:アンドロイドへの恋は叶うのか?
『U10』というアンドロイドシリーズがある。
『常世界機構』が管理・保有する汎用人型自立稼働システムであるそれは、世界の安定と発展のために日夜稼働し、各々の役目を果たしている。
その役目は、外敵を排除するために武装を積むだけでなく、中枢システムの管理や宇宙空間における活動補助など、多岐に渡る。
そんな近未来的で、管理社会の様相がわずかに香る世界ではあるが、これはディストピアな話でも、ユートピアな話でもない。
「一目見たときから好きでした!」
「うーん。私、アンドロイドですよ」
これは、ひとりの男が、アンドロイドに恋をするお話である。
○ ○ ○ ○ ○
「知っていて好きになりました!どうか、恋人になってください」
男の名は天堂ソラ。極東第23地区に住む、特徴らしい特徴のない、どこにでもいそうな青年である。
「アンドロイドに、恋人という雇用契約制度はないのですが……」
対するアンドロイドは、『書庫型』と呼ばれる、頭部に2対4枚の羽根型装備を持った、情報収集用アンドロイドである。
「もし、そういった用途でのアンドロイドが必要でしたら、お近くの機構受付窓口から申請をしていただければ、愛玩用アンドロイドの購入が可能ですよ」
「違うんです、アナタが欲しいんです!Alosさん!」
書庫型アンドロイド、個体名「Alos」は、自分の個体名称を呼ばれたことに対し、キョトンとした眼差しでソラを見た。
彼女にとってみれば、自分のように同じ顔、同じ身体的特徴を持ったアンドロイドが大量に存在する中で、わざわざ自分の固有名称を調べてくる人間の気持ちというものが、よく分からなかった。
情愛は分かる。あらゆる物語を収集するという機体の性質上、その手の話に対して基本的な知識はインプットされている。
自分のような未成熟な身体に欲情する個体が存在するということもまぁ、わかる。『U10』には愛玩用個体もある。他の肉付きの良いアンドロイドに比べて販売数は少ないが、それでも毎月コンスタントに売れていることが、収集される情報の中にあるからだ。
だが、わざわざ愛玩用でもなく、ましてや現在稼働中のアンドロイドに好意を抱く意味が分からない。
そしてもうひとつ、Alosには気にすべき理由があった。
「私は他の書庫型よりも稼働時間の長い初期型です。パフォーマンスもですが、コミュニケーションを取るうえでも、後期型の方がより人間に近いと思いますよ」
身体パーツは定期的に換装しているが、内部の経年劣化は確実に進行している。それは、どれだけ最適化とバージョンアップを繰り返しても、製造当初のスペックを超えることはないだろう。
そんな自分に恋をしたなどと、体制へ反感を持つ団体が、自分の中のデータを取るために接近した可能性の方がまだ高い。
だが、ソラは譲らない。
「いえ、貴女が良い。僕は貴女に恋をしたのです!」
「うわぁ、本気だ。バイタル視ても嘘付いてない」
「近所からも、裏表のない良い子だと評判です」
「の、ようですね」
書庫型にあって他のアンドロイドにない特徴として、中央サーバーへの外部アクセス権がある。
情報を逐一中央サーバーに戻って入力するよりも、現地から送信したほうが早く、確実に情報を取集できるからだ。
もちろん。外部からサーバー内にあるデータへのアクセスも可能だ。
Alosはその権限を利用した。彼のバイタルをチェックしながら、市民情報にアクセスしたのだ。出自や所属部署、最近の商品購入履歴までが詳細に記載されているが、悪評らしきものもなければ、悪質な思想を布教するサイトへの訪問履歴も見られない。
つまり、このソラという市民は本気で、奇特にも、本当に「Alos」という個体を好きになったらしい。
少なくとも、Alosが稼働してから本日まで、経験したことのない事例である。
だからこそ、彼女が猜疑心の次に湧き上がった感情は、困惑であった。
「どうして私、なんですか?」
Alosという個体は確かに、その稼働年数には目を見張るものがある。だが、他の同型機よりも優れているわけではない。
もちろん、性格は各個体で差異はあるが、それは役目を果たす上で必要だったからであり、そのことで人の感情が揺さぶられるほどの変化ではない。
だから、Alos個人が好かれる理由など、どこにもないはずなのだ。そう、考えている。
だが、ソラにとっては、その揺らぎこそ大事だったのだ。
「僕、貴女に助けられたことがあるんです。覚えて、いますか?」
「助け、た?……あ~、8年前に迷子になっていた、あの男の子です?」
「はい!あの時は本当に心細くて……」
「なるほど、そうでしたか。外周部近くにいましたからね。見つけられて良かったです」
Alosには覚えがあった。情報収集のために外周部を巡回していた際、子供の泣き声を検知したのだ。
無視することは出来なかった。人を助けることは、『U10』全員に共通する至上命題であるからだ。
Alosは探査型であることを十全に活かし、彼を見つけ出し、安全な場所まで案内をした。
だがそれは、Alosにとって当然のことであり、何も特別なことが指定ない。
ソラは、当時のことを思い出すように、語る。
「僕は今まで、色々なアンドロイドに接してきました。だけど、貴女ほど優しい笑顔をする方には出会えなかった」
「そんなことはありません。私程度の表現は、どのタイプでもできます」
「そうですね。表情豊かなアンドロイドはたくさんいましたし、優しいアンドロイドもいました」
「ならーー」
「でも、僕の心を動かした笑顔は、貴女しかいなかったんです。Alosさん」
あまりにも真っ直ぐで、だからこそ何も言い返せない。そんな告白。
ソラはまっすぐにAlosを見た。彼は言うべきことを全て言い尽くした。あとは、答えを待つ他ない。
Alosは悩む。なにせ、初めての経験である。収集した情報の中には類似案件があるかもしれないが、今ここでそれを使うのは何か、違う気がした。
二人が向き合って、どのくらい経っただろう。Alosは、口を開いた。
「ごめんなさい。貴方のいう恋人にはなれません」
ソラは、悲しそうな顔をする。ここで感情的になったり、取り乱さないあたり、もしかするとこの答えをある程度は予想していたのかもしれない。
Alosは思う。言わなければ傷つかないのに、言わないといけないのが人たる所以なのかもしれない、と。
ソラは何度か口を開き、閉じてを繰り返して絞り出した言葉は、
「理由を、聞いても、いいですか?」
小さく、そして意味のない質問。
けれどAlosは答える。彼のように、真摯に。
「私は常世界機構の備品ですので、購入等の対応はできません。どうしても、という時は最寄りの窓口を通じて、依頼を出してください」
変な間が、流れた。ソラも予想しなかった答えに、キョトンとしている。
「……恋愛の話、ですよね」
「はい。契約のお話です」
違うそうじゃない。ソラの顔にそう書いてある。
Alosは笑った。ソラに告白されてから緊張のしっぱなしだったが、ソラの呆けた顔を見て、緊張が緩んだ。いや、この顔を見たくて、らしくないことを言ったのかもしれない。
「まったく。ほんとうに、可愛らしい人」
この後、このふたりが付き合うことになったのかどうか。それはまた、別のお話で語ることにしよう。