婚期遅れの僕ら
深夜、それはVRCが最も賑わっている時間帯だ。
サーバー上では様々なインスタンスが立てられ、多種多様な姿をした住人たちが活動的になるゴールデンタイム。
いつもであれば、俺もフレンドの集まるワールドにjoinして、他愛もない雑談に交じわっている頃だろう。だけど今日はしない。しないったら、しない。
俺も行きたい。すっごく行きたい。が、こっちの作業も進めたいんだよなぁ。
俺は未練がましく開いていたソーシャルを閉じると、仮想ディスプレイを表示した。画面一面に表示されるのはunityだ。
今やっているのは新作のワールド作成。そしてここは、そのワールドの出来栄えを確認するためにサーバーにあげたプライベートワールドである。
unity上でも確認はできるが、こうしてリアルで見たほうが気づくことも多い。だから俺は、こうして何度もアップロードしては、細かなバグを探すためにワールド内を見渡している。
……別に寂しくはねーし。作業終われば遊びに行くし、公開すれば人も集まるし。
ちらりと、ワールドに設置しているミラーに目をやる。
そこにはつまらなそ〜な顔をした竜胆アバターの俺が写っていた。
ま、これは退屈な作業だからな。早く終わらせて〜な。あ、ここのイス浮いてんじゃん。なおそ。
面倒な作業である。きっとこの努力は報われないのだろう。あいつらそこまで細かく見ねぇし。だけどやる。だって、作るからには良いものを作りたいじゃん。
傍に置いていた炭酸飲料を飲んで気合を入れ直す!さぁもう少し!なんて意気込んでいると、画面の下部に、英字のメッセージが現れた。
作業を中断して、メインメニューを開く。
「お、珍しい」
そこにあったのはインバイトを要求だ。
VRCで籠もっているとよくある。よくあるが、コイツからは珍しい。
こいつはプライベートに引き籠もっている奴に凸撃するよか、フレンドの多いインスタンスにjoinしている印象の方が強い。
俺になにか用事でもあるのかねぇ?
ちょっとだけ悩んだが、別に見られて困るようなものでもないと思い、許可を出した。
数秒のタイムラグの後、インバイトを送ってきた奴がワールドに入室する。カリンアバターのは俺の姿を見つけると元気よく駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、これ可愛くなーい?可愛いでしょ〜」
あいさつもそこそこにやかましく騒ぎ立ててくるフレンドに対し、俺はため息をついて作業の手を止める。
まぁ普段から元気いっぱいなやつだからな。こうなると思ったよ。だけど新しい衣装を買ったからってはしゃぎ過ぎだようるせぇなしゃべらせろ。
見れば、純白のウエディングドレスに青いバラの花束と、大変に似合う改変をしていた。
これは確かに、誰かに見せたくなる可愛さだ。アバターであるカリンちゃんにもよく似合っている。
たけどコイツ、褒めるとさらにうるさくなるからなぁ。
俺はどう答えるのが正解か少し考え、
「婚期が遅れるぞ」
とりあえず、マジメに返さないことにした。
「何そのリアクショ〜〜ン。じゃあ、君がもらってくれる?」
「……はっ」
「鼻で笑うな?われ美少女ぞ」
「ボイチェン通してから言え」
ウェディングドレスの裾をヒラヒラと揺らしながら怒るコイツとの付き合いは、そこそこ長い。
VRCのゲームイベントで知り合い、こうしてお互いのいる場所にjoinしては駄弁ったり遊んだり自慢し合っている。
ま、突撃するのは8割位コイツからなんだけどな。
「君もせっかく女の子アバターなんだし、一回ウェディングドレスに袖を通してみない?一生にあるかないかの経験だよ?」
「野郎は経験する方が少数派じゃねぇか」
「ふっ、今や時代はSDGs!」
「LGBTな?」
いつもと同じ意味のないやりとり。それでも楽しく思えてしまうのは、それだけ飾らない関係だからだろう。
認めたくはない、が、心なしかワールドが華やいだように思えてしまう。
アイツは、そんな俺の心情などお構いなしにキョロキョロとワールドを見回していた。
「へ〜、これが今作っているワールド?」
「おう。いい家だろう?」
俺が作っているワールドは、庭付きの一軒家である。
友達と集まっても良いし、ホームにしても良い。少なくとも俺はホームにするつもりで作っている。
ほとんどが既製品だが、一部は自分でモデリングしたものだ。だからこそ、今回のワールドづくりは何時もよりも気合を入れていた。
「2階建ての中庭付き、ビリヤードやダーツで遊べるプレイエリヤに大画面プライヤー。天井裏や露天風呂もあるんだ!最高だろう?」
まだ作成途中ではあるが、俺はこのワールドが素敵なものになると自信を持って言える。コイツにとってどうかは知らないが、きっと好きになってくれるはずだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アイツは満面の笑みを浮かべた。
「君の作るものはみんな素敵だからね。今回も完成を楽しみにしているよ」
ホント、こういうことをさらっと言うやつだからむかつく。
ここがVRで良かった。俺のニヤけ顔を見られたら、ぜ〜ったい煽ってくるからな。
そんな俺を無視して、コイツは「けど」と言葉を濁した。顔は笑顔のまま、いや、ニンマリとイタズラを思いついたような、悪い顔で笑っている。
「独身で家買うと婚期が遅れるぞ〜」
ああ、これはあれか。仕返しをしたいのか。
バカめ。やり返してやる。
「お前と一緒なら、独り身も悪くないさ」
「は?キモ」
「はったおすぞ」
「君に言われたくありませ〜ん」
いつもと変わらないやりとりに、同時に吹き出す。
VRCの夜はまだ、終わらない。