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あなたの1番になりたくて

「うがーー!聞いてよ紗夜ーー!」
「はいはい。ちゃんと聞くよ。神奈ちゃん」

私こと紗夜は、友達の神奈ちゃんに「相談したいことがある」と言われ、大学近くの喫茶店に来ていた。

といっても、誘った本人はこうして机につっぷしてうめくばかりで、一向に話に入ろうとしない。

こうして神奈ちゃんのうめき声を聞くだけの時間というのも悪くないけど、私もそこまで暇じゃないのよねぇ。

私はため息をつき、神奈ちゃんに確認をした。

「で、どうしたの?また合コン失敗した?それとも街コン?」
「何で知ってるの!?じゃなくて!今日は別のこと!」

ガバッと起き上がった紗夜の頬はぷっくりと膨れ上がっていた。

本人としては怒っているのかもしれないが、私からすれば、かわいらしい小動物が構って欲しがっている姿にしか見えない。

それもそのはず。栗色のミディアムボブの髪に白いシャツとピンク色のスカートという出で立ちの彼女は、見た目の幼さも相まって、どう見ても怖さよりも可愛さが際立っている。

元気の塊のような性格もまた、その小動物らしさに拍車をかけていた。

だから、だろうか。彼女の愚痴も、その見た目によるものが多い。マスコットとしか見られていないとか、可愛がりが子供や妹へのそれじゃないのか、などなど。

逆に私は男性との恋愛話にまるで縁がない。それだけ、面白味のない風貌なのだろう。

黒いロングヘアーに鋭い目つき、それに眼鏡をかけているとなれば、普通の表情をしていても、怒っているように見られてしまう。

神奈ちゃんは「クール美人って感じでかっこ良い!」なんて言ってくれるけど、そんな言葉をかけてくれるのはごくわずかだ。

だけどまぁ、この見た目が知的に見えるのか、もしくは一番仲の良い友達だからなのかはわからないけれど、時折、いや定期的に、神奈ちゃんはこうやって私に泣きついてくるのだ。

さて、今日は何の話なんだろう。

「実は……私のイラストにいっつもいいねをくれる月夜様が他の人のイラストにコメントつけてたのーー!!」
「……帰るね。この後バイトあるし」
「待って待ってお願い話を聞いて紗夜〜〜」

あまりにも馬鹿らしい話だったので席を立とうとしたけど、神奈ちゃんに必死に止められたので、再び席についた。

失ったやる気を誤魔化すようにメガネを持ち上げながら、改めて確認する。

「そもそも誰よ月夜様って」
「SNSで知り合った素敵な人!おいしそうなご飯とかきれいな風景の写真を投稿してるんだ〜。あのお上品さときれいな言葉遣い、きっとどこぞのご令嬢だね」
「ご令嬢って……、そんなに高そうな料理ばっかり食べてるの?」
「う~ん、そういうリア充アピールじゃなくて、使っている言葉がすごくきれいなのっ!きっと育ちが良いんだろうな〜って」

少し声色を高くしながら語る神奈ちゃんの様子を見るに、よほどその人に惚れ込んでいるらしい。出会ったことのない人とインターネットを通じて仲良くなる。それ自体は私にも経験があるから気持ちはわかる。けど、神奈ちゃんがここまで惚れ込む人が現れるとは思ってなかった。

「それで、その人があなた以外の人にコメントで褒めていたって?」
「そう!そうなんだよ〜!私にはコメントをくれても、褒めてくれたことなんて一度もないのに〜!」
「……それは単純に、あなたのイラストよりもその人のイラストが素敵なだけじゃない?」
「ぐわっ!本人が一番気にしていること言っちゃだめだよっ!?」

大げさにふくよかな胸を押さえてのけぞる神奈ちゃんを半目で眺めながら、飲みかけだったアイスコーヒーに口をつける。

神奈ちゃんがイラストをSNSに投稿していることは知っている。というか眼の前にいる本人から教えてもらった。

私もたまに覗いているけど、正直に言って、そこまでうまいわけじゃない。
だけど、投稿を続けていくうちにどんどん上手になっていると思うし、反応も、少しずつではあるが増えているようだ。

「いいじゃない。今はその、月夜様、だっけ? その人以外からもいいねが来るんでしょ」
「来るけどさぁ〜。あの人は特別なんだよぉ〜」

神奈ちゃんは姿勢を戻すと、唇をとがらせながら自分のアイスカフェオレをストローでくるくるとかき回す。

いじけたような、寂しさを我慢するような、そんな顔で。

「あの人はさ、一番最初にコメントをくれた人なんだ」

神奈ちゃんがぽつりとつぶやく。わずかに甘い声がにじみ出た本音は、言いたくないけど、言わずにはいられない。そんなちぐはぐな思いがにじみ出たようだった。

「私が初めて投稿した時、ぜんっぜん反応がなくてさ。すっごく悲しくなって、これが自分の実力だったんだ〜って落ち込んだ時に、いいねとコメントをくれたんだ」

『初投稿おめでとうございます。これからもがんばってください』

そんなコメントとたったひとつのハートマークで、神奈ちゃんは救われた、らしい。

「それからもいっぱいイラストの練習して、いっぱい投稿したけど、月夜様は真っ先にいいねをくれるんだっ。今は少しずつ、ほかの人からもいいねとかコメントがもらえるようになったけど、私にとって一番うれしいのは、月夜様からのいいねなの」

まるで、恋する乙女のように、神奈ちゃんは顔も知らない誰かのことを語る。

それだけ、神奈ちゃんにとって大事な人で、その人からもらえる反応が、何よりの糧なのだろう。

「それなのにさ〜〜!別の絵師に私にはくれないようなコメントつけるとかもう、もうっ!これをネトラレと言わずなんていうの紗夜!?」
「ネトラレでもないしあなたの恋人ですらないじゃないその人」
「そうだけどさ~~」

つい、急にぷりぷりと怒り出した神奈ちゃんにつっこんでしまった。いや、私にどんな反応を求めているの?まるでわからないわよ。

「いやわかるよ?コメントするしないなんて個人の自由だよ。コメントをつけてたイラストだってすごい上手だったしさ。そりゃ〜コメントせずにはいられないよねって思うよ。けどさけどさ!なんかこう、わーってなるんだよわーって!きゅーって胸が締め付けられた後に、わーって!」
「神奈ちゃん、お願いだからせめて人の言葉で話して?擬音じゃわからないわ」
「だってなんて言っていいかわからないんだもーーん!」

せっかく整えたであろう髪をぐしゃぐしゃにかきむしる神奈ちゃんを見ていると、本当にショックだったんでしょうね。

神奈ちゃんはそのまま、うがー!と人目を憚らずに呻くと、再び机につっぷした。

神奈ちゃんがその人に何をしてもらいたいのかは、よくわからない。
だけどその感情は、なんとなくわかった。

心がざわついて、内側から黒いものが吹き上がるような気分。
その人は何も悪くないはずなのに、つい、当たりたくなってしまう衝動。

大切なのに、大事だからこそ。裏切られたような、見放されたような、そんな想いが胸の内側から溢れ出しているのだろう。

まるで、今の私のように。

私は神奈ちゃんの友達だ。その友達にこんな感情を抱かせる相手に、思うところはある。

だけど私は、その感情を表には出さない。出せない。

いつものような澄まし顔で、いつものような冷めた目で、神奈ちゃんを見つめる。

だってーー

「わかってるんだよ」

神奈ちゃんが、ぽつりとつぶやく。

「私のイラストが下手なことも、私よりも上手な人がいっぱいいることも」

神奈ちゃんは乗り越えようとしている。今の私と同じ気持ちを、正しい方向で乗り越えようとしている。

だけど、乗り越える前に、この暗い気持ちを誰かに伝えたくて、私を呼んだんだ。ただ、聞いてほしくて。

私だけに、その黒い気持ちを吐露したくて。

「だけど、負けたくない。取られたくないんだよぉ」

机に突っ伏したまま、くぐもった声で話す神奈ちゃんは今、どんな表情をしているのだろう。

悲しい顔なのだろうか、怒っている顔なのだろうか、辛そうな顔なのだろうか。それとも、私が見たこともないような、神奈ちゃんが誰にも見せたくない表情をしているのだろうか。

私にも、誰も見たことのない表情が、今、目の前に隠れている。

私は、神奈ちゃんのそんな表情を見たら、何を思うのだろう。

幻滅だろうか、共感だろうか。同情?嫉妬?もしくは、もっと別の気持ち?

自分の中に答えを求めようと考えても、答えは出ない。
それはきっと、その時になってみないとわからないことだ。

そして神奈ちゃんが、その顔を見せてくれることは、きっとない。

私はグラスに残ったアイスコーヒーを飲み干す。

「なら、やることはわかっているんでしょ?」
「……描く」
「以外に何かあるの?」
「……そう、だよね。うん。そうだ」

神奈ちゃんはのろのろとした動きで顔をあげる。先程までの弱りきった声の主はもういない。ここにいるのは、いつもの神奈ちゃんだ。

「よーっし! そうと決まれば帰って書かないと! ありがとね紗夜!」
「はいはい。落ち着いたらご飯でも誘いなさいよ」
「うんっ!」

そうして神奈ちゃんは、笑顔を振りまきながらカフェを出ていった。
私を置いていったことはまぁ、それだけ早く描きたかった、と思って流しておきましょう。

私は先程まで神奈ちゃんがいた席を見て、つい、口元がゆるんでしまう。

まったく、しょうがないんだから。


「ほんとうにしょうがないんだから、神奈ちゃんは」

夜、私こと紗夜は下ろしたてのパジャマを着て、パソコンの画面を眺めていた。

あの後、神奈ちゃんは帰ってすぐにイラストを書き上げたのだろう。いつもよりも感情がこもったその作品は、ところどころ荒いところがあるけど、たしかに、普段のイラストにはない魅力のようなものが感じ取れる出来だった。

「神奈ちゃんったらもう、本当に」

作品を通じて神奈ちゃんの感情が伝わってくる。それだけ、その月夜様って人が気になるんだ。それだけ、振り向いてほしいんだ。

身体が火照る。さっき、シャワーを浴びたことが原因でないことを、私は理解している。

神奈ちゃんは言っていた。初めての人は、特別だって。

それは、私も同じだ。

「ねぇ神奈ちゃん、知ってる?貴女は私の、初めてのお友達、なのよ?」

貴女もわかるでしょ?はじめてのお友達はトクベツなの。
私だけを見てほしいし、私だけに貴女の全てを見せてほしいの。

だけど、貴女を独占できないこともまた、私は理解している。
貴女は魅力的で、私なんかが独占できるような人じゃないから。

だから今日、貴女があんな目で月夜様のことを語っていたことは、本当に、苦しかったわ。
寂しくて悔しくて憎らしくて、夢中にさせられない私自身が嫌になる。

「でも、それでも今日はとってもうれしかったわ。だって、私に相談をしてくれたんだもの」

私に陽だまりのような笑顔をみせてくれる神奈ちゃん。
私にだけ推しへの愛を語ってくれる神奈ちゃん。
私にだけ、弱いところを見せてくれる神奈ちゃん。

私にだけ、その醜い独占欲を見せてくれる、神奈ちゃん。

可愛いなぁ。素敵だなぁ。嫌だなぁ。憎いなぁ。

私は貴女を私で埋め尽くしたいけど、それじゃあ貴女の魅力がなくなってしまう。

それは嫌だ。私は神奈ちゃんが好きだけど、神奈ちゃんを神奈ちゃんたらしめるものを奪いたくはない。

「だけど、独り占めしたいっていう気持ちは、そう我慢できるものでもないのよねぇ」

受け入れられなくて良い。知らせる必要もない。私だけの気持ち。

きっとこれは、度の過ぎた願いで、叶わない想いで、常識から外れてしまった行動、なのだろう。

「それでも私は、あなたの迷惑にならない程度に、愛したいの」

私は椅子から立ち上がると、部屋の隅に置いたカバンから透明な袋を取り出した。
そこに密封されて入っているのは、今日、神奈ちゃんが使っていたストロー。

私はそれを手に、部屋のクローゼットの奥に仕舞った収納ボックスを引っ張り出すと、蓋をひらいた。

「この箱も、もういっぱいだなぁ。次の箱を買わないと」

中にあるのは、私の宝物。
神奈ちゃんが使った、神奈ちゃんの残り香だ。

ストローやティッシュはもちろん、ペットボトルに紙コップ、割り箸、髪の毛といった神奈ちゃんが捨てようとしたものから、私が神奈ちゃんに貸したマニキュアや香水、チーク、クレンジングなど、神奈ちゃんが触れたものはなんでもここに保管して、神奈ちゃんを存在を少しでも近くに感じている。

ああ、いけない。この宝物の山をみるだけで、つい、口元がゆるんでしまう。
この中にある神奈ちゃんとの思い出が、あまりにも素敵で、暖かな気持ちが溢れてしまうのが抑えられない。

もちろん、写真や動画だってたくさん撮っている。だけど、今日は撮れなかった。仕方がない、また家に呼んで、いっぱい撮らせてもらいましょう。

私が神奈ちゃんへの想いに浸っていると、机の上に置いたスマホが鳴った。立ち上がり手に取れば、神奈ちゃんからのラインだ。

『紗夜〜!!!月夜様からコメント来た!超うれしいんだけど〜〜!!!勢い余ってお礼のコメントしちゃった!大丈夫かな!?』

私は神奈ちゃんが喜びはしゃぐ姿を想像して、頬を緩める。

「本当に、可愛い人」

私は視線を、パソコン画面に向けた。

そこには、神奈ちゃんから「月夜」様へ、コメントが届いたことを知らせる通知が、表示されていた。


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