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トリートは売り切れ中
10月31日は、世間的にハロウィンである。
悪霊から身を守るため、悪霊と同じ衣装に仮装するという風習は、キリスト教圏でない日本でも、都市を中心に賑わいを見せている。
まぁ、一部では主役である子供そっちのけでコスプレイベントじみた雰囲気になりつつあるが、そこはもう日本らしさとして納得する他ないよね。
かくいう私も、そんな日本風ハロウィンを満喫するべく、可愛らしいハロウィン衣装に身を包んでいるわけなのだ。
ただし、現実ではなく、仮想空間で。
「は~、やっぱかわヨ〜。私めっちゃ可愛くない?最高すぎないこの衣装?」
数ある仮想空間のひとつ、VRChat。私は人で賑わうハロウィンワールドの片隅で、魔女を模したハロウィン衣装を纏った自分自身を鏡で眺めていた。
可愛い。アバターのボク、大っ変に可愛いらしい。
チョコレート色のフリフリなスカートに同色のケープを合わせた衣装は、お嬢様然とした私のアバターにとてもマッチしていた。
控えめに言って、最高、激カワ。
そんな自画自賛をつぶやきながら、様々なポーズの写真を取り続けていると、画面の下部にフレンドの入室を知らせるシステムメッセージが表示された。
ひとり撮影会を中止してメインメニューを開くと、来た人物を確認する。
「あ〜、彼かぁ。こっちに来たってことは、ハロウィン改変ができたのかな?」
数あるHNの中で見つけた名前は、男性アバターを好んで使うフレンドのものだ。
紳士的だけど、冗談も好き。
たまにジョークアバターを見つけては、自慢げに見せに来る。そんな奴。
ハロウィン改変の話は聞いてなかったから、おもしろいアバターでも見つけてきたのかな?
そう予想した私は、彼がどんな姿になっているか想像しながら、ワールドの入口へと向かった。
入口には、まだアバター情報が読み込めていないため、青いひし形のシルエットのアバターが複数存在していた。私はその中で見知ったネームタグを見つけると、未だに読込中のアバターへと、近づいた。
「やーやー。今年のハロウィンはどんな感じにした……ん……だ、い?」
読み込みが完了後、そこにいたのは、体格に比べて不釣り合いに大きなかぼちゃを被ったアバターだった。
頭から下は白い布で身体を隠しているため、アバターの性別すらわからない。というか、頭のインパクトで全部持っていかれてしまう。
フレンドは、これまた白い手袋をした手を自身の胸の位置に持ち上げると、グッ!とサムズアップしてみせた。
「トリック!」
「トリートどこ行った!」
ふざけたい日なのか面白い改変を思いついたから見せたかったのかわっかんないよこれ!?
でも、なるほど。インパクトはすっごい。
お、お〜と、若干引きながらフレンドの周囲をくるくると回り、改変の成果を確認する。
なるほど、一発目のインパクトは強いけど、それ以降はそこまででもないね。よくある、というか正統派なハロウィンコスプレに見える。
うん。見れば見るほどフツーの改変だ。普通のジャック・オー・ランタンだ。むしろ突っ込んだことが申し訳なくも感じてしまう。
「うん、いいと思うよ。むしろ正統派最高だね。それなのに驚いちゃってごめんね」
フレンドはジェスチャーだけで「大丈夫だよ」と答えてくれた。なるほど、その姿の時は喋らないんだな。
それにしても、と。再びくるくるとフレンドを360度から眺めながら考える。
確かに、こういう改変もVRならありっちゃありだよね。だけどやっぱり、キレイな顔が見れないっていうのはマイナスだよなぁ。
頭部のかぼちゃにはペンで描いたかのような口と目があるだけで、表情が変化する様子はない。表情差分があると思っていたけど、顔は一切動かない。
「表情差分は入れなかったの?」
最近では簡単に表情差分を作れるツールもある。だからこそ聞いてみたんだけど、彼は人差し指を左右にふるだけだ。なにか意図があるらしい。
フレンドは手招きをすると、自分のかぼちゃ頭を指差す。
何?頭の中に何かあるの?
言われるがまま、かぼちゃ頭に顔を近づければ、顔はかぼちゃにぶつかることなく、かぼちゃの中へと入っていった。私の予想では、眼の前がかぼちゃ色に染まるだけで、何か特殊なことがあるはずがない。
ないはずなのに、何故か、かぼちゃの中に、骸骨があった。
しかもこっちを見ている。
「トリィィィィィィぃック!」
「うわぁびっくりした!びっくりした!何だよその顔!そっちは動くんかい!」
いきなり叫んだ骸骨に驚き、つい後退りをしてしまった。
まだドキドキする胸を押さえながら、フレンドに非難の目線を向ける。
な、なるほど。確かに、そっちにフェイストラッキングをしている以上、かぼちゃの頭には表情がないよねってハナからこれで驚かそうと考えていたなこいつこんちくしょう。
私はメニューを操作すると、手元にハリセンを取り出した。VRに痛みなんてものはないが、すごくいい音がする。面白くはあったが、それはそれとして叩きたい。驚かされた腹いせじゃないよ?この火照った顔を冷ますための運動さ。さぁ頭を出せぶっ叩いてやる。
じりじりとかぼちゃ頭をにらみつけながら近づく。当の本人はやれやれみたいなジェスチャーをしているが、お前が悪いんだからな?
だが、何もして来ないところを見ると、甘んじて受けるってこと、なのかな?
「あ、あの。ちょっとよろしいですか」
「ん?ああごめんね。どうしたの」
入口での馬鹿騒ぎが気になったのか、ワールドにいた一人が私に話しかけてくれた。
「ごめんね〜。このかぼちゃ頭が……」
「かぼちゃ頭?あの……私には顔に骸骨のペイントをした、その、下着姿のアバターにしか見えないのですが」
「……へ?」
いやいやいや、人によって見える姿が変わるアバターなんてそんなばかな。
フレンドをもう一度見るけど、やっぱりかぼちゃ頭だ。
いやでも、見ず知らずの人が嘘なんかつかないだろうし。もしかして……。
私はメインメニューを開くと、話しかけてくれた人のネームタグを確認する。やっぱり、この人はQuest単機だ。
VRChatにはPC版とQuest版の2種類があり、Quest版では表現できないテクスチャやデータ量への上限が設けられている。
だからこそ、Quest単機ユーザーにも自分のアバターを見せる場合は、Quest用にテクスチャ等を変えなければならない。
そしてこいつは今、Quest版ではかぼちゃ頭と全身を覆う布を削除した上でアップロードしているらしい。
え?つまり何こいつ。Quest単機の人にはかぼちゃ頭の中にあった骸骨以外、下着しかつけてないの?MMOの初期装備でももうちょっと着込むぞ?
そして私は、そんな奴と馬鹿騒ぎしているように見られてたってこと?
もう一度フレンドを見る。彼は元気よく、親指を持ち上げた。
「トリック!!」
「ばかやろう!!」
気持ちの良いほど軽快な打撃音が、ワールドに響き渡った。