鈴の君へ、愛を込めて
「ここに神殿を建てましょう」
「ここは祭殿だからね?」
VRC内で行われたイベント「じゃぱんくえすた」。そのイベント会場のひとつである「神域」の祭殿で、オレは錯乱したフレンドを冷めた目で見つめていた。
既にイベントは最終日を迎え、オレたちは期間限定のイベントからワールド探索まで、充実した1週間を過ごした。
その上での、コイツの発言だ。唐突な発言に頭の心配をしても仕方がないだろう。
「貴方も前日譚は読んだでしょう?」
「大正ワールドに設置された奴だろ?あれがどうした」
「くえすたちゃんが、また独りになってしまうじゃないですか!」
「……は?」
前日譚。主催者が2つのワールドに設置した4つの本を探すという隠しイベントで、内容はイベントのマスコットキャラクターである「くえすたちゃん」が各ワールドを巡った話が書かれていた。
秘境から人の姿が消え、町から信仰が薄れた世界で、昔と変わらずに世界と人を愛する神。
そんなくえすたちゃんであるが、イベント中はナビゲーターとして様々な場所で出会い、行動を共にした。愛着を持つのも、仕方がないだろう。
「由縁の忘れられた祠なんてこの先どんどん壊されます!そしたら、そしたらくえすたちゃんは秘境でひとりっきりになっちまうじゃないですか!」
「……終了後もパブリック公開されるじゃん」
「祭りは終わりました!ここまでの賑わいは二度と起こり得ない。すぐに過疎ることになりますよ!」
どうしよう。コイツ、すごく感情移入しちゃってる。
気持ちは、分からないでもない。そのくらい今回のイベントは楽しかった。
VRCで行われるイベントの多くは、PCが主体だ。Questはあくまでもおまけ。PCよりも縮小した規模でひっそりと開催され、話題はPCの賑わいにかき消される。
当然の話だ。QuestよりもPCの方ができることが多い。パーティクルも画質もPCの方が良質で、ワールドに搭載できるギミックの数だって上だ。
だからSNSでも、話題は何時だってPCでの賑わいばかり持ち上がる。Questは、その片隅でひっそりと盛り上がるのだ。
周りが賑わっているのに、それが共有できない。体験できない。それはとても、寂しかった。
コイツはオレよりも長くVRCを経験しているから、その想いはより強いのだろう。
だけど、しょうがないのだ。PCを買わないオレたちが悪い。PCの方が良いと知りながら、ここに残る選択をしているオレたちにこそ、問題がある。
「だから、この祭りを永遠にしたいんです。Quest主体の祭りの終わりが、こんなあっさり終わって欲しく無いんです」
「と言っても、何ができるんだよ。ただの一般人のオレたちに」
「ボクたちがアバターもワールドも作れないのは知ってます。けど、だけど、何かしないとこの気持ちは収まりません!」
「熱に浮かされてんなぁ。クラウドファンディングに協力すりゃいいじゃん」
「それはもうしました。その上で、です」
普段なら、こんな相談には乗らない。適当に聞き流して終わりだ。
ただただ面倒なだけの話に乗るよりも、熱意ある有志が何らかの企画を上げるのを待って、ほんのちょっと支援するだけで良い。
それが、効率的で最も良い方法だ。
オレたちはいちプレイヤーで、イベンターでもクリエイターでもない。
だけど、けれど、しかし、だ。
ワールド無いの隠しギミックを探すのは、宝探しみたいで楽しかった。
アンバサダーの2人とワールドを巡るのは、始めた頃の新鮮な気持ちを思い出した。
そして、SNSでの盛り上がりを眺めながら、オレたちはこのイベントの中にいることが、たまらなく嬉しかった。
既に夜は遅く、祭りの喧騒は今まさに止もうとしている。
だけどまだ、終わっていない。
そう、まだ自分は祭りのただ中にいるのだ。
そしてここに、祭りの熱に浮かされた人物がひとり。
祭りに酔って、その熱に感化されても仕方がないと言い訳できる条件は、揃っていた。
ならば、仕方がない。
これは祭りだ。オレたちが主役の祭りなんだ。
なら、少しくらいハメを外すことも、今日だけは許されるだろう。
「祠だ。祠のあるワールドを作ろう」
「祠?なんで……って、ああ!!」
コイツは気がついたようだ。
前日譚において、くえすたちゃんは祠と祠とを移動していた記述がある。
ならば、新しい祠を作れば、新しい移動先を作れるのではないだろうか?
もちろん。こんなものはただの設定だ。くえすたちゃんは創作上のキャラクターで、実際に来るわけでも、公式がそんな設定を認めるわけでもない。
ただ、オレたち2人の間でだけ通じる、新しい設定。
祭りを終わらせたくない奴らの、バカみたいな抵抗だ。
「祠なら、作れるだろ?つか作れ。他は既製品を買い漁ってそれっぽくするんだ」
「はい、ハイ!やります、やりますとも。それで貴方は何をするんですか」
「決まってる、イベントをやるんだよ。ワールドだけ作っても、人が来なけりゃ意味ねぇだろ」
「ハハハハ!本格的に祭りみたいになってきましたね」
「みたいじゃねぇ。祭りにするんだよ」
「そうだ、そうでした!終わらない祭りを作るために、祭りの続きをするために!」
こうして、祭りの熱に浮かれた2人は、寝る間も惜しんで行動を開始した。次の日には泣き言を叫びながら、その次の日は自分の言葉に後悔をしながら。
そして、数週間後、ワールドも作ったこともなければイベントの主催なんてしたことのない2人によって、VRCに新たにワールドとイベントが登場した。
そこのワールドには、集まったメンバーを見守るように祠が置かれている。時折、祠から鈴の音が聴こえるとの噂もあるが、真偽の程は定かではない。
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