VERMILIONな日々 sideファイ
「ファイ~。おやつちょうだ~い」
「だ~め。さっき食べたでしょ」
「ファイの作ったお菓子なら何個でもいけちゃう!」
「ありがとう。でもだーめ。残りは妹の分なの」
「ぶ〜、ファイは妹に甘いよねぇ。私もファイの妹になりたーい」
夕日によってオレンジ色に染まった帰り道を、私ことファイは、友達と一緒に下校していた。
友達の手には、さっきまでクッキーを包んでいた袋紙が握られている。試食をお願いしたんだけど、好評そうで良かった。帰ったら妹にもあげよっと。
「でもさ~、そんなに料理が上手いなら料理研究部に入れば良いのに」
「う~ん。興味はあるんだけど、家のことがあるから」
「そこがおかしい!ファイだって花の女子高生じゃん!もっと青春しようよ~」
「え~。でも楽しいよ? 家事」
「だめだこの良妻賢母、早くお嫁にもらわないと」
「先の話すぎるし、なんで私があなたのお嫁さんなのよ」
真剣な顔でつぶやく友達に、思わず苦笑いで返してしまう。私よりも可愛い女の子はたくさんいるし、モテる女子だっていっぱいいる。
それなのにこの友達は、私をお嫁さんにするんだーって言ってくれる。うれしいけど、男友達もいない私がお嫁さんというのは、全く想像できない。
「ファイはわかってない!かわいくて料理上手で優しい女子がクラスに何人いると思っている!男どもはファイと仲良くなるきっかけを今か今かと待っているんだぞ!」
「え~、まっさか~」
「ほんとにファイは自分のことに無頓着というか、無防備というか」
変なものでも見たかのような目で私を見つめる友達の様子がちょっとだけおかしくて、悪いと思いつつも笑ってしまう。
友達は私のことをたくさん褒めてくれるけど、私はそこまで自分に自信を持っているわけじゃない。
今褒められる顔立ちは、とびきりキレイというわけでもなくて、腰まで伸びるピンク色の髪は、似たような色の子が何人もいる。
特技であるお料理だって家庭料理レベルで、優しいというのも、普通のことをしているだけだ。特別なことなんて何ひとつない、平凡を形にしたような女子高生が、私だ。
特徴らしい特徴と言えば、頭から生えている動物のような耳と、おしりにある小さなしっぽだろうか?
いや、それで可愛さが上がるわけもないか。
「ファイ!ちゃんと気を付けないとダメだよ!男どもはそのたわわに実った果実を狙っているんだから!」
「ちょっと!?セクハラ禁止だよ!だいたい私のよりも育っている人がいうことじゃないでしょ!」
「アタシはほら、男所帯で暮らしてきたから、あしらい方も完璧よ」
赤くなった私の反撃にカラっとした笑顔で返された。くやしい。
そんな他愛もない話をする内に、十字路に差し掛かった。いつもならもうちょっとだけ一緒なんだけど、今日はここでお別れ。
「じゃあ、私は夕食の買い出しがあるから、ここでお別れだね」
「は~い。明日のお弁当、楽しみにしているよっ!」
「もう、交換だからねっ」
私は本当に素敵なお友達に出会えたなぁ、と、手を振りながら思う。
友達の言っていることは素直に嬉しい。そうだといいな、とも思う。
もちろん男の子云々じゃなくてっ!……可愛いとか、魅力的ってところ。
だけど、私は本当に魅力的な人を知っている。
その人は太陽のように明るくて、誰とでも仲良くなってしまう。
私のように一歩引くことをしないで、前だけを見つめて動ける人。
だからわかる。私は魅力的ではないのだと。
私とその人は、まるで正反対だから。
「……さて、お買い物しないと」
止まっていた足を動かす。
心からにじみ出た泥から、逃げるように。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「え~っと、必要なものはこれで全部かな」
ぱんぱんに膨らんだエコバッグを肩にかけ、私は薄暗くなった帰路を歩く。
今日は安かったからついつい買っちゃった。早く家に帰って荷物を下ろしたい、けど、急いではいけない。今日は卵を買ったんだ。
卵を持ったまま急いじゃうと、割ってしまうかもしれない。実際に割ってしまったことがあるからこそ、いつもより慎重に帰らなければいけない。
学生鞄を手に、肩にはエコバッグをかけながら、帰り道をゆっくりと歩く。
友達と歩いた時よりも更に暗くなってしまった空と、日中よりも冷たくなった空気が、夏の終わりを教えてくれる。
空を見上げれば、月だけがひとり、空を彩っていた。
その空があまりにも寂しそうに、静かに佇んでいたから、どうしても、自分と重ねてしまう。
暗い空の中、地上を照らすわけでも、誰かの光になるわけでもない、寂しい光。夕焼けのような鮮やかさのない、ぼんやりとした明り。それがきっと、私なのだろう。
そして、月と正反対の場所にいる太陽こそ、私の知る1番魅力的な人だ。
だれよりも明るくて、率先して前にでる、優しい子。
みんなに愛されるべくして愛される。自慢の子。
それに比べたら私なんて、何も勝てるものがない。
だからこそ私は、思ってしまう。
私にもその子のような明るさがあれば、何か変わったんじゃないだろうか。
その子のような太陽だったら、また別の人生があったんじゃないか、と。
「考えても、しょうがないんだけどなぁ」
誰もいない夜空に、ぽつりとつぶやく。
その声は誰にも拾われることなく、その人の名が喉を震わせ、声になろうとしてーー。
「交差点まで競争な!」
「あっ!ずりー!」
後ろから走ってきた子供の声にかき消された。
びっくりした!すっごくびっくりした!
心臓がばくばくと高鳴る。今の独り言は聞かれなかっただろうか。ああもう恥ずかしいっ!
真っ赤になった顔を冷ますように手で扇いでいると、背後からまた、ばたばたと走る音が近づいてきた。
「まってよ〜!」
振り返ると、少し細身の子が不格好な走り方で向かってくるのが見える。
黄色い帽子を被り、ランドセルの肩ひもを両手でぎゅうっと握りながら、身体を上下に揺らして走ってくる様子は、妹の小学生時代を思い浮かべてしまい、つい頬が緩んでしまう。
妹にも、こういう時期があったなぁ。いつも私の後ろを追っかけてきたんだよねぇ。
顔も名前知らない小学生の姿に、思わず懐かしさを感じてしまう。けどしょうがない。そのくらい妹は可愛いんだから。
「おっせーぞ!」
「早く早く〜!」
私を追い抜いた2人が、遅れている子を急かす。急かされて慌てたのか、更に早く走ろうとして足をもつれされてーー。
べしゃりと、ころんだ。
衝動的に、ころんだ小学生に駆け寄る。
「大丈夫?」
ころんだ子が何かを言う前に、声をかける。
食材の入ったエコバックを地面に置くと、ころんだままの小学生に目線を合わせるように、その子の目の前にしゃがみこんだ。
ころんだ子は急に知らない人に話しかけられたことに驚いたのか、顔をあげると、目を大きく見開く。そして、目を背けた。
ころんだところを見られて恥ずかしいのかな?
「だ、大丈夫、です」
ころんだ子は小さな声でそうつぶやき、ゆっくりと起き上がる。
う〜ん。服の上からじゃ傷は見えないけど、ころぶ時にちゃんと手を使っていたし、痛がっている様子もないから大丈夫、かなぁ?
それでも、服のあちこちに路上の泥が付着しているのが見える。
私はポケットからハンカチを取り出すと、小学生の服の汚れを払うように拭いていく。
ころんだ子は何かを言いたそうに口を開けたり閉めたりしているが、痛がっている様子じゃないし、ちょっとだけ我慢してもらおう。
「何やってんだよも〜」
「大丈夫〜?」
先に行っていた男の子たちも彼が転んだことに気がついて戻ってきたようだ。
「うん、きれいになった。暗い道は危ないから、次は気をつけてね」
友達も戻って来たのなら、もう大丈夫だろう。私は立ち上がる。
あ、でも念のためーー。
私は学生鞄を開け、絆創膏を取り出す。
念のために入れていたけど、やっぱり持っておいてよかった。
私は子どもたちに向き直る。なんだろう、「見ちゃった」とか「まじ?」とか話しているけど、何を見たんだろう。
おっと、ちゃんと渡さないと。
「もし、お家に帰ったときに傷が見つかったら、これを使ってね」
「あっ……はっ、はぃ……」
街灯が灯る。
目の前にいたのは、予想通り、小学生の男の子が3人。そして、顔にちょぴり砂がついているのが、ころんだ男の子。
私は絆創膏を渡すると、そのまま、指で顔についていた砂を払う。
子供は真っ赤になったまま、うつむいてしまった。まぁ、ころんだところを見られちゃったら恥ずかしいよねぇ。わかる。
「あ、ありがとう、ございます」
喉の奥から絞り出すような声。それでも、その言葉は私の口角を持ち上げ、胸に暖かなものを感じさせるには充分なものだった。
色々なことを考えていた。色々なことを思っていた。思っていたけど、この子のお礼を聞いたら、何か満足してしまった。
まぁ、うん。そうだね。月でもいっか。
私は子どもたちに手を振ると、横に置いていたエコバックを掴んで持ち上げーー。
べしゃ。
……今、エコバックから、何かが落ちて割れたような音が聞こえた、気がする。
いや、まさか、そんな。
「あの、お姉さん。卵」
「だっ大丈夫! 大丈夫だから、ね?」
私は子どもたちに取り繕いながら卵を拾いあげると、子どもたちに笑顔を向ける。
全然大丈夫だよ、何も問題ないよ〜、という顔でこの場をやりすごす。全然だいじょうぶじゃないけど、だいじょうぶだ。
私は男の子たちに笑顔を向けたまま、逃げるようにその場を立ち去った。
ど、どうしよっか。この卵。……フレンチトーストでも、作るかなぁ。
月が照らす夜の中、私はそんなことを考えながら、帰り道を急いだ。
そんな、私の日常。