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異星人組曲 1(連載小説)

 昼休みの図書室。本棚の奥にひっそりとある特等席みたいな机と椅子。
 一人でゆっくりしたい時にやってくるお気に入りの場所。
 人ひとり分の隙間が空いたままだった椅子を見つけて、わたしは滑り込むようにそこに座った。
「ぎゃっ!」
「ひゃっ!」
 けれど、なにかひんやりと冷たくて柔らかいものがそこにはあった。
「いったー! なんやねん」
八木やぎ くん?」
 困ったように頭をかきながら、こちらを見る眼鏡をかけた男の子。
 確かにさっきまで誰もいなかったはずなのに。
 わたしは思わず自分の頬をつねってしまった。
「いやいや、夢ちゃうで」
「八木くんって、もしかして宇宙人なの?」
「な、なんや突然。宇宙人ってなんで?」
「さっき透明になってたとか? それとも超能力?」
「え、超能力とはちゃうし? ええと。せやから、つまりは宇宙人ちゅーことか」
「本当に? 地球で隠れて暮らしてるの? 大変じゃない? わたし手助けするよー!」
「ちょお待って、そのノリおかしいやろ?」
「だって、宇宙人と会うの夢だったんだもん!」
「あんさん、おもろいな。わいはなE62星雲から地球に調査しにきてん」
「本当に宇宙人なのね!」
「地球人も厳密には宇宙人やろ。せやから異星人ちゅーことになるな」
「確かに」
「てゆーか、関西弁にはつっこみないん?」
「興奮で忘れてた!」
「ほうか」
 こんな間近に異星人がいたなんて、興奮するしかない!
 その時、休憩時間の終わりを知らせる予鈴がなった。
「ほな、続きは放課後な」
「はーい」
 八木君の見た目は地球人と変わらない。さっきのことがなければ絶対気づけなかっただろう。
 こんなふうに、他にも世界にはたくさん宇宙人がいたりするのかな?
 そう思うと、わくわくが止まらない。
 宇宙人はいるって、昔からそう思ってきたから。

 小学一年生の時。
 わたしはおばあちゃんの家に一人預けられていた。
 両親が不仲で、離婚調停などで忙しかったらしく一時的にだったけれど。
 おばあちゃんの家は、結構な田舎で周りは畑と山ばかり。
 小さな河原にあるカエルの卵をつついたり、ぼーっと空を眺めたり、テレビも観せてもらえなかったので、やることが本当になかった。
 山の麓には、廃れた神社があって、宮司もいないそこにたまに忍び込んで、壊れかけの賽銭箱の隣にこしかけたりしていた。
 その日は急に空が暗くなって、大粒の雨が降り出し、わたしは濡れないように社殿の中に入った。
 誰もいないと思っていたそこには、少年が横たわっていた。
 生きているのか確かめるのに、慌ててその肩を揺らした。
 ふと見るとその瞳は開いていて、鮮やかな緑色をしていた。
 意識はそこで途切れる。目が覚めると夕方で、周りには誰もいなかった。
 宝石みたいな緑色の瞳だけが、強くわたしの中に残った。
 そんな体験があってから、わたしは怪奇現象や、オカルト関係のことにのめりこんでいった。あの綺麗な緑色をもう一度見てみたかった。
 人間とは思えないような作り物みたいな緑。

 八木君は、隣の席で五時間目も盛大に昼寝をしていた。
 そっと隣を窺うと、目が合った。
 一瞬見えた緑色に心臓が跳ねる。
 でも、八木君の瞳は確か黒だったはず。
 ドキドキなる心臓の音が大きくて、終了のチャイムの音が遠くに聞こえた。
 ガヤガヤと騒がしくなる教室。
 わたしの手は八木君の方へ伸びる。
 確かめたい。話しかけたい。早く、あなたのことを知りたい。
 しかしすんでのところで後ろから肩を叩かれた。
「みーこ、なにしてるの?」
「えっと、内緒」
「えー」
「話せるようになったら話すね」
 分かったわと言いつつ、後ろの席を借りて座るりつ
 律とは中学の時からの友達だ。
 彼女の髪は淡い栗色で、日に透けるとミルクチョコレートみたいな色になる。
 見ていると無性にチョコが食べたくなり、中学の時はそれが原因で三キロ太ってしまったので、髪を結んでもらうように頼みこんだ。
 平気になった今も、律は頭の高い位置でポニーテールをしている。
 弓道をする時に丁度良かったらしく、それがすっかりトレードマークのようになっていた。
 その姿で弓を射る姿は、とても凛としていて、我が友達ながら誇らしい気分になる。
 できすぎた友人だ。
 律と話をしている内に休み時間はすぐ終わってしまった。
 この授業が終われば放課後。
 なんとか耐えよう。

 待ちに待った放課後。
 八木君はわたしの隣にスッと立った。
 人差し指で窓の向こうに見える図書室を指す。
 頷いたらさっと教室から出て行ってしまった。
「みーこ、駅前に新しくできたカフェに行かない?」
「ごめん律、今日はちょっと用事があるの先帰ってて。また今度ね」
「まさかデートじゃないでしょうね?」
「ちがうよ! デートというか、交流というか……とにかくごめん」
 鞄を抱えて、わたしは急いで律の横を通り過ぎた。
「なーんか怪しい!」
 教室から出る時にそんな声がしたが、頭はすぐに八木君のことでいっぱいになった。
 図書室に入ると、窓際のテーブルで八木君は本を読んでいた。
「何読んでるの?」
「ニーチェ、色んな哲学を残してるやろ」
「難しい本だね」
「本当にしんどいで。地球人ですらないわいは、状況を理解するところからやからな。わいはまだここに来て日が浅いんや。せやから寺田てらだに協力して欲しい。人間ちゅーもんを知るためにな」
「分かった! なんでも訊いて。あ、その前に聞いてもいい? ずっと不思議だったんだけど、八木君ってどうして授業中ずっと寝ているの?」
「わいらは基本言葉をテレパシーで伝え合うんや。せやから人がたくさんいる場所やと音を聞くのに集中せんと、理解が追いつかん。目ぇ閉じて、耳だけで聞くのに最適な格好があの形なんや」
「そうなんだ。異星人も大変なのね。あ、もう一つ質問! 八木君は透明になれるの?」

「わいは周囲の二酸化炭素を吸ってそれを光合成して養分を得てるんや。せやけどその間透明になってしまうんよ」
「そうなんだ。ということはわたし、さっき食事の邪魔をしちゃったんじゃない?」
「まあ、養分はある程度蓄えてあるし。餓死したりはせーへんから大丈夫や」
「良かったぁ」
「光合成やから、多少の日光がないと食事できひんねん。雨の日は食べれへんからな」
「そうだ! ねえ、テレパシーってわたしとでもできたりする?」
「試してみんと分からんけど、ちょおやってみるか」
「お願いします!」
 少しだけ、耳の奥がつーんとした。
『あんさんおもいろな』
『頭の中で声がする! すごーい』
『ほんま全然怖がりもせんで、わいのことを受け入れてまう。最初に正体を明かしたんがあんさんで大助かりや』
『そんな、褒めても何もでないよ』
 逆光でも、八木君が微笑んでいるのが分かって、ドキッとしてしまった。
 メガネ越しに覗く瞳はやっぱり黒い。
『八木君の瞳は黒じゃないよね?』
『特殊なレンズで黒く見せとるんや。なかなか日本人に緑の瞳はいないからのぉ』
『ねえ少し見てもいい?』
『おう』
 少しだけメガネが下げられる、鮮やかで美味しそうな緑色。
『ピーマンみたいな色してる』
『ピーマンてなんや?』
『緑色の野菜なの。知らない?』
『食べる必要がないねん』
『少しくらい食べられたりしないの?』
『齧るくらいならできるかもしれへん』
『じゃあさ、これからスーパーに行かない?』
『すーぱぁ?』
『食べ物たくさん売ってるんだ』

 学校から歩いて十分。テナントがたくさん入っているモールまでやってきた。
『寺田、この小さな布きれはなんや?』
『水着だよ。プールとか海に入る時に着るの』
『嘘やん。こんなん布面積少なすぎるやろ』
『ちなみに男子は下だけはくんだよ』
『ありえへん。地球人紫外線なめとんのか?』
『敵は紫外線なの?』
『素肌すぐ焼けんねん。痛いねん! せやから、外では特殊なコーティングしてんねん。めっちゃ重いで。外出が筋トレや』
『大変なんだね』
『ほんまやで、地球しんどいで。わいの惑星はこんなに昼明るくないしな』
『そうなんだ』
『恒星が少し遠いんや。けど、二酸化炭素はめっちゃあるからな。すごい環境ええねん』
『それなのにどうして地球にきたの?』
『まあ、あれやな。人生経験? 積んで来いって追い出されるみたいな』
『成人の通過儀礼みたいな?』
『一回も宇宙に出たことがないやつは、認められへんちゅー、妙な決まり事があんねん。ほんましんどいわー』
『でも、わたしは八木君とこうして話せてとても楽しいから。感謝しかないや』
『ほうか』
『さ、ピーマン探しに行こう』
 夕方のスーパーは人が多くて、わたしは八木君の手を掴んだ。その手は冷たくて、心地良かった。

『ほんまにわいの目と同じ色やんな』
 つやつやしたピーマンが並んだ売り場を前に、無言で全身を動かして興奮していた八木君を、周囲のお客さんが迷惑そうによけていた。
 わたしは一つピーマンを持って八木君を引っ張ってレジへ向かった。
『これ全部食べ物なん? すごない? 地球人どんだけ物くうねん』
 脳内が騒がしかったから、そそくさと会計を済ませようとしたら、八木君が手に食玩を持っていて、それもついでに買う。なにかと思ったらアンパンが顔の人気のキャラクターのだった。

 店内の隅にあったベンチに腰かけて、八木君にピーマンを差し出す。
『ほな、齧ってみましょか』
 白い前歯が覗いて、ピーマンに丸く穴が開く。
 もぐもぐしている八木君。次第にその目の端から涙が流れだした。
『なんやこれ。なんか、ピーマンの一生みたいなん見えるやん。ここに来るまでどんだけのことがあったか。なんなん、みんなこんなに色々あった後、ここに来てん? 手順すごない? なんか泣けてきてまうわ』
『ピーマンの一生?』
『ビニールハウスめっちゃあったかいやん。そこから収穫されてな、トラックで運ばれて市場にきて、そんで』
『八木君、食べると記憶が見えるの?』
『わいも今初めて知ったで』
『でも、さすがに食物以外は無理だよね?』
『分からん。なにかで試してみるか』
 さっきの食玩を差し出すと、それを開けて八木君は中に入ってたバイキンをイメージしたキャラクターの人形を齧った。
『かった! こりゃかめへんわ。ん? やけど、なんか見えるなあ。なんか女の子がめっちゃ真剣にどれにするか選びよる。黒いのだけはいややって』
『もはや、かみかみサイコメトラーじゃん』
『寺田も噛まれてみる?』
『遠慮します!』
 それって私生活筒抜けみたいなものじゃない。
『いやー、能力アップデートしてもうたな』
 異星人恐るべし!
『これは調査もさくさく進みそうや』
 なんだかすごい発見だったらしい。
『ほんますごい発見や。寺田ありがとうな。まあ、そんなに恐がらんでいてや』
 ちょっと待って、わたしの脳内で思ったこと筒抜けになってない?
『ごめん、話しすぎたみたいや。テレパシーの幅みたいなん、めっちゃ太くなってしもて、めっちゃ聞こえんねん』
『わたし、帰る!』
『せやな。ありがとな』
 頭の中筒抜けって、結局超能力者じゃん! 噛んでもないのに異星人ほんとなんなの?
『わいも自分にビビってる』
『もう話しかけてこないで!』
『え? 話しかけてるつもりはないんやけど。おかしい、わいの惑星でもめったにないことやで。選ばれた二人しかならんはずやって。え? わいの運命の相手地球人なん?』
 その後はわたしには解読できない叫びだった。
 お互いに思考が筒抜けって、そんなこと……
 そんなこと恥ずかしい以前に恐い。
 以心伝心どころの話じゃない。
 さすがに遠く離れると声は聞こえなくなって、わたしはほっとした。
 家の中まで休まらなかったら、疲れちゃうよ。

 次の日学校へ行くと、すでに八木君は机に突っ伏して寝ていた。
『おはよーさん』
『おはよう』
『あんな。あの後、おかんとおとんにテレパシーで相談してみてん。そしたら、あんさんのわいを受け入れる許容量みたいのが、めっちゃ大きかったからちゃうかって言われてな』
 自分で思うより許容量が広すぎたらしい。
『なんやそうらしいで、そいで……』
「みーこ、おっはよー!」
「おはよう」
 律が八木君と私を遮るように間に入った。
「今日こそはカフェに行こうね!」
「うん」
 そして、違う友達が律に話しかけてきて、動いた途端に『せやから、わいとしてはこれは運命とかそんなんちゃうくて、一時の気の迷いみたいな』八木君の声がわんわん聞こえてきた。
『ちょっと待って。わたしその前の八木君が言ってること聞こえなかった』
『はて、それはどゆことや』
『律が立ってる間、聞こえなかった』
『いや、昨日は人がおっても聞こえとったよな。となると阿方あがたが原因か?』
『テレパシーって防げるものなの?』
『普通の地球人には無理やろ。あいつなんか能力あるんか? それともあいつも異星人か』
『律が異星人?』
『可能性の話やけどな、とりあえず調査してみるか? なんか身近な物噛ませてくれれば分かるかもしれんで』
 中学の時から一緒のクラスで、おかしいと思ったことは一回もなかった。
 まさか律が異星人なんて、そんなはず。
 よくおやつくれるし、帰りにカフェ行ったり、色々好きな人の話もしたりしてきたのよ。
『疑いを晴らす為にも、なんかわいに噛ませてみぃ』
『うん』

 授業中は声を聞くのに集中しているからか、八木君の思考はほとんど飛んでこなかった。
 二時間目の授業が終わった時に、律にトイレに誘われ一緒に行った。
「ねぇ、律は異星人っていると思う?」
「そうね。いたら面白いんじゃないかしら」
「だよね! わたしも話できたら面白いなって思ってて、ずっと夢見てたんだ」
「あら、なんだか過去形ね。夢は叶ったの?」
「え? ううん。話したことないよ」
「そうだ。今日はチロルチョコこっそり持ってきたんだ」
「いつもありがとう!」
「んふふ。みーこが食べるところ好きなんだよね」
 やっぱり律は優しい。
 わたしは二つ貰った分を一つだけこっそりポケットにしまった。
 さっさと疑いを晴らそう。
 律はきっと異星人なんかじゃない。

 三時間目の授業後の休み時間。
 わたしは八木君にチロルチョコを渡した。
 八木君はちょっとトイレに行くと席を離れた。
 いつもトイレなんて行かないくせにチャイムギリギリに帰ってきて、すぐに寝てしまった。
 そして、お昼はすぐに透明になってしまった。
 いなくなった訳じゃない。
 分かってはいるけどなんだか心細かった。
 律とはいつも通りお弁当を食べたけど、おかずの交換を断ってしまった。
 八木君が教えてくれないと分からないよ。
 どこがお互いに筒抜けなんだろう。
 全然聞こえないじゃない。

そしてあっという間に放課後がやってきた。
「みーこ、カフェ行こ!」
「ほな、わいも行っていいか?」
「驚いた。八木君って喋るの?」
「関西弁びっくりされるかなって、だまっとってん」
「確かに、変な関西弁ね。まぁ、いいわ」
 放課後の教室がざわざわする中、わたしたちは三人で駅前のカフェへと向かう。
 八木君が他の人と普通に喋ってるの変な感じだ。
「いつからそんなに親しくなったの?」
「えと、昨日くらいからかな」
「ずいぶん仲良くなるの早いわね」
「ほんま、わいもびっくりや」
 駅への近道のビルの間を通ってる時だった『寺田。堪忍な』と声がした。
「阿方。すまんが、寺田はくれてやれへん」
「なんの話?」
「寺田とわいは運命の糸でぎっちり繋がれてんねん」
「ちょっと仲良くなったくらいで、なにを言い出すかと思えば。運命の糸は私とみーこに繋がってるのよ」
 キッと八木君を睨みつける律。
 目は吊り上がり、般若のような鬼の形相。
 こんな律は初めてで、わたしは動けなくなってしまった。
 律は八木君に掴みかかり、八木君は地面に押し付けられてしまう。
 そこから蹴りをくりだし、再び立ち上がり向き合う二人。
『こいつ、H981星雲からきた異星人やってん。狙った獲物を肥えさせて捕食する為に地球人になりきってん』
「律、あなた私を食べるつもりだったの?」
 こっちを見る律はいつもと同じ穏やかな笑みを浮かべていた。
「みーこ何言ってるの? かわいいみーこを食べるはずないじゃない。それにもっと太ってからじゃないと」
「それって私が太ったら食べようと思ってたってこと?」
「ちょっと冗談よ。そんな訳ないでしょ」
「はぐらかされへんで、もう分かっとんねん。おまえが異星人やってことわ!」
「ふん。おまえも異星人か。ならおまえを消してしまえば問題ないな」
 般若どころか、今度は口の両端が裂けだし、鋭い牙が剥きだしになった。
 そんな律に八木君は右ストレートを繰り出すが、その腕を捕まれ、そのまま絞め技を決められ地面におさえつけられてしまった。
「八木君!」
『しゃあない。奥の手使わせてもらうわ』
 その時、制服がバラバラに弾け飛んで、ぱっと八木君が消えた。
 一瞬後律の顔面に見事な右ストレートが決まり、壁まで吹っ飛んだ。
 後には右腕を伸ばした状態の素っ裸の八木君だけが残っていた。
「きゃっ!」
「すまん。けど、寺田を救うにはこれしかなかったんや。チョコ噛んだら、あいつの部屋見えてん。壁中、寺田の写真で、あいつそれを舐めててん。獲物に恋のような感情を持ち、最後に捕食する異星人の特徴はうちの惑星でも危険やと警戒されてて、とにかく寺田と二人きりにしたらあかんと思て、守りたくて……」
「とにかく、服を着て!」
「コーティングまた着るのしんどー」
「それじゃ外歩けないわよ!」
「ほんま地球しんどいわー」
 のそのそと四方の地面に転がっている制服をカチカチと纏い出す八木君。
 脱ぐのは簡単なのに、着るのは大変そうだ。
 律が本当に異星人だったなんて、もう考えがまとまらない。
「後の処理はパトロール隊に頼んだから、問題ないやろ。寺田大丈夫か?」
 八木君が伸ばしてくれた手を握ると、やっぱり冷たい。
「なんだか、みんな異星人なんじゃないかって気がしてきたよ」
「好きだったんちゃうんか?」
「分かってたよ。危ない場合もあるって。でも、こんなに長いこと普通に暮らしてるなんて思わないじゃない。わたしを食べる為だったって聞いても、なんだか実感が湧かないし。ねえ、八木君の調査ってなんなの? なにを調べているの?」
「すまんが、調査の内容は機密で言えんのや。もしかしたら、わいの調査も地球人にとって完全に良いことかと言われれば、そうじゃないかもしれへん。やけどな、わいは他の惑星にも生きてるもんがおるって知った時、ただ知りたいと思たんや。異星人がどんな生活をして、どんなふうに年を重ね、どんなふうに生きているのか」
「知りたいって気持ちは、生きている者が持つ特有の欲求なのかな」
「かもしれんな。そもそもそれがないと、なんも発達せえへん。分からないことを知ろうとせんかったら、宇宙船もできてへんやろ」
「だったらわたしにも知る権利はあるってことだよね?」
「せやな」
「八木君がいた惑星のこともっと教えて」
「機密事項もあるで」
「わたしが地球人のことを教えるのと、交換条件ていうのはどう?」
「こりゃ一本取られたな。知識も等価交換か。しゃあない。分かったわ」
 五月だと言うのに午後四時過ぎでも二十度近い。繋いだ手が心地良い。
 八木君は本当に異星人なんだ。
 わたしの熱を吸い取っていく。
「かー暑いな。地球ほんましんどいわー。こんな暑いとこ住んでるとか、もうあれやな。これが修行やな。地球人みんな修行僧や」
「ねえ、エアコンって知ってる?」
「なんやそれ?」
「室内の空気を冷やしたり、温かくしたりする機械があるの」
「え、地球環境にめっちゃ逆らってるってこと? すごない? 地球人の知恵すごない?」
 周りがみんな異星人だったとしても、八木君みたいならきっと楽しいだろう。
「ところで、運命の赤い糸の件についてなんだけど」
「それはあれや、敵を誘いだす文句みたいなもんで。一時の気の迷いやぁ○△%■」
「じゃあ、これから本当に作っちゃおうかな」
「あんさんポジティブすぎやろ。こわ!」
「さあ、電器屋さんいくわよ!」
 わたしは八木君の手を引っ張って、坂を上りはじめた。
「まだまだわいのハートは盗ませへんで!」
「望むところよ!」
 見ると八木君が笑っていた。わたしも笑った。

 お互い異星人でも宇宙人なのは同じ。
 願わくば、これから過ごす長い時間もあなたと楽しい二人でいられますように。

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