山の上の海(ショートショート)
GPSで示された現在位置は、海の上だった。
テントの外では、雪が舞い踊っている。
スマホの画面の中で点滅するアイコンは。
山の上とは正反対の、ハワイに程近い北太平洋の真ん中だ。
もう少し行けば、小屋があるらしいという予想で進んできたけど。
小屋など全く見当たらず。
陽も沈んできたので、テントを張ってこの場所で一泊することになった。
完成した頃に吹雪きはじめた雪は。
宙の黒さえ飲み込んで。
あっという間に白い世界を作りだした。
お互いに寝袋に身を包み。
携帯食のサラミを齧りながら。
現在位置を確認しようと、スマホで地図を開いてみたら。
そんなことになっていたのだ。
「船じゃなかったら、くじらだったりして」
「くじらならザトウクジラだな。ヒゲが立派だし」
「シロナガスクジラの方が、一番大きくて良くない?」
「俺は絶対ザトウクジラだね」
相棒は寝袋のまま立ち上がって、垂直になり泳ぐさまを真似しだした。
「俺たちゃ今からくじらだ。泳ごうぜ」
「寒くて頭おかしくなってるのか?」
「ほら、もっと優雅に。ひれで水をかくんだ」
他にすることもないので、付き合ってくじらの真似をしてみた。
「目ぇ閉じな。さあ、今俺たちゃハワイの近くの海にいる。太陽が海を貫くように、白く水中に光の道を作っている」
閉じたまぶたの裏側で、気泡が踊りながら水面へ向かっていった。
海水に包まれた全身。
かきわけるようにその中を前へ進む。
隣を見ると、自分より一回り大きなザトウクジラがいた。
こぶのついた顎をひいて得意そうな顔でにかっと笑いやがった。
「ここからどこに行こうか?」
「西へ。太陽を追いかけようぜ」
「昼を追いかけるってこと?」
「ああ。夜に追い付かれないように」
相棒が先立って前へ進む。
僕も慌てて追いかけた。
置いてかれるもんか。
点滅は西へ。
目標は太陽の君臨する昼の世界。
「はあっくしょん!」
盛大なくしゃみで目を開けると、そこは変わらず吹雪の中だった。
隣には、寝袋にしっかりくるまって寝息を立てている相棒。
ぼんやり白い、夜のテントの中。
つられてぼんやり溶けていく。
さあ、まだまだ泳ごう。
むにゃ。
翌朝テントから出ると。
産まれたばかりの雪が積もっていた。
良く見ると、新雪にできた窪みはほのかに青く。
僕のひれは、思わず水をかいた。
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