風の鈴(ショートストーリー)
チリン、チリン。
どこからか響く風鈴の音。
夏になると迷い込んでくる涼だ。
鳴ったからといって、身体が涼しくなる訳じゃないのに。
見えない場所に涼しさを纏っている。
いつだったか買った風鈴は、どこにやったっけ?
物を整理する時間があるなら、寝ていたい不精者。
その割に、なにかを始める時には活発になり。
必要な物を揃えるだけ揃えて、それで満足してしまう。
ほとんど使われずに終わった趣味のガラクタは、押し入れに詰め込まれて、わたしの中からすっと消えてしまう。
「亜生の押し入れは宝の山だよね」
そんな押し入れが大好きなもの好きがいる。
満面の笑みを浮かべながら、ごそごそと物色をしているのは、幼馴染の緋色である。
「あ、花火みっけ」
「もうしけってるんじゃないの?」
「今日の夜やってみようか。チャッカマンも見つけたし」
「別に良いけど」
「やった。今年はまだ花火やってなかったし、楽しみだな」
わたしはその様子を眺めながら、ベッドでゴロゴロしていた。
緋色がいなかったら、押し入れはとっくの間にガラクタでパンパンになっていただろう。
持つべきものはもの好きな幼馴染である。
緋色には押し入れを自由にしていい対価として、わたしの部屋の整理全般を任せている。
という訳で、怠惰なわたしの部屋が整理されているのは緋色のおかげなのだ。
「暗くなってきたし、そろそろ花火やろ」
「えー、外出る格好してない」
「はいはい」
そう言って、紺色のワンピースを頭からかぶせられ、すぐさま外に行く準備が整った。
わたしは下に短パンをはいたままだったが、ぱっと見じゃ分からないだろう。
外に出た後は、かいがいしく、虫よけスプレーまでしてもらった。
もっとも、緋色は誰に対しても世話を焼くのが好きなので、わたしが特別という訳じゃない。
パチ、パチチ
落とさないように、慎重に線香花火を持つ緋色を眺めていた。
わたしのは十秒と経たずに、地面に落ちた。
早く落として楽になりたかった。
「しけってなくて良かった」
「そうね」
ぽっと、熱が地面に落ちて、最後の花火が終わった。
「あー、やっぱり線香花火は儚いね」
「わたしは早く終わって嬉しいけどな」
「亜生は感傷がないなあ」
「そんなの前からでしょ」
「だね。帰ろっか」
使い終わった花火がつまったバケツを持って、緋色は歩き出す。
「あ、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「うん」
生温い風が吹いていた。
全く暑い。
わたしは一緒にコンビニに入った。
クーラーの涼しい空気。
快適だ。
緋色は目的のものを探して歩いて行った。
「あ、立石くん」
「こんばんは、佐々木さん」
「家近くなの?」
「歩いて五分くらいかな」
「実はご近所さんだったんだね。そうだ、班の課題なんだけど、どこまでいったの?」
「えと、アンケートのデータをまとめたところかな。結構意外な結果だったよ。明日教えるから、楽しみにしてて」
「意外かー。どんな結果なんだろ」
「じゃあ、また明日」
「うん」
同じクラスの女子と話している緋色をぼーっと眺める。
嫉妬とか、そうゆうものを抱えるのには疲れ果て。
とうの昔に捨ててしまった。
世話好きな上に、勉強もできる緋色は女の子からも大人気だった。
たまたまわたしが幼馴染なので、よく家にくるだけのことなのだ。
恋愛云々より、兄妹に近いんじゃないだろうか。
並んでいる本の背表紙を、意味もなく眺めていると、首元に冷たいものがあてられる。
「ひゃっ」
「相変わらず、首が弱いね」
「それだけはやめてって毎回言ってるでしょ」
「ごめんごめん。はい、アイス食べよ」
棒アイスが、反論を紡ぐ前に口に突っ込まれる。
いたずらをした後はいつもこうだ。
仕方なく、わたしはアイスを食べながら緋色と並んで歩く。
こうゆう時、いつも楽しそうなのだから不思議だ。
本当に緋色はもの好きだ。
帰ってベッドに横になる。
チリ、チリリン。
すぐ近くで風鈴の音がした。
視線を動かして見やると、カーテンの上の方に風鈴があった。
押し入れにあったものを、緋色がつけていったらしい。
いなくなっても、そこにいるみたいで。
わたしは風鈴から目をそらした。
チリ、チリチリリン。
ああ、熱い。
少しだけ涼しくなった風に吹かれても、全く冷めやしない。
心まで怠惰になりきれず。
捨てたはずの恋心を、わたしはいつも持て余している。