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味わった洗礼



いよいよスタートした勝負の1ヶ月。

移籍の市場は7月1日〜8月31日


市場は7月1日からだが多くのクラブは昨シーズンの終わり(5月頃)から選手を集め始める。


5月の渡欧も検討したが、膝の調子少しでも良くするため日本にいる期間を延ばしておきたかった。


8月にはリーグ開幕のため、7月には多くのクラブが大体の構成を固めていた。


着いた時点でかなりギリギリの時期。


もしチームが決まらなかったらどうするのだろう。


そんなぼんやりとした不安を抱えながらの渡欧であった。



ドイツに到着

成田からフランクフルト、そしてケルンまでの特急列車、そしてエージェントの家まで。トータル20時間の移動だった。チームが決まるまでの拠点となる家へと到着した。



練習参加は次の日から始まった。
結果として2週間で4つのクラブに参加することとなる。


日本でのチーム探しや練習参加とは異なり、複数クラブに同時並行で参加した。


主な流れは練習参加の後、練習試合で評価される。パフォーマンスによっては練習試合に繋がらないパターンも多々。

参加した4チーム

チームA(6部)
田舎にある巨大資金クラブ
プレーヤーとしての就労ビザ
サッカーだけで生活していける給料


チームB(6部)
エージェントが最も馴染みのあるクラブ
毎年日本人が複数人おりアットホーム
給料はお小遣い程度
ケルンから近く仕事を見つけやすい


チームC(6部)
トップチームが4部のu23チーム
日本人がまるでいない都市(仕事探しが困難)
給料は勝利給のみ


チームD(5部)
ドルトムント周辺(仕事は見つけやすい?)
給料はお小遣い程度
オーナー・監督はロシア系 空気が独特

主な情報はこのような感じ。



渡欧後の練習参加日程


7月2日 ドイツ到着
7月3日 チームA
7月4日 チームA
7月5日 OFF
7月6日 OFF
7月7日 チームB
7月8日 チームC
7月9日 OFF
7月10日 チームB
7月11日 チームC
7月12日 チームB
7月13日 OFF
7月14日 チームB(練習試合)
7月15日 チームB
7月16日 チームD
7月17日 チームD(練習試合)
7月18日 OFF
7月19日 チームD
7月20日 チームD(プレシーズンマッチ)


このような流れで練習参加と練習試合へと参加した。2週間で4クラブ。
テンポが早すぎて何が何だか分からない感覚。


着いた次の日からチームAの練習参加がスタートした。条件面を見ても最高のクラブであった。


移動は家から3時間。
日本時間で深夜1時。
しかもグラウンドに着いた時には練習がスタートしておりノーアップで参加。
時差ボケと長距離移動で身体が信じられないほど動かなかった。本来の30%の動き。


「こりゃダメだな」そんな初日だった。



2日目はだいぶマシにはなったがまだ60%くらい。ある程度慣れてからこのクラブに来たかったというのが本心であった。


この段階で合否を言われることはなく、どこかで練習試合に参加できるとだけエージェントからは伝えられた。




そのあとすぐにチームBへと参加した。
紅白戦、ポジションはシャドー。
全くボールが来ない。
別に嫌がらせとか信頼とかいうことでもなく普通にボールが前に来ない。練習終了。
アピールもクソもなかった(笑)


このクラブはのちにコンディション調整のためにも度々参加し、最も受け入れ体制の整ったクラブであった。



続いてチームC。
トップが4部クラブというだけあって巨大なスタジアムと専用グラウンドを保有しクラブハウスもしっかりとしていた。
紅白戦のポジションは小学生以来のFW。
中盤は埋まっており、前に押し出された。
こんなことはザラ。

でも結果的に得点を取り、ある程度の評価を得た。2度の練習参加を終え、明日の練習試合に参加できるとエージェントから伝えられた。


チームAもチームBも全く手応えがなかったため、チームCのチャンスを掴み取るしかないなと感じていた。


だが試合出発の1時間前に悲劇。


「今日の試合は登録の関係で出られない」


とエージェントから伝えられた。


聞いた瞬間、言っていることの意味がわからなかった(笑)


「これがドイツか。。」


渡欧後初めて心が揺れたタイミングはここだったかもしれない。


一応エージェントからは次の試合には呼んでもらえるかもしれないとは言われたがそんな言葉を信用するのは危険だと悟った。



10日間で3クラブ。なんの進捗もないまま日々が進んだ。エージェントにあといくつ手札があるのかも分からない。焦りがないと言えば嘘だった。




そんな中、良いニュースが。とある5部クラブがプレシーズンで大敗し、キレたオーナーが選手を探していると。そしてその連絡がエージェントに届いた。そして初めての5部の練習参加が実現した。


それがチームD。
いざグラウンドへ行くとさすが5部クラブといった感じで、各時のロッカールームがあり、練習着とバスタオルが用意されている。
練習後はそれをその場に置いて帰る。
さらにはロッカー内に大きなモニターがありそれを使ってビデオミーティングも行える。

プロみたいな環境だと感嘆した。


紅白戦では右ウィングでプレーした。これまた望んだわけではなく押し出される形で、、おそらく中学生以来。


だが運良くその紅白戦で3点取った。
自分でも驚いた(笑)。
練習を見ていたオーナーから「明日の練習試合に参加してくれ」と伝えられ練習試合の参加が決まった。


ビッグチャンス到来!といった感じであった。次の日の練習試合でも後半から右ウィングで出場し1アシスト。割と手応えを感じた。


試合後オーナーからエージェントに話があり契約の話に進んだ。
2日後の練習と3日後のプレシーズンマッチの後、正式に契約をといった流れになった。



ただ油断は禁物。チームCの練習試合がなくなったことでドイツという国への信用はまるでなかった。


帰宅して再度エージェントに契約できる確率を確認した。

聞いたところ95%問題ないと。

ここから話がひっくり返ることはまずないし、そんなことはクレイジーすぎると。


そう言ってもらいかなり安心した。
でも95%か、、ドイツの5%は怪しいな、、
とだけ一応思っておくことにした。


どちらにせよ契約までの練習とプレシーズンを120%の力でプレーすることには変わりないとだけ言い聞かせた。


迎えた週末のプレシーズンマッチ。
複数チームが参加するリーグ戦のような形で40分×3試合といったレギュレーション。


最初の試合に右ウィングで出場した。
相手は7部だったもののビルドアップでゴタつきボールになかなか触れなかった。
結果的に良くも悪くもない形で試合を終えた。


2試合目、3試合目で挽回しよう思っていたが、残りの2試合での出場は0分。
他の選手はこまめに入れ替わっているのに自分は一向に名前を呼ばれない。


切り替えようとだけ思い試合後にロッカールームを出るとクラブのオーナーとエージェントが話し込む姿が。




エージェントの険しい表情は今でも忘れない。




読んでいる人もそろそろ予想できるだろう。


そう。
起きたのだ。5%が。


さすがに頭が真っ白。


エージェントから衝撃的な話を伝えられた


「チームDとの契約は白紙になった。その代わりちょうど今チームCからオファーの連絡があった」


良いのだか悪いのだか意味がわからなかった。理解できなかった。



そのようにして入団クラブはチームCへと決定した。

その後聞いた話によると、練習試合には参加できなかったもののチームCは強い興味を持っていてくれたようで、5部入団が決まりそうと聞きつけ慌ててオファーを出してくれたと。


命拾いであった。これがなければどうなっていたか。想像するだけでゾッとする。




ドイツから到着2週間。
様々なことが起きた。
日本では味わえないようなことが。


契約が白紙。
練習試合の当日キャンセル。
次の日の予定を知らされるのは前日の夜。
着いたら練習が始まっている。
適性でないポジションでプレー。


23年間日本で生きてきた人間だ。
日常生活でも不便は数知れず。


何一つ理解できないドイツ語。
時間通りに来ない公共交通機関。
毎日大量の小麦。
朝食は11時。
シャワーのみの風呂。



これらのことが自分にとってストレスとなったことは間違いない。


不都合なことが起きれば人は感情を揺さぶられる。それらは不快感を感じるものである。



積み重なる不都合をどう消化すべきか考えた。この不都合に対していちいち反応していては心がもたないと察した。



当たり前だが環境は変えることはできない。


たった一つだけ変えられるものがある。


自分。


自分を変えればいい。



こう決めた


諦めること


それを超え
受け入れること




それは日本でも同じだったなとこっちに来て思う。


中学3年生、聞いたこともない「前十字靭帯損傷」という謎の大怪我。


高校1年生、前十字靭帯リハビリ8ヶ月目の再断裂。


大学1年生、次大きな怪我したらサッカーを辞めるであろうと思っていた中で起きた3度目の前十字靭帯損傷。


8ヶ月で復帰するつもりが2年3ヶ月かかったこと。


大学4年生、復帰した勝負の年で膝の激痛に悩まされピッチにすら立てない日々。



不安、迷い、恐怖、苛立ち、孤独。


こんな感情に支配されそうな時、



感情を爆発させて、そこから逃げ出したり誰かに当たったりしても何も変わらない。



その現状、感情を受け入れる勇気を持つこと。


それを受け入れることができる揺るぎない自分がいること。


その少しの勇気の積み重ねが自分を成長させていると実感できた。


日本でもドイツでも自分にとって不都合でストレスのかかる状況は結構起きる。


ただ文化の違う異国ということでそれが起きやすい。

だからこっちに来ると決めた。

今のところは予想通りに不都合が起きている。


今大切にしている考えは

未来に対して期待はしない。

でも不安視するする必要もない。


あくまで自然な状態でいて、何かが起きればその都度、受け入れて対応していく。


何も分からない。
どうなるか分からない。


だからこそ毎日必死に生きる。


結果として
半強制的に「今を生きる」形となっている。


大事なのはその感覚。


それを積み重ねることで少し成長した自分が見えてくるはずだ。




無事、KSV Hessen Kassel u23というクラブへの入団が決まりました。

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