地頭がいいって言われてみたい
小学生の頃から気づいていた。
それは小学校6年生、とても頭の良い女の子が転校してきた時から。
その子はテストでほぼ満点を取っていた。その頃、わたしの時代には小学生から塾に行く子はほとんどいなくて、その子も塾には通っていなかった。
ある日その子に聞かれた。
「ねえ、勉強してる?そろそろした方がいいよねえ?」
えっ?勉強しないで授業だけ聞いてそんなすごい点数取ってたの?わたし、結構テスト勉強してたけど、そんな点数取れてない…
勉強しなくても出来る子って世の中にはいるんだ。羨ましい…わたしは普通だから、勉強しないと良い点数は取れないわ。
そうゆう子をなんというか、
「地頭がいい」
地頭がいい子はわたしが1、教わったことを、すでに10ぐらい理解している。
言われた事がパッとわかる。すぐに言語化出来たりインプットされて知識になる。
あーこれはあれだな。もう天性のものだ。わたしには備わっていなかったやつ。
仕方ない。わたしには持っていないものなのだから。
そこで、どうしたか。
「じゃあ、人の何倍も努力すればいいんじゃない?そしたら、せめて普通以上にはなれるかも。天才にはなれないけど。」
行きたい高校があった。地頭がいい子は勉強しなくても入れるところかもしれない。でも普通、ううん、普通以下のわたしは必死に勉強しなければきっと入れない。
だから、わたしは勉強した。わたしなりに努力をした。何回も書いたり読んだりして、人には不器用で容量悪く見えたかもしれないけれど、自分なりに頑張った。
そして合格した!
地頭のいい子はもっと偏差値の高い高校に行ったけれど、わたしは満足だった。これがわたしの精一杯。
これからも泥臭く生きていこう。地頭がよくない分だけ努力をしていこう。不器用なのは生まれつき。でもだからって全てをあきらめるのはやめよう。そう誓った。
社会人になってからも、度々、地頭のいい子に遭遇した。羨ましかった。わたしの超えられない壁を軽々と超えていく。
わたしはたくさん考えて、身体を動かすことによってそれらを乗り越えていった。
そう、わたしは人より何倍も努力が必要な女。無駄な動きが多い。
めんどくさい。地頭がよければ良かったのに。
遠回りをしてきた人生だった。
遠回りしてきた分だけ、経験だけは人並み以上にしてきた。それはわたしの多分、財産。
地頭が良くなくても、比べなければ幸せな気持ちになれる。そんなことに気づくのに、だいぶ時間かかっちゃったな。
わたしはわたし。わたしだけにしか送れない人生があるのだ。
それも良き。
ある日、高校生の長男が学校から帰ってきて、興奮して、友達がテストで学年で1番になったと言った。
「あいつ、あまり勉強してないのに、すごい点数取れるんだよ。でも俺は地頭がよくない…」
「だから人の何倍も勉強しないといけないんだ!明日から図書館に通って勉強してくる!」
お、君も気づいたのか。
いいぞ、いいぞ。泥臭く生きてやれ。
人は持っているものでしか勝負できない。
それこそ君の人生だ。
自分にしかわからない幸せを探す旅に、今、君は出発するんだな。
地頭がいいって言われてみたかった。
でももうそれはどうでもいいかな。
良かろうが悪かろうが関係なくなっちゃった。
それよりも明日も健やかに過ごせるように自分を大切に生きていこう。