ローマ

2016/7/1 ローマの休日

★ありし日の乙女の憧れを舞台化

 子供の頃、私は映画「ローマの休日」を何度かテレビで見たことがある。いつもはさしてテレビ番組に執着のなかった母が、この映画が放送される日だけはチャンネル権を譲らなかったからだ。母の娘時代にはオードリー・ヘプバーン扮するアン王女の髪型を真似た「ヘプバーン刈り」が日本でも大流行したという話も、飽きるほど聞かされた。

 この映画が日本で公開されたのは1954年だそうだから、母が語ったのは約60年くらい前の話ということになる。今は亡き母も、生きていれば絶対この舞台を見に行ったに違いない。そんな作品を、まだ30代になったばかりの友人と一緒に見ることになった。「古くさい」って言われやしないか、「やっぱり昔の名作ですね」と茶化されるんじゃないか、ちょっとドキドキしながら私は赤坂ACTへと向かった。

★主な配役

 では恒例の主な配役から。

ジョー・ブラッドレー(アメリカン・ニュース社の記者)早霧せいな
アン王女(ヨーロッパの某国の王女、王位継承者)咲妃みゆ
ヴィアバーグ伯爵夫人(王女の世話係)梨花ますみ
大使(ヨーロッパ某国の在イタリア大使)奏乃はると
プロヴノ将軍(ヨーロッパ某国の軍人)真那春人
ドクター・バナコーヴェン(王女付きの医師)真條まから
支局長(アメリカン・ニュース社のローマ支局長)鳳翔大
アーヴィング・ラドビッチ(カメラマン)彩凪翔
フランチェスカ(アーヴィングの彼女)星乃あんり
クレア(アメリカン・ニュース社のジョーの同僚)桃花ひな
ポール(アメリカン・ニュース社のジョーの同僚)真地佑果
マリオ・デ・ラーニ(イタリア人の美容師)月城かなと
ルイザ(ジョーのアパートの大家)千風カレン
ダリオ(カフェ・ドネイのギャルソン)透真かずき
警察署長/式部官 朝風れい
警官1/クラブの歌手 久城あす
警官2 陽向春輝

 記者のジョー・ブラッドレーを雪組トップスター・早霧せいな、アン王女を雪組トップ娘役・咲妃みゆが演じる。ジョーの相棒であるカメラマンのアーヴィングは彩凪翔、美容師のマリオは月城かなと。(この公演は名古屋・東京・大阪での上演だが大阪でのみカメラマンと美容師の役者を入れ替えた役替わりバージョンがある。)

 出演者は総勢35名だが見てのとおり役は多くない。上記以外の人たちは街の物売り、クラブの客、ヨーロッパ某国の諜報部員などとして登場する。

★主役は早霧ジョー

 第一幕はアン王女と記者ジョー・ブラッドレーの日常を交互に描く形で始まる。王女の方は原作映画をほぼ踏襲しており、退屈な謁見をこなした夜に、情緒不安定になってお付きの伯爵夫人や大使の前で泣き出してしまう。医師に睡眠薬の注射を打たれるが、興奮して眠れない王女は密かに服を着替えて大使館を抜け出していくのだ。

 咲妃のアン王女にはオードリーの「目の覚めるような美貌」や「折れそうなくらい細いウエスト」といった驚きはないけれど、なかなかお茶目で愛らしい。前回の東京での公演「るろうに剣心」の時に痛めた喉もすっかり治ったようで、あたりの柔らかい綺麗な声が戻っていたのも嬉しい。

 かたやジョーの方は、宝塚らしいオリジナル設定が加えられている。カフェの店員からのタレコミを受けて、相棒のカメラマン、アーヴィングと共に映画スターと女優の密会スクープを狙う。だが、相手のボディガードたちと乱闘騒ぎを起こして逃げ出す破目になる。

 ジョーがスクープを狙い続けるのは、古くさい街ローマを抜け出してアメリカに戻るため。早霧ジョーは見た目こそ映画のグレゴリー・ペックより若々しいが、スクープのためなら多少汚れ仕事でも構わない、そんなちょっとやけっぱちでトゲトゲした感じを漂わせている。

 相棒の彩凪アーヴィングはそんなジョーに「せっかくなんだからもっとこの街を楽しめ」と、街ゆく女たちの肩を抱く。宝塚だけあって、なかなかお盛んな色男である。

 そんな二人は翌日の午前中に開かれる、ヨーロッパ某国の王女の記者会見で会うことを約束して別れる。

★ジョーとアン、二人の出会い

 街へ出た王女は薬が効いてベンチで眠りこけてしまう。偶然そこを通りがかったジョーは、彼女が酔いつぶれていると思い込み、何とか家に帰そうとする。だが、逆に警察に怪しまれてしまい、とっさに「彼女は自分の婚約者だ」と嘘をついてごまかすのだが、そのために彼女をアパートに連れ帰ることになってしまう。

 舞台では映画と違って簡単にタクシーに乗せるわけにはいかない。どうするんだろうと思っていたら、「警官に家まで送らせる」という方法で解決。なるほどこう来たか、と思う。

 部屋に入った王女の言うことが見事にトンチンカンで可笑しい。王女は「ここはエレベーターですか?」と尋ねたかと思うと、「服を脱ぐのを手伝ってください」と言いだす。薬の効き目のせいなのか、一人で男の部屋に来ていると言う自覚が全く感じられない。

 彼女を家に帰すのを諦め、ジョーは一夜の宿を貸す。王女はシャワーを借り、ジョーのパジャマを着込んでベッドに入るが、ジョーはそんな彼女を荒っぽいやり方でソファーに移し、ベッドは自分が使うのだった。

 ベッドの隣にソファーを並べ、シーツを持ち上げて王女をソファーの上に転がす、というのはジョーがいかに興味がないか、彼女を邪魔に思っているかというのがよくわかる場面だ。舞台上では転がす早霧と転がる咲妃の息がぴったり合って実にうまく見せていたけれど、本当にやったら絶対に女性をベットから落としてしまうだろう。良い子は絶対に真似してはいけない。

★彼女は王女!

 次の場面は翌日のアメリカン・ニュース社のオフィス。時刻は昼すぎ。支局長が出社しないジョーに腹を立てている。ようやく姿を見せたジョーは、「例の王女の記者会見に行ってきた」と言い訳をする。支局長は王女が質問にどう答えたのか、会見での服装はどうだったかとさんざんジョーに尋ねた後で、新聞を叩きつけ「王女は急病で記者会見は中止になった」と怒りをぶちまける。

 支局長役の鳳翔大は身体が大きく声も低いので偉そうに見えるのはいい。でも、ちょっと前にジョーに狙われる映画スターの役で登場したばかり。余計なお世話だとは思うが、鳳翔のように身体的な特徴のはっきりした人に二役やらせるのは止めた方がいいと思うぞ。

 ところが新聞の王女の写真を見た途端、ジョーの態度が変わる。「自分が王女の独占インタビューを取ったら、いくらボーナスを出すか」と支局長に交渉を始めたのだ。そう、新聞の一面を飾っていたのは紛れもなく昨夜から自分のアパートに居る女の顔だったからだ。

 彼は急いでアパートに戻り、新聞の写真と彼女の顔を見比べる。「王女様」と呼びかけて彼女が返事をすると、彼は特ダネをつかんだ喜びに震える。が、それを王女に気付かれてはならない。そっとソファーから彼女を抱き上げ、ベッドに移す。

 目覚めた王女は自分がどこの誰かもわからない男の部屋で、パジャマを着て眠っていたことを知って驚くが、そこは王族。態度は落ち着いたものだ。名前を聞かれると「アーニャ」と名乗り、ベッドを使わせてもらった礼を述べて部屋を去ろうとする。

 が、彼女が着替えのためにシャワーを浴びている時、よりによって大家のルイザが家賃の取立てにやってくる。ルイザはジョーが部屋に若い娘を引き入れたと思いこみ、すごい剣幕で怒り出す。バスルームから出てきた王女は驚いてアパートを飛び出し、ジョーは慌ててあとを追って外へ。

 他方、大使館では王女が消えたことに気づいたヴィアバーグ伯爵夫人(梨花ますみ)と大使(奏乃はると)が心配している。プロヴノ将軍(真那春人)は本国から秘密諜報部員を呼び寄せて彼らに王女を捜索させると息巻いていた。何気ない場面なのだが、この王女の世話役トリオがなかなかの芝居巧者。ピシッと脇を締めているのが心地よい。

★映画でおなじみの名場面が続く

 街に出た王女にはローマの街の景色もお店も道行く人々も何もかもが珍しい。ジョーに借りたお金でスカーフを買い、街で見つけた美容院に入って、美しいロングヘアをカットしたいと言って美容師を驚かせる。

 密かに王女のあとをつけていたジョーは、アーヴィングに電話をかけてすぐカメラを持ってくるように言う。その日は恋人のフランチェスカとのデートがあると断ろうとするアーヴィングを無理やり呼び出すのだった。

 さて、美容院での仕上がりは上々、モダンなショートカットになった王女の美しさを美容師のマリオ(月城かなと)は絶賛し、彼女をジャズクラブでのダンスに誘うが、王女は丁寧に、でもきっぱりと断って店を出る。

 美容師マリオ役の月城は雪組の美形スターだが、このマリオ役では随分と弾けた演技で、オーバーアクションで癖のあるイタリア男になりきっているのが面白い。いや、それでも十分にすっきりした二枚目顔なのだが。

 王女がスペイン広場でジェラートを買って階段に腰かけて食べていると、偶然を装ってジョーが「また会ったね」と声をかける。まさに映画の名場面の再現……と言いたいところだが、階段のセットが小さすぎてちょっと寂しい。背後のスクリーンにはスペイン広場が映し出されていたようだが、2階席から見ていた私には今ひとつその効果は感じられなかった。

 「実は、昨夜こっそり寄宿学校を抜け出してきたの、そろそろ帰らないとみんなが心配している」と言い繕う王女に、「どうせなら帰るのは夜まで伸ばして、1日好きなことをすればいい。僕が付き合ってあげるよ」というジョーの言葉に王女は従うことにする。

 望みを聞かれて「あなたには大したことではないと思うけれど、カフェに行ったり、ウィンドウショッピングをしたり」と答える王女。ジョーはそんな彼女をアーヴォングとの待ち合わせ場所であるカフェ・ドネイに連れていく。

★あのヴェスパに乗って

 カフェで「何が飲みたい」と聞かれた王女は「シャンパン」と答える。「シャンパンはよく飲むの?」「いいえ、この前飲んだのは父の40周年の記念日よ」「お父さんの仕事は何?」「ええと、広報的な仕事よ」「ずいぶん長く同じ仕事をしているんだね」「その仕事についた人は普通は辞めないの。健康を害さない限り」「では、お父様の健康に乾杯」「皆さんそう言ってくださるわ」

 王女の父は国王、彼女が注意深くそれと悟られない様に話すのが面白い。もちろん、ジョーも私たち観客もそんなことは承知の上なのだが。

 遅れてやってきたアーヴィングは、彼女の顔を見るなり「君、まるで瓜ふたつだね」と言い出して、ジョーに思い切り足を蹴られる。王女が「どういう意味ですの?瓜ふたつって」と聞き返す。

 舞台はイタリアのローマ、アメリカ人であるジョーと王女との会話は英語だが、彼女は俗語には通じていないので「瓜ふたつ」という言葉の意味が分からない、という設定なのだろうが全部のセリフが日本語で上演されているのでここはちょっと苦しい。

 アーヴィングが再び「それにしてもよく似ている、例の……」と言いかけると再びジョーに蹴られて、今度は椅子ごと後ろにひっくり返る。怒り出すアーヴィングを無理やりなだめ、傷の手当をすると彼を連れ出し、ジョーは彼女が本物の王女だと明かす。独占スクープが取れたらそれこそ大金持ちになれると諭され、アーヴィングもその気になる。

 二人が彼女の元に戻ると、アーヴィングは手始めにタバコを吸うフリをして、ライターに仕組んだカメラで王女の写真を撮る。王女もタバコを勧められ、生まれて初めて一服する。

 が、そこへアーヴィングと待ち合わせていたガールフレンドのフランチェスカ(星乃あんり)がヴェスパに乗ってやってくる。「今日は1日私に付き合ってくれるんでしょ、どこへ行く?」という彼女に、「ごめん、仕事が入った」というアーヴィング。その間にジョーはフランチェスカのヴェスパをちゃっかり借用。後ろに王女を乗せて走り出す。

 コロッセオや有名な教会、様々な街の景色が舞台奥のスクリーンに映し出され、二人はローマの街の中を駆け巡る。と、ここまでが第一幕だ。

★まるで映画そのままのストーリー

 舞台から受ける印象は、映画のそれととてもよく似ている。というより、注意深く映画の印象を壊さないようにしているのだろう。主人公であるジョーの背景こそ新たに作り込んではあるけれど、ジョーと王女のやり取りはアパートでもカフェでもほぼ映画のまま。スクーター(ヴェスパ、というのはメーカー名)まで映画とそっくりのモデルが使われているのには驚いた。

 一緒に観劇していたYさんが幕間になると突然「この話、最後はどうなるんですか?」と言い出したのには驚いた。彼女はこの映画のあまりに有名な結末を知らないのだった。私は「それは見てのお楽しみ。でも名場面なのよ」と言うに留める。

(写真は幕間の赤坂ACT前の階段。これだけ立派な階段がありながら、なぜ、ジェラートを売らないんだろう。喫茶コーナーのシャンパンよりここでジェラートの屋台を出した方が受けるだろうに。)

★王女の嘘と真実

 第二幕は大使館から。プロヴノ将軍の呼び寄せた諜報部員たちは黒い帽子に黒いスーツ、おまけに黒いサングラスをかけている。「これなら街に出ても目立たない」と将軍は満足げだが、伯爵夫人も大使もこれには呆れ顔。

 さて、ジョーと王女はヴェスパに乗ったまま市場に入り込み、警官に見咎められる。が、ジョーが目を離した隙に王女がヴェスパの運転席に乗り込んで走り出したから大変。ジョーが慌てて後部座席に乗り込んだが、暴走するヴェスパに市場は大混乱となる。

 続いての場面は警察署。ここでは美容師のマリオが昼間髪を切った女性の身元を探して欲しいと警察に捜索願を出そうとしていた。そこへ、市場で店を出す人々から訴えられたジョーと王女、それにアーヴィングがやってくる。警察からどうしてこんなことになったのかと質問されてしどろもどろになるジョーとアーヴィング。すると王女が「私たち、結婚式に行く途中だったんです」と言い訳する。

 その言葉を聞くと市場の人々も納得して二人を祝福し始める。昨晩、ジョーの部屋に王女を連れて行った警官たちも現れて、「この二人が婚約者であることは間違いありません」と言い出し、二人は無罪放免となるの。だが、その様子を見ていたマリオは「彼女が……結婚……」と一人悲嘆に暮れるのだった。

 この美容師マリオの役だけは映画よりこの舞台版の方がずっと存在感があって出番も多い。王女に一目ぼれして彼女を追いかけるイタリア男になっているのが面白い。

★真実の口、祈りの壁、名場面は続く

 警察署を出た王女が「あなたたちは嘘が下手ね」と男たちに言うのだが、二人の男は、そう言うのならと王女を「真実の口」に案内する。真実の口というのは海神の顔が浮き彫りになっている彫刻で、嘘つきがその口に手を入れると抜けなくなる、あるいは切り落とされると言われている。

 「手を入れてごらん」と言われた王女は、怖がってなかなか手が出せない。自分が嘘をついているという自覚と、それが態度に出てしまうところが可愛い。ジョーはいたずら心から、真実の口に手を入れて抜けなくなったフリをする。驚いた王女は必死に彼の腕を引っ張りだそうとする。冗談だと気付くと、彼女は思い切り彼に抱きついて「本当に心配したのに」と言うのだった。そんな彼女に笑って謝るジョー。

 アーヴィングはジョーに「おまえがそんな楽しそうな顔をしているのは初めて見たよ」と声をかける。彼は無意識のうちに王女の無邪気な愛らしさに癒され、彼女を騙していることに罪の意識を感じ始める。

 続いて3人は「祈りの壁」を訪れる。願い事の書かれたたくさんのプレートが掲げられた壁には小さな祭壇がある。戦争中に爆撃にあった子供連れの男が、この壁のおかげで助かったというエピソードを聞いて、王女も祭壇に祈りを捧げる。

 ジョーとアン王女、二人は互いに相手に言えない秘密を心に持っている。ここではそんな二人が「君に(あなたに)真実を打ち明けたなら」という曲に乗せて、その秘めた心を歌う。

 ジョーは素直な王女の姿に、スクープの為なら何でもやるという決意が揺らぎ始めている。王女はジョーの親切を彼の純粋な優しさだと信じ、王族としての自分が時に心にもない言葉を語っている虚しさに気づいていく。これでこそミュージカル、いい場面だ。

 だが、それでもジョーは新聞記者。アーヴィングに「お前はミスター・ゲンゾーと打ち合わせがあるんじゃなかったのか」と言って彼を家に帰す。これは「カメラのフィルムを早く現像してこい」と言ってるのだが、デジタル写真全盛の今日では「現像」も懐かしい言葉になったな、と思う。

 さて、ここから先は物語の結末、核心に触れることになる。ネタバレは勘弁、という方は読むのをご遠慮くださいね。

★ジャズクラブでの大騒ぎの後は……

 その夜、二人はローマで一番と評判のジャズクラブ、アレキサンダー・プラッツのパーティーへ。美容師のマリオはジョーとアーニャが結婚したと思いこみ、二人を祝福する。彼女とダンスを踊るマリオの姿を見ると、遅れてやってきたアーヴィングはストロボ付きのカメラで写真を撮ろうとする。驚くジョー。「何をビビってるんだ、いつもの事じゃないか」とアーヴィング。

 が、マリオの次に黒服の男が王女とダンスを踊り始める。男はダンスをしながら耳元で「表に車が待っています。どうかこのままお帰りください」と囁く。彼はプロヴノ将軍配下の諜報部員だった。

 驚いた王女はその手を振り払い逃げようとする。追いすがる諜報部員。彼女は「助けて、ジョー!」と叫び、パーティー会場は彼女を救おうとするジョーとそれに加勢するマリオ、諜報部員たちが入り乱れて大騒ぎとなった。王女も酒瓶を振りかざして乱闘に加わる。アーヴィングはその姿をしっかりとカメラに収めている。

 何とかパーティー会場を抜け出したジョーと王女は再びジョーのアパートへ。「お腹空いていない?何か作りましょうか」という王女だがアパートにキッチンはない。「料理だってできるし、アイロンがけもうまいのよ。ただ、腕前を発揮する機会がないだけ」という彼女の言葉に「じゃあ今度はキッチンのある部屋を借りないといけないな」とジョー。

 「そう言えば、まだあなたと踊っていなかった」と言う王女の言葉にジョーはラジオをつける。二人はそっと抱き合い、曲に合わせてゆっくりとダンスを踊る。

 だが、やがてラジオの音楽は途切れ、ニュースが流れ始める。「ローマを訪問中の王女の体調が急変し、国では国民たちがその容体を心配しています」と。彼女は「もう帰らなくては」とつぶやく。ジョーは「送っていくよ」と言って二人は外へ。大使館の近くまで来ると、二人は黙って見つめ合いそしてキスをする。12時の鐘が鳴ると、彼女は足早に走り去って行く。

 追っ手が現れたことで、ようやく男と女の心が一つになる。新しいアパートを借りて二人で暮らしたい。そんな夢を思い描いたのもつかの間、ダンスとキスで別れを告げ、彼女は自分の居るべき場所へと帰っていく。60年もの間、世界の女性を虜にしたロマンス、それは宝塚歌劇を見続けている私でさえ、思わず唸ってしまうくらいロマンチックで切ないものだった。

★王妃の決意、ジョーの想い

 大使館では取り巻き三人組が、突然姿を現した王女から事情を聞きだそうとする。が、王女は毅然とした態度でこれからは公務に勤しむと表明して彼らを驚かせる。

 外の世界に思いを残しつつ、彼女は国民のために王女として生きる道を選んのだ。「私に義務を説く必要はありません。もしも私がそれを理解していなければ、二度とここへは戻らなかったでしょう」という彼女の言葉は重く、そして清々しい。

 他方、アメリカン・ニュース社の前では支局長が姿を見せないジョーを案じている。だが、フランチェスカから「カフェでジョーと一緒に居た女の子が新聞で見た王女に似ていた」と聞かされ彼は浮足立つ。王女の容体の続報は発表されていないし、ジャズクラブでは騒ぎを起こした某国の諜報部員が逮捕されている、その上ジョーは姿を見せない。きっとジョーは王女と一緒に違いない。アイツはついにやった、スクープだと歌い踊り、彼はジョーのアパートへ向かう。

 アパートにはジョーがぽつんと一人。支局長が「スクープ記事はどこだ」と問い詰めても「そんなものはない」というばかり。ちょうどそこに、現像した写真を持ったアーヴィングもやってくるが、支局長の前で写真を見せようとする彼の脚を蹴って、ジョーはまたしても彼を転ばせる。

 ようやく納得した支局長が去った後、ジョーの様子からアーヴィングは彼が王女に本気で恋をしたことを悟る。「俺も馬鹿だよ。お前なんかのために金持ちになるチャンスを無駄にするんだからな」というアーヴィングのセリフがいい。

★1日遅れの記者会見

 さて、その日急遽決まった王女の記者会見に、ジョーとアーヴィングは揃って出席する。凛とした姿で現れた王女は、二人の姿に目を留める。

 会見でのやり取りはほぼ映画のままだと思う。ジャーナリストたちから国際関係について質問を受けた王女が、国と国の信頼関係を人と人との友情にたとえて答えると、それを聞いたジョーが「信頼が裏切られることはないとお約束します」と答える。

 ジョーは「昨日の出来事を記事にすることはない、彼女の秘密は守られる」と暗に伝えるのだ。別の記者に「一番印象に残った訪問地は?」と問われ王女は「ローマです。この街を私は一生忘れることはないでしょう」答える。彼女も「私はあなたを忘れない」とジョーに伝えたのだ。

 アーヴィングも写真撮影の場に例のライター型カメラを取り出し、自分が王女の冒険の間じゅう写真を撮っていたことを彼女に知らせる。そして、「ローマの思い出にプレゼントします」と、撮った写真を入れた封筒を王女に渡す。

 会見が終わり、王女が席を立つ。その後ろ姿を見つめるジョー。彼女が一瞬立ち止まると振り返り、二人は見つめ合う。舞台版らしく二人の心が結ばれた姿を形にして見せた、というところだろうが、私はこれは蛇足だったと思う。

 映画のラストシーンは王女の去った後をいつまでも一人見つめるジョー。そしてジョーもまた、彼女とは反対の方向に歩き出すところで終わる。悲しいけれど二人の未来は決して交わらない。それがはっきりとわかる映画版のラスト方が私は好きだ。

★あまりに宝塚的な

 雪組公演「ローマの休日」はまるで映画のような作品。そして宝塚歌劇で上演されるためにあるような物語だった。男と女が出会ってから恋に落ちて別れるまでの一日を、これだけ見事に描き切ったラブストーリーを私は他に知らない。今まで宝塚歌劇で上演されなかったことの方が不思議なくらいだ。

 そもそも元の映画、それも脚本がいい。ストーリー展開もいいし、セリフが気が効いている。その素晴らしく出来のいいロマンス映画の構成要素を丹念に拾いあげて再構築し、よりわかりやすく噛み砕いたのが雪組「ローマの休日」だった。

 だが一つだけ残念なことがある。映画「ローマの休日」にはジョーとアンに次ぐ3番目の主役が居た。あの映画の影の主役はローマという町そのものなのだ。スペイン広場やトレヴィの泉、真実の口、コロッセオ、噴水、オープンテラスのカフェ、屋台の並ぶ青空市場、そしてそこで暮らす人々。

 この舞台版ではその第3の主役の魅力までは描ききれていない。脚本・演出の田渕大輔氏は、60年前のおとめたちがこの異国の街に抱いた憧れを理解するには、いささか若すぎたのかもしれない。

 セットは全般に簡素で、最後の記者会見の場面などは宝塚なんだからもう少し豪華にできただろうに、と思うくらいささやかなもので、ちょっとがっかりだった。

★名作は時代を超えて

 幕が下りた後、Yさんに感想を聞こうと横を見ると「そんなぁ、はじめに言っておいてくださいよ。二幕はタオルが必要だなんて、私知りませんでした」と言う彼女の瞼には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 古臭いと思われるんじゃないかなんて、ちょっとでも心配した自分がバカだった。名作が名作と呼ばれるのはその普遍性ゆえ。大人になった今だからこそ、私にも「ローマの休日」を愛した母の気持ちが分かる。

 雪組の「ローマの休日」もあと一回は見たいけれど、果たしてチケットは手に入るだろうか……。そんなことを思いながら、私はスペイン坂にも似た赤坂ACT前の階段を下り、駅に向かったのだった。

【作品データ】タカラヅカシネマティック「ローマの休日」は映画「ローマの休日(ROMAN HOLIDAY)」を原作とするミュージカル。脚本・演出は田渕大輔。宝塚歌劇団雪組により2016年6月14日〜19日名古屋・中日劇場、6月25日〜7月10日東京・赤坂ACTシアター、7月30日〜8月15日大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演。


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