2016/5/15 「こうもり」(1)
★オペレッタ原作の華やかなミュージカル?
「こうもり」はヨハン・シュトラウス2世作曲の有名なオペレッタを原作とするミュージカルである。上演するのは星組。トップスター北翔海莉は宝塚を代表する歌手であり、彼女は過去にも今回と同じく谷正純氏の脚色・演出でオペレッタを題材としたミュージカル「メリー・ウィドウ」に主演しているので、トップスターになったら一作くらいはオペレッタをやるんじゃないか、とは思っていた。
が、よりによって「こうもり」とは。上演はトップスター北翔の希望だそうだが、私はそれを聞いて「何という話を選んでくれたか」と、半ばがっかりした。オペレッタの「こうもり」は倦怠期を迎えた金持ちの銀行家夫婦の騙し合いの喜劇であり、私が「宝塚歌劇に不可欠」だと考える恋愛成分が圧倒的に乏しいのだ。
夫のアイゼンシュタインが妻ロザリンデを騙してパーティーに出かけていく。夫の留守に妻は昔の恋人で音楽教師のアルフレードに言い寄られる。が、元恋人は夫と間違われて刑務所へ。そんな夫婦が互いに偽名を使って出席したパーティーの席には、刑務所の所長フランクやメイドのアデーレも偽名で現れる。翌朝刑務所で、このおかしな成り行きは以前アイゼンシュタインに恥をかかされた友人ファルケ博士の企みだった、という種明かしがなされる。
元のオペレッタはだいたいこんな話だが、果たしていかなるミュージカルに生まれかわる(かわらない?)のだろうか。
★宝塚版「こうもり」の登場人物
主人公とヒロインが中年の夫婦ものではさすがに宝塚歌劇としてあまりに夢がないので、宝塚版では大幅な変更が加えられた。オペレッタとのもっとも大きな違いは主人公をアイゼンシュタインから友人のファルケ博士にしたことだ。
理由は私にも容易に想像がつく。星組トップスターに北翔の就任が決まった時、紅のファンがどれほど嘆いたかは想像に難くない。いくらコメディとはいえ、星組の生え抜きスターの紅ゆずるが専科から自分の上に異動してきた北翔に復讐するという話では、あまりにも生々し過ぎて双方のファンは見ていられないだろう。その意味では至極順当な改変だ。
主人公を変更したのに伴って、アイゼンシュタイン家のメイドで女優志望のアデーレをヒロインに。また、本来ならアイゼンシュタインの妻ロザリンデの元恋人で音楽教師のアルフレードはアイゼンシュタイン家の従僕に変更された。アルフレードが言い寄るのは同僚のアデーレであり、ロザリンデではない。アイゼンシュタインも単なる金持ちの銀行家ではなく、「侯爵」の称号を持つ貴族ということになっている。
主な登場人物はこのほかに、弁護士のブリント、刑務所長フランク、ロシア人オルロフスキー侯爵、刑務所の看守フロッシュ、アデーレの妹イーダ、とほぼ原作のオペレッタを踏襲している。残りの登場人物はオルロフスキー侯爵邸の使用人か、晩餐会の客である。
が、総勢80名近い星組で上演するにはあまりに登場人物が少なすぎる。そこで、ファルケに「物理学の博士号を持つ学者」という設定を付け加えて、ファルケの学問上の恩師ラート教授、ファルケの研究室所属の助手を四人登場させている。
四人の助手にはクリプトン、ポロニウム、アルゴン、キセノンという名前が付いている。本来、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)と来たら、もう一人はラドン(Rn)かネオン(Ne)であるべきだろう。貴族ならぬ希ガス四人組のはずが、なぜ放射性元素のポロニウムを入れたのかは謎。谷氏はキュリー夫人がお好きなのだろうか。劇中で彼らが名前で呼ばれることはないので、どうでもいいといえばいいのだけれど。
さらに、アイゼンシュタイン家の小間使いがアデーレのほかに4人追加されている。
★主な配役
主な配役は以下の通り。
ファルケ博士(物理学者)……………………………………北翔海莉
アデーレ(侯爵家のメイド)…………………………………妃海風
アイゼンシュタイン侯爵(ファルケの友人)………………紅ゆずる
ロザリンデ(アイゼンシュタインの妻)……………………夢妃杏瑠
アルフレード(侯爵家の侍従)………………………………礼真琴
オルロフスキー公爵(大金持ちのロシア貴族)……………星条海斗
フランク(刑務所長)…………………………………………十輝いりす
フロッシュ(刑務所の看守)…………………………………美稀千種
ブリント(弁護士)……………………………………………七海ひろき
イーダ(ダンサー)……………………………………………綺咲愛里
ラート教授(ファルケの恩師)………………………………汝鳥伶
クリプトン(ファルケ研究室の助手)………………………十碧れいや
ポロニウム(ファルケ研究室の助手)………………………麻央侑希
アルゴン(ファルケ研究室の助手)…………………………瀬央ゆりあ
キセノン(ファルケ研究室の助手)…………………………紫藤りゅう
テミス(侯爵家のメイド)……………………………………妃白ゆあ
イレーネ(侯爵家のメイド)…………………………………真彩希帆
フローラ(侯爵家のメイド)…………………………………小桜ほのか
レダ(侯爵家のメイド)………………………………………天彩峰里
レブロフ伯爵夫人(オルロフスキー公爵家の招待客)……万里柚美
ラモン大佐(オルロフスキー公爵家の招待客)……………壱城あずさ
ネッケル子爵(オルロフスキー公爵家の招待客)…………如月蓮
ネッケル子爵夫人(オルロフスキー公爵家の招待客)……白妙なつ
バルドー大使夫人(オルロフスキー公爵家の招待客)……音波みのり
イワン(オルロフスキー公爵家の使用人)…………………天寿光希
ユーリー(オルロフスキー公爵家の使用人)………………漣レイラ
ミーシャ(オルロフスキー公爵家の使用人)………………ひろ香祐
若手男役スターがファルケの助手に、新進娘役がメイド役に回った関係でベテラン・中堅どころは多くがオルロフスキー公爵家の招待客か使用人にまわった。これこそまさに「役不足」!
★悪ふざけから生まれた「こうもり博士」
宝塚版こうもりの幕開きは華やかなオープニング場面から。7組のカップルがウインナワルツを踊るのに続き、北翔がクラシック風の発声で朗々と主題歌「ファルケ博士の夢の舞台」を歌う。この作品では主題歌だけが宝塚オリジナルで、後の曲は全てヨハン・シュトラウス2世の物を使っているようだ。
続いては華やかなパーティーの場面。時間軸に沿って、ファルケが復讐を企むきっかけとなった過去の出来事を見せていくという趣向になっている。
パーティーの帰り道、アイゼンシュタイン侯爵とファルケ博士はベロベロに酔っ払ってウィーンの街角にある女神公園にやってくる。北翔のクラシック風の発声は実に見事で、「ロロー、ドドー、ジュジュー」と女たちの名前を呼ぶ声も高らかに響き渡る。かと思えば、よたよたと千鳥足。二人の男たちは互いに相手が二人いると言い出すかと思えば、これからもう一度飲み直すぞーと叫びだす始末。陽気なウィーンのおじさん二人組が冒頭から笑いを誘う。
が、従僕のアルフレードから「奥様が鬼の形相でお待ちかねです」と聞かされた途端にアイゼンシュタインは正気に戻る。彼は恐妻家なのだが、友人の手前「妻が怖くて帰る」とは言い出せない。そこで、ちょっとしたいたずら心を起こし、酔ったファルケを女神像に縛りつけていく。おまけにこうもりの羽までつけて。
翌朝ウィーンの街の人々に見つかったファルケは大恥をかき、その様子は新聞にまで報じられて「こうもり博士」という有難くないあだ名を頂戴する。
★研究室にて、愉快な復讐の始まり
凄まじい物音にファルケが目を覚ますと、舞台は研究室。四人の助手たちが何やらキンコンカンコン音を立てながら、実験装置らしきものを組み立てている。ファルケは「物理学者」のはずだが、彼らのやってることはどうみても工学系のように思われる。背後の壁には怪しげな数式やら化学式。宝塚歌劇における「物理学」のイメージは、正確とは言えないようだ。
女神公園での事件はウィーン中の新聞の一面に載ったことで、とばっちりを受けた助手たちは一斉にファルケを罵り、丸めた新聞紙を投げつける。だが、ファルケは「原因は全てアイゼンシュタインの悪ふざけにある」と弁明し、復讐を誓うのだ。
ここで登場するのがラート教授というファルケの恩師。その昔、若い踊り子に惹かれて学問を捨ててまで入れ上げたが、思いは叶わずかつての弟子の元で世話になっているという変わり者のおじさんだ。この人物は一種の天才で、自分の声を特定の人物だけに聞かせることができるという謎装置「空耳スピーカー」を持ち出してくる。
ラート教授から「あくまで陽気に復讐すること」を求められたファルケは、四人の助手たちとともに「愉快な復讐」をする、と歌い踊る。北翔は酔っ払いに続いて二日酔いの芝居もお見事。飲みすぎた翌朝の頭の痛さや胃のむかつきまで蘇る。
★アイゼンシュタイン家の居間
舞台は変わってアイゼンシュタイン家の居間。小間使いのアデーレがソプラノで「私は女優なのよ」と女優への憧れを歌っている。他の小間使いたちは「あなたはしがないメイド」とたしなめる声すら耳に入らない様子だ。
はしゃぐメイドたちを叱りつけるように入ってくるロザリンデ。彼女は夫アイゼンシュタイン侯爵が役人侮辱罪で5日間の拘留を言い渡されて頭を抱えている。小間使いたちは「大金持ちのくせにケチで悪運の強いご主人の事だからきっと大丈夫」と、慰めにもならない言葉をかける。
続いて当のアイゼンシュタインが弁護士のブリントと従僕アルフレードを連れて怒りながら登場する。怒るアイゼンシュタイン、反論するブリント、訳が分からず戸惑うロザリンデの三人による三重唱が歌われる。アイゼンシュタインは裁判の結果、5日の拘留が8日に延びて、しかも今日中に出頭しなければ逮捕されてしまうというのだ。
そこへファルケがやってくる。彼は「刑務所に入る前にロザリンデに内緒でオルロフスキー公爵邸の晩餐会に行こう」とアイゼンシュタインを誘う。「若くて綺麗な女性がたくさん」という言葉につられて鼻の下を伸ばすアイゼンシュタイン。その気になると早速めかしこんで出かけていく。
夫の様子が怪しいと睨むロザリンデに、研究室の助手たちが例の「空耳スピーカー」を使って「ご主人は牢屋に行くふりをして、オルロフスキー邸の晩餐会に出かけたのですよ」と告げ口をし、「あなたも出かけてはいかが?」と焚きつける。
主人夫婦のいなくなった邸では、突然アルフレードがアデーレを口説き始める。主人のガウンを羽織り、主人夫妻が手付かずのまま残していった豪華な晩餐を二人で楽しもうと歌でアデーレを誘うのだが、彼女はちっとも乗り気ではない。と、そこへ刑務所長フランクが部下たちを率いて現れ、アルフレードをアイゼンシュタインと勘違いして連行してしまう。
一人残されたアデーレの元に、どこからともなく一枚の手紙が舞い落ちる。拾いあげてみるとそれはオルフロフスキー公爵邸の晩餐会への招待状だった……と、ここまでが復讐劇の序章となる。
★ファンタジーの中のウィーン
物語の舞台は一応19世紀のウィーンをイメージしてはいるようだが、リアリティはまるでない。主人公のファルケ博士は「高名な物理学者」だと言われているが、研究者らしきそぶりはあまり感じられない。恩師のラート教授に至っては、物語の筋立てにぴったりのひみつ道具を持ち出してくる。その丸くずんぐりした体型とも相まって、これではまるっきり「ドラえもん」だ。
アイゼンシュタイン侯爵家もまるでウィーン貴族のお屋敷ではない。侯爵という人物が全くもって上品ではない上、お屋敷の従僕アルフレードもメイドたちも主人をどこか小馬鹿にしている。弁護士のブリントもこの侯爵の横暴ぶりには呆れ顔。新たに「侯爵」という設定にしたのに、原作の「裕福な銀行家」のイメージに近い。
思うに、この物語は一種のファンタジーであり、並行世界のウィーンなのだろう。
アイゼンシュタイン役の紅ゆずるは歌手ではないものの、その見事なコメディエンヌっぷりを自在に発揮している。とにかく、ただじっと立っていたり座っていたりということがない。階段を上がればつまづいて転び、泣きながら笑い、舞台からハケる寸前まで観客を笑わせるのに余念がない。その笑いのセンスとそこにかけるエネルギーをを見るにつけ、宝塚歌劇団はやはり関西の劇団なのだなぁと思う。
アルフレードの礼真琴は同じ邸のメイドであるアデーレを口説く従僕。礼は丸顔でその分若く見えるため、従僕という新しい設定もしっくりくる。主人夫妻の留守には残った晩餐をいただこうという要領の良さも、軽みのある芝居とお得意の歌で魅せる。
弁護士ブリント役は七海ひろき。有能なんだか無能なんだかよく分からない人物だが、登場するなりアイゼンシュタイン、ロザリンデとの三重唱で自分の有能さと正しさを主張する。生真面目な可笑しみが出てくるといいと思うのだが、隣に居るのがオーバーアクションの紅アイゼンシュタインだけに、この日はややアピール不足を感じた。
ロザリンデは夢妃杏瑠。陰では夫から「バケベソ」(化け物がベソをかいたような顔、という意味でもとは落語に出てくる言葉らしい)と呼ばれている怖い奥様だが、そこまで言われるほど不美人ではない。歌の面では十分に紅・七海を支える貢献ぶりだった。
★舞台はオルロフスキー公爵邸へ
さて、続く舞台はオルロフスキー公爵邸。晩餐会にはフランス貴族ルナール公爵と名乗るアイゼンシュタイン、フランス人シュバリエ・シャグランと名乗る刑務所長フランク、トランシルヴァニアから来た伯爵夫人アナスタシアと名乗るアデーレ、メイドのふりをして夫を観察するロザリンデらが集まる。実はこれがファルケの策略。金と退屈を持て余すオルロフスキー公爵の力を借りて茶番劇を仕掛ける。
まずはオルロフスキー公爵がロシア流だと言ってルナール侯爵(アイゼンシュタイン)に無理やりマデイラワインを飲ませてフラフラにする。続いてやってきたシュバリエ・シャグラン(刑務所長フランク)とルナール侯爵の二人に「遠慮なく母国語(フランス語)で会話を」と勧め、二人は無理やり変なフランス語で挨拶を交わす。
さらに、伯爵夫人アナスタシアが自分のメイドにそっくりだと指摘したアイゼンシュタインは、皆から失礼な男と罵られて大恥をかくのだ。しかも、そんな辱めにもめげることなくルナール侯爵は若いダンサーの娘イーダに夢中になり、シャグランと二人で懸命に彼女の気をひこうとする。侯爵は「あなたが成功した暁にはこの金時計をあげよう」と口説く。が、その側からシャグランが「金時計は場末のバーに売っているナンパの小道具」だとバラす。
メイドに化けて様子を伺っていたロザリンデはそんな夫の頭にシャンパンを浴びせ、まんまと金時計を手に入れる。偽者だらけの晩餐会は大騒ぎになるが、「シャンパンは酒の王者、王者の洗礼は甘んじて受けなければならない」とオルロフスキー公爵が告げ、舞台上は華やかな歌とダンスの場面へ。そんな中、朝を告げる鐘の音にアイゼンシュタインとフランクは急ぎ足で帰っていく。二人が去った後の晩餐会では人々がそれぞれに愛を語り合う。
他方、我らがドラえもんラート教授は、ちゃっかりアイゼンシュタイン侯爵家のメイドたちと仲良くなっている。が、そこへファルケの助手たちが順に現れて、メイドたちを一人、また一人と連れ去っていく。老いた教授は結局一人取り残される。
★晩餐会に集う人々
ファルケの復讐計画の片棒を担ぐ大金持ちのロシア貴族オルロフスキー公爵は星条海斗。この人は本当に金色の髪と派手で豪華な衣装が似合う。大金持ちで死ぬほど退屈を持て余しているという役を、実にエネルギッシュかつユーモラスに演じている。
アデーレ役の妃海も、伯爵夫人としての「それらしい」振る舞いが可笑し味を誘って悪くない。偽者をうまく演じるというのはなかなか難しいものだが、妃海はメイドとのギャップをうまく見せていたと思う。
シュヴァリエ・シャグランこと刑務所長フランク役の十輝いりす。
昔からどんな役を演じても「十輝いりす」であったし、今回もそうだ。大柄だがおおらかで、どこかとぼけた感じが持ち味。でもそのちょっと抜けた雰囲気が、ルナール侯爵ことアイゼンシュタインの紅と相性が良い。
そして、ダンサーのイーダを演じた綺崎愛里。彼女がこの役には実にぴったりの愛らしさだった。プログラムには「アデーレの妹」とあるのだが、舞台上でのアデーレとの絡みはほとんどない。
そして特筆すべきはやはりラート教授役の汝鳥伶。愛を讃える歌を歌いつつ、若者たちが去っていくのを暖かく見守る姿が胸に染みる。味のある素晴らしいソロ歌唱場面だった。
★茶番劇はまだまだ続く
そして舞台は刑務所へ。
歌の得意なアルフレードは牢屋の中でも歌い続け、看守のフロッシュにうるさいと怒鳴られている。
刑務所に戻ったフランクの前には、本物のアイゼンシュタインが出頭してくる。フランクはあっさり「自分は本当はシュヴァリエ・シャグランではなく刑務所長だ」と明かすが、信じてもらえないのでフロッシュに命じて手錠をかけさせる。疑り深いアイゼンシュタインは納得するが、手錠を外す鍵がない。
そこへブリント弁護士がやってくる。「何しに来た!」「あなたに呼ばれたから来たんです!」とアイゼンシュタインとブリントは顔を合わせるなり喧嘩腰。ブリントに「あなたを呼んだのはもう一人のアイゼンシュタインさんの方」とフロッシュが告げる。
ところがそこへ「スポンサーになって欲しい」とイーダがやってくると、アイゼンシュタインは再び「自分はルナール侯爵だ」と言い始める。自分の代わりに捕まったのがアルフレードだと分かって、フランクの誤解をいいことにこのままルナール侯爵として切り抜けようとするアイゼンシュタイン、それだけは許すまじとブリント弁護士とアルフレードが騒ぎ出す。
どちらが本物のアイゼンシュタインなのか、混乱に陥った刑務所にファルケと晩餐会の出席者たちが現れる。ロザリンデがアイゼンシュタインに金時計を突きつけて「この浮気者!」と罵って彼を追いかける。怒った妻に追い回されたアイゼンシュタインは、かつてのファルケ同様、こうもりの格好で女神像に縛りつけられる。わけも分からず戸惑うアイゼンシュタインを見てオルロフスキー公爵は大笑いし、ファルケが昨夜からの一連の出来事は、すべて自分の復讐計画だったと明かして大団円となる。
★美しいメロディーに彩られたドタバタ劇
ストーリー自体はオペレッタよりわかりやすくなってはいるが、うまく辻褄が合わなくなってしまったところも所々に見受けられた。メイドのアデーレは、伯爵夫人に化けるためのドレスや宝石をどうやって手に入れたのだろう。また、侯爵夫人のロザリンデがわざわざメイドに化けて晩餐会に現れるというのも謎だ。
が、演じる役者に合わせてアレンジするという意味では、演出の谷先生の計らいは概ねうまくいったと言えるだろう。
主演の北翔海莉はその歌唱力を最大限に活かし、声量のある美しい歌声を聴かせた。ファルケは物語を影から誘導していく役なのだが、そこはトップスター。オルロフスキー邸の晩餐会でも歌にダンスにと魅せ場がある上、アデーレの前で器用に彼女の口真似までやってみせるのには恐れ入った。観客を楽しませることにかけては誰よりも長けた人だけに、安定感は抜群だった。
相手役の妃海風も北翔に負けじと、ソプラノの歌声を響かせる。彼女の演じるアデーレは女優になることを夢みる、まだ若く、そしてちょっと無鉄砲な所もある娘さん。貴婦人に化けて入り込んだ晩餐会でファルケと恋に落ちる、という展開にはかなり無理もあるのだけれど、年若いメイドが頭が良くユーモアのセンスもある若い博士に惚れてしまうというのは宝塚的には納得。
が、今回もっとも美味しかったのはアイゼンシュタイン役に回った紅ゆずるだった。おしゃべりでわがままで傍若無人。でもどこか調子が良くて若い女が大好き。それでいて妻には頭が上がらない。そんな役を実に楽しげに、自由闊達に演じていて本領発揮といった感じだった。
が、この人がこのオペレッタ原作のミュージカルに、吉本的ドタバタ喜劇風味という色をつけた張本人であることも間違いない。彼女の芸風が宝塚的にアリだと感じるかどうかで、作品に対する評価は分かれると思う。もしもこの役を北翔がやっていたら、全然違う印象を受けただろう。そっちのバージョンも見てみたかった気がする。
宝塚版「こうもり」は愉快で華やか、ヨハン・シュトラウスの美しいメロディーに彩られたドタバタ喜劇である。ウィーンらしい上品さや大人の洒脱さとは無縁ではあったが、後味は悪くない。たまにはこんな演目もいいのかも。
【公演data】「こうもり−こうもり博士の愉快な復讐劇−」はヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「こうもり」を原作とするミュージカル。2016年3月18日〜4月25日に宝塚大劇場で、5月13日〜6月19日に東京宝塚劇場で上演された。脚本・演出は谷正純。並演はショー・スペクタキュラー「THE ENTERTAINER!」。
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