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2015/5/19 「カリスタの海に抱かれて」

★花組が東宝にやってきた

 4月に宝塚大劇場で見た「カリスタの海に抱かれて/宝塚幻想曲(タカラヅカファンタジア)」が東京宝塚劇場にやってきた。某カード会社の貸切公演に申し込んで当選したことをすっかり忘れていて焦ったが、いつものチケットフォルダーには郵便で届いたチケットがちゃんと収まっていてほっとする。

 久しぶりの東宝は満員御礼で、2階席を見渡しても空席は見つからない。海外ミュージカルでもなく、有名な作品の再演でもない「カリスタ…」だが、集客面では健闘しているようだ。それはそうだろう、役替わり公演でもないのに、私が2回めを見るくらいなんだから。

 宝塚大劇場(大劇場)公演と東京宝塚劇場(東宝)公演は続演だが、後から公演する東宝で演出が変わることもあるし、出演者の「慣れ」の違いもある。前回大劇場で見たときは2階最後列のB席だったというハンデもあった。プロの手馴れた脚本と演出はすでに確認済みだが、出演者たちがどう仕上げているのか興味がある。

★もしかして、これが恋

 今回は、前回に続く物語のストーリーを追いながら感想を連ねていきたいと思う。(盛大にネタバレありなので、結末を知りたくない方はここから先ご遠慮ください)

 フランス軍のカリスタ島守備隊司令官として着任した新任将校シャルル・ヴィルヌーヴ(明日海りお)着任の日、カリスタ総督主催のパーティーが開かれる。中庭に出たシャルルの元に毒矢が飛んでくる。フランスの支配に抵抗する独立派島民の仕業だ。シャルルはそんな中「ロベルト・ゴルジに今夜会いに行くと伝えてくれ。私はカルロだ」と叫ぶ。

 カルロとロベルトは幼馴染。二人は島の英雄アルド(高翔みずき)がフランス軍に捕まって処刑された日に生まれた。「私の死ぬ日に生まれた男子がカリスタを独立に導く」というアルドの予言によって、ロベルトは特別な存在とみなされる。一方カルロは、アルドをフランス軍に売った裏切り者の息子。父母と共にフランスへ移住したのだった。

 深夜にこっそりと抜け出したシャルル(=カルロ)は、、たちまち島民たちに捕まってしまう。カルロは自分が島の独立のために帰ってきたと語り、ロベルト(芹香斗亜)や島民たちの信用を得るため、フランス軍の武器を彼らに横流しすると約束する。

 独立派の島民の娘アリシア(花乃まりあ)はカルロに「総督邸に帰る近道を教えてやる」と言い、二人は森を抜けていく。アリシアはカルロを救った返礼に、武器と一緒にドレスを横流ししてほしいとカルロに頼む。カルロは粗野な少女のささやかな願いを聞き入れ、二人はもう一度森で会う約束を交わす。

 カルロとアリシアの歌う「カリスタの恋」というデュエット曲がなかなか良い。「パリにはいない娘」「カリスタにはいない男」「もしかしてこれが恋」まさに、これぞ宝塚なナンバーである。

★新トップコンビ明日海と花乃

 明日海は声がいい。適度に低くよく響く。彼女は若い頃から容姿で注目されてきた人だが、男役らしい声を作るというのはどうしてなかなか難しい。精進したんだろうな。

 でも、役作りは私の好みからいうとかなり軽い。島を追われフランスでは両親を黒死病でなくし、士官学校でも誰からも口をきいてもらえなかったという壮絶な人生を歩んできた割に、カルロは明るくて鬱屈したところの全くない男だ。軍人らしい重みは全然ないといってもいい。それとも、カルロがアリシアに語ったフランスでの暮らしは話半分に聞くべきなのか。明日海にはそういうプレイボーイに見えてしまうようなところがあるので逆に損をしているかも。

 花乃アリシアは大劇場で見たときより硬さがとれてぐっと良くなった。でも、贅沢を言えばちょっと可愛げが足りない。二人の男から愛されるヒロインは、誰よりも美しく健気で魅力的であらねばならない。これが女性ファンの総意である。人気者の明日海の相手役となればなおさらだ。

 実はこの作品についてはファンの間に一つの噂が流れている。大石静氏は、かつての宙組トップコンビ大空祐飛&野々すみ花に「美しき生涯」という作品の脚本を書いている。大石氏はそのとき日本物と西洋物、2本の脚本を出していて「カリスタ…」はそのとき採用されなかった西洋物の方だというのだ。

 たしかに、大空祐飛は大人っぽい陰のある男を演じるのが得意だった。大空がカルロを演じたらもっと暗い話になるだろう。お芝居の申し子のような野々すみ花ならアリシアは……。ないものねだりはやめておこう。

★芹香ロベルトと瀬戸セルジオ、対照的な二人

 話を戻そう。

 武器が島民たちの手に渡ると、ロベルトとカルロは島民たちに武器を使う訓練を始める。それまでロベルトの片腕を務めてきたセルジオ(アリシアの兄、瀬戸かずや)は皆がカルロをもてはやすのが面白くない。ロベルトの仲間たちも、カルロとロベルト、どちらが真のリーダーなのかと口論するようになる。

 島のリーダーとして仲間の前では厳しく振舞っているロベルトも、カルロと二人きりの場面では、恋に悩む青年らしい顔をみせる。「お前がカリスタの初代大統領になるんだ。で、大統領夫人はどの娘だ?」と聞かれて、ちょっとはにかむように許嫁であるアリシアの名を答えるロベルト。それを聞いてカルロの顔が曇る。

 この場面は大劇場でみたときと、少し印象が違って見えた。ロベルトの様子はまるでやんちゃな弟が久しぶりに優しい兄さんに会えて嬉しくてたまらず、つい好きな子の名前を教えちゃった、みたいな雰囲気が漂う。本来ロベルトが兄キャラでカルロが弟キャラでしょ。二人して弟を演じてどうする。

 芹香ロベルトはこういうときどこかお坊ちゃん(中の人は本当はお嬢さんだけど)に戻るところがある。いつも隣に居る瀬戸セルジオが、どこをどう見てもワイルドな男にしか見えないのと対照的だ。男役としてのキャリアの差って、やはり芝居に出るものだなぁと思う。今のキキちゃん(芹香)はまだまだ2番手としては物足りない。

★男の友情ってこうだっけ?

 少しでもカルロの近くにいたいと願うアリシアは、フランス総督邸のメイドとして潜り込んでいた島の娘シモーヌ(城妃美伶)がクラウディオ(鳳真由)の子を身ごもったため、彼女に代わってメイドになることを買って出る。

 「こいつの腹には俺の子がいるんだ」と嬉しそうに語るクラウディオ。今回の芝居ではこれが一番の芝居どころで、芸達者の鳳がもったいないが、でもこの人はこういうの上手い。

 スパイとして潜り込むメイドは「文字が読めること」が条件、という辺りが妙に細かい。アリシアは「文字(フランス語)が読める」と言うことらしいのだが、いったいどんな教育を受けたのだろう?カリスタ語の使用を禁じられたそうだから、フランス語を教える学校があるのだろうが、生活ぶりから全然そういう様子が見えないので結構唐突である。

 さて、カルロとアリシアは、約束の日森で再会する。ドレスをもらったアリシアは、それを着てカルロにワルツを教わる。島を出て、二人でどこか遠い国に行きたいと夢を語るアリシアを愛しいと思いつつも、カルロは彼女をつき放す。ロベルトとの友情、そして彼の幸せのためだ。

 女性脚本家が書く男の友情っていうのは、なんかちょっと実際の男とは違うなぁと思う。私は腐な妄想はしない方だと思うけど、なんだかカルロとロベルトって怪しくないですか、と言いたくなるくらい二人の友情は固い。

 かつて雪組トップスターだった杜けあきが、男の友人たちに「愛と革命のどっちを取るか」と片っ端から尋ねたら、皆「両方」と答えたという話をしていた。友情のために愛をあきらめるべき、というのは女性の立場から見た倫理、ではないのだろうか。観客の大半は女性なんだからそれで正しいのかもしれないが。

★「笑われる」のも修行のうち

 カルロはフランス議会にカリスタ独立を承認してもらうため、本国へと旅立つ。「自分が戻るまで武力行使は待て」というカルロからの伝言を伝えにロベルトの元に赴いたアリシアに、突然ロベルトが「俺と一緒になろう」迫る。そのとき、ロベルトがアリシアのマントの下のドレスに気づく。アリシアが「あの人はあんたを選んだ。あんたは私の幸せを邪魔した」と叫んだことで、ロベルトはアリシアの思い人がカルロだと知ってしまう。

 恋しい女に罵られるロベルト。これはお気の毒さま。宝塚では強引で野暮な男は、たとえ革命のリーダーでもモテない。モテを目指すすべての男性の教科書に載せて欲しい場面だ。ここでロベルトにぶちまけてしまう辺り、アリシアは宝塚のヒロインとしては異色である。でもそこがスカっとして私は気に入った。

 フランス本国では市民革命が勃発し、若き軍人ナポレオン(柚香光)ら新しい勢力が台頭している。カルロの狙いは、本国の政治的情勢に乗じて議会の承認を得て、軍隊や総督を本国に返し平和裡にカリスタを独立へと導くことにあった。

 ここで大スペクタクルなミュージカル場面が用意されている。明日海カルロ、芹香ロベルト、柚香ナポレオンの3人がそれぞれ「血を流さずカリスタを独立させる」「フランスへの復讐を果たす」「新しいフランスを作る」と歌い、フランスの民衆、カリスタの島民ゲリラ、フランス軍人たちのコーラスとダンスが続く。

 こうした中盤の盛り上げ方は、ショー作家でもある演出家石田昌也氏のお手のもの。見せ方が上手い。

 そして、この後ナポレオンに面会したカルロが、協力を取り付ける場面へと続く。ナポレオンを演じる柚香光は、今売り出し中の新進スターだが相変わらず苦戦中。「がっはっはっはっ」と笑うたびに観客に笑われていた。ただ、柚香自身に開き直ったところがあって、大劇場で見たときよりはよかった。笑われるのも修行のうち、笑わせる側に回れるように頑張れ。

★絶体絶命の大ピンチ到来

 セルジオをはじめ血気盛んな男たちは、カルロの留守にフランス軍に奇襲をかけて、一気に壊滅させようとロベルトを焚きつける。「ついでにカルロを始末すればアリシアもお前のものだ」というセルジオのささやきにロベルトは迷う。

 一方、カリスタに戻ったカルロは、武器を島民に横流ししたのが発覚し、バルドー軍曹(天真みちる)に逮捕され、国家反逆罪で死刑を言い渡される。アリシアはカルロ逮捕の知らせをロベルトに告げ、彼を助けるよう求めるが、男たちは聞き入れない。そこへ、カルロの命を受けた副官ベルトラム(鳳月杏)がロベルトあての手紙を持ってくる。ロベルトはついに立ち上がり、5人の男を先発隊に命じる。

 さて、いよいよ物語は佳境である。大ピンチに陥った主人公カルロは助かるのかという「ため」をたっぷりと作るあたりはさすがに脚本の上手さを感じる。下駄はロベルトに預けられた。彼がどう決断するのかを観客は固唾を飲んで見守るのだが、この段階では彼の真意は見えない。

★「傭兵ピエール」ふたたび

 カルロの処刑の日がやってきた。物語序盤でアルドが火刑になった場面と同様、ここで炎ダンサーズが登場する。舞台上で火を放つわけにはいかないので、真っ赤な衣装のダンサーたちが踊り、イメージとしての炎を象徴するのである。どこかで見たことあるなぁこのシーンは。同じ石田昌也氏演出の「傭兵ピエール」だ。ジャンヌ・ダルクの火刑の場面で、同じように炎ダンサーズが登場していたっけ。

 よく考えてみるとナポレオン時代のフランス軍人が反逆罪で「火刑」になるっていうのは変だ。ジャンヌ・ダルクの時代ならいざ知らず、軍人の軍規違反の刑罰なら相場は銃殺刑あたりだろう。シャルル=ヴィルヌーヴは総司令官で、付け焼き刃とはいえ貴族なのだから。でも、ここで火刑が登場しないと亡きアルドの運命再び、という展開にならない。ご都合主義やむなしである。

 ついに処刑、という瞬間に銃声が響き、炎が消える。ロベルト率いる5人の男たちが見事に松明の火を消しとめたのだ。ついにフランス軍と島民たちの衝突が始まる、というそのとき、ナポレオンが新政府軍を率いて颯爽と現れる。カルロの命は友情を信じたロベルトと、ナポレオンによって救われたのだ。

 なるほど、最後にこのカッコいい見せ場があるからナポレオンは柚香なのか、とあらためて思う。

★愛を取った男、親友と許嫁を失った男

 「ともにカリスタのために働こう」というロベルトを遮り、助かったカルロはアリシアの元へ。命運尽きると思ったとき彼の脳裏に浮かんだのはアリシアだったのだ。カルロはアリシアとともに故郷カリスタを出ていく道を選ぶ。友と許嫁を失ったロベルトは、どんなことをしてもカリスタを守ると自分に誓いを立て、アニータとともに二人を見送るのだった。

 「生きるとはあきらめること」というアニータの言葉を受け入れ、自らの運命をこの島に定めたロベルト、そう、あんたが一番男らしくていい役回りだよ。(だからキキちゃん頑張ってね。)それに比べると、手と手を取り合って旅立つカルロとアリシアの足取りは軽い。

 物語はここで終わるが、二人の人生はここから始まる。アニータの言葉には人生の真実が込められている。二人にもいずれ何かを「あきらめる」ときがくるだろう。すでに若者とは言えない私もまた、旅立つ二人の幸せを祈りたい気持ちになった。

★宝塚らしすぎて、らしくない

 こうして二度目の観劇を終えてみると、前回とは違った思いが浮かんでくる。「カリスタ…」の脚本はたしかに手堅くまとまっていて破綻がないのだが、底は意外と浅い。口当たりは軽くて甘め、そう、言うなればデザートパンケーキのような感じだ。食材も味付けも見た目通りで予想通り。食べ続けるとちょっと飽きる。

 我が夫の感想はもっと辛辣だ。彼はこの作品を「同人っぽい」と表現した。そう、この物語はまるで「ファンが思い描く宝塚の世界」そのものなのだ。主要キャストが若手スターばかりで、男役の技量が今ひとつ不足気味なのも本物っぽくない感じをさらに強調している。

 じゃあ本物ってなんだ、ということになるけれど、宝塚の演出家が自分で脚本を書くとき、それは常に今の宝塚を超える作品、それ以前の宝塚にない作品を目指そうという「欲」を感じる。誰かと同じじゃつまらない、そういう意識が働いているような気がする。

 「カリスタの海に抱かれて」は近年稀に見るバランスのとれた宝塚らしいお芝居であった。そして、それ故にもっとも宝塚らしくない芝居でもあった。私が三度めを見ることは多分ないだろう。

★カリスタのモデルは?

 最後に、物語の舞台であるカリスタ島について。架空の島といってもモデルくらいあるだろうと探してみた。「オリーブが収穫できる常夏の島、外国(フランス)の支配を受け、独立戦争をしたことがある。ナポレオンに占領されたことがある。」というすべての条件を満たす島は見当たらない。

 「オリーブが収穫できる常夏の島」なら、スペイン領のマジョルカ(マヨルカ)島。「外国の支配を受けて独立戦争をしたことがある」というなら、ナポレオンの故郷コルシカ島が該当する。「ナポレオンに占領されたことがある」なら、マルタ島も候補になりそう。

 これらの島々の歴史と地理的条件を少しずつ取って作り上げられたのが架空の島カリスタであると思われる。だが、決定的に違うのはマジョルカにせよコルシカにせよマルタにせよ、実物の地中海の島には大きな教会や寺院があり、石造りの古い街並みを備えていて、舞台上のカリスタの風俗とは相容れない雰囲気があること。

 ひょっとするとカリスタの「カリ」はカリブ海の「カリ」なのかもね。

【作品データ】ミュージカル「カリスタの海に抱かれて」は、作・大石静、演出・石田昌也。レヴュー・ロマン「宝塚幻想曲(タカラヅカファンタジア)」とともに、宝塚大劇場で2015年3月13日〜4月20日上演。東京宝塚劇場で5月15日〜6月14日に続演。

#takarazuka #宝塚 #花組


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