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2015/6/20「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」

★ディカプリオ&トム・ハンクスを宝塚で

 ミュージカル「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は、同名のアメリカ映画を原作とするミュージカル作品。これを宝塚歌劇団星組が公演するという。映画でレオナルド・ディカプリオが演じた主人公の若き天才詐欺師フランク・アバグネイルJr. は星組二番手スターの紅ゆずる。これを追うFBI捜査官カール・ハンラティ(映画ではトム・ハンクスが演じた)役は七海ひろき。

 と言っても、映画と違って二人に父子ほどの年齢差はないし、こう言っては何だが、二人とも宝塚スターとしては歌の上手い方ではない。でも、二人ともサービス精神のある役者であることは間違いないし、演出はあの「ルパン三世」を宝塚で成功させた小柳奈穂子氏。ここはひとつ、吉と出る方に賭けてみようではないか。

 そんな思いで私は赤坂ACTシアターに出かけた。

★主な配役

フランク・アバグネイルJr.(天才詐欺師)…………………紅ゆずる
カール・ハンラティ(FBI の特殊捜査官)…………………七海ひろき
ブレンダ・ストロング(看護師)……………………………綺咲愛里
フランク・アバグネイルSr.(フランクの父)………………夏美よう
ポーラ・アバグネイル(フランクの母)……………………夢妃杏瑠
ロジャー・ストロング(ブレンダの父)……………………悠真倫
キャロル・ストロング(ブレンダの母)……………………毬乃ゆい
トッド・ブラントン(FBI 捜査官)…………………………如月蓮
ビル・コッド(FBI 捜査官)…………………………………瀬稀ゆりと
ジョニー・ドラー(FBI 捜査官)……………………………瀬央ゆりあ
ジャック・バーンズ(商工会議所のトップ)………………輝咲玲央
シェリル・アン(モデル)……………………………………真彩希帆

 キャストは全部で27名。そのうち役らしい名前が付いているのは半数に満たない。あとは学校の生徒だったり、パイロットだったり、スチュワーデスだったり、同僚の医師や看護師だったりする。専科から2名の特別出演。主人公の父役は夏美よう。ブレンダの父役に悠真倫。

★ストーリーはほぼ映画に準ずる

 物語の始まりは空港の場面。逃げようとする主人公フランクをFBIの捜査官たちが追い詰めて、まさに捕まえようとするところから。それを止めたフランクが、テレビショー仕立てで自分が捕まるまでに至る経緯を最初から説明するという形で物語に入っていく。

 この後は次々と映画に登場したエピソードが歌とダンスで綴られていく。フランク(紅ゆずる)の両親(夏美よう、夢妃杏瑠)のフランスでの出会い、父親の事業の失敗、転入先の高校でのフランクのちょとしたいたずら、そして両親の離婚の裁判でフランクの親権が争われることになる。両親の争う姿に耐えられず彼は家を出る。

 以降のストーリーも映画をほぼ踏襲している。小切手の偽造を始めたフランクは「人は制服に金を払う」という父の言葉を思い出し、パイロットの制服を手にいれる。パンナムのパイロットの制服を着たフランクに、人々は次々と騙されていく。パイロットなら「ジャンプシート」で無料で旅客機に搭乗できると知って、彼は各地に出没しては小切手詐欺を行う「空飛ぶ詐欺師」となるのだ。

 そんなフランクを追うのが、FBIの特殊捜査官ハンラティ(七海ひろき)。当初は自分が追っているのはベテランの老詐欺師だと想像しているが、やがてそれがまだ年若い家出少年だと気づく。仕事を変え、場所を変えて逃げるフランクと、それを追うハンラティらFBI捜査官との追いかけっこが続く。

 タイトルの「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は、日本語でいう「鬼さんこちら、ここまでおいで」のような鬼ごっこの掛け声の意味があるそうだ。

★紅ゆずるの詐欺師ぶり

 舞台セットはほぼ固定。左右に階段があり、舞台は上下二段の構成。中央に扉。この扉がホテルの表玄関になったり、部屋の扉になったりと様々に使われる。上の階にはバンドが入り、音楽は生演奏。オシャレな凝った作りはブロードウェイミュージカルのものらしい。

 舞台版はコメディー仕立て。フランクが次々と人々を騙す様子が歌とダンスに乗ってテンポ良く進む。フランク役の紅は、普段の男役芝居のときより声を高めに作ってフランクの若さを表現していたが、私にはこのかん高い声での大仰な喋り方で、赤の他人を騙し通せるとは思えなかった。

 主人公のフランクはパイロットや医者に化けて他人を騙す役。紅ゆずるという役者がそれを演ずるという二重構造だから、見せ方が難しいのは当然だし、セリフも膨大、加えて歌がある。負担は大きいとは思うが、もう少し作りようはなかったのかな。

 映画のディカプリオと比べては申し訳ないのだが、若いけれど見た目も態度も大人びているからこそ他人はまんまと騙される。フランクはそういう役づくりでいいと思う。私は男役の外見よりも声に魅せられることが多い。主役クラスの男役というのは姿も大切だが声をどう整えるかが勝負だと思っている。久しぶりに紅の持ち味にあった役が来たと期待していただけに、この日の出来は残念だった。

 もう一つ、宝塚の主演者にしては紅の動きが小さく、舞台に棒立ちというシーンが多いのが気になった。ダンスシーンでも腰を落とさない。表向きに発表はされていなかったけれど、おそらく腰か股関節を痛めているのだと思う。主演公演、それもコメディーで体調不良はキツかろう。スターというのはなんとも大変な商売である。

★FBI捜査官役の七海は好演だが

 予想をいい方に裏切ってくれたのは、ハンラティを演じた七海ひろきの方だった。ヨレっとした服を着て地味なメガネをかけ、執拗に小切手詐欺事件を追うワーカホリックの捜査官役に大真面目に取り組んでいて好感。三人の部下との掛け合いも面白い。一幕の終盤にはハンラティを中心とする歌とダンスの大ナンバーがあり、そこでセンターを務めていて、思いのほか安定感があったのにはびっくりした。

 ただ、惜しむらくは見た目が若過ぎる。タカラジェンヌでスターなのだから仕方がないのかもしれないが、もう少し老け気味に作ってもよかったんじゃないかなぁ。そして、この人も声が今ひとつ。いつも観るたびに腹から声が出ないのかなぁと思う。主演の紅と比べると押し出しも弱い。だが、そんなところも今回のハンラティ役では、ハンラティという男の優しさにうまく転換されて見えた。

 ちなみに、フランクとハンラティは全然絡みがないようでいて、しっかりと二人で芝居をする場面が途中に用意されている。シークレットサービスに扮したフランクが、まんまとハンラティを騙して逃げるという場面だ。ツッコミの紅、ボケの七海というコンビは悪くない。七海は宙組からの組み替えで、星組へはこの公演からの出演。劇団の意図は「紅とのコンビ売り」なのかもしれない。

★楽しいミュージカルナンバー

 ミュージカルナンバーで印象に残ったのは「二匹のネズミ」の歌だ。映画の中にも出てくる「二匹のネズミがクリームの中に落ちた。一匹はすぐにあきらめて溺れ死んだが、もう一匹は必死でもがき続け、やがてバターになって、そこから抜け出ることができた」という話を歌にしたもの。この歌をフランクと父親が歌う。

 「生き残る方のネズミになれ」というのが、父親からフランクへのメッセージ。そんな父の教えを守り、小切手詐欺という方法で金を稼ぎ続けるフランク。二人の関係がこのナンバーに詰まっている。父親役は専科の夏美よう。映画版ではクリストファー・ウォーケンが父親役を演じていて主人公以上に人たらしっぽい雰囲気を漂わせていたが、夏美ようはよりダンディだ。夏美と紅の父子の組み合わせというのも意外性があって新鮮だった。

 もう一曲、二幕の後半でブレンダ(綺咲愛里)がソロで歌うナンバーもよかった。婚約を交わした青年が、本当は自分よりもずっと年下の少年だったとわかる。フランクの言葉はすべて嘘だったが、愛情だけは本物だと信じたい、そんな思いがこもる。「私のラブリー・ボーイ」という歌詞が切なかった。

★星組キャストは若手中心

 以下、ここまでに名前を挙げたメインキャスト以外で印象に残った人を。まず、夢妃杏瑠の色っぽい母親役が印象的。男性へのモテっぷりと、彼女のお金に対する考え方がフランクの生き方に影響を及ぼしているという感じをよく見せていた。

 FBI捜査官トッド役の如月蓮もいい味を出している。捜査官同士のちょっとした無駄話から、ハンラティが仕事中毒でそのために家族を失ったらしいことが見えて来るのだが、セリフの応酬のテンポや間の取り方が上手い。

 それからモデルのシェリル・アンを演じた真彩希帆。歌の上手い子だと聞いていたが、フランクを誘惑する芝居が上手かったのでびっくりした。

 こうしてみると、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」に出ている星組生は若手が中心で、中堅・ベテランが少ない。同時期開催の星組全国ツアー「大海賊・Amourそれは…」の方に回っている人が多いということか。宝塚としては初上演のブロードウェイ・ミュージカルをやるにしては、体制は手薄気味とも言える。

★仕上がりはまだこれから?

 スピーディーな展開、意外性のあるストーリー、コメディー場面と親子の情に訴えるぐっとくる場面があり、ミュージカルナンバーもいい、さすがはブロードウェイでトニー賞にもノミネートされただけのことはあって、作品自体の質は高いように思われる。宝塚で上演されるほとんどのブロードウェイミュージカルが「古典」と呼べるほど古い作品ばかりなのに、この作品は21世紀生まれ。新鮮で洒落ている。

 だが、私の見た日に限って言えば、仕上がり具合はまだまだ、といった感じだった。歌詞が十分に聞き取れないところがあったり、投げた財布をキャッチするという微妙な段取りを失敗したり、コーラスやダンスが揃っていなかったり、一つ一つの問題は些細なことなのだが、キャストがまだノリきれていない、そんな雰囲気を感じた。

 ブロードウェイのミュージカルコメディーというのは、出演者が作品をやりこんで、全体のムードがノリノリ、歌やダンスにもっとメリハリがあるのを、お気楽に楽しむものなんだろう。そう考えると、短期間公演がお決まりの宝塚の外箱での興行システムにはマッチしにくいのかもしれない。

★ここで捕まるのはもったいない

 最後にネタバレを一つだけ。

 映画と一番違っていたのはフランクが捕まるシーンだ。フランクの足取りを追うハンラティらFBIは、ブレンダの元を飛び出したフランクをマイアミの空港で捕まえる。これで、舞台版冒頭のシーンに戻るのである。原作映画ではこの空港の非常線をフランクは見事に突破して、海外へ逃亡する。その手口があまりに大胆かつ鮮やかなだけに、空港の場面で捕まえてしまうのはちょっともったいない気がした。フランクに新しい人生を与えようとするハンラティの奮闘ぶりも、舞台版でももう少し長い時間見たかったように思う。

 原作映画の痛快さとほろ苦さ、私はとても好きだ。こちらのミュージカル版も公演回数を重ねれば、ブラッシュアップされていくだろう。そういえば、今回は東京・赤坂ACTが先行公演で、大阪・ドラマシティの日程の方が後だった。後半、ドラマシティでご覧になられる方の感想をぜひうかがってみたいものである。いっそのこと私も最初から大阪のチケットをとればよかった。

【作品データ】CATCH ME IF YOU CAN THE MUSICAL(キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン)は、脚本テレンス・マクナリー、作詞・作曲マーク・シャイマン、作詞スコット・ウィットマン、日本語脚本・歌詞、演出 小柳奈穂子によるミュージカル。2015年6月17日〜23日赤坂ACTシアター、6月29日〜7月6日まで大阪・シアタードラマシティで宝塚歌劇団星組による上演。

#宝塚 #takarazuka #星組

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