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2015/08/27 「ガイズ&ドールズ」

★帰ってきた「ガイズ&ドールズ」

 「ガイズ&ドールズを星組で再演」と聞いて、再演作品には批判的な私にしては珍しく心踊った。「ようやく来たか『ガイズ&ドールズ』」「待ちに待ったよ『ガイズ&ドールズ』」そんな気分だ。

 コメディ・ミュージカル「ガイズ&ドールズ」が宝塚で上演されるのは今回が3度目だ。初演は1984年月組、主役のスカイは大地真央、相手役のサラは黒木瞳、ネイサン役には剣みゆき。再演の2002年も月組で、スカイは紫吹淳、サラは映美くらら、ネイサンは大和悠河だった。

 私は2002年にはすでに宝塚ファンの端くれだったはずだが、このときの上演を見逃している。より正確に言うと「見ようとしなかった」のだ。当時の私には、紫吹と月組に良い思い出がなかった。「大海賊」みたいなつまらない作品をもう一度見せられてはたまらない、うかつにもそう思ってしまった。

 今の私が過去の自分にアドバイスできるなら「そんなこと言わずに見ておきなさいよ、でないと絶対あとで後悔するから」と言ってやる。後日CS放送で見た映美サラの酔っ払い姿、霧矢アデレイドのキュートなお色気、あれを生で観るチャンスがあったのに、自ら放棄したことは私の観劇人生最大の失敗である。

 13年を経てようやく挽回のときが来た。今度こそ「ガイズ&ドールズ」を堪能し尽くしてやろう。東京公演まで悠長に待ってなどいられない。私は今年二度目となる宝塚大劇場への遠征を決めた。

★「ガイズ&ドールズ」とは?

 物語の舞台は1948年ごろのニューヨーク。サイコロ賭博の一種であるクラップ・ゲームに人生を賭けた男たちと、そんなギャンブラーを愛する女たちの物語だ。

 主要な登場人物は一匹狼のギャンブラーで色男のスカイ・マスターソン、タイムズ・スクエア界隈で賭場を仕切るネイサン・デトロイト、ブロードウェイで布教活動をする救世軍の軍曹サラ・ブラウン、ナイトクラブホット・ボックスの踊り子アデレイドの四人。

 ネイサンは14年間婚約したままのアデレイドよりもクラップ・ゲームに夢中。だが、肝心の賭場を借りるのに必要な前金がない。そこで、昔なじみのスカイに「俺の選んだ女をハバナに連れて行けたら千ドル払おう」と賭けを申し込む。スカイがこれを受けると、ネイサンはお堅いことで有名な救世軍の女サラを指名する。スカイはなんとかサラをハバナに連れていくことに成功するが、酔って素直に愛を語る彼女に本気で惚れてしまう。

 二人がいいムードでニューヨークに戻ると、留守中にギャンブラーたちが救世軍の伝道所でクラップ・ゲームをやっていたことが分かる。サラはスカイが自分を騙して連れ出したと誤解して彼を手酷く拒絶する。さて、スカイとサラの恋の行方は、アデレイドは無事にネイサンと無事にゴールインできるのか、というお話だ。

 二組の男女の恋とギャンブルをめぐる物語に、ネイサンの手下の三人組、救世軍の人々、クラップゲームに加わるギャンブラー、クラップゲームを取り締まる警部、アデレイドの踊り子仲間、といった人々が絡む。そんな楽しいミュージカルである。

★トップコンビは久々の歌える二人

 主な配役は以下の通り。

スカイ・マスターソン(ギャンブラー)……………………北翔海莉
サラ・ブラウン(救世軍の軍曹)……………………………妃波風
ネイサン・デトロイト(ギャンブラーの元締め)…………紅ゆずる
アデレイド(ネイサンの婚約者、HOTBOXの踊り子)……礼真琴
ナイスリー(ネイサンの手下)………………………………美城れん
ベニー(ネイサンの手下)……………………………………七海ひろき
ラスティ(ネイサンの手下)…………………………………麻央侑希
カートライト将軍(救世軍の将軍)…………………………万里柚美
ブラニガン警部(NY市警の警部)…………………………美稀千種
ビッグ・ジュール(シカゴのギャング)……………………十輝いりす
ハリー・ザ・ホース(ギャンブラー)………………………壱城あずさ
アーヴァイド(救世軍のメンバー)…………………………天寿光希
ジョーイ・ビルトモア(ガレージのオーナー)……………十碧れいや
ミミ(HOTBOXの踊り子)……………………………………綺咲 愛里

 北翔海莉と妃波風のは、近年まれに見る「歌える」トップコンビである。この二人にブロードウェイ・ミュージカルを当てた宝塚歌劇団は久しぶりのグッドジョブだと思う。専科からは美城れんが特別出演。ネイサンの手下の三人組の一人、ナイスリーを演じる。

 演出は前回再演時の三木章雄から、初演と同じ酒井澄夫に変わっている。

★キリスト教とギャンブラー

 私自身、この作品はこの後東京でも何回か見る予定なので、今回はストーリーを追っていくよりも、その回ごとに印象に残ったことを書き留めておきたいと思う。

 お話自体はよくあるラブコメディなのだが、その背景にあるのがキリスト教徒的な価値観、道徳観というのがこのミュージカルのアメリカらしいところだ。サラの所属する「救世軍」は実在のキリスト教団。日本でも「社会鍋」という年末の募金活動が有名であることくらいは私も知っていた。

 だが、救世軍がその名の通り、軍隊の組織を模した形で運営されているというのはこのミュージカルを見るまで私は知らなかった。劇中に登場する救世軍のメンバーは赤いお揃いの制服を着て、軍楽隊よろしく楽器を演奏し、賛美歌を歌いながら行進し、街頭で道ゆく人々に説教をする。教団支部を訪れた人には食べ物を与え、その悩みを聞く、という活動を行っている。

 教団自体変わっているし、その活動に熱心なサラは「相当に変わった女の子」だ。だが、その子を落とそうとするスカイも、色男のギャンブラーにしてはおかしな奴。彼の世渡りの知恵は、父親から教わった教訓と「アメリカ中どこのホテルの部屋にも置かれている」聖書から学んだもの、しかも暗記するほど読み込んでいる、というのが可笑しい。

 でも、この前提があるからこそ、モノにするつもりでハバナに連れてきたサラがべろべろに酔って自分のことが好きだと言い出すと「お前みたいな子が俺みたいなヤクザな男に惚れちゃいけない」と、突然我に返ったりするのが納得できる。

 ギャンブラーの面々も、強面の悪党かと思うと意外にもそうではない。彼らは約束したことは必ず守る。借用書は絶対に反故にはしない。しかも、酒とギャンブルは悪いことだという自覚もあるし、神様の存在を信じている。

 物語の終盤でギャンブラーたちが「座れ、舟が揺れる(SIT DOWN, YOU'RE ROCKIN' THE BOAT)」というナンバーを歌う。音楽的には一番盛り上がる楽しい場面だが、ここは「悪いことはしていても、俺たちも天国に行きたい」という彼らの本音が出ていて面白い。

★北翔スカイの歌唱力恐るべし

 以下はキャストについて感じたことを。

 スカイ役の北翔海莉、この人の歌唱力はやはりとんでもないレベルだ。冒頭幕開きからソロで「運命よ、今夜は女神らしく(LACK BE A LADY)」を歌うのだが、これが絶品。彼女は声がいい。その声が響きわたるのを聴いているだけで、私の脳ミソから何か快楽物質が出てきそうな感じである。

 北翔は本来コミカルなキャラクターを得意とする人なので、カッコつけのクラップシューター、一匹狼のスカイをどう演じるのか非常に興味があったのだが、どうしてこれがきっちり二の線もイケることを見せてくれた。スーツ姿をバチっと決めて救世軍の伝道所を訪れ、サラと二人きりになると強引にキスをして彼女を驚かせるプレイボーイぶりも、どこか宝塚らしい上品さがあって私は好きだ。

 キューバのカフェでは、サラをそっちのけで誘いをかけてきた女性ダンサー(音羽みのり)とノリノリで踊り出す。その表情もいい。かと思うと突然サラに拒絶されて「俺には君がわからないよ!」と叫ぶ姿は哀れな恋する男。こちらもいい。

 スカイという役はただかっこよければ良いというわけではない。自分の腕一本で勝負する強さはあるが、同時に一度口にしたことはきっちり守る義理堅さも、他人への優しさも持ち合わせていて、根は決して悪い男ではない。役者は見た目と中身の両方をきっちり作り込む必要がある。

 北翔スカイは最初から「いい人」に見えるのが気になるが、そこは今後少しずつ進化していくだろう。まだ、初日が開けて一週間しか経っていないのだ。それにしても、一本モノのミュージカルの主役というのは実にやりどころの多い立場である。

 みちこ様、トップ就任おめでとう。

★サラ役の妃波は力の入った好演

 サラ役の妃波風は何といってもハバナで泥酔する場面がいい。ミルクだと言われて呑んだ「ドルセ・デ・リーチェ」がすっかり気に入って、抱え込むように何杯も呑む姿は可愛い。スカイがダンサーと踊り出すと、必死で彼を自分の元に取り返そうとしたり、最後には大暴れしてスカイに店から連れ出される様も、思い切りよく弾けて体当たりで演じている。

 サラのソロナンバー「私がベルなら(IF I WEERE A BELL)」も魅力的だ。4月に同じ歌を宙組バウ「New Wave」で伶美うららが歌っていたが、妃波の歌は歌詞が素直に耳に入ってくる。酔って開放的になり、スカイの膝に頭を預けるサラ。自分の気持ちを偽らない素直で明るい娘、この娘にグラっとこない男がいたらどうかしている。

 そして、スカイとサラが二人で歌う「はじめての恋(I'VE NEVER BEEN IN LOVE BEFORE)」、こちらも素晴らしい。宝塚でトップコンビがお披露目公演で歌うのにこれほどふさわしいデュエット曲が他にあるだろうか。「今まですべてを知り尽くした」と思っていたのに、思わぬことから恋に落ちる。「この思い許して欲しい」という歌詞にサラとスカイ、北翔と妃波の立場の違いと戸惑いが込められていてとてもよかった。

 北翔は星組に組み替えしてきて、本公演はこれが初めて。にもかかわらず、北翔&妃波のトップコンビは、打てば響くというのかぴったりと息が合っている。ここはやはり風ちゃん(妃波)のガンバリを褒めるべきだろう。彼女が初日から一週間でここまで仕上げてきているとは思わなかった。いや、よくやった。

★紅ネイサンは久しぶりのはまり役

 ネイサン役の紅ゆずるも、今回ははまり役だった。柚希トップ時代後半の紅は、柄に合わない役、以前見たような役が来ること少なからずで、なんだか気の毒に思うこともあったのだが、今回は楽しそうにやってるのが見ているこちらにも伝わって来る。この人は重い役より軽みのある役、彼女のサービス精神が生かせる役の方が似合う。その点、ネイサンはぴったり。

 ジョーイ・ビルトモア(十碧れいや)あてに電話をかける場面での芝居は、この人の真骨頂。電話の向こうで銃声が鳴ったのを聞いた途端、態度が変わるところや、表情を大きく作ってしゃべる演技はなかなかのモノ。そうかと思うと、アデレイド相手には鼻の下を伸ばし、形勢が悪くなると見るや、そそくさと逃げ出す姿も様になっている。

 苦手だと言われていた歌も、アデレイドと掛け合いで歌うナンバー「Sue me」では随分声が出るようになったな、と感じた。歌える北翔がトップに来ることになって、彼女も相当ボイストレーニングを積んでいるんじゃないかと思う。

 はっきり言おう、私は紅ゆずるを見直した。

 ただ、一つ難を言うと、この日午前と午後の公演で、紅はどちらも一回ずつセリフを噛んだ。どちらも結構肝心な場面だったのは痛い。あなたの一番の強みはお芝居なんだから、そこは頼みますよ、紅さん。

★男役の演じる女役と「色気」の問題

 礼真琴のアデレイド、私は彼女にこの役ができるのかかなり心配だった。礼真琴はれっきとした男役で、声もかなりハスキーだ。アデレイドは婚約して14年というから「年増」の女性の役である。無論、彼女はそんな役をこれまで一度も演じたことはない(はずだ)。

 が、若くて勢いがある人はこういうときもやってくれる。礼真琴のアデレイドはとても可愛い女だった。とくにセリフ回しと声がいい。もちろん歌もダンスもうまい。実際「ガイズ&ドールズ」のショーパートをセンターで担うのだから、アデレイドは歌とダンスで魅せられる人でないと務まらない。彼女は抜擢の期待に十分応えている。

 でも、オペラグラスで顔を見ると、おやおや私の知っているいつもの礼真琴だ。このギャップはなんだろう?と考えてみたが、クラブの踊り子らしい「お色気」と、アデレイドの「年増な感じ」が少し足りないのだと思う。

 「色気」というのは宝塚歌劇では扱いの難しい代物だ。私が宝塚の舞台で「ああ、この人色気がだだ漏れだ」と思うのは大抵が男役さん、それもベテランのスターさんだ。彼女たちは自分の女性としての色気を男役としての魅力、たとえば哀愁、憂い、けだるさといったものに転換した上で放出するという特別な技を身につけている。

 娘役の場合は基本的に「健康的で清潔感のある色気」のみが許される。娘役さんたちが多少きわどい衣装で踊っても大丈夫なのは、その清潔感ゆえだ。だが、そのために時には必要以上に子供っぽく見えてしまうという欠点もある。本作でもアデレイドの同僚の踊り子ミミという役を娘役の綺咲愛里が演じているが、彼女も色気がない。

 かといって、アデレイドが周囲の娘役さんと同レベルの色気ではまずい、彼女は年増なのだから。もっと色っぽく、時にはふてぶてしさをのぞかせるくらいでちょうどいい。礼真琴さんご本人は、おそらくさっぱりした後を引かない気質の人だろうと思う。アデレイドが当たったのは、さらなるスター街道を歩むための修行の一環であろう。彼女にはこの機会に、宝塚における「色気」を真摯に追求してもらいたいと思う。

★個性豊かなギャンブラーたち

 この作品のテーマ曲である「ガイズ&ドールズ(GUYS AND DOLLS)」というナンバーを歌うのは、ネイサンの手下の三人組、ナイスリー(美城れん)、ベニー(七海ひろき)、ラスティ(麻央侑希)だ。美城は胴布団を入れた大きなお腹とコミカルな動き、自在な台詞まわし、そして何といっても歌が上手い。美城ナイスリーの「コメディってこうやるんだよ」と言わんばかりのノリノリぶりに、ベニーとラスティはまだついていけていない。

 ベニー役の七海は小物っぽい動きをよく研究していて、彼女単体で見ると「よくある子分の芝居」なのだが、身長が高くすっきりした二枚目顏なので少々悪目立ち気味。逆に言えば、もっとセンターに近い場所で役を与えて欲しい人でもあるのだが、今回は脇役なのだから、もう少し外見の作りを工夫しても良さそう。麻央ラスティはまだまだ客に笑われるレベル。コメディの間の取り方を学んで欲しい。

 役が見事にはまっていたのは、シカゴから来たギャング、ビッグ・ジュール役の十輝いりすだ。大きな身体と手にした小さなクマのぬいぐるみとのギャップは強烈で、登場シーンから客席の笑いを取っていた。ビッグ・ジュールの世話をあれこれと焼いているのが、ハリー・ザ・ホース役の壱城あずさ。小さな顔に不釣り合いなほど大きなサングラスをかけ、ネイサンを脅しにかかる壱城のやや大げさな芝居はこの作品のいいスパイスになっている。

★コメディのハードルを越えていけ!

 主要キャストが十分見られるレベルまで仕上がっていて、星組「ガイズ&ドールズ」の滑り出しは上々、楽しく観劇することができた。だが、アンサンブルまで含めると、まだ「ガイズ&ドールズ」というコメディの世界に入りきれていない人たちがところどころで目につく。

 たとえば、クラップ・ゲームの参加者たちが胸に赤いカーネーションをつけて集まってくるのを見咎めたブラニガン警部(美希千種)が、「まるでミュージカルみたいじゃねぇか」と言うセリフの後、若いギャンブラーたちが一斉に「ハッ」とダンスの決めポーズを取る。ここは「笑い」を狙った場面なのに、観客の反応は今ひとつ。

 ホットボックスの踊り子たちが、結婚の決まったアデレイドを祝福する場面で、一人の踊り子が「私なんか子供の父親が5人全部違うの」と言い「肌の色もね」と突っ込まれると「そう、毎日が国際親善よ」と答える。ここも本来「美味しい」場面のはずだが、観客にはスルーされている。

 お話自体少々古めかしくはあるのだが、コメディは演ずる役者の動きとセリフの間で笑いを取るもの。オーソドックスなコメディ・ミュージカルをそれなりの形で舞台で見せるには、やはり経験と技術の裏付けが必要だ。東京に来るまでに、もう少しブラッシュアップしてくれると良いのだが。私が次にこの作品を見るのは、東京公演の初日。どうなっているかが楽しみである。

【作品データ】ブロードウェイ・ミュージカル「ガイズ&ドールズ」は1950年にブロードウェイで初演されたコメディ・ミュージカル。宝塚歌劇では1984年に大地真央主演で、2002年には紫吹淳主演でいずれも月組が上演した。再々演の今回は潤色・演出を酒井澄夫が担当し、星組が2015年8月21日〜9月28日に宝塚大劇場で上演。10月16日〜11月22日には東京宝塚劇場で続演予定。

#宝塚 #takarazuka #星組

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