見出し画像

2016/7/13 「ミー・アンド・マイガール」

★宝塚の人気演目「ミーマイ」とは?

 ミュージカル「ミー・アンド・マイガール」は1937年に英国で生まれたミュージカルである。物語の舞台は初演と同時代のロンドン。下町で生まれ育った青年が、亡き伯爵の遺児だと分かり、伯爵の妹である公爵夫人が彼を紳士にすべく教育係を買って出る。だが、この青年ビルは一人ではなく、サリーという恋人を連れていた。

 公爵夫人は二人を別れさせ、彼を自分の姪と結婚させようとする。ビルは正式に伯爵家の跡取りとなれるのか、サリーとの恋の行方は?というのが物語のあらましである。

 ミュージカルとしても、覚えやすく美しいメロディーラインの楽曲が多く、物語半ばで出演者が総出で踊る「ランベスウォーク」という愉快な場面があったりと、聞きどころ・見どころ満載。宝塚歌劇では1987年にこの作品を月組が初演して人気を博し、今では宝塚の人気演目のひとつに数えられている。

 そんな作品を明日海りお率いる花組が上演することになったのだ。となれば、一度は見ておかねばなるまい。

★三度めのミーマイ

 ミーマイの宝塚初演は1987年の月組。今でもミーマイといえば初演でビルを演じた剣幸の代表作というくらいの人気となった。95年には天海祐希率いる月組で、その後中日劇場で久世星佳主演版も上演されている。

 もっとも、私が宝塚を観るようになったのは2000年からだから、これらは噂話に伝え聞くだけ。私が初めてミーマイを見たのは2008年の再々演月組で、ビルは瀬奈じゅん、サリーは彩乃かなみだった。翌2009年には同じ月組の霧矢大夢のビル、葉桜しずくのサリーを博多座で見ている。

 面白いもので、この二度の月組ミーマイは、主役の役づくりが全く違っていた。瀬奈ビルは持ち前の個性を生かした明るいお調子者、霧矢のビルは反対に無愛想で頑固者。それがどちらも「アリ」だという点で、この物語はなかなか奥深い。

 生まれが全てを決めるという厳然たる階級社会、下町生まれのビルは貴族たちの中では異端者だが、「すみれコード」に守られた宝塚でその異端ぶりをどう発揮し、紳士教育を受けてどう変わっていくのかは、演じる役者の腕の見せどころだ。

 三度めの正直ならぬ三度めのミーマイとなる花組版でビルを演じる明日海りおは、私が過去に見た二度のミーマイの両方に出演していた。その意味でも、彼女がどんなビルを作り上げてくるのかはとても楽しみだ。

★主な配役

 では、恒例の主な配役から。

ウィリアム(ビル、ヘアフォード伯爵家の後取り) 明日海りお
サリー・スミス(ビルの恋人、下町生まれ) 花乃まりあ
ディーン・マリア公爵夫人(ビルの叔母で遺言の執行人) 桜咲彩花
ジョン・トレメイン卿(マリアの友人、遺言の執行人) 芹香斗亜
ジャクリーン・カーストン(ジャッキー、マリアの姪) 柚香光
ジェラルド・ボリングボーク(マリアの甥) 水美舞斗
バターズビー卿(ヘアフォード家の親族) 高翔みず希
バターズビー夫人(ヘアフォード家の親族) 花野じゅりあ
ジャスパー卿(ヘアフォード家の親族) 夕霧らい
パーチェスター(ヘアフォード家の弁護士) 鳳真由
ヘザーセット(ヘアフォード家の執事) 天真みちる
ワーシントン夫人(古い家柄の貴族) 梅咲衣舞
ソフィア・ブライトン(パーティーの客) 華雅りりか
ブラウン夫人(サリーの下宿の家主) 芽吹幸奈
ボブ・バーキング(ビルの友人) 冴月瑠那
ランベス・キング  瀬戸かずや
ランベス・クイーン  鳳月杏
警官  和海しょう

 主要な役どころはビル、サリー、公爵夫人マリア、ジョン卿、ジャッキー、ジェラルド、弁護士のパーチェスターといったところだが、見ての通り東京宝塚劇場で上演するにしては役が少なく、スタークラスでも名前のない使用人や屋敷の客に回った人が何人もいる。

 その罪滅ぼし、というわけでもないのだろうが、A、B2つのパターンのキャストでの上演となった。上記は観劇した当日(Aパターン)のキャスト。ちなみにBパターンのキャストは下記のように発表されている。

ディーン・マリア公爵夫人  仙名彩世
ジョン・トレメイン卿    瀬戸かずや
ジャクリーン・カーストン  鳳月杏
ジェラルド・ボリングボーク 芹香斗亜
パーチェスター       柚香光


★ヘアフォード伯爵家の人々

 物語の舞台は1930年代のロンドン。大勢の人々が車に乗ってヘアフォード伯爵家の屋敷へ向かおうとするところから始まる。長い歴史と伝統を誇るヘアフォード伯爵家の壮麗な屋敷に到着すると、ヘアフォードの一族が彼らを迎え入れる。

 だが、伯爵家は大きな問題を抱えていた。当主のヘアフォード伯爵亡き後、後継者がいないのだ。そこへ「弁護士が世継ぎを見つけた」というニュースがもたらされる。

 亡き伯爵は若い頃に町娘と恋に落ち、二人の間に一人の男の子が生まれた。名前はウィリアム。伯爵の遺言書には彼を探し出し、人物に問題がなければ爵位と財産を継がせるようにと記されていた。屋敷のお抱え弁護士がついにその息子を見つけ出し、その日ヘアフォードの一族に引き合わせることになったのだ。

 と、ここまでがプロローグ的に歌で綴られていく。

 さて、弁護士パーチェスター(鳳真由)の呼びかけに集まったのは亡き伯爵の妹である公爵夫人マリア(桜咲彩花)、一族の古い友人ジョン卿(芹香斗亜)。二人は遺言書の執行人に指名されている。さらに、マリアの姪のジャクリーン(柚香光)、甥のジェラルド(水美舞斗)、バターズビー卿夫妻(高翔みず希、花野じゅりあ)年老いたジャスパー卿(夕霧らい)。

 ジャクリーン(ジャッキー)は、婚約者のジェラルドそっちのけで、新しい当主に会う前からその妻の座を狙う気満々。「トップへ登るわ、自分が良けりゃいいじゃない」(自分の事だけ考えて、THE THINKING OF NO ONE BUT ME)と歌い踊る。

★鳳パーチェスター、柚香ジャッキー、水舞ジェラルド

 弁護士のパーチェスター役は鳳真由。この人は何をやらせても合格点な役者だが、今回もなかなかいい味を出している。貴族相手の弁護士らしい物腰は丁寧だけれどちょっと小心者、それでも仕事はきっちりやるというのがよく出ている。 パーチェスターには「家つき弁護士」(THE FAMILY SOLICITOR)という愉快なナンバーがあるのだが、鳳は歌も演技も軽妙でいい。

 ジャッキーは柚香光。人気男役スターだけあって華があって目を引く美人なのだが、声は低いし全然色っぽくもないのが可笑しい。宝塚の男役スターが演じる押しの強い女役、というのを絵に描いたような感じだ。

 そんな柚香ジャッキーに翻弄されるのは水舞ジェラルド。顔が可愛らしいのに加えて、話しぶりもなんだか子供っぽい。私がジャッキーでもこれは結婚を躊躇したくなる、と思うくらい頼りない青年だ。

★ご機嫌な明日海ビル

 緊張の面持ちで待つ一族の前に、いよいよウィリアム(明日海りお)が登場する。

 明日海ビルはいつもニコニコ笑っている「ご機嫌な」ビルだ。この笑顔にやられる人は多いだろうなぁ、とまず一番にそう思った。なにしろ舞台上に出てくるどんな娘役、女役よりも愛嬌があって可愛い。明日海のビルはスキップをするように一族の人々の間を立ち回り、笑顔で観客を魅了する。

 だが、物語の上ではそのマナーのなさ、悪ふざけと言葉づかいのわるさでヘアフォード一族を辟易させるという場面。どこに住んでいるのかと聞かれて「ランベス」と答えるビル。彼の住んでいるのはロンドンの下町、貴族たちが足を踏み入れることさえない街。しかも定職はなく、頼まれた雑用をこなしていると聞いて、一族の人々は驚きあきれる。彼は手先が器用で、ジョン卿の懐から時計を掏り取ってみせたりもする。

 ジョン卿はビルをヘアフォード家に迎え入れることに反対するが、マリアは彼の態度が悪いのは育ちのせいであり、教育すれば必ず血筋が物を言う、自分が彼を教育するのだと一歩も引かない。

 ジョンとマリア。この二人が実は物語の軸となる第二のカップルなのだが、宝塚歌劇では珍しい「老け役」でもある。ジョン卿は花組の二番手スター芹香斗亜。この人は背が高いので、見た目が紳士然として見えるのはいい。マリア役は娘役の桜咲彩花。役の設定より随分と若々しく見えるが、声を低めに作ってしっかりと台詞を言うのが良い。

★ビルとサリーの「ミー・アンド・マイガール」

 一族の人々がその場を立ち去った頃を見計らって、ビルは口笛を吹いてサリーを呼び入れる。サリー役はトップ娘役の花乃まりあ。花乃は娘役にしては面長で大人っぽい顔立ちなので、「いかにも娘らしいヒロイン」なサリーは似合うかどうか心配だったが、ビルを信じ、心を許して甘える姿が愛らしい。

 初めてやってきた貴族の屋敷の広さに驚くサリー。二人は食堂にあるものを燭台から食べ物、タバコや煙草入れに至るまで全てを車に積んで持ち帰ろうとしたり、テーブルの上に座りこんだり、クロスの下に潜り込んだりと、大はしゃぎ。

 が、その一方でサリーは「私たち、別れなきゃいけないんじゃないだろうね」と心配そうにビルを見つめる。「誰が俺と俺の女の子を別れさせようっていうんだ」と答えるビル。二人が食堂のテーブルの上でタップを踏みながら歌う「ミー・アンド・マイガール」の主題歌はこの作品の見どころの一つ。

 明日海ビルと花乃サリーは、少年と少女のような初々しさ。ただ、私の好みからいうと二人がラブラブ(古い!)な場面は唯一ここだけなので、見ているこっちが妬けるくらいラブラブしてもらっても構わないのだが、このカップルは少々幼く、またお行儀も良い。

★ミーマイの抱えるちょっと困った問題

 そして次の場面はお屋敷の調理場。メイドやコック、使用人たちが新しい主人について「到底良い生まれのお坊ちゃまとは思えない」と噂話をしていると、当のビルが乗馬服姿でひょっこりと現れ、使用人たちは慌てる。

 「ご家族の皆様はここへはいらっしゃいません。降りてこられたのはあなた様が初めてです」という執事のヘザーセット(天真みちる)の言葉を一向に気に留めないビル。料理をつまみ食いする姿を見て、やはりこの人は「貴族らしくない」と使用人たちは「英国紳士(AN ENGLISH GENTLEMAN)」というナンバーを歌う。

 この場面に登場するコックやメイド、召使らの人数は約30名ほど。どんな贅沢な屋敷だ………と、思う前に、あそこにもここにも若手スターの顔を発見して、ファンとしては少々憂鬱な気分になる。ミー・アンド・マイガールという作品はとにかく役が少ない。この場面は数少ない「その他大勢」のタカラジェンヌの出番なのだ。

 その昔、ある組長さんが初演に出演した時の思い出として、当時はまだ若かったので一年間メイドの役をやり続けなければならいのが辛かった、と言っていたのを思い出す。

 だが、そこは花組。この場面でのコーラスがビシッと揃って声が出ていて大変気持ちよかった。少ない出番に勝負をかけている人が沢山いるのだろうな。

★ビルとジャッキー、ビルとマリア

 続くのはビルとジャッキーの場面。応接間にいたビルの下に、ガウンを羽織っただけの色っぽい姿でジャッキーが登場し、彼を誘惑しようとする。

 ビルとジャッキーが掛け合いで歌う「あなたは私に夢を見させる(YOU WOULD IF YOU COULD)」。お行儀の良い宝塚にしては「抱いて欲しい」「僕には無理」というストレートな歌詞と、ビルが股間にクッションを置いてボコボコ殴るというすみれコードギリギリの振り付けにもかかわらず、セックスの片鱗すら想像させない。

 別にこれは柚香ジャッキーのせいではなく、以前に見た別のジャッキーも全てそうだったから、そういう演出なのだろう。滅多に見られない男役さんの脚の美しさを堪能する場面だ。

 誘惑するジャッキーが愛するのはビルの地位とお金だけ。ビルもそこはよく理解しているのだが、そこへやってきたサリーは気が気ではない。ビルをめぐってジャッキーと罵り合いになるが、ビルはそんな彼女を優しく慰める。そしてサリーに、マリアの理解が得られるまで、しばらく近くのパブにいて欲しいと頼むのだ。

 一方、マリアは早速ビルへの紳士教育を開始する。彼女はビルを正式な伯爵家の跡取りとしてお披露目するパーティーを計画し、パーティーでの主人の振る舞いや挨拶の仕方を彼に教えようとしていた。ふざけたり、茶化したりしながらもマリアの教えに従って、ビルはマナーのレッスンを受ける。

 その様子を見ていたジョン卿はマリアに「あの男には無理だ」と進言するが、マリアは主張を曲げない。それどころかビルのお披露目パーティーを成功させてみせるとジョン卿に宣言するのだった。

★一度でもハートをなくしたら

 街のパブで過ごすサリーの元を、ビルが訪ねてくる。今度のビルは狩りに行く服装で、長い銃を抱えている。周囲の人々は突然新しい「ご領主様」が現れたことに驚く。

 サリーは自分がヘアフォード家の人々に嫌がられていることに心を痛め、身を引いた方がいいのではと迷っているのだが、ビルは許さない。サリーがランベスに戻るなら自分もそうする、絶対にダメだと宣言して屋敷に戻っていく。

 そんな二人の会話をジョン卿が聞いていた。彼は「あのばあさんが、あんたにまで迷惑をかけているとは知らなかった」とサリーに話しかける。が、サリーは「公爵夫人の言う通り、私は彼には似合わない。ランベスに帰る方がいい」と言って、「一度ハートをなくしたら」(ONCE YOU LOVE YOUR HEART)という切ないナンバーを歌う。

 「一度でもあなたがハートの居所なくしたら」というこの歌詞は何度聞いてもよくわからないので、翻訳が良くないのだと思う。それでも切々と胸にくるのは、サリーが恋心を歌っているのが明らかだからだ。恋に落ちた人はその運命が思わぬ方に向かっても、その思いを止められない。そんな歌なんだろうなぁと思いながら見る。

★愉快なランベスウォーク

 いよいよビルのお披露目パーティーの日がやってきた。屋敷には新しいヘアフォード卿の姿を一目見ようと、全国から名士たちがやってくる。古い家柄のワーシントン=ワーシントン夫人(梅咲衣舞)と挨拶を交わし、ビルはブライトン嬢(華雅りりか)の頭についたぶどうの実を摘んだり、ストローで人の飲み物をこっそり飲んだりと、ちょっとしたいたずらを楽しみながらもソツなくパーティーの主人役を務めている。

 だが、そこへサリーが下町の仲間たちを連れて乱入する。「あんたのお祝いだから、私もみんなを連れてきたよ」というサリー。彼女の連れて来た仲間は上流階級のパーティーの雰囲気に明らかにそぐわない。人々が目を背けたその時、ビルは叫ぶ。

 「お前の魂胆なんてお見通しだ。みなさん、サリーは自分が僕に不似合いだとわざと見せつけようとしているんだ!」と。彼は上着を脱ぎ捨てると「そうはいかない。僕はここの人間じゃない。ウエストエンドはウエストエンド。イーストエンドはイーストエンド、ランベスにはランベスの歩き方がある!」と、仲間たちとともに「ランベス・ウォーク」(THE LANBETH WALK)を歌い、踊り始める。

 ランベス・キング(瀬戸かずや)とランベス・クイーン(鳳月杏)の派手な格好に目を背け、はじめのうちこそ迷惑そうだった人々も、やがてそのリズムに乗せられて続々と踊りだし、出演者が次つぎと客席の通路に降りてくる賑やかな場面となる。

 この日、私が座っていたのは二階席。舞台上から大勢のタカラジェンヌさんたちが客席の通路に降りてくるのを黙って見ているのはあまり楽しいものではない。いつも二階席は置いてけぼり……と思っていたら、二階通路にも男役さんが四人ほど来てくれた。それなりに気は使ってくれてるのね。

 やがて食事の合図が鳴り、人々は屋敷の中へ。途中までは怒りの形相で「キーっと」声をあげていたマリアも、最後はリズムに乗ってビルと腕を組み、機嫌よく屋敷の中へと入っていく。

 と、ここまでが第一幕である。

★歌唱力は合格点の花組ミーマイ

 お披露目パーティーからランベス・ウォークに至る場面は貴族と下層階級のお互いに相容れない姿、ビルとサリーがその狭間に落ち込んで引き裂かれようとする、まさに瀬戸際にいることを示す深刻な場面なのだが、これだけ明るく盛り上がれるのは音楽の力が大きい。

 ランベス・ウォークの愉快なメロディーと「自由でのんびり、縛られないで暮らせるとこさ、来てみな」という歌詞は、愛する人や仲間に囲まれていれば、下町の貧しい暮らしだって幸せだという人生賛歌なのだ。

 一幕を振り返ってみると、今回の花組版はソロで歌う演者の歌唱力が手堅い。明日海ビル、花乃まりあはソロを聴かせるだけの歌唱力があるし、危惧していた柚香ジャッキーも、低いキーながらしっかり歌えてる。鳳パーチェスターも見事だった。

 正直に白状すると、私はこの花組版ミーマイにはあまり期待していなかったのだが、第一幕はまずまず。とりわけ明日海がビルという役を実に楽しげに演じているのが印象に残った。彼女はたぶんミーマイが大好きで、月組時代に新人公演で演じたビルという役を、どうしてももう一度演じたかったのではないだろうか。

★顎で受け止めて

 第二幕はパーティー翌日のヘアフォード邸から始まる。幕開きは「太陽が帽子をかぶってる」(THE SUN HAS GOT HIS HAT ON)というナンバーから。ジャッキーとジェラルドをセンターにして、客たちが歌いおどる。昨夜のパーティーとはうって変わって、人々はクリケット用の服装に着替えている。

 ジャッキーとジェラルドの会話から、ランベスから来たビルの昔の仲間たちは、公爵夫人が深夜に追い返し、邸は平和なうちに朝を迎えたことがわかる。

 だが、マリアはサリーを呼び止めると、ビルと別れるのが彼の為だと諭す。「そんなことをしたら彼が私についてくる」とサリーが答えると「あなたはそれを止めることができるはずですよ」とマリアはやんわりと、だが冷徹に言い渡す。

 サリーが歌う「顎で受けなさい」(TAKE IT ON THE CHIN)は、彼女の2つ目のソロナンバー。どんな目にあっても、顎で受け止めて(つまり、心では受け止めないで)スマイル。それが知恵というものだと明るいメロディーに乗せて歌う姿が、逆に彼女のつらさを際立たせる。

★図書室の酔っ払い

 サリーはビルに別れを告げようと、図書室にやってくる。ビルは来るべき上院でのスピーチに備えて、巨大な本を広げてヘアフォード家の歴史を学んでいる最中だった。ビルの講釈を聞きながら、彼の態度や言葉が少しずつ洗練されつつあることに気づいたサリーは別れの決意を固め、彼の前からそっと姿を消す。

 サリーが邸を出たと聞いてヤケになって酒をあおったビルの前にマリアが現れてこう告げる。「あなたはジャクリーンと結婚しなさい。彼女はあなたを愛していないが、あなたの地位と財産を求めている。貴族の結婚に愛など必要ない」と。

 マリアが「ヘアフォードの歌」(SONG FOR HAREFORD)を歌い始めると、壁の肖像画に描かれたヘアフォード家の先祖たちが「貴族には義務がある」「高貴の身は義務を伴う」と口をきいたかと思うと、姿を現して部屋の中を行進し始める。

 そして、もう一人酒をあおる男がいた。ジョン卿だ。彼は昔から幼なじみのマリアに想いを寄せていたのだが、結局彼は身を引き、彼女は公爵と結婚してしまった。マリアがひとり身になった今こそ想いを打ち明けたいのだが、なかなか言い出せずにいる。

 酔った二人の男はなぜか意気投合し「愛が世界を回らせる」(LOVE MAKES THE WORLD GO ROUND)を熱唱する。「愛がなけりゃ生きられない、誰もが知ってるさ〜」と歌う二人の酔っ払い男。そう、彼らの求める愛を阻む障害とは、頑固で一度言い出したらきかないマリア、その人なのだ。

 二人の酔っ払いはパーチェスターを味方に付けて、マリアに談判しようとするが、一族の他の人間を引き連れてやってきたマリアは、家族の総意としてビルにサリーと別れることを求める。彼女の姿を見るとパーチェスターもジョン卿も逃げ出してしまい、ビルには抗う術がない。

★ヘアフォードの血脈

 今だから言えるが、図書室での一連の出来事、ビルとサリーが二人でヘアフォードの一族の歴史について語りあい、酔ったビルの前に先祖たちが現れるという場面を一体どう見ていいのやら、初めてミーマイを見た時に私は大いに戸惑った。

 虎の敷物と戯れるビル、ジャンヌ・ダルクを知らないサリーは一体何歳なのか。彼らがろくな教育を受けていないことはわかるが、それにしてもやってることが子供っぽすぎる。夢に先祖たちが出てくるのは何か意味があるのか、と。だが、最後の謎だけは解けた。

 先祖たちの様々なエピソードが教えてくれるのは、ヘアフォード家の歴代の当主は揃って強靭な意志と強い個性の持ち主だったということだ。マリアが軍艦に例えられるほど頑固なのも、彼女が直系の血筋でヘアフォード家の先祖の性格を色濃く受け継いでいるから、と考えれば納得がいく。

 そして、ここにもう一人同じ血筋と性格を受け継いだ男がいる。サリーを失ったビルは、この後、彼自身の持つ「ヘアフォードの資質」を発揮していくことになる。

★ランベスの街角で

 舞台は変わってランベスの街。サリーの下宿先を訪ねてジョン卿がやってきて、ある提案をする。言葉づかいを学んでみる気はないか、というのだ。ビルに見つからないようすぐにでも下宿を出るつもりだったサリーは、ジョン卿の申し出を受けることにする。

 その様子をちゃっかり盗み聞きしていた大家のブラウン夫人(芽吹幸奈)の前にポンド紙幣をちらつかせ、ジョン卿は彼女に、ビルが訪ねて来ても「サリーの行き先は知らない」と答えるよう言い含める。

 やがてサリーを訪ねてビルがやってくる。燕尾服を着てコートを肩にかけた姿は今やどこから見ても紳士である。サリーの行方はわからないが、彼は諦めることなく街灯の下にたたずんで彼女を待つ。

 警官(和海しょう)に見咎められるとビルは「街灯によりかかって」(LEANING ON A LAMP POST)というナンバーを歌いだす。「あの娘こそワンダフルでマーベラスでビューティフル」なんて、女の子だったら一度は彼氏に言って欲しいと思うだろう。

 サリーを待つビルは、彼女の姿を追って街を彷徨うが、そこにサリーの姿はない。そんなビルの前にサリーの幻の姿が現れる。主題歌をバックにダンスで綴る場面は美しく、そして切ない。

★ピッカリング大佐かヒギンズ教授か

 マリアに憧れつつも彼女を思って身を引いたジョン卿が、ビルの為に身を引こうとするサリーに救いの手を差し伸べる。恋に悩む若い娘を放っておけなくなるのが老紳士というものなのか。そう言えば「サブリナ」でもパリで彼女の恋の悩みを聞き、ピカピカのレディに仕立てあげるのは老男爵だったし。

 だが、驚いたのはジョン卿のセリフだ。「私の知り合いにヒギンズ教授という男がいる」と言い出したので私は腰を抜かしそうになった。たしか、以前見た2008年のミーマイでは「軍隊時代の知り合いでピッカリング大佐という男がいる。その男がいい先生を知っている」だったはずだ。

 ヒギンズ教授とはもちろん「マイ・フェア・レディ」で花売り娘のイライザの言葉づかいを矯正しようとする変わり者の教授のこと。ピッカリング大佐はヒギンズの相棒的な役割の初老の男性。おそらく「観客に伝わりにくい」というので変更したのだろうけれど、あまりに直接的すぎる。そもそも別のミュージカルの設定を借りるなんて節操がないのではないか。

 が、よく調べてみるとどうやらそうでもないらしい。ミュージカル「マイ・フェア・レディ」が上演されたのも、ヘプバーン主演で有名な映画が公開されたのも「ミー・アンド・マイガール」のロンドン初演よりずっと後の話なのだ。

 と、いうことはミーマイの中に出てくるピッカリング大佐(あるいはヒギンズ教授)というの「マイ・フェア・レディ」の原作の戯曲「ピグマリオン」から借用した、ということになるのだろうか。少なくとも「ミュージカル」からではないようだ。

 さて、ここから先は物語の結末に触れることになる。ネタバレは嫌だという方は読むのはご遠慮くださいね。

★涙のハッピーエンド

 そしてしばらく後、ヘアフォード邸ではマリアが困りはてていた。ビルが彼女の言うことを全く聞かないのだ。彼は探偵を何人も雇ってサリーを探している。それでも見つからないのはマリアがサリーをどこかに隠しているからだと言って、マリアが否定しても聞こうとしない。「こんなことなら、あの娘に早く出てきてほしいくらいです」とマリアは珍しく弱気を口にする。

 ジョン卿はそんなマリアを優しく慰めると、今日こそ積年の思いを打ち明けようとするのだが、急に腰が痛み出して肝心な言葉を口にできない。が、その真剣な態度を見て、マリアは自分も長いあいだ、彼を友人以上の存在として意識していたことに気づく。

 ジェラルドが競馬で作った借金もビルがそっくり肩代わりして払ったことがジェラルドの口から語られる。彼は婚約者であるジャッキーの心を図りかねていたが、ビルのアドバイスを聞いて彼女の心をつかみ、無事プロポーズに成功する。

 だが、ビルはそんな家族たちを残し、ランベスに戻ると心を決めていた。その決意は固く、マリアですらもう止めることはできない。彼はヘアフォード邸にやってきた時の服装に着替え、トランクを持って出て行こうとする。

 その時、ジョン卿がビルに「私の仲のいい友だちを紹介したい」と一人の貴婦人を連れてくる。扇で顔を隠し、白いドレスを着たその女性は「ヘアフォード卿様、皆様、ご機嫌よう」と柔らかな物腰で上品に挨拶をする。ビルと言葉を交わした後、扇の後ろから現れた顔はサリーだった。

 人々があっけにとられていると、サリーは「私たちは正しい扱いを受けると、心を動かされがちになるのです」と語る。ジョン卿は「これで十分だと思うがね」とマリアを見る。「ジョン卿、あなただったのですね」とマリアは全てを理解する。

 ビルは「テメェー、一体今までどこに行っていやがった!」と叫んで、手にしたスーツケースを放り投げるとサリーを抱きしめるのだった。

★愛をあきらめないで

 邸を出て行こうとするビルに向かってマリアは「あなたの叔母にお別れのキスをしなさい」と命ずるのだが、彼は「いいえ、叔母さんが僕にキスしてください」と言い返し、マリアはそれに従う。わずかばかりの月日の間に二人の上下関係は見事に逆転している。

 ビルの強情さ、言い出したら後へは引かない強さはヘアフォードの血筋の証。マリアもそれをよく理解している。だからこそ彼女は「どこにいても、あなたが私たちの家族の一員であることを忘れないで」と念を押すようにビルに語りかけるのだ。

 レディーに生まれかわったサリーを前に、ビルが下町言葉で怒鳴りつけるところがいかにも本音らしくていい。どれほど言葉づかいや身なりが変わろうと、ビルはビル、サリーはサリー。彼の一途な思いと、サリーへの愛情の深さが分かる。

 ジョン卿とマリア、ジェラルドとジャッキーがそれぞれ愛する者と結ばれることになったきっかけは、ビルとサリーがお互いを思い、そしてその愛を決して諦めなかったことにあった。「絶対に愛をあきらめない」という強いメッセージ。それがこの物語が宝塚ファンに愛される理由なのだ。

★学園ドラマにも似た花組ミーマイ

 今回の花組ミーマイは、以前に見たミーマイとはかなり印象が違っていた。最後にそれについて記しておきたいと思う。

 まず、明日海のビル。ミーマイのビルはサリーが出て行った後、突如その男らしい行動力、決断力を発揮し始めるものと思っていたのだが、明日海ビルは最後まで変化が感じられなかった。意図的にそうしたのか、結果としてそうなったのかはわからない。

 そして、この「ご機嫌なビル」と「若々しいマリア」の組み合わせはもう一つ別の物語を紡いでいたようにも見えた。

 桜咲マリアは貴婦人と言うよりは家庭教師か女校長のようだった。対する芹香ジョンは生徒想いの先生。明日海ビルは転校してきたチャーミングな少年、花乃サリーは少年を慕う貧しい少女、柚香ジャッキーはお金持ちの娘、いや息子だろうか。ジェラルドはジャッキーのお取り巻き。そんな人たちが劇中劇としてミーマイの物語を演じているかのように、私の目には映った。

 言い方を変えるなら「デフォルメされたミーマイ」、「2.5次元ミーマイ」とでも言えばいいのだろうか。彼らの容姿も演技も全くリアルじゃない。

 それが良いことなのか悪いことなのかは判断がつかない。でも「新しい」ことだけは確かだ。そして、その世界の中で、鳳演ずる弁護士パーチェスターだけはいつもの宝塚コメディらしい存在感を示していて、彼女が退団を決めたのはある意味仕方のないことだったろうと思う。

 だが、こうなると俄然Bパターンのキャストの出来が気になってくる。顔ぶれから考えて、Bキャストの方が案外オーソドックスな宝塚ミーマイを見せてくれそうな気がする、が、あいにくもうチケットがない。うーん、やっぱり取っておくべきだった………。

【作品データ】「ミー・アンド・マイガール」は1937年初演のロンドン生まれのミュージカル。宝塚歌劇では1987年に剣幸&こだま愛、95年には天海祐希&麻乃佳世、1998年には瀬奈じゅん&彩乃かなみの主演コンビでいずれも月組が上演。初演・再演の脚色・演出は小原弘稔。その後は三木章雄が脚色・演出を担当している。今回は花組により2016年4月29日〜6月6日に宝塚大劇場、6月24日〜7月31日に東京宝塚劇場で上演。

#宝塚 #takarazuka #花組

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?