推しのいる日々ーその21 すべては推しに会えないせいだ
車窓からは澄んだ青い空に白く輝く山が見えた。曲がりくねった道を進んでいくにつれて反対側にも白い峰が連なっているのが見えてくる。
「うわぁ、綺麗」と、私は思わず声をあげる。
バスは見るからに急な山の手前で停車した。ここでロープウェイに乗り換えるのだ。私は前を歩く背の高い男性の後を追った。すらりと伸びた長い手足、見間違えるはずはない。それはK君☆だった。
近頃朝目が覚めるとなんとも言えない多幸感に包まれていることがあるので、薄々そうじゃないかと思ってはいたが、ついに推しが夢にまで登場するようになった。
私がK君☆と呼ぶその人は人気K-POPアイドルグループのメンバー、とても美しくて明るく心優しい好青年だ。私のLast loverであり時には可愛い息子、目の中にいれても痛くない、いまや心から愛すべき唯一無二の存在だ。
そういえば、昨夜眠る前に新しく公開されたK君☆の写真を見たのだった。私のお気に入りのローズピンクの髪に黒いベレーをかぶり、そののびやかな手足を伸ばしてポーズを取っている。九月のNYでのパフォーマンスの一コマでとてもよく撮れた写真だった。
そしてもう一つ、ソウルに初雪が降ったというニュースを見たんだっけ。韓国では「恋人と一緒に初雪を見ると永遠に一緒にいられる」「初雪の日に告白するとその恋は実る」と言うらしい。なかなかロマンチックだ。
夢にK君☆が現れたのはこの2つを見た相乗効果だろう。起きている時の私は彼の色気に散々当てられているのでもう少し艶っぽい夢を見ても良さそうなものだが、どうやら夢の中の私はそこまで望んではいないようだ。
やはり女性ホルモン減少の影響だろうか。だとしたらそれはそれでちょっと切ない。
そもそもこんな風に推しの夢を見るようになってしまった理由は痛いほどよくわかっている。最近彼に全く会えないせいだ。
10月のオンラインコンサートが終わって以来私は一度もリアルタイムで動くK君☆の姿を見ていない。もちろん、例によってスポンサー提供のコンテンツやオフィシャルのコンテンツは途切れることなく供給されているのだが、それは数ヶ月前の彼の姿だ。彼が今どんな髪の色をしているのか、髪を切ったのか伸ばしているのかもわからない。
優しいK君☆は二回ほどセルカをUPしてくれたけれどそれはあくまで「彼がファンに見せたい姿」であり、大抵の場合は少し前に撮影されたもの、最新の彼の姿とは微妙に違っている。
先日真夜中にSNSに登場して韓国のファンと言葉遊びのようなことをしていたので、K君☆本人が無事生存していることだけは確からしい。コンサート準備のかたわら音楽制作も頑張っているようだ。だが動いている姿が見たい、声が聞きたいというのがファン心というものだ。
仕方がないので私はiPhoneにこっそり保存した彼の写真を眺めては寂しさを紛らわしている。
あるときふと電車の中でiPhoneを見ると、突然写真アプリが私に「メモリー」と称してK君☆の写真を出してきた。二週間ほど前に保存しておいたカラフルなニットを着ている写真だった。
横にある矢印をタッチすると勝手にスライドショーが始まった。K君☆の写真が次々と表示されていく。ああ、これはアメリカのテレビ番組に出たときの、ああ、こっちは彼らのスポンサーの広告に出たときのもの、これは六月のファンミーティングの写真、こっちのは夏の終わりのVLIVEの時のだ。私は食い入るように見た。
中には一人写りじゃなくて、グループでの写真もあった。帽子をかぶっている写真もあれば眼鏡をかけているのもある。iPhoneの写真アプリに顔認識機能がついていることは知っていたけれど、よくぞ見事に彼の写真ばかり選びだしたものだ、と感心する。
が、私が驚愕したのはiPhoneの写真アプリがその「メモリー」に付けたタイトルを見たときだった。
◎◎◎◎◎(K君☆の芸名) 2021年
ええっ?どうして彼の名を知ってるの!
家族ですら知らない推しの名をiPhoneはどうやって知ったのだろうか。彼の写真を集めたアルバムは名前を変えてあるはず。
そもそも以前から不思議だったのだ。顔認識で同一人物だと判断する際、iPhoneはある特定の一枚の写真を基準にしているらしい。「ピープル」というところにそのお顔が表示されているのだが、なぜそのお顔が基準になっているのかがそもそも謎だ。
それに彼の芸名は六文字なのに、メモリーのタイトルは五文字。途中のハイフン(ー)が抜けている。なんで?やっぱり私の集めた写真をクラウド上で何かと照合したりしてるの?
落ち着け、落ち着くんだ私。大丈夫、iPhoneの写真アプリだけだ。まだ家族に推しの名前はバレてない。それに一週間後にはAMA(2021 American Music Awards)があるじゃないか。推しのグループが久しぶりにステージ上で生パフォーマンスを披露することになっている。
その日には必ず彼に会える。会えるのだから。
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