2015/4/5 「カリスタの海に抱かれて」
★若くフレッシュな花組を大劇場で観る
友人からの強いお誘いでバウホール公演「New Wave 宙」を見に、横浜から宝塚まで久しぶりに出かけた。その翌日、花組「カリスタの海に抱かれて/宝塚幻想曲(ファンタジア)」を観劇してきた。前売りが完売でも、簡単に当日券で見られるのが宝塚大劇場の嬉しいところだ。
花組はこのところスターの異動が激しかった。前々回の大劇場公演「ラスト・タイクーン」でトップスター蘭寿とむが卒業。明日海りおのトップ就任後は華形みつるが専科に異動。「エリザベート」を最後にトップ娘役の蘭乃はなが卒業し、さらに二番手スターの望海風斗が雪組に異動した。
「カリスタの海に抱かれて」では、明日海りおと宙組から異動してきた花乃まりあが初めて大劇場でコンビを組む。二番手スターには芹香斗亜が昇格した。がらりと陣容を変えた花組はどんな芝居を見せてくれるのだろう。久しぶりの大劇場、心ときめかせて私は幕開きを待った。
★架空の島で繰り広げられる独立運動と恋模様
物語の舞台は地中海に浮かぶ美しい島、フランス領カリスタ島(架空の島である)。主人公は、この島の守備隊司令官として着任したシャルル・ヴィルヌーブ・ドゥ・リベルタ(明日海りお)である。
シャルル着任の日、村は祭りで賑わっていた。この日はフランスに抵抗した島の英雄アルド(高翔みずき)の命日。かつてフランス軍はアルド率いる島民たちの激しい抵抗に遭って苦戦し、彼の副官エンリコ(夕霧らい)を買収した。エンリコの裏切りによってアルドは捕らえられ、火刑となる。「今日産まれた男子が私の意志を継いで島を独立に導くだろう」言い残してアルドは世を去った。
アルドの命日に産まれた男子は二人。一人は長じて島のリーダーとなったロベルト(芹香斗亜)。もう一人の男子は、裏切り者エンリコの息子カルロであった。少年ロベルト(真鳳つぐみ)と少年カルロ(春妃うらら)は強い友情で結ばれていたが、やがてカルロは父エンリコと共にフランスに渡り、二人の少年は離れ離れになる。
やがてある事実が判明する。新任の守備隊司令官シャルルこそ、フランスに渡って名前を変え、士官学校を卒業して軍人となったかつてのカルロであり、彼は再びカリスタをフランスから独立させようという強い決意を抱いて島に戻ってきたのだ。そんなシャルルの思惑を知って、島の将来とシャルル(カルロ)の運命に後々大きな影響を与えるのがフランス軍人ナポレオン(柚香光)だ。
フランスの統治に反感を抱き、ロベルトと仲間達はゲリラ戦を繰り返す。そんな仲間の一人にアリシア(花乃まりあ)という娘がいた。
彼女はロベルトの許嫁だが、好奇心旺盛で、恐れを知らない娘アリシアは、自分を思うロベルトの気持ちを知りながらもカルロに惹かれてゆく。
さて、シャルル(カルロ)とアリシア、ロベルト三人の運命は、そして恋の行方は、カリスタはフランスの支配から独立できるのか、というのがこの物語の大筋である。
★新しいトップ娘役を迎えて
主な配役をざっと見ておこう。
シャルル(フランス守備隊司令官、実はカルロ)………明日海りお
アリシア(島の娘、ロベルトの許嫁)……………………花乃まりあ
ロベルト(島の独立を目指すリーダー)…………………芹香斗亜
アルド(島の英雄、フランス軍に処刑された)…………高翔みずき
アニータ(アルドの恋人)…………………………………美穂圭子
ブリエンヌ総督(フランス総督)…………………………紫峰七海
セシリア(ブリエンヌの妻)………………………………華耀きらり
イザベラ(ブリエンヌの娘)………………………………仙名彩世
セルジオ(ロベルトの片腕、アリシアの兄)……………瀬戸かずや
ベラ(セルジオの妻)………………………………………花野じゅりあ
クラウディオ(ロベルトの仲間)…………………………鳳真由
ベルトラム(フランスの軍人、シャルルの副官)………鳳月杏
バルドー(フランスの軍人)………………………………天真みちる
ナポレオン(フランスの軍人)……………………………柚香光
シモーヌ(島の娘、総督邸のメイド)……………………城妃美伶
少年ロベルト(ロベルトの少年時代)……………………真鳳つぐみ
少年カルロ(カルロの少年時代)…………………………春妃うらら
役はさほど多くはない。中堅の男役はロベルトの仲間、若手男役はフランス軍兵士や島民、その他娘役は島の貴婦人、生粋の島の女、あるいは総督邸のメイドといった役どころにまわってる。
★手堅い作りの宝塚らしい物語
この芝居を一言で言うなら「手堅い」。主要キャストは若々しくフレッシュなのだが、脚本・演出、そして脇を固める役者、そして物語を彩る歌の数々、どれをとっても非常に宝塚らしい。
だが、それが逆に宝塚らしくない点であるとも言える。宝塚のオリジナル作品というのは、大抵どこかバランスが悪かったり、脚本家(大抵は演出家を兼ねる)の思い入れが強く出すぎていたりするものなのだが、そうした欠点はほとんど感じられない。さりげないようで、計算し尽くされたプロの仕事っぷりを感じる。
心憎いのは「運命」「革命」「恋愛」のベルばら3要素を巧みに盛り込んでいることだ。宝塚で舞台化された「ベルサイユのばら」は1755年生まれの3人(オスカル、マリー・アントワネット、フェルゼン)が、フランス革命という時代を背景に、それぞれの恋に悩む。オスカルとマリーは共にフェルゼンに「許されぬ」恋をする。
この「カリスタ…」という作品でも、同じ日に生まれた二人の男子(ロベルトとカルロ)が、島の独立を目指し、同時に一人の女性アリシアを愛するという構造になっている。しかも時代背景には「フランス革命」がある。その類似性は決して偶然ではなく、脚本を担当した大石静氏と演出の石田昌也氏が意図的に作り出したものだろう。
しかも、味付けのさじ加減が絶妙だ。地中海の美しい島という舞台設定。フランス本土に比べれば軍隊の規律も緩く、虐げられている島民たちもどこか陽気であり、本家ベルばらに漂う悲壮感は薄い。運命に導かれた二人の男がアルド同様に島の独立に命を捧げるのかと思わせぶりに見せつつ、結末は意外なところに落ち着く。
まだ大劇場公演中でこれから東京にもやってくる公演だから、今回はネタバレはやめておこうと思う。
★主要キャストの出来栄えは?
シャルル(カルロ)を演じる明日海は、甘いマスクと柔らかな歌声が、いかにも宝塚歌劇の主役にふさわしい。子供時代に島を離れ、20年ぶりに故郷に戻ってきた司令官、という割には若すぎる外見だが、軍服を着た姿は絵に描いたような美しさ。前回公演「エリザベート」のトート役よりは肩の力が抜けている。
明日海のその甘いマスクゆえに「パリで女と遊んでなどいない」シャルルが語っても全くそうは見えない。副官のベルトラムの思い人が誰なのかをズバリ当てるくだりを見ると「ああ、やっぱりモテモテだったし遊んでたのね」と感じる。恋愛ずれした女とばかり遊んでいたので純粋な島の女アリシアに惹かれた様に見える。
アリシア役の花乃まりあは、若く好奇心旺盛で、情熱的な娘を伸び伸び演じていて良かった。自分の身の丈にあったやりやすい役だったのではないかと思う。最初にポスターを見たときの感じでは、アリシアはもっと成熟した女性に見えたので、あまりに少女っぽい役柄に私はむしろ驚いたほどだ。顔立ち的にはこうした幼い雰囲気の役より、もう少し大人の役の方が似合うと思うのだが。
ロベルト役の芹香、今回は良い意味で驚かされた。ロベルトは男臭い役だが、思いのほかワイルドな雰囲気を見せた。運命に悩み、恋しい女にうまく気持ちを伝えられない。そんなロベルトが最後に語る決意はとても重い。やりようによっては、主役を食えるくらい良い役。東京公演の頃にどうなっているのかが楽しみだ。
もう一人、ナポレオン役の柚香光。ナポレオンといえば、昨年星組トップスターの柚希礼音がその一生を演じたばかりだが、柚香の演じるナポレオンはその前半生、若き砲兵隊長から出世街道を走り始めた頃という設定だ。意外にも(といっては失礼だが)出番は多く、役割も重い。柚香には舞台上のどこにいても目を惹く天性のスター性がある。そのスター性を後に皇帝となるナポレオンという男の底知れぬ大物感とうまくリンクさせていると感じた。
★脇を固める達者な役者たち、これぞ花組
若葉マーク付きのスターが多いにもかかわらず、脇がきっちり固めているのが花組である。ロベルトの片腕となるセルジオ(瀬戸かずや)は無血での独立を説くカルロ(=シャルル)の意見に反対し、フランスへの復讐をロベルトに焚きつける荒くれ男だが、妻ベラ(花野じゅりあ)には滅法弱い。ロベルトとベラの会話の場面は、物語に立体感を与えていて上手いと思う。
ロベルトの仲間の一人クラウディオ(鳳真由)は、フランス総督邸のメイドとして潜り込む島の娘シモーヌ(城妃美伶)と恋仲だと判明する場面が見せ場。これ、もっと若手にあたっても良い役だと思うが、そこでふじP(鳳)というのが花組の役者の層の厚さを物語っている。短いセリフで場面をきっちり見せてくれるのはさすが。
フランス軍のバルドー(天真みちる)は王政派で任務に忠実、新任司令官のシャルル(カルロ)が島民への攻撃を止めるよう命じるのを不審に思う。他方、もう一人の軍人ベルトラム(鳳月杏)はその若さからか、考え方もシャルル寄り。天真は外見を年配の男性風に作り込み、鳳月は若さと女性に弱い感じも見せていて二人とも上手い。
根っからの王政派、というより王政の信奉者ブリエンヌ総督(紫峰七海)、その妻セシリア(華耀きらり)は、娘イザベラ(仙名彩世)の婿をシャルルとブリエンヌのどちらにするかを物色。「ダメなら私の愛人に」と言うセシリア。持ち前の愛らしさで、花組を代表するコメディエンヌに成長した華耀きらりがこの公演で退団とは惜しい。
★美穂圭子サマが怖すぎる!
そして、その歌唱力と存在感の怪しさで、物語に厚みを加えているのがアニータ役の美穂圭子である。かつての英雄アルドの女であり、片目の視力を失っていつも眼帯を着けていて、見た目も怪しさ抜群。カリスタの過去の悲しい歴史を歌いあげる彼女の歌声は、哀愁を帯びて美しいだけでなく、カルロとロベルト、アリシアの未来に暗い影を落としている。
まだ年若いアリシアに向かって「大人になるということは、あきらめること」という呪いの様なセリフで迫る美穂アニータは本当に怖い。そしてカルロ、ロベルト、アリシアのうちの一人は、このアニータという女の言葉どおりの人生を送ることになる。
私は途中までこの物語の結末が「全滅系」(宝塚では主人公とヒロイン以外全員死ぬ、というとんでもない話が何年かに一度は上演されるのだ!)ではないかとハラハラしたのだが、終わってみるとそう思わされた原因の一つは、美穂圭子アニータの歌であったと気づいた。ネタバレはしないと言った端から申し訳ないが、一つだけ明かしておくとこの話の結末は「全滅系」ではない。
★また観たいと思わせる「カリスタ」
と、ここまで書いてきて気づいたが、やはり今回の大石脚本はやはり大変出来が良い。主要キャスト3名は宝塚の王道の設定だし、脇役もきちんと造形されているし、エピソードに無駄がない。そしてストーリーにはクライマックスがあり、納得のいく結末に落ち着く。これだけ書けるのはさすがシナリオライティングのプロ。そして、宝塚への愛があるからだろう。
ケチをつけるとしたら、娘役の役が少なすぎて、芝居を見てみたいと思う子が何人も「島の女」「メイド」といった名前のない役に割り当てられていることくらいだろうか。
プログラムに演出の石田昌也氏が一文を寄せているが、それによれば脚本を依頼したのが昨年5月。大石氏は相当な「早書き」で夏にはプロットが完成し、そこから石田氏がキャストの組み替え情報や前後に上演する作品の情報などを小出しに提供して、様々な変更を行ったのだそうだ。
ちなみに宝塚側から注文をつけたことの一つが「マリーアントワネットは出さないで」ということ。雪組「ルパン三世~王妃の首飾りを終え」と月組「1789~バスティーユの恋人たち」の間に上演される花組「カリスタ…」にまでマリー・アントワネットが登場したらちょっとクドい。(それにしても宝塚歌劇団というのはどれだけフランス革命が好きなのだろう、私はそろそろ食傷気味なんだけど)
ともあれ「カリスタの海に抱かれて」は、プロの脚本家、プロの演出家がタッグを組み、その要求に花組のキャストがよく応えた佳作だと思う。「常夏の島、美しい島、われらが故郷カリスタ〜♪」と歌いながら私は劇場を後にした。芝居の主題歌を覚えているなんて久しぶりのことだ。東京で再びこの作品を観る日が楽しみである。
【作品データ】ミュージカル「カリスタの海に抱かれて」は、作・大石静、演出・石田昌也。レヴュー・ロマン「宝塚幻想曲(タカラヅカファンタジア)」とともに、宝塚大劇場で2015年3月13日〜4月20日上演。東京宝塚劇場で5月15日〜6月14日に続演予定。
(花のみちは桜が満開、この時期に宝塚に来たのは初めてだが、これほど桜が見事だとは思わなかった)
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