2015/1/10 「白夜の誓い」
★グスタフIII世って誰?
「白夜の誓い−グスタフIII世、誇り高き王の戦い−」は、スウェーデン王グスタフIII世の生涯を描いたミュージカル。宙組トップスター凰稀(おうき)かなめと、別格スター緒月遠麻(おづきとおま)の退団公演でもある。二人が演じるのは18世紀後半に実在したグスタフIII世とその幼馴染で臣下のヤコブ・ヨハン・アンカーストレムだ。
と、言われてもピンと来る人はそう多くはあるまい。だが、宝塚ファンにはグスタフIII世を知らないとは言わせない。今を去ること14年前、当時の宙組トップコンビ和央ようか&花總まりが演じた「ベルサイユのばら フェルゼンとマリーアントワネット編」に登場し、フランス革命勃発の知らせを聞いて再びフランスに発とうと暇乞いする和央フェルゼンに向かって「ゆけぇー」と叫んだスウェーデン国王(箙かおる)こそ、グスタフIII世である。
他方アンカーストレムがこれまで宝塚歌劇に登場したことがあるかどうかは分からない。グスタフIII世とアンカーストレムをめぐる物語は、かのイタリアの作曲家ヴェルディが「仮面舞踏会」というオペラの題材としているので、もしかしたら一度くらいは登場している可能性はあるかもしれない。それほど馴染みがない。
というよりも、スウェーデンという国自体に馴染みがないといった方がいいだろう。私だって名前のわかるスウェーデン人はイングリッド・バーグマンとズラタン・イブラヒモビッチくらいのもの。スウェーデンといえばボルボとノキアの国という程度の知識しかない。まして、スウェーデン王国の歴史物となると未知の世界だ。だが、知らないからこそ想像力の翼を羽ばたかせることができるとも言える。私は若干の期待を胸に劇場へと足を運んだ。
★白い鷲と剣の伝説のプロローグ
物語は王家の養育係であるテッシン(汝鳥伶)が幼い日のグスタフ(星風まどか)とアンカーストレム(花菱りず)に、かつてデンマークからの独立を勝ち取って王となったグスタフ・ヴァーサ(留依蒔世)が、白い鷲に授けられた剣をお城の奥深くに収めたという伝説を語るところから始まる。「剣を手にできるのは、国を救うことのできる者だけ」と聞かされたグスタフは「いつの日かその剣で国民を守る王になる」と誓う。
白い鷲に扮するのはトップ娘役の実咲凛音ほか12名だが、美咲以外は白い鳥の顔のマスクをかぶっていて顔が見えない。鷲の優雅で美しいダンスの中、大人になったグスタフIII世として凰稀かなめが登場する。なかなか美しいプロローグだ。実咲の衣装は鷲の翼を模して袖のしたが翼のように大きく広げられるようになっている。かのジュディ・オングの「魅せられて」を彷彿とさせる、と書くと年がバレるがまさにそんな感じ。
★青年グスタフのパリ留学時代
舞台は変わって、青年となったグスタフIII世はアンカーストレムを連れてパリに遊学する。ハガー伯爵という偽名を使って夜会に出席し、自由思想に理解を示してベルジエンヌ(風馬翔)ら周囲の貴族の反感を買う。そんなグスタフだが、聡明で美しいエグモント伯爵夫人イザベル(伶美うらら)には想いを寄せていた。
一方、スウェーデンのストックホルムではグスタフの父である国王が病に倒れ、親ロシア派の大臣クランツ(寿つかさ)が国王の死後、自らの傀儡となる新たな王を立てようと目論んでいた。それを知ったテッシンはグスタフにすぐに帰国するよう使者を走らせる。
ハガー伯爵の名でエグモント邸を訪れ、イザベルの亡き夫の蔵書を読むグスタフの下に国王逝去の知らせが届く。イザベルにスウェーデン皇太子の身分を知られたグスタフは、彼女を伴って帰国しようと考えるが、彼の身を案じるイザベルはフランスに残ることを選ぶ。グスタフは「いつかきっとあなたに祖国を見せる」と約束して帰国の途につく。
遊学中のパリでの若く才気あふれる皇太子と、美しい未亡人の恋。物語の発端としては悪くない。グスタフが進歩的な思想や先端の軍事理論にも興味を示す知識欲旺盛な若者であることは、後の伏線にもなっている。イザベル役の伶美うららは美しい未亡人を好演している。宝塚の娘役にしては声のトーンが低めで、顔が面長で美しい。そろそろトップ娘役になりそうな人である。
★父王の死と愛のない結婚
帰国途中、グスタフとアンカーストレムは荒れた国土と圧政に苦しむ人々を目にする。身なりの良い二人を農夫のニルス(七海ひろき)と仲間達が襲う。ニルスの妹マーヤ(綾瀬あきな)はそれを止めようとするのだった。七海は最近こういう「荒くれ男」の役が多い。荒くれなのに、タニちゃん(元宙組トップスター大和悠河)を思わせる清々しい美しさがある。そこが七海の魅力なのだろう。
他方ストックホルムではグスタフの帰国を知った大臣クランツが、近衛士官長のリリホルン(朝夏まなと)にグスタフの動向をスパイするよう命じていた。自分の働きに父と兄の将来がかかっていると脅され、リリホルンは逆らうことができない。朝夏リリホルン(なんだか妖精みたいな名前だ)は国王への忠誠と家族への思いの間で板ばさみとなり苦悩する役だが、とにかく軍服姿がよく似合って美しい。さすがは次期トップスター、水も滴るいい男っぷりである。
グスタフはクランツたちが圧政で私服をこやし、同時にロシアとも手を結んでいることを知り、アムフェルト(澄輝さやと)やレーベンイェルム(愛月ひかる)らとともに国政を正そうとするが、戴冠式の直後にクランツから、妃としてデンマーク王女ソフィア・マグダレーナ(実咲凛音)を迎える手はずが整っていることを告げられる。結婚式の日、「結婚は本意ではない」とソフィアに告げるグスタフに対し、ソフィアは「かつての属国スウェーデンに嫁いだのは国のため。何事もデンマーク流を貫く」と、宣言する。ソフィア役の実咲は小柄だがなかなか威厳のある王妃で、セリフを冷たく言い放つのはお見事。
★クーデター未遂、ヴァーサの剣ふたたび
国王への裏切りに苦しむリリホルンは婚約者のラウラ(瀬音リサ)にも、心情を打ち明けることができない。グスタフは大臣クランツらの勢力を近衛兵らを使って武力で排除する計画を立てるが、リリホルンによってその計画はクランツの知るところとなり、グスタフと仲間の貴族らは捕らえられてしまう。
軟禁されたグスタフは偶然に宝物庫の鍵を見つける。その鍵を使って扉を開けるとそこには伝説の「ヴァーサの剣」があった。王宮の閲兵式に国王代理として出席していたクランツの前に現れたグスタフはヴァーサの剣を掲げ、クランツ等が国を裏切り他国から賄賂を受けていたことを暴く。近衛兵たちはグスタフの言葉を聞き入れ、今度はクランツが捕らえられる。
あっと驚く展開である。軟禁された途端鍵が出てきて「ヴァーサの剣」が見つかり、その剣の権威だけで形勢逆転というのは相当なご都合主義だ。アーサー王の時代の話ではない、18世紀後半の話だというのに。本邦に例えれば、幕末に草薙剣を取り出して天皇が王政復古してしまうようなものである。
★真の独立を勝ち取るため、対ロシア戦争へ
ようやく祖国の実権を握ったグスタフは、自ら改革に乗り出す。他方、国王を裏切ったという思いに耐えかねたリリホルンは、自らが裏切り者であると告白してピストル自殺しようとするが、グスタフはそれを押しとどめる。
スウェーデンを真の独立国家とするためには、ロシアの影響力を排除するほかないと考えるグスタフ。ニルス等農民たちを訓練して兵士とすれば、ロシア軍に対抗できると主張するグスタフに、軍人となったアンカーストレムが反対するがグスタフは聞き入れない。
ロシア皇帝エカテリーナ(純矢ちとせ)は、公然と反旗を翻したスウェーデンと開戦の決意を固めていた。また、強国ロシアとの戦いに挑もうとするグスタフの身を案じ、妻ソフィアは毎晩聖堂で祈っていた。その姿を見たテッシンはソフィアの思いをグスタフに伝える。
軍艦に乗り、ロシアとの海戦に臨むグスタフ。スウェーデン軍の指揮官であるアンカーストレムを制し、自ら指揮をとったグスタフは見事に勝利を収める。パリ遊学時代に最先端の戦術を勉強していたことがここで功を奏するのだ。だが、そんなグスタフにアンカーストレムの不満は募っていく。
宮廷内の場面が多い芝居の中で、この海戦シーンは視覚的に大きな見せ場となっている。軍艦同士の戦闘を舞台でどう表現するのだろうと思っていたが、戦闘の激しさは音響で、そして戦況は兵士たちのダンスを使って見せる。男役が総出で踊る激しいダンスはミュージカルならではの盛り上がりがあって、見ごたえのある場面だった。
★グスティとヤコブ、友情の結末
(この先は物語の結末に触れています)
対ロシア海戦の勝利はスウェーデンに平和をもたらし、グスタフとソフィアは初めて夫婦としての絆を確かめあう。だが、それもつかの間、今度はフランスで革命が勃発し、国王夫妻が処刑されたという報せが届く。グスタフはかつての恋人イザベルをスウェーデンに連れてくるようリリホルンに頼む。
フランスが崩れさった今、スウェーデンこそ文化の中心としての役割を担うべきだと考えるグスタフは、オペラ座の建設に力を注ぐ。だが、アンカーストレムは、フランス革命の混乱に乗じて他国が攻め込んでくるのに備え、軍備増強こそ必要だと反対する。二人の対立は決定的なものとなり、遂にグスタフはアンカーストレムを元帥の職から解任する。そんなアンカーストレムに、反国王派の貴族ベールヴァルド(凛城きら)たちが近づき、「このままではスウェーデンは滅びてしまう」と囁く。彼らはグスタフの暗殺を企んでいた。
完成したオペラ座での舞踏会当日、そこには救い出されたイザベルの姿もあった。妻ソフィアと踊るグスタフの前に、アンカーストレムが姿を見せる。アンカーストレムはグスタフを抱き寄せる。そして、一発の銃声が響きわたった。
史実に基づく物語は容赦ない結末を迎える。幼馴染でただ一人の友人であったアンカーストレムがグスタフIII世の命を絶つ。だが、そこは宝塚歌劇。最後には再び白い鷲に囲まれたグスタフIII世が登場し、エピローグとなる。
★退団公演に傑作なし、では困ります
「トップスターの退団公演に傑作なし」というのは宝塚ファンに密かに伝わる格言である……というのはウソだが、私は常々そう思っている。大した芝居でなくても客が入ってしまうからだ。はっきり言おう。「白夜の誓い」は絵面としては美しいが、特段見るべきところのない作品だった。
物語のあらすじを一通り追ってみると、多少のご都合主義はあるものの、話のスジは悪くない。おそらくグスタフIII世という人物と、凰稀かなめの持ち味が合わないのだろう。「国民を守る王になる」と幼い日に誓ったグスタフIII世は、常に理想を追い求め、国民の幸せを願う熱い人だ。ところが、凰稀かなめという役者は元々熱量が高くないクールなタイプで熱血漢が似合わない。もちろん凰稀一人のせいではなく、脚本・演出の問題もあると思う。
その一方で、凰稀かなめの最大の武器、長身で宮廷服や軍服などのコスチューム姿が抜群に映える、というのはよく生かされていた。舞踏会に戴冠式に戦闘シーン、様々に衣装を着替えるにはもってこいの作品だ。多分凰稀を応援するファンの人はそれで良いのだろう。もう一人の退団者、アンカーストレム役の緒月がトップスター凰稀の同期生で、二人は共に雪組で下級生時代を過ごした。過去を知るファンはそれをグスティとヤコブの関係になぞらえてみることもできる。しかも、退団となれば二人のファンは何度でも観劇する。客席は十分埋まる、という計算も立つ。
だが、芝居としての面白さを期待して見に来た私のような観客にはそんなことは関係ない。宝塚歌劇団には、スターの去就に甘えることなく、作品作りの「本気」を見せて欲しいものである。
【作品データ】「ミュージカル 白夜の誓い−グスタフIII世、誇り高き王の戦い−」は、作・演出 原田諒。「グランドショーPHOENIX宝塚!!−蘇る愛−」とともに、宝塚大劇場で2014年11月7日〜12月15日、東京宝塚劇場では2015年1月2日〜2月15日上演。宙組トップスター凰稀かなめの退団公演である。
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