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2015/4/28 「黒豹の如く」

★柚希・夢咲コンビのラストステージ

 星組トップコンビ柚希礼音(ゆずきれおん)と夢咲ねねが宝塚を卒業する。就任は2009年6月というから、二人は丸6年間星組をトップコンビとして星組を牽引してきたことになる。思えば長いトップ生活だった。そのラストを飾るのがミュージカル・プレイ「黒豹の如く」である。

 脚本は柴田侑宏、演出・振付は謝珠栄。柴田氏は宝塚歌劇団専属の演出家としては50年のキャリアを誇るベテランで、「あかねさす紫の花」「うたかたの恋」をはじめロマンチシズムに溢れ、情感のある作品の数々を送り出してきた。謝珠栄氏はかつて隼あみりの芸名で自身も宝塚の舞台に立っていた。宝塚の芝居では演出・振付を手がけることが多い。

 ただでさえ柚希&夢咲コンビ(ファンは「ちえねね」という愛称で呼ぶ)のラストステージに、久しぶりの柴田氏の新作。否が応でもファンの期待は高まる。その結果、昨年の花組エリザベートに匹敵する超超チケット難となった。が、持つべきものはヅカ友。長いファン歴を誇る方々のネットワークを通じて引き取り手を求めるチケットを捕まえて、私は劇場に向かった。

★舞台はスペイン、主人公は海軍の将校

 物語の舞台となるのは1920年代、第一世界大戦後つかの間の平和なときを迎えたスペインである。と、言われてもよほど世界史に詳しくない限りピンとは来ないだろう。「誰が為に鐘は鳴る」や「NEVER SAY GOODBYE」で知られるスペイン内戦が勃発するのが1936年というから、「黒豹の如く」はその15年くらいの前のスペインの話、ということになる。

 主な配役は次の通りである。

アントニオ・デ・オダリス(海軍大佐、参謀長)………柚希礼音
カテリーナ・デ・ラミレス(ラミレス伯爵未亡人)……夢咲ねね
アラルコン公爵(成功した実業家、フィクサー)………紅ゆずる
ラファエル(海軍情報部少佐)……………………………真風涼帆
バンデラス侯爵(退役軍人、アントニオの叔父)………英真なおき
イレーネ(洋装店のオーナー)……………………………万里柚美
サンチェス(銀行頭取)……………………………………美稀千種
セバスチャン(海軍大佐、司令官)………………………十輝いりす
マリオ(海軍情報部の中尉)………………………………壱城あずさ
マルコス(海軍情報部の少尉)……………………………天寿光希
マルセリーノ(海軍情報部の少尉)………………………礼真琴
ゴンザーロ(海軍の下士官、アラルコンの手の者)……十碧れいや
フリオ(アラルコンの護衛)………………………………麻央侑希
アルヴィラ(ナイトクラブの踊り子)……………………妃海風
モニカ(カテリーナの友人でラファエルの恋人)………綺咲愛里

 柚希演じる主人公アントニオは海軍の参謀長。夢咲はその元恋人で未亡人という役どころ。二番手男役の紅ゆずるは敵役のアラルコン公爵、その愛人、クラブダンサーのアルヴィラを次期トップ娘役就任の決まった妃海風が演じる。

 十輝演じる海軍大佐セバスチャンは、柚希の海軍入隊同期という設定だが、実際に柚希と十輝は宝塚入団以来の同期生。柚希の叔父バンデラス公爵を演じる専科の英真なおきは元星組組長で、柚希の成長を見守ってきたことからの配役だろう。いずれも退団公演らしい配慮が感じられる配役。

★プロローグは海賊たちのダンス

 宝塚の芝居やミュージカルでは、いきなり物語の本筋に入ることは少ない。「黒豹の如く」の冒頭は、スペイン海軍の祖先と言われる海賊ソルの物語がプロローグとして挿入されている。海賊ソルを演じるのはもちろん柚希。このプロローグでのダンスが抜群にかっこいい。元々ダンスの得意な人だが、ファンがよく口にする「退団オーラ」が全開で、もはや後光の射すレベルだ。

 長いカールした髪の海賊ソルの風貌は、パイレーツ・オブ・カリビアンのジョニー・デップ風。黒い衣装に大きな刀を持って踊る様は男らしく勇猛果敢、オーラ全開で登場から一気に観客の目を惹き付けていく。敵の海賊には二番手スター紅ゆずる。以下星組のスターたちが全員海賊に扮して戦いのダンスを踊る。

 奇しくも星組の次の全国ツアーの演目は「大海賊」なのだが、その頃柚希はもういない。柚希の海賊姿を見せるというのは、退団を惜しむファンへのサービスでもあるのだろう。

 海賊ソルは敵をけちらし、最後に囚われの姫君を助け出す。白いドレスをまとった美しい姫はもちろん夢咲だ。現代物の芝居(ミュージカル)では本来するはずのなかった「お姫様」で登場というのは、こちらも退団公演ならでは。ロングの金髪にティアラ、白いロングドレスが娘役としては長身で首の長い夢咲にはまたよく似合う。

★物語は終戦記念日のパーティーから

 さて、ここからが「黒豹の如く」の本筋である。物語は第一次大戦の終戦から2年後、バルセロナの海軍省で開かれた終戦記念日のパーティーから始まる。パーティーの出席者として、登場人物たちが次々と紹介されていき、彼らの歌で物語の時代背景、人間関係が語られていく。

 スペインは1914年から始まった第一次世界大戦を中立国としてなんとか乗り切り、貴族階級は戦争景気で大いに潤った。その代表格が実業家として大成功をおさめたビクトル・デ・アラルコン公爵(紅ゆずる)である。が、一部の貴族は戦争で大きな損失を被る。カテリーナ(夢咲ねね)の父もその一人であり、彼女は恋人アントニオ(柚希礼音)が軍の任務で航海に出ている間に、ラミレス侯爵との結婚を余儀なくされる。

 しかし、結婚後まもなくラミレス侯爵が急逝し、カテリーナは未亡人に。アントニオとカテリーナはパーティーの席上で再会し、一目で再び恋に落ちる。そんな二人の様子を伺いつつ、アラルコン公爵がアントニオに話があると声をかけるのだが、アントニオは「これから会議がある」と嘘をついてその場を逃れる。黒豹と呼ばれる男アントニオは、アラルコンの態度に何か不審なものを感じていた。

 導入部で目を引くのは、スペイン軍の軍服である。宝塚のトップスターの衣装の定番の一つ「白の軍服」ではなく、皆デニム地に白の縁取りのあるなかなかオシャレな軍服を着ているのだ。初めて見るのでおそらくは新調の衣装。体格の良い星組の男役スターたちが揃いの軍服姿で登場するのはなかなかの眼福である。

★思わせぶりな物語序盤

 アントニオとカテリーナの再会は、彼らの周囲の人々の注目を集める。海軍大佐のセバスチャン(十輝いりす)、銀行頭取のサンチェス(美稀千種)、アラルコン公爵の息のかかった下士官ゴンザーロ(十碧れいや)と、公爵の愛人でクラブケルベロスの踊り子アルヴィラ(妃海風)も、二人の関係の進展に注目していた。

 アントニオの部下マリオ(壱城あずさ)、マルコス(天寿光希)、マルセリーノ(礼真琴)は、セバスチャンとサンチェスの話を偶然耳にして、それをアントニオに告げるべきか、悩むのだった。だが、三人の関心事はそれよりも休暇のこと。マルセリーノは故郷のカディスで開かれるカーニバルを待ち焦がれ、マリオとマルコスを誘う。

 他方、カテリーナの夫の死因に疑問を持ったアントニオはカテリーナを知る叔父のバンデラス侯爵(英真なおき)を将校クラブに訪ね、事情を聞こうとするが真相はわからない。アントニオはさらに、もう一つの気がかりである将校たちの失踪事件について、部下のラファエル(真風涼帆)に情報部の掴んだ状況報告を求める。

 と、この辺りまでが主要登場人物の顔見せと、序盤であるが、なかなかの思わせぶりである。黒豹と呼ばれた男アントニオの恋と、彼をとり巻く思惑、失踪事件の謎、これから起こるであろう「何か」を暗示する雰囲気は悪くはない。

★「軍隊モノ」としては観客には不親切

 アントニオは再びアラルコン公爵からの接触を受ける。公爵は、ヨーロッパで最近勢力を強めてきた勢力が、スペイン海軍の有能な参謀であるアントニオを引き抜こうとしている、その仲介をしたいと申し出る。が、アントニオはスペインを裏切る気はないと即答する。だが、公爵の方はそれで引き下がるつもりはなかった。

 公爵が語る新興勢力というのは時代的に考えるとファシズム国家のことだろうが、ナチスやヒトラー、ムッソリーニといった名前は一切出ない。なんとなくぼやかしたままだ。

 見ている私からすると、軍隊の司令官として他国の軍人を引き抜く、などということが当時のヨーロッパであり得たのか、という点がなんとなく腑に落ちない。近代的な軍の組織に不案内な私には、参謀長というアントニオの肩書きがいったいどのような職務なのかもわからず、彼の職能が他国の軍隊でも通用するのかどうかの想像もつかない。宝塚なのだから、観客はミリタリーオタクではない。この辺り、もうちょっと補足してくれてもいいのになぁと思った。

★純粋な愛と邪な欲望と

 アントニオとカテリーナはパーティーでの再会から初めて二人きりでかつての思い出の場所で、互いの気持ちを確かめ合う。が、そんなカテリーナ対し、アラルコン公爵は手紙を送り、クラブケルベロスに彼女を呼び出そうとする。カテリーナは不安を感じつつもそれに応じる。

 アントニオとカテリーナの思い出の場所は「艦船セルバンテス号の甲板の上」ということらしいが、セットはまったくそのようには見えない、というより抽象的すぎてどんな場所なのかさっぱりわからない。昔の恋人同士が愛を語るにしてはいささか殺風景だ。

 クラブケルベロスには銀行家のサンチェスや海軍大佐セバスチャンの姿もあった。アラルコン公爵と親しげに話すセバスチャン。そこへカテリーナがやってくる。公爵は彼女を別室へと案内する。クラブの踊り子アルヴィラは二人の様子を見つめながら「公爵をあんな女に渡すものか」と呟く。

 別室でカテリーナと二人きりになったアラルコン公爵はその正体を現す。美しいカテリーナを自分のものにしようと迫り、拒絶されると「ラミレス伯爵が妻に毒殺されたという噂がある」とカテリーナを脅すのだ。カテリーナは逃げるようにその場を逃れる。

 アルヴィラ役の妃海風がクラブのショーの場面でセンターを取っているのが新鮮。さすが次期トップ娘役に決まっただけのことはあってどんなことをしても愛人の座を守ろうとする気の強い踊り子の芝居は悪くない。が、仇役のアラルコン公爵を演ずる紅ゆずるは、今回は完全に柄違いだった。政財界を思うがままに操るフィクサーとしての凄み、大物感がないのは致命的。

★クライマックスはカーニバルで

(物語の結末に触れています。未見の方はご注意ください)

 この後もさしたる事件は起こらぬまま、物語はカディスのカーニバルの日を迎える。カーニバルの華やかな雰囲気は、宝塚芝居の定番である。華やかな歌と踊り、それが舞台を盛り上げるからだ。

 カディスの街でアラルコン伯爵は再度アントニオに返事を迫るがアントニオの返事は変わらない。カテリーナが姿を消し、それがアラルコンの手の者の仕業だと悟ったアントニオはカーニバルの喧騒の中で彼女を探し求め、わずかな手がかりから岬の高台へと向かう。そこでアントニオとアラルコンの対決へ。が、意外にもアルヴィラがアラルコンを撃って、事件は幕引きとなる。

 後日談として、実はカテリーナの夫を毒殺し、それが彼女の仕業だと噂を流していたのも、将校たちの失踪も黒幕はアラルコン公爵であり、セバスチャン大佐は秘密裏にアラルコンに接触して事件を追っていたという種明かしがなされる。

 すべての謎が明らかになった後、アントニオには再びアフリカに赴くようにという指令が届く。出征するアントニオ、整列してそれを見送る軍服姿の兵士たちとカテリーナ。アントニオの出発と柚希の卒業を重ねたラストシーンで幕が降りる。

★退団作品の法則、再び

 こうして文字でストーリーを書き起こして後から読み返すとそれなりだが、実際の舞台は文字で読むよりずっと薄っぺらいものに感じられた。観劇した日は東京公演の、それも後半の日程だったが、これほど「未完成」な印象を受けた芝居は最近では記憶にない。まさに「退団作品に傑作なし」の法則どおり、客は入っているが面白みに欠ける。柴田先生の新作というだけで期待した私がバカだった。

 もともと柴田氏の作品というのは、大した事件は起こらぬまま物語が淡々と進んで行くことが多い。が、一つ一つの場面が濃密だったり、印象的な台詞があって、物語全体から醸し出す上品な香気や幕が下りた後の余韻というのが魅力でもあった。が、「黒豹の如く」にはそんなかつての柴田作品を思わせるものは感じられず、むしろ冗長な展開、説明調の台詞、地味な舞台セットに時代の「古さ」を感じるばかりだった。

 原因の一つは、柴田氏自身が視力を失ったことにあるのだろう。当て書きにしてはスターの持ち味を生かせていないし、各場面の書き込みが甘すぎる。出演者も何人かのキャストの演技力には物足りなさを感じた。結果を見る限り、柴田作品と今の星組は相性が悪かった。

★ちえねねフォーエバー

 「黒豹の如く」の華やかなプロローグと柚希の卒業を重ねたラストシーンの演出はとても良い。その間のストーリーは、ちえねねコンビのラブロマンス、そしてダンスやアクションを楽しむ軽いストーリー付きのショーだと思って見れば、決して悪いものではない。退団公演がそのスターのファンだけのものであるならば「黒豹の如く」は許容範囲内の作品だと言えるだろう。

 だが同時に、「黒豹の如く」が私の記憶の中での「今イチだった作品リスト」の末尾に名を連ねるのはほぼ決定である。私はこの作品を許容できるほど熱心なちえねね信奉者ではない。でも、そんなことは大した問題じゃない。一度や二度、いや三度四度と裏切られても、宝塚ファンは宝塚を見捨てることはできない。少々恨みがましい感想を書き連ねるのも宝塚への愛あればこそ。われながらファンとは因果なものだと思う。

 ともあれ、ちえねねは沢山の作品と多くの感動を私の心に残したコンビだった。とりわけ「めぐり会いふたたび」「オーシャンズ11」は、二人の魅力が十二分に生かされた素晴らしい作品だった。長い間本当にありがとう。二人がそれぞれの道で幸せと成功をつかむことを祈りたい。

【作品データ】ミュージカル・プレイ「黒豹の如く」は、柴田侑宏作、謝珠栄による演出・振付。並演のショーはダイナミック・ドリーム「Dear DIAMOND!!−101カラットの永遠の輝き−」。宝塚大劇場で2015年2月6日〜3月9日、東京宝塚劇場で3月27日〜5月10日に上演。星組トップコンビ柚希礼音・夢咲ねねの退団公演である。

#宝塚 #takarazuka #星組

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