2015/2/15 「Bandito」
★粗野な美丈夫「珠城りょう」を見る
2月は月組日本青年館公演「Bandito−義賊サルヴァトーレ・ジュリアーノ」である。Banditoとはイタリア語で山賊の意。副題のサルヴァトーレ・ジュリアーノは1940年代のシチリア島に実在した山賊の頭領である。主演は月組の珠城りょう。2008年入団というから入団8年目を迎える若手スターだ。
宝塚では俗に「男役10年」と呼ばれる。入団8年めの若手スターが東京で公演を打つのは珍しい。2014年には「かもめ」「ノクターン」「サンクチュアリ」「パルムの僧院」「アルカサル−王城」と5本の若手主演公演があったが、東京には一本も来なかった。2013年には「月雲の皇子」という作品が来ているが、主演はやはり珠城りょう。つまり、彼女は今もっとも期待の若手なのである。
「珠城さんを主演で作品を作るよう任ぜられた時、まず考えたのは粗野な美丈夫の話にしようということだった」と、作・演出の大野拓史氏は公演プログラムに書いている。「粗野」な上に「美丈夫」とは恐れ入った。でも、その意味するところは理解できる。何といっても珠城の最大の特徴は「若手にあるまじき貫禄」なのだから。
さて、いったいどんな作品に仕上がっているのだろう。
★ベテランの助けを借りた若手中心の配役
サルヴァトーレ・ジュリアーノ(義賊と謳われた山賊)…珠城りょう
アマーリア(貴族の娘で修道女見習い)…………………早乙女わかば
ヴィトー・ルーミア(アメリカから逃亡中のマフィア)…宇月颯
ランペドゥーザ公爵(戦争で邸宅を失った貴族)…………一樹千尋
ジュゼッペ・ディ・ベッラ(司祭)…………………………飛鳥裕
マリア・テクラ・シリアスク(ジャーナリスト)…………白雪さち花
アントニオ・ディ・マッジオ(マッダレーナの愛人)……光月るう
ジェンコ・ルッソ(シチリアの大物マフィア)……………貴千碧
バッタリア(ホテルの支配人)………………………………有瀬そう
マッダレーナ(アマーリアの義母)…………………………咲希あかね
マイケル・スターン(アメリカ人ジャーナリスト)………千海華蘭
ガスパレ・ピショッタ(山賊の副官)………………………朝美絢
サルヴァトーレ・ロンバルド(山賊)………………………輝月ゆうま
アントニオ・テラノヴァ(山賊)……………………………貴澄隼人
マリアンナ・ジュリアーノ(主人公の姉)…………………真愛涼歌
フラ・ディアボロ(山賊)……………………………………星輝つばさ
レンネル・オブ・ロード(英軍少将)………………………星那由貴
ジーノ・アニエッロ(男爵)…………………………………美泉儷
ジョコンダ(貴族の夫人)……………………………………楓ゆき
ダーチャ(農民)………………………………………………早桃さつき
ジュゼッペ・マンチーノ(国民憲兵)………………………夢奈瑠音
マウリッチャ(ジュリアーノの過去の恋人)………………叶羽時
ヌンツィオ(進駐している米軍兵)…………………………颯希有翔
フランク・マンニーノ(山賊)………………………………蓮つかさ
主人公サルヴァトーレ・ジュリアーノと共に行動する友人的な役割はサルヴァトーレ・ロンバルド役の輝月ゆうまとガスパレ・ピショッタ役の朝美絢の二人。ヒロインのアマーリアは早乙女わかば、二番手格の役どころはアメリカからきたマフィア、ヴィトー。演じるのは宇月颯である。
★英雄に祭り上げられた男ジュリアーノ
物語の舞台は第二次大戦直後、米軍占領下のイタリア、シチリア島。ジュリアーノ(珠城りょう)、ロンバルド(輝月ゆうま)、ピショッタ(朝美絢)の三人はホテル・ソーレのショーで海賊に扮するダンサー。ある日、ホテルが配給物資の横流しをしていると憲兵が踏み込んでくる。支配人のバッタリア(有瀬そう)とマフィアのルッソ(貴千碧)は「誰かが責任を取らなければいけない」と、ジュリアーノたち三人に罪を押し付け、憲兵に引き渡すが、ジュリアーノは公然と彼らに反抗し、ホテルから逃亡する。
銃で撃たれ傷ついたジュリアーノと、彼をかばうロンバルドが逃げ込んだ先は、ランペドゥーザ公爵邸の廃墟。そこにはランペドゥーザ公爵(一樹千尋)と司祭のジュゼッペ(飛鳥裕)、修道女見習いのアマーリア(早乙女わかば)が居た。アマーリアはジュリアーノに手当てをし、追ってきた憲兵のマンチーノ(夢奈瑠音)から二人を逃してやる。「彼らに逃げられたとあっては、自分の身が危ない」というマンチーノに、公爵は「あの二人は山賊で、仲間が大勢助けにきたとでも言っておけばいい」と答える。
ジュリアーノとロンバルドは港へ逃げるが、警備が厳しく海には出られない。マフィアと憲兵に追われ、故郷の山岳地帯に落ち延びると、姉のマリアンナ(真愛涼歌)と大勢の男達が出迎える。「ジュリアーノは山賊」という噂が広まり「金品を貧しい者に分け与える義賊だ」という尾ひれまでついて、仲間になりたいという男達が集まっていたのだ。
★シチリアの「空気」を感じる脚本・演出はさすが
さすがは大野作品だけあって、冒頭から雰囲気満点である。シチリア島は米軍占領下ではあるものの、社会ではマフィアが幅を利かせていて、理屈よりも「力のある者の都合」が優先する社会。ホテル・ソーレでの米軍将校とマフィアのルッソの会話からも社会的な背景が読み取れる。人々は様々な理不尽さにじっと耐えている。そして、それが仕方のないことだと諦めきっている。
貴族であるランペドゥーザ公爵もまた無為な日々をおくっている。屋敷は戦争で焼け落ちて廃墟となり、家族とは別居が続いている。司祭のジュゼッペが修道院を失ったアマーリアを助けてやってほしいと頼むが、公爵にはそんな余裕がない。インテリで、世間を斜めに見た独特の物言いのランペドゥーザ伯爵を演じる一樹千尋は大野作品の常連。物語に漂う「空気」を作り出す役者ぶりはさすが。
閉塞感の漂うシチリア社会で、マフィアに歯向かい、憲兵に追われる身となったジュリアーノの姿が人々の心を捉え、噂が噂を呼んでたちまちジュリアーノは英雄に祭り上げられてしまう。典型的な「巻き込まれ型」の主人公で、第一幕では「受け」の芝居が続く。
珠城のジュリアーノは寡黙だが、舞台の上での存在感、それも「重み」を感じさせる大きさがあるのがいい。そして、このジュリアーノの存在感を際立たせる小道具が、サイドカー付きのバイクだ。このちょっとレトロな雰囲気が、実に珠城にぴったりなのである。山賊というよりは「バイクに乗った渡り鳥」。ひと昔前の映画に出てきそうな男臭い感じは、タカラジェンヌとしては得難い。
ジュリアーノと共に逃亡するロンバルド役は輝月ゆうま。長身で芝居巧者なので老け役が当たることが多い人だが、今回は若者役。やや三枚目的な役どころだが、ロンバルドという男が気のいい奴だと感じられる。私が観劇した時は、隠れていたサイドカーから出る時に頭を打ったが、それを即座にアドリブで台詞にしたのも上手いと思った。
★男と女、雰囲気は満点だけれど
山賊の頭領となったジュリアーノは、ある日ヴァッレルンガ公爵夫人(=アマーリアの義母マッダレーナ)の館を襲う。貴族たちは山賊を恐れず「自分たちにはマフィアがついている」と居直るのだが、ジュリアーノはその脅しをものともせず宝石を強奪する。
高慢なマッダレーナの手から、その指にはめた指輪を強引に奪い取るジュリアーノ。プログラムによればこのエピソードは史実に残っている(ただし、相手は別の貴族の女性だが)事実だそうだ。館にはランペドゥーザ公爵とドレス姿のアマーリアも居た。ジュリアーノは「亡き母の形見の指輪を返してほしい」と願うアマーリアを外へ連れ出す。
二人きりになると、アマーリアは義母マッダレーナに疎まれて一族の土地に立つ修道院に入れられたこと、戦争で修道院が焼け、再び屋敷に連れ戻されたことを語りはじめる。ダンスはできないと断るアマーリアと強引に踊るジュリアーノ。アマーリアの体は自然にそれについていく。すっかり忘れていると思っていたダンスを思い出したことに驚くアマーリア。
美丈夫が美しい貴族の娘をサイドカーに乗せて走る姿は実に絵になる。ダンスの場面も美しい。だが、このジュリアーノとアマーリア二人の場面は出来が今ひとつだった。早乙女アマーリアは台詞回しが妙にたどたどしく不安定。ジュリアーノとの再会によって、微妙に心が変化する様を表現するっていうのは、かなり難易度が高いんだろうと思う。それと対峙する珠城ジュリアーノも然り。彼が彼女をどう見ていて、何を感じているのか、観客の私には全くわからない。雰囲気のあるとてもいい場面だけに、もったいないと思った。
★勇気を得る民衆、でもジュリアーノは……
ジュリアーノらの活躍(?)ぶりは、米国人記者マイケル・スターン(千海華蘭)らジャーナリストによって新聞で報じられ、山賊団の人気はうなぎ上り。既存の権力に押さえつけられた人々は、彼らの行動から希望と勇気を得る。アマーリアも農民たちとともに修道院再建に向けて動きだす。
そんな中、ジュリアーノには過去にマウリッチャという名の恋人が居たことをロンバルドらが語る。ユダヤ人のマウリッチャは、戦争中にファシストに連行された。ジュリアーノ自身も、かつて「権力に屈してあきらめた」ことがあったのだ。
貴族たちと結託してシチリアを支配するマフィアたちも、ジュリアーノ率いる山賊団を無視することはできなくなっていた。だが、肝心のジュリアーノは、自分が周囲の人々に大きな影響を与えていることなどいっこうにおかまいなく「こんな島、いつだって逃げ出してやる」と、マフィアのヴィトー(宇月颯)に語る。自分を慕って集まってきた山賊たちのことを気にかける様子のないジュリアーノを、ヴィトーは激しく非難する。
自分の意思で動き出したアマーリア、そしてヴィトーの言葉が、この後主人公ジュリアーノに大きな影響を与えることになる。
★二幕のテーマは「裏切り」
第二幕では、山賊団に大きな危機が訪れる。
山賊団の主な生業は、貴族を誘拐して身代金を得ることだった。山賊に警備の薄い貴族の情報を流していたのはマッダレーナの愛人アントニオ。その一方でアントニオは貴族たちに対し、身辺警護を強める様に勧め、次第に貴族社会でのリーダーとしての地位を固めていく。
アントニオの狙いは、政党を組織し、戦後初の民主的な選挙で選挙民の支持を得て、公にシチリアを支配することだった。彼はそのために、選挙運動の邪魔になる労働者や農民たちの声を恐怖で封じ込めようと、山賊たちに政治集会に集まった労働者や農民たちを襲わせる。人々は非難の声をあげ、山賊団の人気は地に堕ちた。
だが、この殺戮はジュリアーノが全くあずかり知らぬことだった。彼は仲間の山賊たちに「罪を問われたら、ジュリアーノの命令だと言え」と命じる。山賊団の罪を一身に引き受け、その一方で銃撃を命じた裏切り者を探し始める。
銃撃を命じたのはピショッタだった。「アントニオに言われるままに誘拐すればうまくいった。今度もうまくいくと思った」とうなだれるピショッタ。そして、裏切り者を探すうちに、米人ジャーナリストのスターンが、あっと驚く告白をする。ジュリアーノがシチリアで庶民の英雄として祭り上げられた背景には、アメリカ政府の意図が働いていたのだ。
ピショッタ役の朝美以下、山賊を演じる面々はいずれも月組の若手男役。どうしても面差しが女の子っぽい。逆に言うと、それだけ珠城と輝月の二人だけが、大人びて見える。だが、その若手の面々もダンスのシーンになると皆キレッキレ。なんだか微笑ましい。
マイケル・スターン役の千海華蘭は、顔は可愛いのに台詞回しから曲者感がありありで、元星組トップスターの安蘭けい、昔宙組に居た真中ひかるみたいな雰囲気があった。将来が楽しみだ。こういう人の芝居が観られるのが、外箱公演の醍醐味と言えるだろう。
★宇月颯演じるヴィトーの過去
第二幕では、マフィアのヴィトーの過去も徐々に明らかになる。ヴィトーはアメリカに居た頃、地元の仲間を裏切ってマフィアに寝返った。それを恨むかつての仲間が、米軍の軍人としてシチリアに進駐してヴィトーを見つけ、彼の命を狙う。
だが、このヴィトーの裏切りにはさらに「裏」があった。実は、ヴィトーたちのボスが、仲間をマフィアに売ろうと目論んでいたのだ。それを察したヴィトーはボスを撃ち、仲間を逃した上でマフィアの傘下に入った。彼は、自分と仲間の命を守るために「裏切り者」となったのだった。
山賊団を率いるジュリアーノの姿に、ヴィトーは昔の自分を見ていたことが、観客にも徐々にわかってくる仕組みだ。裏切られ、裏切ったことのある男だからこそ、ジュリアーノに関わらずにはいられない。ヴィトー役の宇月の抑制の効いた芝居も良い。これだけ男らしくカッコ良く描きこまれた役は、宝塚でも滅多にない。線が細いのは男役として不利だと思うが、宇月颯という人は、ふだんからもっと重用されていい人ではなかろうか。
★史実とは異なる結末へ
貴族の代表を気取るアントニオは、実は平民の出身で伯爵家の婿養子。妻の亡き後も伯爵を名乗っていたが、再び正式な貴族の称号を得るために、亡きヴァッレルンガ公爵の娘アマーリアとの結婚を目論む。アマーリアにそれを拒否する途はない。婚約パーティーの席上で「笑え、お前は私に買われたのだから」と言うセリフを言い放つ光月るうはなかなかエグい。
アマーリア役の早乙女は、このアントニオに虐げられる芝居はよかった。悲しげな顔をしても美人で居られるのは、ヒロイン役者の十分条件、その点は合格だ。この後のストーリーはいうまでもないだろう。珠城ジュリアーノが、きっちりアントニオにお返しをしてアマーリアは危機を逃れる。かつて恋人を救えなかった男は、一人の女性を救うことで、自分もまた救われるのだ。
大野脚本の優しいところは、最後に珠城ジュリアーノを死なせなかったことだと思う。歴史に残るジュリアーノの最後は、裏切り者のピショッタに撃たれて死んだとされている。そのピショッタも刑務所内で毒殺されたそうだ。これではどこにも救いがない。この作品のジュリアーノはスターンの口ききでアメリカに亡命することになり、旅立ちの船の上で舞台は幕となる。希望の残るラストシーンに、なんだかほっとした。
★珠城には高いハードルだった
「Bandito−義賊サルヴァトーレ・ジュリアーノ」は、よくできた芝居だった。月組は「芝居の組」と言われるが、たしかに芝居巧者が多い。ストーリー展開も意外性があってよかったし、ジュリアーノという役は珠城の持ち味にとてもよく似合っていたと思う。
ただ、見どころのある脚本を生かすも殺すも、センターの芝居次第だということも痛感させられた。巻き込まれ型の主人公が何をどういうきっかけに、自分の運命を見定めるのか、珠城はその心の動きを観客に伝えるまでには至っていない。物語の後半、自らの意思で動き始めるジュリアーノが、前半とは別人の様に見えてしまった。
思えば宝塚歌劇団も珠城にずいぶんと高いハードルを与えたものである。もっとも、この役をきっちり観客に見せることができたら、今すぐにでもトップになれる。今は無理でも、いつの日か成長した珠城がもう一度このジュリアーノという役にチャレンジしてくれることを祈りたい。
★さよなら、日本青年館
そして、この公演は宝塚歌劇が日本青年館を利用するラスト公演であったことを付け加えておきたい。国立競技場の建て替えにともなう再開発で、日本青年館も今年4月1日でいったん休館となる。「日本青年館大ホール」という劇場は、座席が狭いとか、傾斜が少なくて前方席から舞台が見辛いとか、幕間のトイレの行列が凄まじいことになるとか、色々不満はあったが、私はここで多くの作品に出会い、感動をもらった。東京會舘に続いて、宝塚の思い出がたっぷり詰まった場所がまた一つ消えてしまうのは、寂しい限りである。
さよなら、たくさんの思い出をありがとう。
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