2016/4/22 「るろうに剣心」
★小池修一郎が2.5次元ミュージカルに挑む
コミック「るろうに剣心」を宝塚歌劇で舞台化するらしい、という噂をインターネットの某巨大掲示板で見かけたのは、二年くらい前だっただろうか。今になって思うと、その頃から話は動いていたのに違いない。
演出は小池修一郎、作品はショーなしの一本ものと発表された時になって初めて、私は宝塚歌劇団が、本気で2.5次元ミュージカルの客層を取り込みにかかろうとしているのだと気付いた。ミュージカル「エリザベート」を脚色・演出した小池修一郎は言うまでもなく現在の宝塚歌劇演出家中のエースであり、切り札なのだから。
ポスターにはファンの誰もが驚いた。主人公の剣心以下、ヒロインの神谷薫、相楽左之助、斎藤一、高荷恵、武田観柳、四乃森青紫らのビジュアルが実にコミックの雰囲気にぴったりはまっていた。そして、予想通りチケット争奪戦は激しいものとなった。
それでもなんとかチケットを手に入れ、舞台を見に行くことができたのは長年培ったヅカ友の絆と、クレジットカード会社の先行販売システムのおかげである。
★主な配役
緋村剣心……………………………………………………早霧せいな
神谷薫………………………………………………………咲妃みゆ
加納惣三郎(ジェラール山下)…………………………望海風斗
山県有朋……………………………………………………夏美よう
井上馨………………………………………………………美城れん
桂小五郎……………………………………………………蓮城まこと
銀杏屋の女将………………………………………………梨花ますみ
銀杏屋の亭主………………………………………………奏乃はると
綿銀の旦那…………………………………………………朝風れい
朱音太夫……………………………………………………桃花ひな
斎藤一(藤田五郎)………………………………………彩風咲奈
明神弥彦……………………………………………………彩みちる
武田観柳……………………………………………………彩凪翔
比留間喜兵衛………………………………………………美城れん
比留間伍兵衛………………………………………………香綾しずる
高荷恵………………………………………………………大湖せしる
清里…………………………………………………………縣千
雪代巴………………………………………………………星乃あんり
剣心の影……………………………………………………永久輝せあ
関原妙………………………………………………………有沙瞳
三条燕………………………………………………………星南のぞみ
相楽左之助…………………………………………………鳳翔大
四乃森青紫…………………………………………………月城かなと
御庭番衆・べし見…………………………………………透真かずき
御庭番衆・式尉……………………………………………真那春人
御庭番衆・火男……………………………………………久城あす
御庭番衆・般若……………………………………………煌羽レオ
山県友子……………………………………………………梨花ますみ
井上武子……………………………………………………早花まこ
フランス公使・ベルクール………………………………蓮城まこと
セバスチャン………………………………………………香綾しずる
カトリーヌ…………………………………………………沙月愛奈
主人公の剣心を雪組トップスター早霧せいな、ヒロイン神谷薫をトップ娘役咲妃みゆが演じる。二番手スターの望海風斗が演じる加納惣三郎(ジェラール山下)は宝塚版のオリジナルキャスト。
若手スターの彩風咲奈は斎藤一、彩凪翔は悪役の武田観柳を演じる。相楽左之助役は身長のある鳳翔大、女医の高荷恵役は女役スターの大湖せしる、御庭番の頭領、四乃森青紫役には新進スターの月城かなと。この辺りの役までピタリと適任者を当てはめられるのはスター役者の豊富な雪組ならでは。
そして、一人二役が多いのもこの作品の特徴だ。宝塚歌劇の役者の人数を考えると、一人が二役やる必要はなさそうなものだが、ベテランに二役を与えるのはこの作品の「質重視」の姿勢の証であろう。
★ヅカファンが見ても面白い、痛快な時代劇
まず、最初に言ってしまおう。ミュージカル「るろうに剣心」は、エンターテイメントとして非常に面白かった。いつも一緒に観劇する夫が私以上にこの作品を気に入ったこともあって、久しぶりにリピート観劇を重ねたほどだ。
私は2.5次元ミュージカルに馴染みはないが、今回はしっかり原作コミックを読んで観劇に臨んだこともあり、物語の世界にはすんなり入ることができた。日本ものを得意とする雪組だけあって、殺陣の激しさも女性ばかりとは思えない見事さ。中でも、今回は刀で人を斬る際に、効果音が付いていたのは驚いた。映画やアニメならいざ知らず、生身の人間が毎回動き回る舞台で効果音を当てるのはそう簡単ではないはずだ。
たしか、小池先生は日本ものを演出するのは初めてのはずだが、宝塚歌劇の舞台の広さと装置とキャストの多さを自在に使いこなすその手練れぶりは、今回も見事なまでに発揮されていた。心配された脚本も、宝塚らしい華やかな世界を織り交ぜつつ、原作の登場人物の特徴をうまく活かした作りになっていた。
以下は、ストーリーを追いつつ、感想を綴ってみたいと思う。今回はショーなしの一本ものの作品である上、この文章は私自身の備忘録を兼ねているため、いつも以上に長文なのはどうかご容赦願いたい。
★始まりは幕末の京都から
コミックの「るろうに剣心」は明治時代の東京を舞台に、幕末に長州藩の剣士だった剣術の達人緋村剣心が、身近な市井の人々を守るために、欲と野望にまみれた敵をやっつけていく、というのが基本のストーリーで、戦いの間に剣心の過去が少しずつ明らかになっていくという物語である。
宝塚版では、剣心という人物の背景を分かりやすくするため、お話は時系列にしたがって展開される。物語の始まりは幕末の京都だ。
竹林に囲まれた京都郊外のとある場所で、桂小五郎(蓮城まこと)は井上聞多(美城れん)、山県狂介(夏美よう)らに見送られて長州へ帰ろうとしていた。三人を追う新撰組隊士らの前に立ちはだかったのは長州側の維新志士、緋村抜刀斎(早霧せいな)。頬に十字の傷を持ち「人斬り抜刀斎」の異名を持つ剣士は、取りかこむ大勢の新撰組隊士をたった一人で斬り殺す。幕末の剣心はトレードマークの紅い着物ではなく、闇に溶け込むような青い着物に袴姿である。
続いての舞台は京の花街である島原。「こったいさん」と呼ばれる太夫たちの華やかなお練りが行われている。大夫を相手に遊ぼうとやってきた綿銀の旦那(朝風れい)が辻斬りに襲われ、金を奪われる。桂たち三人を追って来た新撰組隊士らに女将(梨花ますみ)が「辻斬りは新撰組の前髪惣三郎だった」と告げる。
島原の裏門では桂小五郎が朱音太夫(桃花ひな)に別れを告げていた。そこへ加納惣三郎(望海風斗)が現れ「その女は俺のものだ、身請けの金も貯めている」とすごむ。すかさず桂を守るため現れた抜刀斎に、惣三郎は「こいつらが良い世の中を作ると本気で信じているのか」と問う。「信じていなければここにはいない」と答える抜刀斎。
そこへ追手の新撰組隊士も駆けつける。惣三郎は太夫を人質にとって逃げおおせる。新撰組の斎藤一(彩風咲奈)は「身内の恥は身内で片付ける」とその後を追っていく。桂は抜刀斎に「今後は血風の最前線で戦ってほしい」と告げる。
薩長と幕府軍の対立は激化。ここからは歌とダンスによる戦闘シーンだ。剣心も惣三郎もその戦火の中にいるが、ついに江戸城が開城する………と、ここまでの場面がプロローグ的に展開される。
★原作ストーリーに忠実な人物紹介
次の舞台は約十年後の東京。ここからはコミック序盤のストーリーをなぞりながら、主要キャストが続々と登場する。犬、猿、キジが次々と現れる「桃太郎方式」だ。
幕末の剣豪「人斬り抜刀斎」が東京に現れ、辻斬りをしていると人々が噂している。流浪人となり東京に流れてきた抜刀斎改め緋村剣心は、神谷道場の師範代である神谷薫(咲妃みゆ)から辻斬りと間違われる。が、薫が引きぬいた剣心の刀は峰に刃のある逆刃刀。人が斬れる代物ではなかった。その剣心に一人の少年がぶつかってくる。少年を呼び止めた薫は、彼が剣心の懐から掏り取った財布を剣心に返すのだった。
阿片の禁断症状を起こして暴れた男が警察に連行されていく姿を見て「もっといい時代になると思っていたのに」とつぶやく薫。剣心と薫は先ほどの少年がヤクザ者に連れて行かれる姿を見かけて後を追うが、「抜刀斎が現れて警官を斬った」という声に、薫はそちらを追っていく。
場面は変わって、ヤクザ者たちが賭場を開いている。そこには葉巻をくわえ、メガネをかけた嫌味な金持ち男、武田観柳(彩凪翔)もいた。観柳は神谷道場の土地を狙っていた。彼こそが、比留間組のヤクザ者をニセ抜刀斎に仕立てあげて神谷活心流を名乗らせ、道場の評判を落としていた黒幕だった。
ヤクザ者たちが少年を連れてくる。「もうスリはやらない」と叫ぶ少年に組長の比留間喜兵衛(美城れん・二役)は「今の時代金がなければ生きていけない」と言い捨てる。そこへ剣心が登場、「そのわっぱを返してもらいたい」と言うと、剣を抜いて一瞬で全員をなぎ倒す。少年の名は明神弥彦(彩みちる)、両親と死別した士族の息子だった。行き場のない二人は薫を訪ねて神谷道場へ。が、比留間組のヤクザ者たちもまた、その夜、神谷道場を薫から脅し取ろうと企んでいたのだった。
神谷道場は師範代の薫だけで門弟がいない。偽抜刀斎が神谷活心流を名乗ったせいで門弟たちは逃げるように去ってしまったのだ。が、彼女はくじけない。神谷活心流は薫の亡き父が開祖で人間的成長を目指す剣術であること、いつか自分が道場を復興させるという意気込みを剣心と弥彦に語る。薫の歌う「神谷活心流の歌」がいい。逆境にあっても真っ直ぐ前を向いて歩む、希望に満ちた明るい歌で、薫というヒロインにぴったり。
が、そこへ比留間組が借金とりにやってくる。「金が返せなければ道場を渡す証文に判を押せ」という組長。弥彦が組長の弟、比留間伍兵衛(香綾しずる)がニセ抜刀斎であることを暴く。企みに気づいた剣心は、再び比留間組を叩きのめすが、「抜刀斎が現れた」という通報でやってきた警察に逮捕されてしまう。薫は「釈放されたら返しに来て」と髪のリボンを解いて剣心に渡す。
★剣心・薫・弥彦
剣心役の早霧はとにかく女性とは思えぬ立ち回りが見事だ。マンガの主人公らしい華があり、キッと睨んだときの目線と「おろっ」という口癖もいい。明治の剣心は幕末に比べると緩んでリラックスしている印象。風車を拾いあげてフーッと吹く姿が可愛い。平和な世であることを願いつつも、弱いものが虐げられているのを見ていられない。そんな剣心を自然に見せているのがうまい。
対する薫役の咲妃は、少年マンガのヒロインがそのまま抜け出してきたように明るく、元気で真っ直ぐな心の持ち主であることをありありと体現していてお見事。だが、残念なことに今回は声が完全に潰れていた。男役と対等に渡り合う為に相当頑張って声を出そうとしたのだろう。元々は涼しげで綺麗な声の人だけに惜しい。
そして今回一番の驚きは弥彦役の彩みちるだった。彼女は娘役のはずだが、どこから見ても少年。意地っ張りで気が強く、食いしん坊。そして小憎らしい少年ぶりが板についていた。こうした役どころは宝塚にはありそうでない。聞けば、彼女は新人公演(入団7年目以下の役者のみで演ずる若手公演、公演期間中に1回だけ上演される)で、ヒロインの薫役にも抜擢されているという。注目株なのだろう。
★宝塚版のキーワードは阿片
さて、ストーリーに戻ろう。
本物の抜刀斎が現れたという新聞のニュースを読む加納惣三郎。彼はジェラール山下と名を変え、今では貿易商として成功を収めている。そして、同時に阿片で明治の世を自分の思いどおりにしたいと考えていた。阿片をジェラールに流しているのはあの武田観柳である。観柳はかつての会津藩御典医の娘、女医の高荷恵(大湖せしる)に阿片を作らせ、それをジェラールに提供する代わりにフランス製の強力な武器を手に入れようとしていた。
逮捕された剣心は、藤田五郎と名を変え警部補となったた新撰組の斎藤一に連れられ、山県有朋(元長州の山県狂介)に引き会わされる。陸軍卿となった山県は剣心に阿片の出どころを探る密偵を依頼するが、剣心はこれを断る。斎藤は「この刀では人は殺せない。いつか真剣を持つ気になったら俺と勝負しろ」と言って剣心を釈放する。
人を斬れない逆刃刀を持つ剣心は「不殺(ころさず)の誓い」を立てていた。ここからは回想の場面となる。ライトアップされた早霧剣心の背後で、剣心の過去をめぐる物語が展開されていく。
頬の傷の一つは、抜刀斎時代に斬った清里(縣千)とい若い武士がつけたものだった。清里の許嫁だった巴(星乃あんり)は復讐の為に抜刀斎(永久輝せあ)に近く。が、いつしか二人は愛し合い、巴は抜刀斎を守るために命を落とす。死にぎわに彼の頬にもう一つの傷をつけたのは巴だった。
本来なら仲むつまじい夫婦となるはずだった清里と巴の運命を自分が変えてしまったという思いから剣心は「新しい時代が来たら、決して人を殺めない」と誓う。早霧剣心の歌う哀愁を帯びた「不殺(ころさず)の誓いの歌」のメロディーが耳に残る。
★左之助&青紫の登場
さて、釈放された剣心は神谷道場へ赴いて薫にリボンを返すと、再び旅だつつもりだと告げるが、薫のがっかりした様子を見てしばらく道場に滞在しようと思いなおす。剣心、薫、弥彦は釈放の祝いに牛鍋屋に向かった。牛鍋屋の「赤べこ」は看板娘の妙や燕らのいる人気の店。ここでは「赤べこソング」が歌われる。関原妙(有沙瞳)、三条燕(星南のぞみ)らお店で働く娘たちの歌とダンスが楽しい場面だ。
人々が行列をなしているところへ金と力で観柳と比留間組一味が割り込もうとするが、居合わせた相楽左之助(鳳翔大)がその怪力で彼らを叩きのめす。そこへやってきた剣心一行に気づいた比留間組が「抜刀斎だ!」と叫んで逃げ出すと、左之助は巨大な斬馬刀を手に剣心に勝負を挑む。
剣心と左之助の勝負は普通の立ち回りではなく、歌舞伎調の大仰なフリがついている。どこから持ち出したのか、弥彦が拍子木をパ、パンと叩き、それに合わせて二人の勝負が展開される。宝塚歌劇でこんなシーンは初めて見た。たしかに、左之助役は大柄とはいえ女性が演じているのだから、巨大な斬馬刀を原作さながらに自在に振り回すというわけにはいかない。小池先生もうまいことを考えたものだ。
他方、観柳はかつての江戸城御庭番衆の頭領である四乃森青紫(月城かなと)を呼び、恵の行方を探させる。御庭番衆は幕府に使える隠密であったが、戦わずして江戸城が明け渡されたことを不満に思い、今も「最強」である証を立てたいと考えていた。
ここでの見所は、四乃森青紫と四人の御庭番衆によるジャニーズ顔負けの歌とダンスである。「サイキョーなーのは、おにわばんしゅうー!」と歌いあげる。四乃森青紫役の月城は、美貌の誉れ高い若手スター。中の人は大人しいお嬢さんだが、今回見事に堂々としたスターぶりを発揮していた。観客から黄色い声が上がらないのが不思議なほどだ。
他方、意気投合して赤べこを出た剣心と左之助は道で恵から助けを求められる。恵が阿片を持っていたことから、二人は彼女の話を聞くため神谷道場に連れていく。
道場では薫が腹を立てている。剣心の連れてきた居候の恵が食事のまずさ、道場のオンボロさを遠慮なく指摘するのが気に入らないのだ。「年上の恵さんに、娘らしい嫉妬をしているだけだ」という剣心に当たり散らす薫。剣心、弥彦に左之助と恵が加わり、神谷道場は賑やかになっていく。
★役者が揃って、舞台はプチガルニエへ
恵の居所を嗅ぎつけた青紫は、道場の庭先に出てきた恵に「観柳と取引をすれば助かる」と持ちかけるが、阿片の蔓延を心配する恵はきっぱり拒絶する。剣心は追われている事情を話すよう恵に言うが、剣心らを巻き込みたくない恵は口をつぐむ。二人の会話を伺っていた青紫は剣心の頬の傷を見て、彼が幕末の志士「人斬り抜刀斎」その人だと気づく。
そんなある日、赤べこ常連の新聞記者岸田(橘幸)が、横浜の貿易商ジェラール山下が麻布に新しい商館「プチ・ガルニエ」を開き、記念の祝賀会を開くというニュースをもたらす。新聞社の招待者リストに剣心の名前があることがわかり、神谷道場と赤べこの一行は祝賀会へと向かう。プチ・ガルニエには山県陸軍卿夫妻や井上馨大臣夫妻、フランス公使夫妻も招待されていた。
プチ・ガルニエの主ジェラール山下は招待客らにワインと料理を振舞うと、別室で洋服と靴に着替えてダンスをするよう勧める。が、剣心はジェラール山下と名乗る男が加納惣三郎であることに気づき、山県陸軍卿の護衛としてやってきた斎藤(=藤田警部補)に伝える。
ジェラール山下こと加納惣三郎の狙いはどこにあるのか。加納役の望海風斗の歌声が朗々と響き渡る中、第一幕の幕が降りる。
★オリキャラ「ジェラール山下」
閑話休題。
二幕のストーリーに入る前に、ここで宝塚版のオリジナルキャラクターである「加納惣三郎=ジェラール山下」について触れたい。加納惣三郎という名は宝塚ファンには馴染みがある。かつて「誠の群像」という新撰組ものの作品で、ちょっと男色の気のある色っぽい隊士として登場したこともある。
が、今回は幕末には花魁に入れ上げ、辻斬りをして新撰組を追われ、明治になるとちゃっかりおフランス帰りの武器商人、阿片の密売にも絡むという役どころであるが、宝塚ファンコミュニティ界隈では今ひとつ評判が良くない。「人物として一貫性が感じられない」というのだ。雪組の二番手スター望海風斗がこの役を演じていることもあってか、脚本の難を指摘する声をSNSでも良く目にした。
コミックの悪役にそこまで目くじら立てなくても、と私は感じていたのだが、面白いことに、この作品がすっかりお気に入りの夫は「そんなことはない。加納に一貫性はある」と断言したのだ。
幕末の加納は世の成り行きに絶望しており、半ばヤケになって花魁に入れあげているが、そもそも女と仕事とは全く別物である、と。剣心には「こいつら(桂小五郎たち)が本当にいい世の中を作ると信じているのか!」と問うセリフは、彼の不満の表明。新しい明治という時代に納得していないからこそ、加納はジェラール山下として時代の秩序に挑戦しようとしているのだ、というのである。
ストーカー体質の加納惣三郎が天下国家を語るなんて、と思いがちだが、「女と仕事は別もの」これは盲点だった。女性と男性ではどうやら世界に対する認識が根本的に違うところがあるようだ。夫婦で宝塚を観ているとたまにこういう「気づき」が生まれる。面白いものだ。
★「蜘蛛の巣」をめぐって
さて、第二幕は再び麻布のプチ・ガルニエを舞台に展開される。
この二幕のストーリーはほぼ宝塚版のオリジナルだが、舞台をフランス風の洋館にするというアイデアは面白い。洋館、洋装、そしてダンスは宝塚歌劇団の最も得意とするところ。それを「るろうに剣心」という物語に持ち込んだ格好だ。
ホールではダンスが始まり、剣心たちもセバスチャン(香綾しずる)やカトリーヌ(沙月愛奈)のリードで慣れないダンスに興じる。青紫から剣心が神谷道場に居候していると聞かされたジェラールは、薫に近づき「パリの万博で、剣術を披露してみませんか」と持ちかける。
ダンスに疲れた剣心が別室のソファーで一人休んでいると、ジェラール山下=加納惣三郎が現れ、パボという珍しい酒を剣心にすすめる。彼はフランスに渡り貿易商として成功して日本に戻ってきた経緯と、自らがもう一度維新を起こすという野望を語り、剣心にも自分の仲間になってほしいと迫る。が、剣心は「人が微笑んで暮らせる世の中が見たい」と、その誘いを断るのだった。
剣心を探しに来た左之助、弥彦、恵。左之助らは恵の話から、彼女の開発した新型の阿片「蜘蛛の巣」の試作品は観柳から山下の手に渡り、この館のどこかに隠されていると睨んでいた。恵は剣心が飲まされたパボの酒が阿片入りであることに気づき、一時間経つと阿片が効いて幻覚に襲われるだろうと告げる。
★各キャラの「テーマソング」的ナンバーの数々
一方、薫はジェラール山下にパリ行きを勧められて有頂天になっている。剣心はその様子を見て、早く道場に帰るようにと忠告し、かえって薫を怒らせてしまう。心の中では剣心を恋しく思いながらも、それを口に出せない薫。薫が口に出せない恋心「流浪人剣心」という歌に託して歌う。銀橋を渡る薫の後ろが全面スクリーンになって剣心の姿を映し出す演出がいかにも小池先生らしい。
二幕では各キャラクターのテーマソングともいうべきナンバーが続く。蜘蛛の巣を探す斎藤一が銀橋に出て歌う「悪・即・斬」というナンバーも印象に残る。が、薫のナンバー同様、ちょっと赤面したくなる歌でもある。
武田観柳は以前から欲しかった最新鋭の武器ガトリング銃を、ジェラールが山県陸軍卿に売ろうとしているのが我慢ならず、割って入ろうとするが従僕たちに取り押さえられてしまう。ガトリング銃と阿片があれば明治の東京は俺のもの、と観柳が歌うナンバー「これがガトリング砲」は、この作品で一番観客受けしていた。
歌の最後に観柳にぶちのめされたジェラール山下(もちろん、観柳の夢想の中のジェラール山下である)が、舞台中央からセリに下がっていく派手な演出もいい。彼が叫ぶセリフはどうやらアドリブで、毎公演違っていたようだった。
★最強の敵は抜刀斎
(ここから先、物語の結末に触れています。)
剣心たちは斎藤と協力し、蜘蛛の巣探しを始める。が、ジェラールは一足早く客たちを阿片漬けにしていた。ジェラールに従って阿片の煙に満ちた部屋を抜けた薫は、芥子の花の絵を描いた打掛を見せられる。ジェラールこと加納は、薫をエサに剣心をおびき寄せようとしていた。
剣心一行は、ついに阿片の部屋にたどりつく。先ほど山下と薫が通った時より部屋の様子はさらに怪しい。セットそのものが観客の正面からやや斜めに移動している上、照明の効果もあるのだろう。山縣卿も井上大臣も、赤べこの妙や燕たちも、阿片に酩酊し、意識朦朧としていてまるでゾンビのようだ。
薫がジェラールに連れて行かれたことを知って、剣心はさらに奥へと進む。が、そこに立ちふさがるのは青紫と四人の御庭番衆。死闘の末彼らを倒すと、今度はガトリング銃を我がものにした観柳が登場。派手に銃を撃ち始める。
観柳を青紫たちに任せ、剣心は一人ジェラールこと加納を追って奥の間へ。そこには芥子の花の打掛を羽織り、柱に縛りつけられた薫の姿があった。蜘蛛の巣入りの酒を飲んだ剣心を阿片の幻覚が襲い、剣心の前に巴の面影が現れる。剣心は過去の自分、人斬り抜刀斎(永久輝せあ)と対峙する。
盛りだくさんの敵を用意しながらも、最大の強敵は過去の自分、という展開は舞台ならでは。たとえ新しい世のためとはいえ、大勢の人間を斬り殺してきたことが、剣心の心に残る大きな傷を残していることが同時にクローズアップされていくのが見事だ。
「お前は人斬り抜刀斎」と歌う加納、「あなたはるろうにの剣心」と歌う薫の声が重なりあう中、自分が今守るべき人は巴ではなく薫であると悟った剣心は、ついに過去の自分との戦いに打ち勝つ。蜘蛛の巣の効果がなくなったことを知った加納は、刀を抜いて剣心に挑む。戦いは剣心が勝利し、加納は窓から下へ落ちていく。
恵の治療で阿片に冒された人々は正気を取り戻し、観柳は逮捕された。これ以上迷惑をかけてはいけないと、再び旅立とうとする剣心に、薫は思わず「普通の人の幸せを守る剣心が大好きだ」と言ってしまう。剣心もその言葉を聞いて、しばらく東京に残ろうと決めるのだった。
★安定の小池クオリティ
物語の後には宝塚のお約束、歌とダンスのミニショーが付いている。小池演出作品では、まず二番手スターが登場して主題歌を歌い、続いてロケット(ラインダンス)というのがお約束。さらに、男役の総踊り場面もあるのだが、ここからは全員が洋装。日本ものの芝居場面とはガラりと変わって、役を降りたスターによるサービス場面があるのも宝塚ならでは。
やはり「るろうに剣心」とは、これまで宝塚の舞台を見たことのないコミックファン、アニメファンに向けて仕掛けられた壮大な「釣り」演目だったのだ。まるで投網を打つかのように舞台上から放たれる輝きの連打にノックアウトされたアニメファンの方々も相当数いたのではないかと思う。
が、宝塚ファンの私に言わせれば、これこそが「安定の小池クオリティ」なのだ。豪華で、大げさで、ドキドキハラハラして、これでもかと鮮やかなジャブを舞台上から繰り出して来るのだけれど、多くの場合、それは心の奥を揺り動かすような感動を与えてくれる類のものではない。
「とっても面白かった!カッコよかった!」それが、ヅカ版るろ剣のすべてである。が、これが宝塚のすべてというわけではない。るろ剣で宝塚に初めて触れた皆様には、この作品だけで宝塚歌劇というものを判断しないでいただきたい。私は一ファンとして切に願うのである。
【作品データ】雪組公演「るろうに剣心」は和月伸宏作のコミックを原作とするミュージカル作品。脚本・演出は小池修一郎。2016年2月5日〜3月14日に宝塚大劇場で、4月1日〜5月8日に東京宝塚劇場で上演。
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