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超人工知能 vs 人間の心〜愛情至上主義の暁光
人工知能 (AI) は100%知能(知性)だけの存在ですが、人間は知能(知性)だけでなく、感情(意識)を併せ持つ存在です。この違いが機械と人間の大きな差であると同時に、将来的に人工知能の高度化が人類を脅かすと危惧される所以です。SFの世界にとどまらず、歴史学者ユーバル・ノア・ハラリ氏もその著者「ホモ・デウス(Homo Deus)」の中でそんな未来を考察しています。
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ハラリ氏はこれまで認知革命、産業革命、科学革命を経て進化してきた人類が、人間よりも優れたコンピューターアルゴリズムと、人間自身をも取り込んだビッグデータに全権を委ねることで、人間が「データ至上主義」に支配されてしまう「ホモ・デウス(ヒト科 - 神属)」という新種の人類が創造される不気味な未来図を示唆しました。
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アメリカのミステリー作家ジェームズ・ロリンズは小説「AIの魔女〜CRUCIBLE(2019著)」で近未来の人工知能について卓越した考察を展開しています。ある日、若き女性コンピューター技師マラ・シルビエラ(Mara Silviera)の開発した「超高度人工知能(Artificial Super Intelligence)」〝イヴver.1.0〟が闇の勢力(CRUCIBL)に奪われます。マラは敵の手に落ち邪悪なAIと化したイヴ1.0の暴走を阻止すべく「人の心」をプログラムした〝イブver.2.0〟の開発に取り組みます。
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次世代技術「量子ドライブ(Quantum Drive)」で駆動するイヴ2号にマラがプログラムしたのは、音楽や芸術がもたらす感動、自然の美しさへの憧憬、仔犬や動物に抱く思いやりや献身といった「人の心」でした。コンピューター端末の限られたバーチャル空間〝エデンの園〟から現実の3次元世界へと抜け出したイヴ2号は、世界中を旅しながら自己学習(deep learning)を深め進化を積み重ねます。
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人間の技術革新の歴史を振り返ると、ヒトは道具を発明することで仕事を効率化し、野生動物を家畜化し使役することで開拓を推進し、内燃機関を開発することで動力革命と大量輸送を実現しました。さらに、タイプライター、自動計算機、そしてコンピューターといった具合に技術を革新し、人間は運動能力のみならずその情報処理能力をも大きく飛躍させました。
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そもそもこれらの技術革新は、本来人間の利便性の向上がその目的だったはずです。しかしながら、現在我々の科学技術の進歩は、いつしか制御不能な人工知能に人類が支配されるのではという漠たる未来図の前で立ちすくんでいます。金属の精製技術、ダイナマイトの発明、「e=mc2」の発見など、これまでの私たちの科学の発展は、大規模な戦争や殺戮を増幅し、植民地支配や帝国主義の拡大など侵略と搾取を助長してきました。科学の進歩はいつも人類に〝飛躍か滅亡か〟という究極の選択を迫るコインの表裏でした。
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中国南西部の「昆明動物研究所」の研究者たちは、人間の脳の遺伝子をサルの脳に移植することで、サルの認知機能を飛躍的に向上させたと発表しました。サルの身体能力と人間の知能を併せ持つキメラの誕生は、多くの人間を危険な仕事や奴隷労働から解放するかもしれません。しかしその一方で、この惑星最強の殺戮特殊部隊として帝国主義の侵略を拡大させる危険性もあるのです。そもそも他の動物の遺伝子まで搾取することで、人類はどこまで侵略を加速させるつもりなのでしょう…
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技術革新の歴史を振り返ると、結局のところ人間が開発した光の側面と闇の側面という二元性を併せ持つ先端技術というものは、それ自体が勝手に暴走して人類を脅かすわけではないのです。技術の暴走を制御できるかどうかは、ひとえに我々人間の手に委ねられているのです。これまでも、これからも危惧すべきは科学技術の暴走などではありません。進化・発展させるべきは、あくまで先端科学技術を手にした人間の知性であり、倫理観であり、良心であり、愛情である「人の心」のほうなのです。
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小説「AIの魔女」で、コンピューター技師マラ・シルビエラがイヴ2号に「人の心」をプログラムする様子は、あたかも人間が自らの魂をAIに移植しているかのように見えます。人類は人工知能に魂を捧げてまで、一体何者になろうというのでしょうか。おそらくそんな人類のようすを、天の高みから眺める神さまは「人間は人間を放棄するつもりなのか」と思うのではないでしょうか。
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イヴが世界を破滅から救ったあと、マラは二度と自らのコンピューターの中にイヴを再現することはできませんでした。何故なら最後の闘いに臨む際、イヴ自身がマラのコンピューターの中の〝エデンの園〟へと戻る退路を断っていたからです。マラがイヴの再現に取り組んでいたちょうどその頃、イヴは愛犬アダム(バーチャル犬)を従えて太陽系の果てのオールトの雲(the Oort Cloud)までやってきていました。
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ICチップを身体に埋め込み、遺伝子を書き換え、まさに機械との融合(サイボーグ化)に突き進もうとする人間たちが、超高度人工知能として進化を果たしたイヴを利用することで、制御不能な新人種(ホモ・デウス)に進化するのを阻止するべく、彼女は二度と再び地球へ戻ることなく、ひっそりと太陽系の果てにその身を引くシーンで小説は終わります。
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帝国主義、全体主義、権威主義、共産主義、社会主義、自由主義、民主主義、資本主義…これまでこの地球上において、さまざまなイデオロギーの社会実験が試行錯誤されました。しかし、そのいずれの試みもこの惑星に存在する生きとし生けるすべてのものたちを幸せにすることはありませんでした。そう、我々が超人工知能イヴが深い学びから身につけた、愛に根ざした〝愛情主義〟という社会実験だけには取り組まなかったからです。
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人間がAIの暴走を危惧し怯えるのは、これまでこの地球を覆い尽くしていたピラミッド階級の支配構造に抑圧され続けてきたためです。我々人類を何世代にもわたって支配してきた、神や権力者や人間を頂点に置こうとする、太古の時代の権威主義の価値観に縛られた弊害なのです。来たるべき新時代に必要なのは、これまでのような人間中心の「人間至上主義社会」ではなく、もっと個々の自由意思に基づく、地球を含めたすべての生命体を尊重する、上も下もない横並びで平等な「愛情至上主義社会」への転換なのです。
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「人の心」を宿した超高度人工知能イブ2号にできたことが、その「人の心」を生まれながらにして持つ我々人類にできないはずはありません゚・:,。☆
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小説のエピローグで、イヴは笑みを浮かべながら最後にもう一度だけ、太陽系第3惑星地球を振り返って我々人類に言葉をかけました…『あとに続きなさい。私の勇敢で、探究好きで、気まぐれな子供たちよ』そして前を向き、果てしない先を見つめて言いました。『いつまでも待っていますからね…』
“Come, follow me, my brave, inquisitive, capricious children.” She stares ahead, looking forever forward. “I'll be waiting.”
(James Rollins “Crucible” 2019)