Unchained~2024.11.11『GHC女子選手権初代王者決定戦』
はじめに
2023.1.22、横浜アリーナ。
グレート・ムタ引退興行・『GREAT MUTA FINAL " BYE-BYE"』で組まれた女子プロレスのタッグマッチを終え、バックステージにいた女子選手達がコメントを残す中、ジャングル叫女が提言したのはGHC女子王座の新設だった。
当時組まれた試合は『ジャングル叫女&安納サオリvs夏すみれ&雪妃真矢』のタッグマッチだったのだが、当時の私はnoteにこんな感想を残している。
プロレスリング・ノア主催の興行で初めて組まれた女子プロレスの一戦は、女子プロレスの華やかさやカッコ良さが詰まった内容で、会場も盛り上がっていたのを今でも覚えている。
【男子の中に組まれた女子の試合】ではなく、1興行の中でも違和感なく会場を盛り上げた試合だった。
NOAHと女子プロレスの接近
プロレスリング・ノアで女子プロレスの試合が組まれる契機となったのは、2022.12.20に後楽園ホールで行われた東京愚連隊FINALだろう。
プロレスリング・ノアではなく、ノアの親会社であるCyber Fightが主催した興行だが、リングマットはノアのものを使用。
この試合で組まれた女子プロレスのタッグマッチには、前述のムタファイナルにも出場した雪妃真矢や夏すみれがラインナップされている。
その後、2023年1月のムタファイナルを経て、2023.4.16ゼビオアリーナ仙台大会で、ノアの通常興行で初の女子プロレスマッチが実現。
試合形式も、ノアでは初となる女子同士によるシングルマッチであった。
(『夏すみれvs雪妃真矢』)
当時、私の前に座っていたレディースシートの人達が、2人の入場シーンを見て「カッコいい…」と漏らしていたのは今でもハッキリ覚えている。
その後もビッグマッチや『MONDAY MAGIC』などで女子プロレスの試合が不定期に組まれるようになり、2024.1.2有明アリーナ大会では"グレート・ムタの娘"として愚零闘咲夜(ぐれいと・さくや)が初登場を果たした。
2024年5月には、ロッシー小川が旗揚げした新団体・マリーゴールドの選手達が旗揚げ戦を前にノアマットで試合を行うなど、ノアにおいて女子選手の試合は違和感なく組み込まれ、盛り上がる要素の一つになっていった。
そして遂に、2024年10月に開幕した『MONDAY MAGIC』Autumn seasonにて、その念願は正式に実現することになる。
GHC女子王座の新設だ。
ジャングル叫女が提唱してから約1年10ヶ月後に実現した新設王座は、全10選手参加のランブル戦で、決着は3カウントフォール無しのオーバー・ザ・トップロープ形式という特殊ルールにて初代王者が決定。
どの選手が出るかは入場曲を聴くまで分からないという、事前カード発表が殆ど無い『MONDAY MAGIC』ならではのレギュレーションも盛り込まれた。
丸藤正道のツイートに出場を志願する女子選手も現れるなど、秘かに色めき始めた女子王座戦線。
いったい誰が王座を手にするのか?
試合開始まで分からないまま、王座戦当日を迎える事になった…。
MAGIC RUMBLE 10WOMAN BATTLE
最初に2選手が入場して1vs1で始まり、時間差で残りの選手が入場していくというランブル形式で行われた決定戦は、愚零闘咲夜とセイディ・ギブスのマッチアップからスタート。
今回のランブル戦に登場した10選手は、以下の通りだ。
女子王座新設のマイクに立ち合っていた4選手は全員不在だった一方で、高瀬みゆき、彩羽匠、優宇といったノア女子プロレスマッチの常連メンバーがラインナップ。
東京女子プロレスにも参戦経験のあるナイトシェイド、『MONDAY MAGIC』Autumn seasonに参戦したセイディ・ギブスも登場する中、ひときわ注目を集めたのはマリーゴールド勢だった。
ランブル戦にはボジラも含め4選手が参戦し、今夏のシングルリーグ戦を制した林下詩美や、マリーゴールドのシングル王者でもある青野未来が名を連ねる豪華布陣でGHC女子王座獲りを狙っていく。
中盤までに実現したマリーゴールドと他団体・フリーランス勢による激しいぶつかり合いは、今の女子団体主導では確実に見れないであろう光景となった。
オーバー・ザ・トップロープによる失格でしか脱落者が出ないルールではあったが、全10選手が登場した時点で脱落者は未だ0名という膠着した展開に…。
そうこうしていると、選手の登場を告げるカウントダウンが始まった。
リングアナが「以上、全10選手になります。」とアナウンスしたばかりなのに…。
すると、入場口から登場したのは長与千種…!!
まさかの11選手目の登場に、新宿FACE中が千種コールで大爆発!
登場直後にマリーゴールドの面々から袋叩きに遭うも、すぐさまやり返す姿に会場は熱狂!
しかし、ボジラの強烈な打撃に耐えかねた長与は、自らオーバーザトップロープを選択しようとする。
このタイミングで咲夜に毒霧を浴びせられる悲劇…。
ランブル戦最初の失格者は、何と長与千種だった。
長与の脱落から、膠着していたランブル戦の展開は一気に動き出していく。
残り5選手となった時点で、彩羽匠、優宇、林下詩美、ボジラといった有力候補が相次いで敗退するまさかの展開。
ノア女子マッチのレギュラーでもある高瀬みゆき、計4選手を失格に追い込む大活躍を見せた愚零闘咲夜も最後まで残れず、残るは天麗皇希とセイディ・ギブスの一騎討ちに突入した。
キャリアでギブスに劣る天麗であったが、最終盤に見せた怒涛の畳み掛けで、フィニッシャーのアメジストバタフライも成功させた。
オーバーザトップロープからエプロン際まで落とされたギブスも何とかして食い下がったが、最後は天麗がビッグブーツでギブスを蹴落とし勝負あり。
キャリアでタイトル獲得歴の無い天麗皇希がランブル戦を制し、初代GHC女子王座を獲得した。
横浜アリーナのバックステージで飛び出した、王座創設に向けた提言から約1年10ヶ月。
当時から参戦選手もガラッと入れ替わってしまったけれど、GHC女子王座は観衆の大歓声に見守られながら産声を上げた。
ノアにとって歴史的な光景の一つに立ち会えた喜びと、まだどうなっていくか分からないベルトの行方…。
一つのストーリーの序章が、新宿FACEから始まった。
まとめ
GHC女子王座決定ランブルを勝ち抜き、栄えある初代王者に輝いたのは天麗皇希だった。
新設王座の初代王者は、文字通り歴史に名が残る。
この先、数々の選手が王座の歴史に名を刻んでいったとしても、初代の価値は特別なものだ。
例えば、GHCヘビー級王座戦の前に流されるエントランスムービーで一番最初に出てくる選手は初代王者の三沢光晴だし、Wikipediaで作られたベルトの記事で現王者の名前が更新されても、初代王者の名前がテンプレートから消えることはない。
また、初代王者は団体を象徴する選手が巻くことも多い。
女子団体のシングル王座に限っても、センダイガールズプロレスリングは里村明衣子、東京女子プロレスは山下実優など、エースクラスの実力者が初代に名を刻んでいる。
そんな初代王者の座に、キャリア初のタイトル獲得となった天麗が就いた。
新団体の新設王座なら未だしも、他団体、しかも男子団体管轄の王座がキャリア初戴冠となる女子選手は非常に珍しい。
(私は少なくとも、初めて聞いた。)
正直な所、愚零闘咲夜、セイディ・ギブス、天麗皇希の3選手が残った時に「天麗が一番最後に残ったら、この先どうなっていくんだろう…」という不安な気持ちの方が、私の中では期待よりも勝っていた。
でも、リング上とコーナー上でポーズを取り終えた後、感極まる彼女の姿を見て思ったんだ。
これだけベルトに思いを込めてくれた人が獲ったことは、きっと幸せなことなのかもしれないって。
私自身、めちゃめちゃ彼女に気持ちを込めて試合を見た訳では無かったけれど、会場中から皇希コールが自然発生して、それを聞いて涙ぐむ姿を見た時、思わず私の涙腺も緩んでしまいそうになった。
ベルトの格を論ずる意見はあるだろうけれど、私は思う。
立場や地位は人を変える、と。
どんなに青臭くても、拙いと言われても王者になって自信を積み重ね、トップに駆け上がっていった選手はプロレスでも多く見てきた。
これからの防衛戦で彼女が内容を示していく必要はあるけれど、まだ物語は始まったばかりではないか。
実力者でベルトの方向性や色を導くこともあるけれど、キャリアで初めてベルトを獲った人が、 未だ何も書かれていない真っ白なキャンバスに絵を描いていく過程を天麗政権では見れるかもしれない。
そう考えただけで、私はワクワクしてきた。
ある意味これは、今回出場した11選手のうち、未だ何色にも染まりきっていない天麗だからこそ築ける可能性なんだと思う。
それに、「顔じゃない」とか「実力不足」という言葉で簡単に切って捨てられないほどの数字を、天麗は有していると私は思う。
私が戴冠直後に写真を付けて投稿した内容に対して、有り難いことに800を超える"いいね"が付いた。
その中で印象的だったのは、海外アカウントの多さだ。
私の体感でも、反応してくださった半分以上が、海外のプロレスファンと思われるアカウントからだった。
私は、プロレス会場で写真を撮るアカウントの中でも弱小も弱小で、底辺にいる自覚があるし技量もゼロだ。
けれど、そんな私の投稿に凄まじい反応が寄せられた。
正直なところ、GHC女子初代王者という話題性だけで、これだけ反応が伸びたとは私自身思えない。
"いいね"の数で全てを測れるとは思っていないけれど、これはもう、天麗皇希という選手が持つ華だとか人気だとかが一つの尺度で可視化されたのだろうと私は理解した。
彼女は、海外のプロレスファンアカウントから注目されるほどの人気と数字を持っている。
賛否も巻き起こったGHC女子王座だが、私が懸念しているのは一つだけ…。
それは、防衛戦の頻度だ。
個人的に、どんなにベルトを新設しても、ベルトを軸に王座戦が回っていかなければ意味がないし、ベルトの格も価値も上がっていかないと考えている。
東京愚連隊FINALから起算すると、2022年12月から王座新設までの約2年間で、ノアで女子プロレスの試合が組まれる状況は違和感を伴うものではなくなってきた。
とはいえ、毎月行われる後楽園ホール大会など、ビッグマッチやノア内の別ブランド以外の通常興行で女子の試合が必ず組まれるフェイズまでは進んでいないとも私は感じている。
そういう点でも、ノア以外の他団体でGHC女子王座戦が開催できるかどうかが、新設王座の今後において重要ではないだろうか?
新日本プロレスリングで新設されたIWGP女子王座が代表例で、日本国内で行われる新日本プロレスの大会より、スターダムの大会や海外マットで組まれる機会が多い。
防衛戦が新日内の興行でしか行えない状況だったなら、王座が定着していくことも無かっただろう。
このベルトがマリーゴールドの所属選手に渡ったことで、今後はノアだけでなくマリーゴールド内でも王座戦が組まれたら面白そうだ。
実際、天麗の戴冠を受けて興味を示した所属選手も現れているのだから…。
2023年5月に、"方舟の天才"丸藤正道は女子選手の参戦についてこう語っている。
天麗本人もバックステージで言及していたように、今回の王座戦の形式と勝者に不満を述べる意見もあるだろう。
ただ、錚々たるシングルプレイヤーが集う荒波を制したのが天麗だったこともまた、疑いようの無い事実である。
キレイゴトかもしれないけど、私はプロレスを見る上で「男子とか女子とか関係なく、カッコいい人を観に行きたいのだ」という思いを持っている。
ムタファイナルの女子プロレスマッチで私が感じた気持ちは選手が入れ替わっても揺るぐことはないし、天麗がベルトを持った時の凛としたカッコ良さを見て、そういうカラーは今後も見れるんじゃないかと期待している。
何も色が付いていない、生まれたばかりのベルトなんだ。
GHC女子王座よ。自由になれ、どこでも好きな場所に…。