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ノア所属の武藤敬司を見た、私の約2年弱について
はじめに
2023.2.21、武藤敬司、引退。
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私にとっての武藤敬司は、プロレスリング・ノア時代の思い出が色濃い。
武藤がキャリアの中で最も長い期間を過ごした新日本プロレスでも、『武藤全日本』を築いた全日本プロレスでも、旗揚げ~無期限休止まで在籍したWRESTLE-1でもない。
(フリー参戦も含めて)2020年春~2023年初冬までの約2年半しかない期間だが、私がノアを追っていた事もあり、リアルタイムで最も武藤の試合を見たのはこの時期だった。
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「もしかしたらこのリングで朽ちていくのか分からないですけど、契約したからには、この団体に『俺の骨の髄までしゃぶってもらいたい』と思っております」」
2021年2月のプロレスリング・ノア入団会見でこのように述べた武藤は、2年の契約期間を全うして、2023年2月に引退…。
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正直な所、私はノア参戦前の武藤敬司に対して、あまり良い印象を抱いていなかった。
WRESTLE-1活動休止発表の会見で、眉間に皺を寄せるカズ・ハヤシとは対照的に、どこか他人事のようなコメント。
2020年3月のWRESTLE-1大田区総合体育館大会では、対戦相手がヒールユニットのDESPERADOにも関わらず、武藤に対して観客からブーイングが飛んだ事も、その記憶を色濃いものにしていた。
そんな私が【プロレスリング・ノア時代の武藤敬司】に対して思いが溢れてしまうのは、NOAHに対する貢献度だけではなく、記憶に刻まれる瞬間に連れていって貰えた事に対する感謝に他ならない。
過去の遺産ではなく、現在進行形の場所に立って、2年間で幾度の名シーンを生み出した。
勿論、中には実現しなかった世界線もあるし、個人的に見たい光景もまだまだあった。
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武藤入団を手放しで歓迎できないファンの意見も多少見かけたりしたけれど、武藤入団によってノアが得られたものは確実に多い。
スペースローンウルフ時代もnWo時代も知らないし、闘魂三銃士も名前くらいしか知らない私が、(フリー時代も含めて)NOAHの武藤敬司を見た2年半。
引退前に振り返っておきたいと思い、筆を進めてみたのでした…。
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プレイヤーとしての復活を見たNOAH時代
私がプロレスを見始めた2015年当時の武藤敬司は、WRESTLE-1でもスポット参戦だった記憶がある。
タイトル戦線からは一歩距離を置き、シングルなんて、黒潮イケメン二郎とやったくらい。
【誰もが知っているレジェンドレスラー】の一人、という印象が強かった。
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2020年4月、WRESTLE-1の活動休止に伴いフリーとなった武藤敬司は、主戦場をプロレスリング・ノアへと移す。
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私が一番最初に衝撃を受けた試合は、2020.8.10ノア横浜文化体育館大会のvs清宮海斗戦だった。
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この日、生で初めて武藤のシングルマッチを見たのだが、「本当に人工関節を入れた人なのか…?」と思うくらい動けていたのだ。
清宮が対策してきたドラゴンスクリューのガードも、試合後半にはタイミングを外しつつ撃ち破り、最後はギブアップ勝利。
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2021年2月には、NOAH日本武道館で潮崎豪の持つGHCヘビー級王座に挑戦。
久方振りのシングル王座戦に見事勝利し、GHCヘビー級王座を戴冠した。
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【メジャー3団体のシングル王座グランドスラム】という記録だけではなく、試合内容も記憶に残る結末。
潮崎が好きな私も、ショック以上に「これやられたら無理だわ…、勝てないわ…」と脱帽せざるを得なかった感情は、今でもハッキリと覚えている。
ノアにとって久方振りの日本武道館大会ではあったが、メイン後に武藤がマイクを握らなかった事による余韻も、その感情を色濃いものにした。
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GHCヘビー級王座戴冠後、2年契約でプロレスリング・ノアに入団を発表。
華麗に見えながらも、NOAHでは泥臭い面を見せたことも、私が抱いていた武藤の印象を大きく変えた。
ローリングエルボーに挑戦して失敗した姿、監獄固めで堪らずタップする姿、人工関節にしてから禁止されたムーンサルトプレスを慣行した姿…。
華麗なキャリアを築きながらも隠さず曝け出す武藤に対して、私はたまらなくグッと来てしまったのである。
ただ単に、美味しいところを持っていくだけではなかったのだ。
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58歳で『N-1 VICTORY 2021』にエントリーしたことも、私には衝撃的な出来事の一つだった。
プレイヤーとして専念できる環境を以てしても、年齢と共にリーグやトーナメントから退いていく傾向に抗うことは難しい。
それでも、50代後半でエントリーされた例は、私自身見たことがなかった。
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1ブロックあたり4選手のシングルリーグ戦で、決勝トーナメント進出はならなかったものの、2度の30分フルタイムを含む1勝2分。
公式戦では、インタビュー等で還暦前の戴冠に色気を見せていたGHCナショナル王座を持つ、杉浦貴とも激突した。
(結果は30分ドロー)
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2021年11月、丸藤正道と組んでGHCタッグ王座に挑戦し、初挑戦で王座戴冠に成功。
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2度の防衛に成功するも、負傷欠場により2022年2月に王座返上を発表。
この欠場が、まさか武藤にとって引退を決断する一つのトリガーとなり、キャリア最後に保持した王座になってしまうだなんて、当時は予想も出来なかった。
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2022年6月、『サイバーファイトフェスティバル』において現役引退を発表。
かつてプロレスとはゴールのないマラソンと言った自分ですが、ゴールすることに決めました。来年の春までには引退します。残り数試合ご声援のほど宜しくお願い致します!#cffes2022 #noah_ghc pic.twitter.com/AegJMCiSl7
— 武藤 敬司 (@muto_keiji) June 12, 2022
大会前、『武藤による重大発表』の告知がなされた時は「引退ではないか」という憶測もネットで飛んだけれど、まさか引退すると思わなかった人も、同じくらいいたような記憶がある。
私も「還暦を迎える年末に記念興行でもやるんじゃないか」と発表を楽観視していただけに、この発表には寂しさがあった。
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――還暦で赤いベルト(GHCナショナル王座)戴冠という目標は
武藤 そういうのは、もういいかな。会社も多分、俺の体に気を使うと思うんだよ。レスラーだから大谷(晋二郎)の件も気になったりするしさ。何かあった時に迷惑をかけちまうっていう気持ちもあるしさ。
赤いベルトに対して常々目標を口にしてきた武藤が、その目標を諦めた瞬間、私の中で【武藤引退】が重い現実としてのしかかった気がする。
進む引退ロードと、成し得なかったIf
引退発表後の2022年7月より、武藤敬司及びグレート・ムタの引退ロードが幕を開けた。
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引退当日に向けて時が動く度に、「本当に終わってしまうのか」という一抹の寂しさと同時に、見てみたかった光景が私の頭に思い浮かんでいった。
武藤の名前を事あるごとに挙げていた、拳王とのシングルマッチ。
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色気を見せていたGHCナショナル王座の戴冠。
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返上となったGHCタッグ王座の防衛ロードと、丸藤&武藤を超えるタッグチームの台頭。
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潮崎豪との再戦。
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これらは引退までに私が見たかったけれど、叶わなかったIfである。
そして、武藤が分厚い壁であり、高い山だったからこそ、武藤を超えて技を託された清宮海斗に対して、私は凄みを感じているのだ。
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まとめ~方舟に残した置き土産と、その行方~
丸藤正道「ノアとしても世界を目指して行く中で、ペイパービューであったり、いろんなマスメディアの進出、そういった部分で武藤さんの力は大きなものになる」
武藤のノア入団時、副社長の丸藤正道が残したコメントだ。
冒頭で述べたように、武藤敬司がいたことで、ノアに実現できた事は数多くあった。
ドルフィンズアリーナ、横浜アリーナ、東京ドームといった大会場でのビッグマッチを、ノア主催で打てた事。
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ノアマットでシンスケ・ナカムラやスティングが見れた事。
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清宮海斗にシャイニングウィザードや脚4の字固めを公認・伝授したこと。
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武藤敬司が引退した後のNOAHがどうなるか、一ファンとして不安も感じている。
だけど、引退ロードが軒並盛況を迎え、東京ドームで引退興行が打てて、そこに普段プロレス興行の協賛に入らないような企業が動くクラスの選手なのだから、そもそも、その穴を埋めるのは容易ではない。
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それに、この間、ただノアも手をこまねいていた訳ではない。
清宮や拳王が先頭に立ち、NOAHジュニアによるブランド・『N-Innovation』も徐々に完成度が上がるなど、通常興行は武藤不在でも活況を呈しつつある。
当然、ビッグマッチや認知度といった課題はあるけれど、全否定するような悲観ばかりではない。
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だからこそ、今回の東京ドームはNOAHにとって一つの大勝負なのである。
そして、そんな注目度の高い勝負の場に誘ってもらえたのは、武藤敬司の存在なくして有り得ない。
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2.21、最後に残される作品の結末がいかなるものか、私はその目で確かめに行きたいと思います…!
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