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ハートに火をつけて~2024.6.22『安納サオリvs岩田美香』~


はじめに

「岩田だってそんなサオリ求めてねえぞ!!!」


国立代々木第二競技場に包まれた静寂と緊張を切り裂く、男性客の叫びがこだました…。


「黙ってろ!!」

リング上で安納サオリを叱咤していた なつぽい、安納サオリに勝利した岩田美香が、ヤジが放たれた客席の方向に叫び返した。


大会終了後はヤジに対する批判的意見も見られた中、スターダムの岡田太郎社長が観客と選手をフォローした内容を投稿するという、異例の事態に発展した。


2024.5.21に行われたプロレスリング・ノア後楽園ホール大会で、メインイベント後に鉄柵を蹴って退場に追い込まれた男性客と、その前後に続いた選手のマイクを妨害するようなヤジ(というより呪文ないし念仏だった)を受けて、ノア公式が【悪質な野次の禁止】を掲げた事例を、岡田社長に対して引用で訴える者もいた。


でも、始終を現地で見ていた私の感想は、少し違っている。

でも、選手の話している内容に妨害工作の如く念仏を唱えたり悪口しか出てこなかったりしたNOAHでの事例と、今回の事例を並べてしまうのは、両方とも現地で見ていた私としては非常に違和感があるからだ。

私のスタンスは、観客をフォローした岡田社長の意見に近い。
あれは謂わば、タイミングのアヤだった。


確かに、選手同士のやり取りに客が入り込んだ事実は良くないだろうし、勝手に選手(岩田)を代弁するかのような内容で取られるのは致し方ない。


でも、私個人として決定的に言えるのは、「岩田だってそんなサオリ求めてねえぞ」には、安納に対する揶揄・侮蔑・嘲笑の意味合いを感じられなかったという事だ。

言葉ではニュアンスを上手く表現しづらいけれど、侮蔑とか嘲笑なんて声色とかニュアンスで何となく周囲に伝わってしまうものだと私は思う。
でも、件のヤジにはそうしたものはなく、例えヤジ主が不器用だったとしても、本気で思っていた事なんだろうなって。

私が各団体の現地に何度か足を運んでいる中で、これより遥かに侮蔑的かつ嘲笑的なヤジは存在したし、そういう場合は会場内が地獄と化す。
(ウケ狙いとかサムい内容を延々聞いてみな?冷えすぎて凍死するぞ…)


だから、今回のヤジ騒動は、【選手と客の本気の感情同士が発露し、ぶつかりあった】結果ではないかと私は思っている。

ヤジ主も、怒った選手も、フォローした社長も、例外なく真っ直ぐで、偽りない本気があった。
それを【誰が悪い】だなんて糾弾する議論は、何処か野暮にも思えてしまう。ある意味、全員が正しい。

寧ろ私は、一連の流れを見ていて自然と胸が熱くなったんだ。
こんな機会、中々現地でも味わえないもの。


今回のヤジ騒動に至る流れには布石があった。
なつぽいに促されても一言も言葉を発しない安納に対して、観客達は「やり返せよ!」、「言い返せ!」と彼女を叱咤し続ける。

別の客からは「【絶対不屈彼女】なんだろ?」という声も上がったし、極端な話、こっちのヤジの方が選手の激昂するスイッチを押していたとしても何ら不思議では無い。
でも、それらの内容に、彼女への誹謗だとか揶揄の空気は無かったと思う。


今回、私が何度となくそういう事を言い切ってしまうのは、客を本気にさせる熱が『安納サオリvs岩田美香』には間違いなくあったからだ。

だから、件の試合とやり取りの始終を見ていた私としては、男性の発した言葉を責める事など到底出来ない。
私には、あの日彼が彼なりに発した本気の感情を、嗤ったり責めたりする資格など無いからだ。


そして何よりも、ヤジの是非が主題になって、この激闘が掻き消されてしまう事が、個人的には一番もどかしくて悔しい。

誤解を恐れず言うならば、観衆の本気を突き動かした試合と選手の本気に言及せずして、今回のヤジ騒動は語れないと思う。
言葉を発せない安納を後押しするヤジが飛んでしまうほど、観客達を突き動かした熱とは一体何なのか…?

そういうニュアンスを、現地にいた私なりに拙くとも書き残して、人に伝えたい気持ちがある。
私が今回の記事を書いた最大の動機だ。


『安納サオリvs岩田美香』

今回の一戦が決まった背景には、スターダム仙台PIT大会が行われた際、ワンダー・オブ・スターダム王者の安納サオリが、仙台を本拠地にしているセンダイガールズプロレスリングの岩田を次期挑戦者に指名したことがキッカケとなっている。


安納と岩田は過去にシングルで2度対戦経験があるそうだが、どちらの試合も勝敗がついていなかったのだという。

何より今回のシングルは、安納がスターダムのワンダー・オブ・スターダム王座、岩田がセンダイガールズ・ワールド・チャンピオンシップ王座を保持している状態で実現した。

今回、スターダムのリングで懸けられたのはワンダー王座のみだったが、安納が敗れればベルトの外部流出と二冠王者・岩田が生まれるという、非常にヒリヒリしたシチュエーション。


両者共に、入場時~試合前の記念撮影まで感情を見せることなく現れた。


迎えた運命の一戦…。


試合で先を取ったのは、ワンダー王者の安納サオリだった。
蹴りを得意とする岩田の脚を攻め立てていき、流れを自らの掌中に収める。


場外戦に突入しても、安納が先にリングへ戻る余裕が出来ていた。


岩田も安納を攻め込むが、足攻めの影響もあったのか、中々攻撃を点から線に繋げることが出来ない。


先に攻め続けた側が反撃に遭うケースは往々にしてあるけれど、安納は岩田の反撃を線にさせなかった。

岩田という強力な外敵を迎え撃つシチュエーションで、勝利に向けたプランニングとしては、この上なく完璧な試合運びだ。


その流れが岩田に傾いたのは、試合も最終局面に入ってからだった。
安納に攻められ続けた岩田の右脚から放たれる、強烈な蹴りの数々。


最後まで抵抗する安納に注がれる、観客からの悲鳴にも似た声援。

その流れを振り切るようにして、岩田が雷音を決めて勝利。
一発攻勢で逆転した岩田が、ワンダー・オブ・スターダム王座戴冠を果たした。


試合後、岩田がマイクを握る。


COSMIC ANGELESで安納と同僚のなつぽいは、安納にもう一回挑戦するよう訴えかける。

プロレスだと、同僚が敵討ちに名乗り出ることも多いシチュエーションで、同僚が獲られた仲間を叱咤する光景は非常に珍しい。


会場中から「言い返せ!」と安納を後押しする声が飛ぶものの、安納は一言も発せない。

そこで出たのが、冒頭のヤジになる。


私は、今回の彼の一言が不躾なヤジだと言われてしまう事が非常に悲しい。

批判する声も分かるけれども、あの時、あの男性が安納に向けて放った一言は本気だったと思う。
茶化したら冷めるし、反発も出るだろう。そのシチュエーションで彼が放った一言を、私は汚いヤジと切って落とすことが出来ない。

その客の本気に「黙ってろ」と返した岩田も、なつぽいも、私は支持したい。


今回のヤジ騒動は、客と選手による本気の感情がぶつかり合いによって生み出されたものだと私は思う。
そして、観客の本気の感情を引き出した源こそ、『安納vs岩田』のワンダー王座戦だったのではないだろうか?

王座を陥落した瞬間から前王者の存在が無に帰すパターンも往々にしてある中で、敗れた直後の安納に対して、岩田にやり返すよう叱咤が飛ぶ光景も珍しい。
それは、周囲が「安納にリベンジしてほしい」という希望の醸成無くして有り得ない事だったと私は思う。


岩田「あ~、白のこのベルトに群がってたヤツらは言葉だけか、オイ。口だけなのか、オイ! ああ、いいよ。私はな、このベルト、もう早く防衛戦がしてーよ。仙女のリング、早く用意できるのは、7月15日後楽園じゃ! 安納サオリ、わかってんだろ、オイ。待ってるからな。オイ安納サオリ、待ってるからな。(安納が退場ゲートから姿を消す)私がこのベルトを獲ったからには誰が何と言おうと、ガタガタ言われようと、私がコイツの価値を上げていくし、誰の挑戦だって受けてやるよ。私が私のやり方で、この白のベルトを岩田色にしっかり染めてやるよ!」


試合後、時折ヤジが放たれた客席の方向も見やりながら、ベルトを掲げて話し始める岩田。

しかし、岩田が王者になったことを非難するような観客は、会場内に(当然ながら)1人もいなかった。
試合における圧倒的存在感と感情がベースとなって吐き出された彼女の言葉には、有無を言わせぬ説得力があったからである。

ワンダー王座に対する敬意を持ちながら、「スターダムのベルトを仙女で防衛する」という王者ならではの強烈なエゴも隠さない岩田。
そんな姿を見て、彼女の防衛ロードを追いかけたくなった私がいる。


まとめ

個人的に、この日のスターダム代々木大会は2024年の神興行に挙げたい、熱気溢れる大会だった。
そのエネルギーを突き動かしたのは、観客の熱と本気に他ならない。


ジュリアや林下詩美といった主力選手が離脱して、創業者であるロッシー小川の新団体『マリーゴールド』に話題の中心が持って行かれたと言われているスターダム。
でも、一度会場で離脱後の風景を味わっておかないと、見えてこないものがあると思って観戦を決意したのだけど、終わってみればオープニングから好勝負が続く素晴らしい内容だった。


そして、今回の代々木大会の熱量を一番象徴していたのが、ワンダー・オブ・スターダム王座戦だったと私は思う。


ファンの熱い叱咤も、それに対して選手が怒ったことも、その様子を本部席から見ていた岡田社長によるフォローも、全てが尊いものだ。

それらの熱と本気を生み出したワールド王座戦は、最早私の中ではベストバウトという枠を超越して、この先も思い出すことが出来る名勝負になった。


今回のヤジを「悪質だ」と批判する人は多数派のような気がしているけれど、別の試合で「○○(選手名)!」とか「○○やり返せ!」と純粋に声援を送り続けていたある客を、嘲笑するような雰囲気で見ていた他の観客の方が、私個人としては不愉快だったかな。
(その客も、特に問題となるような内容は発していないから)

嘲笑も侮蔑も一切無い心で人が本気で応援する様を、一体誰が嗤えるというのだろうか?


選手とファンの真っ直ぐな本気がぶつかり合う様は、美しい。
だから、安納に立ち上がるよう叱咤した客も、それに怒ったなつぽいと岩田も、フォローした岡田社長も、悪くないし正しい行動だったんじゃないかなって。



代々木のヤジ騒動は、客と選手同士の本気の感情がぶつかり合った結晶であった。
嘲笑も侮蔑もない世界線で、真剣な感情に触れることが出来た幸せは、何物にも替えがたいものがある。

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