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約束~2024.3.30『中嶋勝彦vs安齊勇馬』~


はじめに

「あの三冠戦は何なんだあ!!!あれをどう思う!?」


2024.3.30、東京都大田区。
プロレス観戦終わりに偶然遭遇した年長の知人に会うや否や、肩をゆすられて、いきなりこう言われた。

咄嗟に「これは一緒に飲みに行かないといけないな…!」と察した私は、知人に提案する形で、蒲田駅近くにある中華料理屋まで移動する事にした。


会場から店までの移動中に交わした知人との話は、この日の全日本プロレス大田区総合体育館大会で組まれたメインイベント・『中嶋勝彦vs安齊勇馬』で占められた。


「本当に腹が立っている。なんで最初のローキックを喰らって、あんなに身体が横に流れるんだ。エルボーを当てる時もガムシャラさが無くただ当てるだけ。それなのに自分から拍手で客席を煽ろうとする。それをやっていいのは(団体エースの)宮原健斗ぐらいのポジションを築いてからだよ。本当にひどい。」


人生の先輩とも言える、この知人と私が付き合いを重ねるようになって早8年近くが経つ。
これまでもプロレス観戦終わりに会場で偶然お会いしては、何度となく食事に行ったり、話したり、散歩したりしながら、プロレスの事やプロレスじゃない事も話してきたけれど、ここまで怒りを露にしている先輩を私は初めて見た。

観る対象に対して忌憚なくジャッジする方ではあるけれど、怒りや私怨に任せてボロクソに言う方では決してない。
そんな先輩が珍しく、怒りを爆発させた。これはただ事ではない。


目的の中華料理屋に入っても、先輩の怒りは収まらない。

「この後は『チャンピオンカーニバル』もあって、そこの優勝者と安齊が三冠王座を賭けて対戦するわけだよ。安齊は勝てるの?そもそも、今の状態だと公式戦でも勝てないと思うよ。」


こうして文章に起こすと、私が一方的に愚痴を言われているように見えてしまうけど(笑)、そんな事は全くない。
何故ならば、先輩の意見と私の感想は殆ど同意見で一致していたからだ。



それどころか、私もメインのモヤモヤを抱えきれず、先輩に吐き出していた。
そうさせたのは冒頭の先輩の言葉に集約されている。

「あの三冠戦は何なんだ?」


epilogue

話は、3.30大田区に遡る。

全日本プロレス春のビッグマッチメインで組まれたのは、『中嶋勝彦vs安齊勇馬』による三冠ヘビー級王座戦だった。


2023年11月、前月にプロレスリング・ノアを退団した中嶋勝彦は、全日本プロレス参戦後に団体の至宝である三冠ヘビー級王座をすぐさま奪取。
髪を丸刈りにしてNOAH時代は一言も名乗らなかった『闘魂』を口にする中嶋の姿に、ファンは戸惑い、中嶋への苛烈な批判も成されるようになったものの、青柳優馬に勝って奪取し、宮原健斗、チャーリー・デンプシー、芦野祥太郎、斉藤ジュンから防衛を重ねるなど、全日の話題の中心に立っていた。


そんな外敵からの至宝奪取を託されたのは、2022年9月にデビューしたキャリア約1年半の安齊勇馬。
甘いマスクとは裏腹に、そのマスクが崩れる程のリング上でのガムシャラさは、将来の全日本プロレスの中心を担う期待感に溢れていた。


そんな期待の新星が、毎春恒例のシングルリーグ戦・『チャンピオンカーニバル』開幕前に、外敵からの至宝奪取を今回のビッグマッチで託されたのだが、中嶋は諏訪魔に拘りを見せたり「8分で終わらせる」と豪語したりで、安齊の事はアウトオブ眼中。


一方で、外敵に流出していた至宝を奪還する期待の声も、安齊には注がれていたように私は思う。

かくして大田区のメインイベントが幕を開けたわけだが、結論から言うと、今回の試合は名勝負にはならなかった。

冒頭の先輩のような感想が口をついてしまう、どうにも言えないモヤモヤ感が拭えない。
こうやって今回私がnoteに吐き出したのは、大田区メインで抱いたモヤモヤした気持ちの整理と解消である。


『中嶋勝彦vs安齊勇馬』

試合開始前から安齊に注がれる大声援という期待。


しかし、その流れに逆らうかのように、試合序盤の攻防で不安になる箇所があった。

初手から中嶋のローキックを浴びて、安齊がしきりに腿をさすったのだ。
冒頭で先輩が「身体が流れている」と指摘していた場面は、中嶋が試合の先手を取ったと感じさせる場面にもなっていた。


ただ、直後にジャンピングニーアタックやドロップキックで反撃するようになって、試合は安齊のペースに傾く。
この安齊のアクションに関しては、会場の反応も含めて中嶋に取られていた先手を取り戻していたと思うし、相当良かったと私は感じている。


ただ、試合がリング上に戻ってからは、完全に中嶋のペースで試合が進んでいく。


試合中盤、中嶋を必死に応援していた子供から「中嶋、本気出せ!負けんな!!」という声援が飛んだのだが、その声援に呼応するかのように、中嶋の蹴りが一気に牙を剥く。


中嶋の蹴りによって生まれる、強烈な蹴撃音と破裂音にどよめく観客席。

その後も、安齊に付け入る隙を与えることなく試合を進めていく中嶋。
それはまるで鬼神の如し…。


安齊も反撃しようと試みるものの、中嶋相手に全く歯が立たない。
当人と観客にジリジリと絶望を味わわせる中嶋と、その一方的な試合展開は「これはどう考えても、ここから安齊が勝つ展開を想像するのは困難だ…」と心を折るには十分すぎるほどの説得力があった。


試合中盤以降はもう、中嶋から安齊を公開処刑する構図に映ったし、「もういっそのこと、ひと思いに勝彦が決めちゃえよ」と思うくらい、至宝奪還への期待感を中嶋の強さが呑み込んでいく現実がそこにはあった。


それでも、最後に勝ったのは安齊だった。

中嶋のバーティカルスパイクを切り返して阻止すると、唐突に繰り出されたジャンピングニーアタックからのジャーマンスープレックス。
流れるようなワンコンボで叩かれた、レフェリーの3カウントとゴング。


あまりにも呆気ない結末と展開に、会場中から起こるどよめき。

ただ、そのどよめきは「安齊が勝った!」という喜びというよりは、失礼ながら「えっ?これで勝っちゃうの…?」という意味合いの方が遥かに大きかったように思われる。


「マジか…」

「えっ?噓でしょ???」

私はこの日、他の方と一緒に観戦していたのだけれども、私も含めて皆一同こんな感想が口を吐いて出た。
とにかくもう、困惑の色を隠せなかった。


「全日本に3冠取り戻したぞ! 泥くさい試合かもしれないし、偶然の大金星かもしれないけど、みんなとの約束守れて良かったです」


試合後に安齊がマイクを握るも、観客の極一部からはブーイングが飛んだ。

「もっと強くなれよ!」という声援も飛んだが、それは「頑張れよ!」という期待より、安齊に試合内容の改善を求めるような意味合いに私は聞こえてしまった。


試合後、団体が管轄する王座を保持した所属選手が集い、マイクを握ったのだが、観衆支持の面では安齊が一番反応が薄かった。
それは経験の浅さや若さゆえなのかもしれないけれど、試合内容を見た観客の正直なジャッジが反映されていたように思えてならない。


まとめ

「ファンは、『安齊が中嶋に勝つ』姿じゃなくて、『安齊が中嶋をボコボコにして勝つ』姿が見たかったんじゃないの?俺は、八百長に金を払って観に来たわけじゃないんだよ。誤解を恐れず言うと、あの内容だと『プロレスが八百長だ』って舐められちゃうよ。」


大田区メインから一夜が明けた今でも、先輩が話していた言葉が私の脳裏に焼き付いて離れない。
強烈にして刺激的な言葉だけど、私はその内容に一字一句同意せざるを得なかった。


2024年に改修工事に入る大田区総合体育館では、2024年最後となる大田区総合体育館プロレス興行のメインイベント。

このメインで見た1勝は、色々な意味で重いと私は感じた。

史上最年少での三冠王座戴冠という記録も、"完敗"だった試合内容も、中嶋が立てた諏訪魔戦というフラグが霧散した事も、試合後に悔しがる素振りも見せずスタスタと引き上げる中嶋の姿も、呆気にとられたり戴冠を喜んだりするファンで二分する会場も、全て今回の1勝でもたらされたものだ。


その1勝を意味あるものに変えていけるかどうかは、今後の安齊に懸かっている。
ただ、今回のメインの試合内容で『ゼンニチ開花宣言』と名乗るには期待より不安が大きいのが正直なところだし、勝彦を批判していた人達がスッキリするくらいの内容を提示できなかったことはモヤモヤしたものが少なからず残った。

それは安齊のキャリアでも技量でも無く、気持ちの差に起因する所が大きかったように思う。

序盤のジャンピングニーも、結果的にフィニッシャーになったコンボ技も素晴らしかったが、「宮原や青柳優馬にも勝った中嶋に、勝ちたいという執念が安齊の試合内容でどれだけ感じられたか」が問題だった。

そして、その気持ちは私には希薄に見えてしまった。まるで中嶋による公開処刑の側面が色濃く残ってしまったから。
その光景に反抗する姿が不器用でも見たかったよ、私は。


安齊が観客と交わした【三冠王座戴冠】という約束は、三冠王座戴冠と今回の試合内容で良くも悪くも重みが増したと言えよう。
その約束を裏切らないだけの活躍を期待したいところだが、彼のキャリアの若さとかではなく、今の安齊には相当な不安が残る。

先輩が怒っていたように、今の安齊が『チャンピオンカーニバル』を優勝する絵はおろか、正直な話、リーグ戦を勝ち越す絵も見えづらい。

勝彦が強すぎたからなのか?いや、それは違う気がしている。
相手が誰であれ、安齊は中嶋という強敵相手でも、ファンに勝つ姿を少しでも想像させなければいけなかった。
その瞬間が少しでも作れたら、観客から漏れた「えっ?」や疑問は減らせたように思うから。

この1勝で生まれたものは、本当に重い…。



一方で、外敵の役目を果たした中嶋勝彦の今後も、私は非常に気になっている。


今回の三冠王座戦はまるで、2020年3月に行われたWRESTLE-1大田区総合体育館大会の雰囲気にも似ていた。
奇しくも当時のメインは、団体最高峰のベルトを保持した中嶋勝彦による防衛戦だ。

団体の無期限活動休止が決定した中、カズ・ハヤシが至宝奪還に挑む構図でカズが勝利したものの、試合の印象は完全に中嶋一色で塗りつぶされた。
強烈な打撃と関節技で試合を支配し、選手当人とファンの心をへし折りに行くところも、敗戦しても何一つ格が落ちることなく勝者のような印象を植え付けていったところも、今回の安齊戦と非常に酷似している。


団体の活動休止という形で終焉を迎えた、2020年春の外敵モードの中嶋勝彦。
あれから早いもので4年が経った。

禍根を生みながらも話題を作った全日本プロレスでの三冠王者・中嶋勝彦は2024年春に終わりを迎えたが、大田区大会後に開幕する『チャンピオンカーニバル』にもエントリーされていない中嶋のネクストステージは、未だ見えない。


ただ、確実に言えることが私には2つあると思っている。

1つは、この敗戦で中嶋の格が落ちる事は無いという事。
(負け惜しみとかでは一切なく)

もう1つは「こういう勝彦が見れて、私は非常に幸せだった」という、NOAH時代の郷愁を思い起こす激しい試合への敬意だ。


この後の中嶋に何が待っているのか、私は楽しみにしたいと思うのでした…。

以上が、大田区メインを見た私の率直な感想です。

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