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立ち上がる姿に、心を動かされた話~2025.2.9『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』~


はじめに

「絶対勝つ!」

試合中盤、桃野美桜が叫んだ言葉に会場中がドッと沸き立つ。

彼女の左肘には、試合開始時点では存在しなかったテーピングが巻かれている。


『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』

私がこのカードを知ったのは、大会当日に行われる前説コーナーの全対戦カード発表の時だ。
つまり私は、会場に来るまで防衛戦が行われることも、それがオープニングマッチで行われることも全く知らなかったのである。


ただ、SNSではカードの情報を一切知らなかったけど、タイトルをかけた両チームの試合は過去に生で見たことがあるし、どちらも素晴らしいタッグチームという確信は私の中にあった。

だから、前日に観戦を決めた大会で、このカードが見れたことを私はラッキーと感じていた。


この日、昼にAAAWタッグ王座、夜にセンダイガールズワールドタッグ王座と1日2度の防衛戦を闘った桃野であったが、この激闘の代償は大きかった。


夜に行われた『桃野美桜&岡優里佳vs岩田美香&高瀬みゆき』のタッグ王座戦は、試合序盤で桃野が左肘を痛めて離脱するも、パートナーの岡がローンバトルを強いられる状況で何度もカットに入り、最後まで闘い抜いた。

しかし、最後は岡が敗戦。タッグ二冠王者チームは1日で無冠となった。


新王者となった高瀬みゆきは、1日2試合王座戦を行った桃野と岡に対して厳しい指摘を放つ。


でも、私が大会当日に知った『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』が、2025年に見た試合の中で印象に刻まれる激闘の1つになるなんて、私自身想像していなかったのも事実だ。


今回の記事は、上記の試合の感想文でもあり、桃野と岡が1日2試合王座戦を行った事に対する個人的見解でもある。

この2つの問題は分けて書くべきか、セットで書くべきか迷ったけれど、私は後者を選ぶ事にした。
個人的に、この2つは密接に関わり合う事案だからこそ、切り離す訳にはいかなかった。


『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』

今回のAAAWタッグ王座戦に出場した4選手を語る上で、共通項になるのはGAEA JAPANの存在だろう。

挑戦者チームの加藤園子&水波綾は、GAEA JAPANからプロレスラーとしてのキャリアをスタートさせた。


一方、王者チームの桃野美桜&岡優里佳はGAEA JAPANの系譜を継ぐ選手である。
桃野はGAEA JAPAN創始者である長与千種が興したMarvelousに、岡はGAEA JAPANからデビューした里村明衣子が興したセンダイガールズプロレスリングで、それぞれデビューを果たしている。


加藤&水波組は2024年末までOZアカデミー認定タッグ王座を保持していた実績十分のチームであり、王座陥落となった試合も、スターダムの葉月&コグマ組を相手に一進一退の攻防を繰り広げた。



試合序盤、桃野と岡が猛攻を仕掛けていくが、ここで異変が起きる。


試合権利が桃野から岡にタッチで渡された直後、リングサイドにいたセコンド陣が慌てて桃野の下に駆けつけたのだ。
会場裏からはAKINOも飛び出している。素人の私にも、只事ではないと察せられた場面であった。

私が会場で撮った写真を振り返る限りでは、低空ドロップキックでロープとロープの間を突き抜けた時の着地で負った怪我なのだろうか…?


桃野が不安気な表情を浮かべる中、AKINOは桃野の左肘の辺りに触れていた。
暫くして、その肘には白いテーピングが巻かれていく。

この負傷シーンにカメラを向けることなんて出来なかったから、ここの流れは私の肉眼で見た情報になる。


「この後、試合に出れるのかどうか…。」

そんな心配が私の頭に過ったが、すぐさま消えていった。

何故ならば、ローンバトルを耐え抜いた岡からタッチを受けた桃野が、すかさず水波に向けてドロップキックを連射していったからである。


応急処置を終えてから放たれた最初のドロップキックに、観客席から思わず声が漏れた。

ドロップキックを放った後、受け身は前になる。
前受け身の際に必然的に手がマットに付く為、負傷した左肘にもダメージが及ぶことは明らかだったからだ。


それでも、桃野は何度となくドロップキックを放ち、水波に喰らいつく。
会場の熱量が、ここからグッと高まり始める。


桃野が負傷していることを一切感じさせないくらい、試合の熱は更に高まり、会場がうねった。
とてもとても、興行のオープニングマッチとは思えない激闘だ。これから後に続く試合のインパクトさえ、持っていかんとする熱量。


観客が桃野の一挙手一投足に注目し、声を上げる。
気付けば、会場は桃野に対する声援で溢れていた。

不意に訪れた逆境を、小さな身体で跳ね返そうという彼女の姿を見て、観客は彼女を応援しないわけにはいかなかった。


怒涛の攻めを見せる王者チームであったが、加藤&水波組が終盤に反撃を開始する。


最後は加藤が桃野との1vs1を制して、加藤&水波組の下にOZアカデミー認定タッグ王座が渡された。


試合後、新王者チームが前王者チームに近づいた時、桃野が見せた力強い眼差しを私は忘れることができない。


認定証授与の最中、ひっそり退場していく桃野と岡に対して、観客席から拍手が起こった。

それはもう、「認定証授与中で拍手しづらい状況であっても、この闘いを讃えずにはいられない」という、観客の気持ちの現れだったのではないだろうか?
その熱は間違いなく、観客に届いていたのだから…。


1日2王座戦と、「真面目にやってない」論に関して私が思ったこと

いつもの私なら「AAAWタッグ王座戦が素晴らしかった!」という感想でこの記事は終わらせてしまうのだけれども、今回の試合に関連して、どうしても書きたくなったことがある。


前述したように、『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』のAAAWタッグ王座戦が組まれた同日夜・同会場で、センダイガールズプロレスリングの興行が行われた。

メインイベントは、センダイガールズワールドタッグ王座戦『桃野美桜&岡優里佳vs岩田美香&高瀬みゆき』。


昼に負傷していた桃野は、左肘に昼のテーピングもなく試合に臨んだが、試合序盤に岩田のミドルキックを被弾した際、左肘を痛めて戦線離脱を余儀なくされる。


その後、岡が試合権利を持ってローンバトルを闘い抜き、桃野も要所でカットに入り勝利に近づいたものの、最後は岩田が岡から3カウントを奪って王座移動…。



この夜興行で新王者となった高瀬がマイクを握った。

高瀬「タイトルマッチやって満足ですか…?満足してますか?1日2試合、タイトルマッチ組むからやろ!タイトルマッチ舐めんな!そら私普段、楽しいプロレスやってますよ。でもねえ、真剣にプロレスやって真剣にリング上がってるんですよ。自分たちなら出来ると思いました?こんな試合、モモバナナのファンは望んでないでしょ?アカエナのファンだってね、こんな試合望んでないんですよ。勝てると思いました?昼のダメージ残したまま、リング上がりましたけど、勝てると思って上がりました?アカエナ舐めんなよ!こんな試合がしたかったんじゃない。こんな気持ちで試合したかったんじゃない。ウチらも、きっと君たちも、ファンの人らもこんな試合見たかったんじゃない。ちょっとは、考え方、改めようと思いましたか?」

桃野「別に思いません」

高瀬「思わないんですか?この負け…」

桃野「美桜達だってね、別にふざけてないよ。真面目にリング上がってるよ。」

高瀬「上がった結果がこれですか?楽しみだったんですけどね、モモバナナの試合。好きなんで、好きだったんで。だから、全力のモモバナナになって、タイトルマッチは1日1試合で、全力でまた早う戻ってきてくださいな。」

岩田「ああ、高瀬をここまでキレさせるとはなあ。話が長いんだよ高瀬は。待て待てモモバナナ。お客さんのこのリアクション見て見ろ。シーンとしちゃってるじゃん。アカエナが勝ったのによお。お客さんだって不服なんだよ。お前らだって不服だろうけど、私らアカエナが一番不服なんだよ!なんだよこの結果。お前らから獲ったこのセンジョのタッグのベルト、今これに価値があると思うか?こんな試合して、お前らの憎たらしい、ウッゼえ、しぶとい強さ?何も見れなかったな。こんなんでアカエナ満足してると思うか?このベルトの価値は今から、ここから、アカエナが上げていってやるから、また身体治して、元気印戻して、私らの前に立って見ろ。それだけだ。以上。」


昼に負った怪我を押す形で、夜興行のタッグ王座防衛戦に臨んだ桃野と岡に対し、1日2試合タイトルマッチを行ったことに対する高瀬の怒り。

私は昼の試合を現地で見たけれど、夜興行は見逃し視聴という形で配信を見た。
高瀬のこのマイクを聞いた時、私は色々思うことが溢れてきたので、昼興行の試合に付随する形で書きたい。


「選手が試合を舐めていた」と果たして言えるか?

当日に負った怪我とか、1日2試合王座戦をやった事実を、「タイトルマッチを舐めている」とか「真面目にやっていない」という言葉で切ってしまう高瀬のマイクは、正直キツい。

私は率直に、こう感じてしまった。


まず、高瀬の指摘に出てきた「タイトルマッチ舐めんな」という箇所。

1日2試合。しかも2試合とも王座戦という状況で防衛戦を試合を受けるかどうかの是非だが、ここに関しては団体所属かフリーランスか、立場によって変わる事案だと私は思っている。

自らがオファーの窓口になるフリーランスに対し、団体所属の場合は少なからず団体もオファーに関与すると私は考えている。
恐らくだけど、今回の1日2王座戦を把握して受けたのは桃野や岡の意思だけでなく、所属団体のMarvelousやセンダイガールズの了解も必要になるだろうから、一概に「選手が舐めていた」と言えるのだろうかという点?

寧ろ、団体所属なのに団体を通さず話を受けていたら、「逆に凄いな」って思うもの。


仮にもし、そこで「1日2試合だけどいける?ホントに大丈夫なの?」みたいな話が団体の関係者から選手に問いかけたとして、それを込みで選手が了承したなら、そこは「見通しが甘かった」ということになるんだろうけれど、そんなやり取りがあったのかどうかなんて外野のファンには全く分からないし、そんな噂や個人妄想ベースで事を断言なんて出来ない。

でも、高瀬から立場上団体に対して直接批判もしにくいだろうし、かと言って万全でないことへの悔しさはあるだろうし…。

これはもう「見た側が何を大事にしてるか?」なんだろうな。
そこの違い一つで、意見や視座はガッツリ変わると私は感じた。

ましてや今回の場合、負傷した桃野が昼夜共に参戦した興行は、所属するMarvelous主催ではなく他団体主催だった。
この辺りの事情も、今回の判断を難しくしたような気もしている。


そして、ここが今回の記事で最も重要な箇所なのだけれども、桃野や岡が真面目にやっていなかったとか、ふざけていたとは試合を見ていて全く思わなかった。

キャラクター的に被り物はしてたし、仙女のタッグ王座前には岡が岩田をおちょくったりする様子もSNS上で展開されたけれど、試合を見ればそういう感想なんて出てこない。

寧ろ、昼夜ともに2025年のベストバウト候補に入るくらい凄まじい試合だったと私は思うもの。
桃野が怪我を負っていたという事実を加味しても、その事実が試合内容を損ねるポイントだと感じさせない。ただただ圧倒される内容だったから。


真面目にやっていても、完全に避けられない怪我

プロレスを観ていく中で、「怪我は付き物」という言葉がある。

でも、これは「怪我してもいい」と危険を肯定するフレーズではなく、「真面目にやっていても、怪我を負うリスクは完全に避けられない」という背中合わせを表した言葉なんだと私は考えている。


明らかに危険な技とかではなく、着地で膝の靭帯を損傷ないし断裂した事例も、過去に何度となく見聞きしている。
極端な話、プロレスというものがある以上こういうことは起こり得る話だと思うし、それを避けるなら「プロレス自体、無い方が良い」という結論しかない。

ましてや女子プロレスなんて、団体やプロモーションであっても、男子プロレス以上に団体間を跨いだ相互参戦が多い故、横の繋がりなくして成り立たない。
売れっ子の選手ほど、そういう状況は今後も起こり得るだろう。


過去に他団体ではあるけれど、1日2試合どころか、同じ選手が関与する王座戦を2試合連続で組んだ事例が何度かあった。
流石に、タッグ王座戦⇒シングル王座戦の時は「体力ゲージMAXの2人で試合が見たかったよ」という気持ちは拭えなかったけど、昼夜で多少インターバルのある今回みたいな状況なら、組むことそのものは別に珍しい事だとは思わない。

私が直近で思い浮かんだ事例だと、2024年9月のSareeeがそれに近いかもしれない。
彼女はマリーゴールドでシングルリーグ公式戦を終えた直後、SEAdLINNNGの興行に移動してタイトルマッチを闘っている。



もし、1日に重要な試合をダブルヘッダーで闘う状況にストップをかけられるとしたら、それはもう、オファーを受ける側しかいない気がしている。
今回で言えば、桃野や岡の所属団体にあたるMarvelousやセンダイガールズ。フリーランスならば選手自身(或いはマネージャー)…。


ただ、試合(しかも重要な局面)を減らすことで怪我のリスク回避は出来るのかもしれないけれど、当日昼の負傷なんて前兆が無い以上予見もしづらいだろう。
そもそも、選手にとって負担の大きくなりそうなタイトルマッチという大一番でなくとも、プロレスをやっている以上、怪我のリスクは付いて回る訳で。


何より、そういう怪我が起こり得るリスクを、観客も自然と理解した上で見ていると私は思う。

今は体調不良や怪我であっても欠場させる流れが確立されているし、本人が出たくても医療チームの許可が下りなければ試合に出さないシステムを構築している団体だってある。


だから、誰かが大怪我を負った時、観ていた観客に対して「危険だ!」とか怒ってきたり、「そういう危険を見て見ぬふりしてた客のムードにも責任があるんだ」なんて勝手に総括してきたり、「怪我したとかダサい」みたいな指摘をするような人は、映像なんて一切見てない。
だって、見ていたら、そんな言葉はとても出てこないから。

今回だって、そういう声は聞かなかった。


これが、「そもそもの練習すら出来てない」状態で上がっていたら心底納得行かないんだろうけど、あの激闘を見せられると「負傷無かったら、思ってた内容になっていたんだろうな」とは思っても、(変な言い方だけど)納得はしてしまう。
だって、ワーストバウトを見せられた訳じゃないから。


今回の高瀬のように、選手という立場でしか指摘できない事はあるのだろう。そこはファンが侵入できない領域の話でもある。
少なくとも、WRESTLE UNIVERSEのチャット欄で「(桃野達に)出直してこい」というコメントを書き込んでしまうような人には絶対出来ない話だ。

2024.12.9に『杉浦透vs菊田一美』のシングルマッチが行われた際、杉浦が負傷するキッカケとなった菊田の蛍光灯攻撃について、正岡大介が「確かにガードしきれなかった杉浦の負け、 甘く見過ぎてたのか、 負けは負け」と指摘したことがあった。


今回と内容は違うかもしれないけれど、高瀬のマイクを聞いた時に、私は正岡の指摘を思い出した。

素人からすると、このような指摘は非常に酷だと感じるし、違いなんて全く分からない。
でも、こういう踏み込んだ内容は、実際に試合している選手レベルで無いと語れない領域だろう。まさに、関係者にしか分からない視座である。


そう考えた時、私が高瀬のマイクにモヤモヤしてしまったのは、関係者にしか見えない視座と、外野の客にしか見えない視座の相違も影響してるのかもしれない。
これはもう、「こっちが正しい」とかではなくてね。


まとめ

マッチレビュー以外についても触れた今回の記事だけど、私が今回の試合の仔細に触れずにいられなかったのは、ただ一つ。

『桃野美桜&岡優里佳vs加藤園子&水波綾』が、私が現時点で見た2025年のタッグマッチの中でも好勝負に入る内容で、会場を爆発させたオープニングマッチという点においても非常に素晴らしかったからだ。


この記事で私は「怪我してるのに、無理しちゃイカンでしょ」という苦言を呈したい訳では決してない。

前述した『杉浦透vs菊田一美』の一戦を見て以降、私は試合中の負傷に関して、【アクシデント】という言葉を用いて表現するのを極力避けるようになっていた。
怪我したくて怪我する人も、相手を壊したくて壊す人もいないと思うから。


でも、不確実な中でも、これだけは確実なこととして言えると思う。

桃野が立ち上がる姿に、ファンは心を揺さぶられたのだと。


負傷という要素を美談にすることは憚られる。

でも、立ち上がる桃野を見て心が動かされた私の気持ちは、間違いなく本物だ。
そこに嘘偽りなんて無い。


「負傷を礼賛してる」と言われてしまったらそれまでなのだろうけど、そういう気持ちは抜きで私は胸を打たれたんだ。

それに、この試合は【負傷】という要素を除外しても、きっとスゴい試合だったと思う。そう言い切れる熱が確実に感じられたから。


私のような素人の雑文に、使命感なんてものは無い。
あるとすれば、それは書き手のエゴだろう。

(まあ、エゴは使いようによって、自らの表現における推進力にもなるけれど…)

それでも私は、「生で見た1人として、この試合を書き残しておきたい」という突き動かされる衝動のようなものを、心の奥底にしまっておくことは出来なかった。


女子プロレスに関して言うと、年始に某オーナーの発言から「性的に見るの良くない」という指摘も相次いだけれど、今の女子プロレス界で性的目線を排除しきれてはいない現状は横たわるし否めない。


ただ、それでも女子プロレスを私が見る理由は、「性差を超越したスゴい・カッコいいに触れたい」という動機があるからで、それを全身で浴びるように感じられた試合の1つが、今回のAAAWタッグ王座戦だった。


だから、桃野が復帰した時には、また生で彼女の試合を見たいという気持ちが私の中に高まっている。

それまでは死ねないよね、私。
生きなきゃ。

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