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パブリックスペースの在り方"黒川紀章 国立新美術館"

自宅からアクセスのよい上野に頻繁に行くのだが、久々に乃木坂にある国立新美術館を訪れた。
前回行ったのは安藤忠雄氏の展覧会だったので5年ぶりくらいだ。たまたま安藤さんセミナー中で、最後には列に並んで図録にサインをしてもらった。

国立新美術館は、黒川紀章氏と日本設計の共同体による設計で2007年に完成、黒川氏は竣工を見届けた同年に亡くなった。
この場所は、旧日本軍の駐屯地があり長く一般の人々が立ち入らないエリアだった。そのため、美術館のコンセプトを「森の中の美術館」とし、自然環境と調和する、あのクネクネしたファサードが生み出されたようだ。
国立の美術館としては約30年ぶりの新設美術館であり、スペースはもちろん高い環境性能の中で美術品を見ることができる。

国立美術館としては唯一コレクションを持たない、全てが企画・公募展示で構成される。それでありながら国内の来場者数は1位を誇っている。

企画の内容もさることながら、建築、インテリアも見どころがあるこの美術館。ちょっと籐のかごにも見えるガラスのファサードから一歩踏み入れるとどんな空間が広がるのだろうか。

1.展示空間と切り離された共用空間

パブリックスペース
パブリックスペース

金沢の21世紀美術館をはじめとして、展示スペースとパブリックスペースが複雑に混在していたり、有機的につながっていたりと美術館全体が展示空間となるような構成が増えている。そんな中で、この美術館は展示とパブリックスペースを完全に分離している。そのためか展示空間は2000平米が7区画も整備され、搬入や展示の自由度も高いという。
パブリックスペースは美術品を気にせず、ガラス面から光が降り注ぐ3層に渡るダイナミックな空間だ。
中銀カプセルタワービルや埼玉県立近代美術館の設計で知られる黒川氏は、いくつかの作品のモチーフとして円錐を多用し、この美術館でもファサードのエントランス部にシンボリックに円錐が用いられている。しかも内部ではコンクリートで作られた逆円錐のフォルムが2箇所、空間にインパクトを与える要素になっている。
内部はガラス、コンクリート、木ルーバー、フローリングとシンプルな構成になっているため、よりこのフォルムが際立つ。逆円錐は足元がトイレ、内部に設備が格納され上部はカフェなどで利用され、案外スッキリした足元と中空の唯一無二で不思議な体験ができる場を構成する意味で機能的でもある。
プレキャストコンクリートにより現場で組み立てるだけの工程であるため、表面の精度も美しい。

2.名作家具ツアーとしても楽しめる

RIN
奥エッグチェア、スワンチェア
Yチェア、フットツール

見逃せないのが、パブリックの休憩、カフェスペースで設置される名作家具の数々。この家具ツアーだけでも楽しい。
特に注目すべきは、フリッツハンセンから唯一日本人デザイナーとして椅子を販売している紺野弘道氏のRINだ。繊細な脚部や有機的な座面は言われなければヤコブセンなどを継承する北欧のデザイナーかと思ってしまう。ただ調べるとRINは「凛」と「輪」の2つの意味を持つ、ある種実直で可憐な日本人が得意とする世界観を体現している。国立の美術館で日本人デザイナーが日本人のアイデンティティを大切にしながら作り出した、世界に通じる椅子に出会えたことが嬉しい。

3.ユーモア溢れる企画展示

ねずみっけ
DOMANI明日展

この美術館では、大御所の展示会だけでなく、未来に羽ばたく若手アーティストの展示も積極的に実施している。
地下鉄から建物に入るエスカレーター付近で出迎えてくれる可愛いピンクのネズミ。プロジェクションマッピングで建物内の逆円錐の壁面などにも時折登場する「ねずみっけ」だ。作家はまだ20代の築地のはら氏。
企画展のDOMANI・明日展では文化庁の海外研修制度のアフタープログラムとして、この海外研修を活用した作家の現在のアートシーンを垣間見る事ができる。ニューヨークで活動する漫画家の作品などアートでありながらクスッと笑える展示もある。

自分が生きているうちにこんなダイナミックな美術館が将来新たに出来るかは怪しい。美術館のパブリックスペースは近年多くの役割を持っている。この美術館では、美術品を体験する前後の高揚感、充足感、創造性などをシンプルに包容する空間になっているような気がする。

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