切り取りが与える深み"NAP 上野東照宮神符授与所/静心所"
美術館と博物館と動物園を、週末毎に繰り返し訪れる上野公園。
そんな上野公園の中で存在は知っていたがなかなか訪れることがなかった上野東照宮。
昨年建築雑誌などで中村拓志氏率いるNAP建築設計事務所が庭を囲む施設を手掛けていたのを何度か目にしていた。
雨上がりの日に、上野を往復するだけの時間があったので行ってみた。
上野東照宮は1627年に創建、上野公園の中に鎮座する。今大河ドラマでも注目の徳川家康公を神としてお祀りする神社だ。
金色殿など華やかで外国の方も訪れたくなる建造物は、戦火や地震に耐えた貴重な江戸初期の建物として国の重要文化財に指定されている。
2022年にNAPは上野東照宮社殿に至る回廊型の奥参道と庭の設計をしている。庭の中央には樹齢約600年の大楠、御神木が鎮座している。その御神木を囲むように回廊があり、御守や御札を授与するための「神符授与所」と御神木を目の前に心を清め落ち着かせる「静心所」の2つの建築物がある。
中村拓志氏はこれまで難病の人が過ごすケアハウスやチャペルなど心身ともに安らげる空間、祈りな空間を手掛け、高い評価を得ている。今回のプロジェクトも彼の強みが存分に発揮されているように感じる。
1.回廊型の切り取りシークエンス
回廊は美しい直線の連続と印象的な景色を切り取ることで、穏やかでありながら奥深いシークエンスを構成している。
緩やかなくの字の屋根は、御神木側に柱が出てこないよう綿密に計算され出来上がったものだ。社殿に対して大きくこうべを垂れるような屋根のフォルム、そこに座る人を包みこむ様な軒先は、自己に意識を集中させ、御神木を低い位置で切り取ることで、全長8mほどあるスケールの大きな御神木を眺めるより、より近く、深く御神木と対峙できるような気がする。
心を鎮める為に、視覚的な情報を限定する。そうすると葉の重なる音や葉の隙間からこぼれる光など敏感に感じることができる。
その空間は伝統的な建築手法や素材により、社殿の側でごく自然に形成されている。
2.二重菱格子のオマージュ
金色殿の東西南北を囲む塀は菱格子が透けて向こうが見えることから透塀と呼ばれる。鮮やかなグリーンが金色に映える。
透塀で用いられる菱型が二重に重なる二重菱格子の文様は、神符授与所の天井に踏襲されている。
単に繰り返して用いるのではなく天井の奥行き方向を活用し二重の菱格子が再現されている。
この天井は、1600年代に確立されたシンプルながら日本人にとって馴染み深いこの文様に対するオマージュではないかと思う。さらにその文様は現代に置き換えられ洗練されたフォルムへと昇華されている。
3.イチョウの葉に覆われる瞑想空間
敷地内は社殿を守るための防火樹としてオオイチョウがあったが、倒木のおそれもあり伐採された。それらは屋根の架構材として使われている。
ヴォールトが連続するこの構造は、長く社殿を守ってきたイチョウの葉を蘇らせることを企図している。さらに伐採した良質でない材の性質を考慮し、小さい断面形状でヴォールト屋根を構成している。
この細長い角材のうねりが絶妙な陰影を生み出している。
御神木の反対側には小さなスリットが設けられ、その先には芽吹き始めたオオイチョウの切り株が姿を表している。
それは600年の歴史とさらにこの先の未来が繋がっていることを表現しているように感じ取れる。