玲瓏

なんだか満月が沁みるので、肉まんと豆大福を買ってベンチで月を見ている。今日は雲ひとつ無い。たぶん前回の満月の時もそうだった気がする。いや前々回の満月だったかな。内海桂子さんが、月には多少雲が掛かってる方が情緒があるみたいなことをツイッターで言っていた。内海桂子さん、舞台を一度観たいと思っていたら亡くなってしまったな。

僕は毎日書を書いている。書道とも習字とも言う。言うけれど道を貫いてるわけでも誰かに習ってるわけでもないしなあ、とか思うので使いづらい。だから言葉は間違ってるかもしれないけど書を書くと言う。毎日一個、単語を書いている。三文字とか四文字とか試してみたけれど、二文字が書きやすいし意味もふわっとしていてよいので今は二文字の熟語を書くことで落ち着いている。毎日書いていると言っても時々サボってしまうこともある。そういう時は次の日に二枚書くなどしている。そういう時もある。なので毎日何を書こうか考える。なんでも良いわけじゃない。言葉としては良くても字として書くのが進まないものだったり。この間は、等々力渓谷という所に行ったのである。とても良い所だったのである。

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九月末なのに蝉がまだワンワン鳴いていて、鳥も鳴いている、虫も沢山いる、蝶々、蜘蛛、蜂。蚊にもたくさん刺された。なんだかとても、浄化されるような場所だった。等々力という駅の近くから1㎞続く途中に等々力不動尊と満願寺がある。そして最後の方には小さな日本庭園があり、みかんの木があったり芝生があったり、少し高低差のある場所だ。そこには出入り口が二つあり、つまり入った門から別の門へ出ると階段の途中に出て、そこでなんと、羽生さんに出会ったのであった。あの羽生さんである、たぶん日本でも有数の頭脳を持つかもしれない、王だとか聖だとか竜だとか呼ばれたりする羽生さんである。門を出て一目見えて、次の瞬間少し降りたところでカメラマン一人とアシスタントらしき一人が居て、あ、と思い後ずさった。そして、あ、羽生さんだ、と思ったのであった。たぶん雑誌かなんかの撮影なんだろう。タイミングを見計らって僕は通りすぎその場を後にした。とても近くに羽生さんを見てしまった、という気持ち、なんだか嬉しいような得をしたような徳を積んだような気持ちになってしまった。僕は羽生さんのことをそこまで詳しいわけでもないし、将棋もほとんど知らない。けれど羽生さんは羽生さんである。野球に詳しくないし本人のことも詳しくないけれどイチローやノムさんが好きだし、だから羽生さんも好きなのである。

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突然なんの話だと思うかもしれないが、この日の夜さて何の二文字を書こうかと思ったわけである。その時にまず等々力不動尊について調べるとこんなことが書いてある「興教大師という方が、夢でお告げがあった場所と同じ景色を見つけ、杖で岩をうがつと玲瓏と瀧が流れ出した。」簡単に言うとこんな感じ。ここで玲瓏とはなんぞやと今度は玲瓏について調べてみる。「1.美しく照り輝くさま 2.玉などがさえたよい音で鳴るさま」ふーんなるほど中々いい言葉じゃないかともう少し検索結果を見てみると何故だか羽生さんのファンが過去の羽生さんの記録を記した私設応援ページがあり、そのサイトのタイトルが「玲瓏」なのである。羽生さんと玲瓏になんの関係が?と思い次は「玲瓏 羽生」と検索窓に入れてみる。するとどうやら羽生さんは玲瓏という言葉を様々な場で好んで使っていて、棋士の人は書を書く機会も比較的多いのだろう、羽生さんが玲瓏と書かれた扇子などもグッズとしてあるらしい。ほーほー。なんということだ。今日にふさわしい言葉じゃないか、と思いその日の言葉は「玲瓏」に決まった。羽生さん本人が等々力という場所を選んだのだろうか。分からないが、なんだかこう、いわゆるシンクロニシティとでも言うのか、色々な偶然が重なって、一つの連なりのように感じられる、一つの意味のように感じられる、縁のように感じられる。そんなようなことは割と好きである。ドラマチックでロマンチックで、そういうこともたまにはいいんじゃない?である。

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不動の滝。数千年枯れずに流れ続けているらしい。不動の滝。

今日は満月。中秋の名月。また何か新しいことが始まるだろうか。それはとても素敵なことだろう。月が満ち欠けるように、人も満ちたり欠けたりするだろう。禍福は糾える縄の如し、だろうか、どうだか分からないけれど、新しいことが始まると思うと、わくわくするものである。

今日も少し、面白い経験をした、というか面白い感覚になったというか。最近だんだん人が怖くなくなってきた。それがまた良いことか悪いことか、成長したのか慣れなのかはたまた麻痺なのか、分からないけれど。新しいことが始まる予感がした。

新しいことが始まる。




加藤サイセイ

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