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【いつか来る春のために】❹ 三人の家族編 ③ 黒田 勇吾

「こんちわぁ、みっちゃん、居だがなぁっす」男の人の大きな声で美知恵は、はっと起き上った。と同時に隣の部屋から光太郎の泣き声が聴こえはじめた。時計を見ると三時を回っていた。急いで髪を両手で揃えながら玄関に出ると、康夫おじさんが申し訳なさそうに立っていた。

 「いやぁ、わらし子、起こしてしまったみたいだなぁ、悪い、悪い」康夫おじさんがそう言いながら右手をつきだした。手には牡蠣のビニール詰を三つ持っていた。相変わらず無精ひげをたくわえた顔が笑っている。漁師だった当時の日焼けした赤ら顔から、今は少しぽっちゃりとしたおじいちゃんという柔らかい顔に変わった。髭をあまり剃らないのが、美知恵には不満だったが、それなりの考えがあるのだろう、と思っている。

「夢川漁協の知り合いから分げでもらったっちゃぁ。少しだけど牡蠣が採れだがらって、寄ごしてくれたんだぁ。みっちゃん、嫁さんと一緒に食べでけろ」
「あらら、おんちゃん、いつもすまねぃごったぁ」美知恵は礼を言いながら、奥の部屋をちらりと見た。光太郎の泣き声が少しずつ小さくなった。
 康夫おじさんは夢川町の浜の出身だった。その実家と兄弟たちはすべて津波にのまれた。おじさんは結婚していなかった。ともに独身だった兄弟たちの葬儀は、半年前にすべておじさんが取り仕切って行った。そして今度の集会所での一周忌法要を美知恵一家と一緒にすることになっているのだった。
美知恵と直接の血縁関係はないのだが、亡き夫とはもう三十年来の古い付き合いで夫が亡くなった後は特に、おじさん、おじさんと美知恵は頼りにしていた。

 康夫おじさんは、震災直後は随分と兄弟たちを捜したという。しかし遺品ひとつ見つからずにやがて諦めた後は、美知恵と同じ仮設住宅内に一人で住むことになった。
 なにもかも無ぐなったぁ、と仮設住宅に入ってきた当時は毎日のように言っていた。おじさんがそんな言葉をつぶやくのを聞くたびに美知恵は(私が居るでねが。私をおんちゃんの娘だど思って一緒に生きていくべし)と励ましたのだが、もう七十を過ぎた康夫おじさんは、うんだなぁ、と言うだけでどこか寂しげだった。
 美知恵は心配して康夫おじさんとの交流は欠かさないようにしていた。仮設でひとり住まいのおじさんがもう一度元気を取り戻してくれることを祈りながら、時折家でつくった煮物や漬物を持っておじさんのところに通っていた。そんな交流を続けていくうちに、近頃はおじさんも少し精気を取り戻したようにこちらの仮設の部屋まで訪ねてくるようになって、なんだかんだと他愛無い話をしながら暇をつぶしことも多くなった。そして少しずつおじさんは明るさを取り戻していった。

「おんちゃん、何もっできてくれたの?」そう言いながら加奈子が光太郎を抱っこして部屋から出てきた。光太郎はやはり目が醒めたようだ。加奈子の腕の中で、珍しいものを見るように康夫おじさんを見つめている。

            ~~❺へつづく~~