【いつか来る春のために】㉓ 仮設からのリライブ編❹ 黒田 勇吾
「本日は私ども山内家の家族並びに安部家の一周忌法要に、ご多忙の折、このように大勢の方にご参列いただき心より御礼を申し上げます。本日の一周忌は本来でしたならば明日に行うべきですが、牧野石市の合同慰霊の儀式等もあり本日執り行わせていただきました。我が家では、私の両親が震災の津波の犠牲となり、ひとり息子である隆行は今なお行方不明の状況でございます。安部家においても弟様お二人の行方が不明のまま、このように周忌を執り行わなくてならないのは断腸の思いでございます。両家では宗旨が異なりますので本日は無宗教の形で執り行わさせていただいたわけでございます。
私の両親は私を大切に育ててくれました。また孫である隆行も本当に慈しみ育んでいただき、本当に優しいおじいちゃんおばあちゃんでした。隆行が高校に進学の折、学校通学の為私と隆行が市内中心部に住み離れて暮らしておりましたが、最後まで孫思いの両親に感謝は尽きません。
息子の隆行はその後大学に進学して教職課程を取り、卒業後は小学校の教諭として牧野石の小学校に赴任いたしました。本日は学校関係者の代表、並びに隆行のご友人に参列を賜りました。謹んで御礼を申し上げます。隆行は25年の短い人生でございましたが、悔いの無い意義深き人生を生きたといまは私は思っております。とりわけ大学を卒業して小学校に赴任してからの日々は充実した歓びの毎日であったと思います。愛する加奈子とも出会い生徒さんたちとも最高の学校生活を送らせていただき、また自身の後継者を残しての旅立ちでした。そして最後まで担任としての責務に生きた人生を本人も悔いなき思いでいると確信するものでございます。
息子を失うということは確かに哀しみの出来事かもしれません。まして加奈子は息子とわずか一週間の新婚生活しか過ごしておりません。加奈子の思いを考えるとき、確かに無念の思いに駆られます。しかしながら皆様、私と加奈子そして光太郎という三人の絆を結んでくれた隆行に、いまは感謝の思いでいっぱいなんです。この一年間で隆行からは、幸せを感じるのは環境ではなく、自身の心の強さにあることを教えて頂きました。それはここにいる加奈子も同じ思いであると感じております。
どうか本日ご参列いただきました皆様におかれましては、未熟者である私達家族にお力を頂戴し、今後とも温かく見守っていただきますことをこの場をお借りしてお願い申しあげます。本日はご多忙の折にもかかわらずご参列をいただき本当にありがとうございました」
美知恵と加奈子はゆっくりと一礼し、席に着いた。その後再度黙とうして一周忌は終了した。簡潔な儀式ではあったが皆が復興の思いを共有する集まりともなった。やがて美知恵たちの周りに人が集まり、懇談の輪ができた。涙を流していた人もやがて笑顔になって談笑がしばらく集会所で続いた。
~~㉔へつづく~~