鳴子

【いつか来る春のために】㉘ 加奈子の想い出編 ➑  黒田 勇吾

あなたはすたすたと寄ってきて、ええと、なんだったかなぁ、そうこう言ったんだ。私は山内隆行と言います。この近くに住んでいます。先月の駅ではご迷惑をおかけしてすいませんでした。お詫びといってはなんですが、私の好きなブラックフライデーというロックグループのコンサートが牧野石市民会館であるんですが、一緒に行ってくれませんか。たぶん楽しめるかと思います。って私をナンパした。ブラフラの歌は私も好きだったからよく聴いていた。何で私の好きなミュージシャン知ってるのかなと思ったけど丁重にお断りしたら、ブラックフライデーは今年いっぱいで解散するんです。ボーカルがソロになるということなんです。これが最後のチャンスです。永遠にもうライブは聴けないんです。それでもいいんですか、と脅しとも取れるわけのわからない誘い方をしてきた。それがなんか可笑しかったんだわ、隆ちゃん。というか私はなぜか隆ちゃんに惹かれている自分がいることに気づいてた。不思議だよね、恋って。カマキリの赤い糸が縁した二人。私は押し切られる感じでOKしてしまったんだなぁ。それが隆ちゃんとのお付き合いの始まり。
 隆ちゃん、あなたとのデートはいつも楽しかったわ。夏は昼顔海岸に海水浴にも行ったし、双方の家族で牝鹿半島にもキャンプに行ったわね。忙しいときは街をぶらぶらしただけのデートもあった。いろんな思い出がたくさん私の心にしまってあります。そうそう八木山動物公園にも行ったけどやはり一番の思い出は、鳴子温泉の旅行かな。
 震災の前の年の夏に隆ちゃんから婚約指輪をいただいて、そのあと双方の家族にご挨拶して晴れて公認の仲になった。翌年の三月の挙式の日取りも決まり、二人であの冬に婚前旅行で行った鳴子温泉。それが二人の最後の旅行だったね。
 牧野石を車で出発して古川を過ぎたあたりから雪が降ってきてロマンチックだった。このままスキーに行くのもいいかなとか言ったっけ。あの鳴子OOホテルのバイキングは美味しかったなぁ。私がお膳タイプのお料理が苦手なのを分かっていて、バイキングのあるホテルを選んでくれた。そのあとの温泉も素敵だった。家族貸切用の露天風呂もあって二人でふざけたよね。まぁでもこれは隆ちゃんと私の二人だけの秘密かな。

             ~~㉙へつづく~~